Rechtsphilosophie des als ob

かのようにの法哲学

刑法総論・答案練習講座(第02回)違法性阻却事由

2016-05-06 | 日記
 刑法Ⅰ(総論)答案練習講座(第02回)
 第03週 正当防衛
 第04週 緊急避難
 第05週 法令行為・正当業務行為、被害者の同意、可罰的違法性など

(1)正当防衛
 市内のダンスホールでダンサーとして働いているX(女性)は、仕事が終わり、電車で帰宅するために駅のホームで電車を待っていると、ダンスホールの常連客と称する酒に酔ったAが足をふらつかせながら、「最近、おどりが上手になったね」と言いながら、息を吹きかけたり、髪の毛を触るなどしてきた。Xは、気味が悪かったので、その手を払いのけて、「やめてください」とホームの別の場所に移動した。すると、Aは逃げるXを見て、ニヤニヤ笑いながら、Xを追いかけてきた。Xは「誰か助けてください」と言いながら、ホームのあちこちを逃げ走り回ったが、誰も助けてくれなかった。AがXに近付き、その腕をつかんだので、Xは「いい加減にして」と言って、もう片方の腕でAの胸を突き飛ばした。すると、AはXの腕を離し、転げて、ホーム下に転落した。その時ちょうど電車が入線し、Aは逃げようとホームに登ろうとしたが、電車とホームの間に挟まれて、即死した。Xの罪責を論じなさい。

1事実関係の整理と問題の所在

2問題を解く前提の議論

3論点の論証

4結論


(2)緊急避難
 Xは、友人Aと船で太平洋を横断している途中で、大雨と大波に遭遇したため、船が大破し、海に投げ出された。Xは何とか生き延びるために、海面に浮かんでいる板につかみかかろうとすると、Aも同じ様に板に手を伸ばしていた。Xは、Aが溺れて死んでもやむを得ないと思いながら、Aの手を振り払い、板を自分の方に引き寄せた。Aはその後、力尽きて、おぼれて死亡した。Xの罪責を論じなさい。

1事実関係の整理と問題の所在

2問題を解く前提の議論

3論点の論証

4結論


(3)法令行為
 飲食店経営者のXは、かなり酔った客Aが閉店間際に「帰る」といい、財布を取り出して、代金を払おうとしたが、突然なぐりかかってきたので、身をかわした。Aは、その勢いで、床に倒れた。Xは、起き上がろうとしたAの背中を押さえつけ、前屈の状態で、大声で「誰か、警察を読んでください」と叫んだ。通行人Yが、店の中に入り、「すぐに警察を呼ぶから」といい、110番した。Aは「離せ」と言いながら、もがいたが、徐々に抵抗するのを止めた。そえでもXはAが抵抗するのではないかと疑い、前屈の状態で押さえ続けた。Yが電話をして10分後に警察官Zが到着し、XとAを引き離した。Aはすでに意識を失っていた。その後、Aは搬送先の病院で、前屈の状態で抑えられたため、窒息死したことが確認された。Xの罪責を論じなさい。

1事実関係の整理と問題の所在

2問題を解く前提の議論

3論点の論証

4結論


(4)被害者の同意
 Aは、暴力団から脱会するために、兄貴分のXに相談したところ、「親分Yは怒っている。指詰めを迫られるぞ」と、脱会の意思を撤回するよう説得した。しかし、Aは脱会するため、Yに意思を伝えた。Xは、Aに指を詰めるよう求めた。Aは、「それで脱会できるのであれば、構わない」と応じた。YはXに命じて、Aの指を詰めさせた。X・Yの罪責を論じなさい。

1事実関係の整理と問題の所在

2問題を解く前提の議論


3論点の論証

4結論


(5)自救行為
 Xは、定期券を購入するために、駅前の駐輪場に自転車を駐めて、駅の窓口に向かった。短時間で済むと思い、施錠しなかった。定期券を購入し、駐輪場に戻ると、Aが自分の自転車を押しながら、出口に向かっていた。Xは、Aに対して、「オレの自転車を返せ。このドロボー」と言いながら、サドルをつかんで、引き戻そうとしたが、Aは自転車をこいで、逃げ去ろうとしたので、自転車の後部車輪を持ち上げて、Aを自転車から振るい落として、自転車を取り戻した。現場近くにいたBは、Xが自転車を奪ったと勘違いして、警察に通報した。警察は、Xを一定の犯罪の嫌疑で逮捕した。その後、警察官はXを起訴した。Xの罪責を論じなさい。

1事実関係の整理と問題の所在

2問題を解く前提の議論

3論点の論証

4結論

(6)解説
 今回の答案練習の課題は、違法性阻却に関する以上の問題を解くことです。答案は、起承転結の手順を踏まえて書いてください。

 起 ―― 事実関係を整理し、問題の所在を指摘する。
 承 ―― 問題を解く前提の議論を整理し、論点を指摘する。
 転 ―― その論点について、学説と判例の対立などを踏まえながら、自説を論証する。
 結 ―― 結論を指摘する。

 まず、第1問の正当防衛に関する問題を解いてみましょう。すでに受講生の一人が練習答案を作成し、提出してくれているので、それを参考にしたいと思います。

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1事実関係の整理と問題の所在
 本件において、XがAの胸を突き飛ばした行為によりAの死という結果が生じており、Xの当該行為は傷害致死罪(205条)の構成要件に該当するが、正当防衛(36条1項)として違法性が阻却される可能性がある。36条1項は、正当防衛の成立要件として、①侵害の急迫性、②侵害が不正であること、③自己または他人の権利を防衛するための行為であること、④防衛の意思で行ったこと、⑤やむを得ずにした行為であることを要求しているが、本件においては、特に、Xの行為が⑤を満たすかが問題となる。

2問題を解く前提の議論
 判例は、⑤について、必要性と相当性を要求しており、防衛手段として相当性を有する以上、その反撃行為により生じた結果がたまたま侵害されようとした法益より大であっても、その反撃行為が正当防衛行為でなくなるものではないとしている。ただし、防衛しようとした法益と侵害した法益とが著しく均衡を失している場合には、仮に防衛行為だとしても、その程度を超えたものとして相当性が認められず、過剰防衛(36条2項)となる。

3論点の論証
 Xは、周囲に助けを求めるも誰も助けてくれない中、Aから腕をつかまれたのであり、Aの胸を突き飛ばした行為は、Aから逃れるための行為として必要性・相当性が認められる。Aの腕を振り払うだけで十分であり、相当性は認められないのではないかとの考えもありうるが、酒に酔い、Xに付きまとい続ける可能性もあったAから逃れるためには、腕を振り払うだけでは十分でなく、Aをひるませることができる程度の反撃行為が必要であったと考えられる。なお、Xが防衛しようとした法益は身体の安全であり、侵害した法益は生命であるが、両者が著しく均衡を失しているとは言えず、防衛行為として程度を超えたものではない。

4結論
 正当防衛の要件①から⑤が満たされるので、Xには正当防衛(36条1項)が成立する。
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 この問題は、いわゆる「西船橋駅事件」をアレンジしたものです。「西船橋事件」では、被告人の行為は、傷害致死罪の構成要件に該当するが、正当防衛の要件を満たしているとして、その違法性が阻却されました。本件のXに関しても、Aを突き飛ばして死亡させているので、傷害致死罪の構成要件に該当しますが、自己の身体の自由や名誉・自尊心を守るために行なった行為であり、違法性が阻却される可能性があります。練習答案では、第1で事実関係と傷害致死罪の構成要件該当性、正当防衛による違法性阻却の可能性、そして正当防衛の要件が書かれ、第2で防衛行為の相当性に関する判例の立場が紹介されています。しかし、第1では、事実関係、傷害致死罪の構成要件該当性、正当防衛による違法性阻却の可能性を指摘し、第2では、正当防衛の成立要件を簡単に説明し、本件では「やむを得ずにした行為」にあたるかどうか、すなわち防衛行為の相当性が認められるかと、論点を指摘したほうがよいでしょう。
 第3では、防衛行為の相当性が認められるかどうかを論証してください。判例の立場を踏まえて答案を作成する場合、防衛行為の相当性を超えて過剰防衛になるという反対説を批判しながら、自説・判例の立場の優位性を論証することが必要です。例えば、「本件のXの行為について、防衛行為に出る必要性を肯定しつつも、自己の身体的自由などを法益防衛するために結果としてAを死に至らせ、生命という大きな法益を侵害したのは、防衛行為として相当ではなく、過剰防衛にあたると主張するものがあるが……」と反対説を紹介して、「防衛された法益と侵害された法益が著しく均衡を失している場合には、防衛行為の相当性の要件を満たさず、過剰防衛にあたると判断せざるをえないが、正当防衛には、緊急避難に要する害の均衡の要件は必要ではなく、防衛のために必要で最小限の行為であれば、結果として大きな法益を侵害しても、防衛行為としては相当であり、違法性が阻却されると解すべきである」と自説を対置させてください。このとき、「なるほど確かに……であるが、しかし……」のフレーズを用いるのがよいでしょう。練習答案では、第2では、反対説の重点が「腕を振り払う程度の行為で十分なのに、それを超えてAの胸を突き飛ばした」ところに置かれ、「害の均衡が著しく失しているので、過剰防衛の成立を認める」という内容が明確になっていません。反対説としては、Aの生命を侵害した以上、防衛行為の相当性を超え、過剰防衛であるとい内容を押し出すのが良いと思います。そうすれば、必要最小限の行為であれば、結果として大きな法益を侵害しても、防衛行為の相当性が認められるという自説・判例の内容をそれに対置させることができ、対立点が明らかになり、スッキリした答案になります。
 そして、第4で結論を書いてください。Xの行為が傷害致死罪(刑法205条)の構成要件に該当するが、正当防衛(刑法36条)の要件を満たし、その違法性が阻却され無罪である、と書いてください。

(7)その他
 (2)緊急避難、(4)被害者の同意についても練習答案を書いてもらったので、参考までに紹介します。

 緊急避難
1事実関係の整理と問題の所在
 本件において、Xは「Aが溺れて死んでもやむを得ない」と殺人の未必の故意を持ってAの腕を振りきっており、それによってAの死という結果が生じているため、殺人罪(199条)が成立するように思われる。しかし、Xの行為は自己の生命に対する現在の危難を避けるためにやむを得ずにした行為と考えられるので、緊急避難(37条1項)が成立する可能性がある。37条1項は、緊急避難の成立要件として①自己または他人の生命、身体、自由又は財産に対する危難であること、②現に危難の切迫していること、③やむを得ずにした行為であること、④法益の均衡を要求しており、本件では、特に、③が満たされるかが問題となる。

2問題を解く前提の議論
 判例は、③について「当該避難行為をする以外には他に方法がなく、かかる行為に出たことが条理上肯定し得る場合を意味する」としており、正当防衛(36条1項)と異なり行為の「補充性」が要求されている。したがって、他人の法益を侵害しないでも他に避難方法があった場合、あるいは、より小さな法益侵害で危難が回避できた場合には、補充性が充足されず、要件③は満たされないことになる。

3論点の論証
 本件において、XとAがつかみかかろうとした板以外には、Xらを支えることができるほどの浮力を有する物は無く、当該板につかみかからないかぎり、XもAも溺れることになっていたと考えられる。よって、当該板が2人を支えることができるほどの浮力を有していたと認められる場合には補充性が充足されないものの、それほどの浮力を有していたと認められない場合には、補充性が充足され、要件③を満たすと言える。

4結論
 したがって、板が2人を支えることができるほどの浮力を有していなかった場合にはXに緊急避難(37条1項)が成立するが、それだけの浮力を有していたならば、過失致死罪(210条)が成立する可能性がある。

 被害者の同意
1事実関係の整理と問題の所在
 本件において、被害者Aに対するXの指詰め行為は傷害罪(204条)の構成要件に該当するが、Aの同意があるため、違法性が阻却される可能性がある。

2問題を解く前提の議論
 被害者が身体傷害を承諾した場合に傷害罪が成立するか否かについて、判例は、単に承諾が存在するという事実だけではなく、承諾を得た動機、目的、身体傷害の手段、方法、損傷の部位、程度など諸般の事情を照らし合わせて決すべきものとしている。

3論点の論証
 本件のように、指詰めをもって暴力団脱会に代える目的で被害者Aの同意を得て、指詰めによって傷害を負わせた行為は、方法も野蛮で無残なものであり、このような態様の行為については、承諾があることをもって違法性を阻却するのは相当ではない。

4結果
 したがって、Xの行為について違法性は阻却されず、傷害罪(204条)が成立する。また、Xに対してAに対する指詰めを命じたYには、傷害罪の教唆犯(204条、61条1項)が成立する。