Rechtsphilosophie des als ob

かのようにの法哲学

2016年度刑法Ⅰ(第07週)故意論(2)(練習問題)

2016-05-19 | 日記
 第07回 故意論(2)(練習問題)

1狩猟法で捕獲が禁止されている「たぬき」を、それとは異なる別の動物である「むじな」と信じて捕獲した場合、判例によれば事実の錯誤として故意が阻却下(される されない)。その理由を説明しなさい。
4わいせつ文書を頒布した者が、当該文書が「わいせつ文書」に該当していないと誤信していたことは、判例の立場からは、(事実 違法性)の錯誤であり、その故意の成立は阻却(される されない)。





 判例は、故意の成立に「違法性の認識」は不要であるとの立場を採っていきたと解されている。つまり、自分の行為につき認識があれば、それが違法であると知っていなくても、その行為についき故意が成立するのである。これに対して、(①      )説は、(②      )がなければ故意は成立しないと考える。それは、行為者は(③      )がなければ、規範に直面して、反対動機を形成することができないからである。従って、(④      )は故意の本質的要素であるというのである。しかし、このように解すると、常習犯は、犯罪を繰り返し行なってきたために(⑤      )が弱くなり、強く非難できなくなる。確信犯の場合も、自分が行なっている行為は正しいと信じているので、(⑥      )はなく、非難できなくなる。
 このような問題を解決するために、故意の成立に、行為者の違法性の認識ではなく、(⑦      )を要求する(⑧      )説が主張されている。この説は、行為者が自分の行為が違法であると認識していなくても、その行為が違法ではなく、許されると信じたことについて、一般人から見て、相当の理由があった場合には(⑨      )がなくなると考えてる。

A違法性の認識 B違法性の認識の可能性 C故意 D責任 E厳格故意 F制限故意
①    ②    ③    ④    ⑤    ⑥    ⑦    ⑧    ⑨








(3)基本問題2
1抽象的事実の錯誤に関する法定的符合説
 刑法38条3項で、重い罪にあたる行為を行なったにもかかわらず、その認識がなかった場合には、その重い罪について故意は成立しないと定めている。では、軽い罪について故意は成立するのか。重い罪と軽い罪の間に構成要件の重なり合いがある場合には、その範囲内で故意の成立を認めることができる(法定的符合説または構成要件的故意説)。

 軽い罪にあたる行為を行なったにもかかわらず、重い罪を行なう認識があった場合にも、軽い罪について故意は成立するのか。重い罪と軽い罪の間に構成要件の重なり合いがある場合には、その範囲内で故意の成立を認めることができる(法定的符合説または構成要件的符合説)。


・犬だと思って発砲したら、命中したのは実は人であった(あるいは近くにいた人に命中した)。

 人だと思って発砲したら、命中したのは実は犬であった(あるいは近くにいた犬に命中した)。


 「人」と「犬」の間には構成要件の重なり合いはない。
 従って、実際に生じた「人」または「犬」の殺害には故意は認められない。


・人を殺害したら、その人は実は同意していた。

 同意していると思って殺害したら、その人は実は同意していなかった。



・人を遺棄したつもりが、その人は要保護者であった。

 要保護者を遺棄したつもりが、その人は他人であった。



2構成要件の実質的重なり合い
・覚せい剤を輸入する意思で、実際には麻薬(ヘロイン:ジアセチルモルヒネの麻薬)を輸入した。






・麻薬(コカイン:ジアセチルモルヒネ以外の麻薬)を所持する意思で、実際には覚せい剤を所持した。






・人を傷害したつもりが(傷害)、実はその人はすでに死んでいた(死体遺棄)。





 死体を損壊したつもりが(死体損壊)、実はその人はまだ生きていた(傷害)。





・人を遺棄したつもりが(遺棄)、その人はすでに死んでいた(死体遺棄)。




 死体を遺棄したつもりが(死体遺棄)、実はその人はまだ生きていた(遺棄)。






(5)基本問題3
1規範的構成要件要素の錯誤
 行為者は、わいせつ文書を頒布したが、その文書がわいせつ文書にあたると認識していなかった。ただし、「いやらしい写真集」であることの認識はあった。


2違法性阻却事由の錯誤(誤想防衛)
 AがBが襲いかかってくるものと誤想して、Bに素手で暴行を加え、ケガを負わせた(誤想防衛)

 傷害罪の構成要件該当性


 急迫不正の侵害なし。違法性阻却されず。


 暴行の認識と正当防衛の認識→誤想防衛→暴行の故意の阻却


 過失の可能性→過失致傷罪



 過剰誤想防衛
 AがBが襲いかかってきたので、「斧」で暴行を加え、ケガを負わせ、死亡させた(過剰防衛)。過剰性(死亡)につき故意がなかった場合とあった場合につき論じなさい。

 殺人罪の構成要件該当性


 急迫不正の侵害あり。しかし、過剰防衛。違法性は阻却されず減少。


 過剰性について故意がなければ、防衛行為として相当な行為のつもりで、殺人罪を行なったので、過失致死罪が成立する。刑法36条2項の過剰防衛の規定を準用する(違法性も非難可能性も減少)。


 過剰性について故意があったが、許されていると思っていたならば、殺人罪を行なったのでり、故意もあるので、殺人罪が成立する。刑法36条2項を準用(違法性が減少するが、非難可能性が減少するかどうかは不明)。


3違法性の錯誤
 通貨に似たまぎらわしい物を作ると、通貨模造罪にあたる。居酒屋の店長がサービス券として紙幣に似せたサービス券を作成したが、通貨模造罪にあたるとは知らなかった。それは「事実の錯誤」か、それとも「違法性の錯誤」か。

 事実の錯誤とは、


 違法性の錯誤とは、


 通貨に似た物を作っている事実の認識はある。

 それを違法ではないと誤想したことについて、相当の理由があったか?
 あった→厳格故意説
制限故意説
     厳格責任説
     制限責任説




 Aは鳥取を旅行した記念に「鳥取砂丘の砂」を持ち帰った。

 第07週 練習問題

(1)記述的構成要件要素の認識
1「たぬき・むじな事件」(大判大14・6・9刑集4巻378頁)
 狩猟法は、「たぬき」の捕獲を禁止しているが、Aは目の前にいる動物が「むじな」であると認識し、それを捕獲した。検察官は、その動物が「たぬき」であると認定し、同法の禁猟獣捕獲罪で起訴した。行為当時、一般に「たぬき」と「むじな」が同じ動物であることは知られていなかった。Aに狩猟法の禁猟獣捕獲罪の故意は認められるか。



 「むじな」の捕獲の事実の認識アリ→ 「たぬき」の捕獲の事実認識アリ?→ 故意アリ
              ナシ?→ 故意ナシ

 Aは、「むじな」を捕獲していると認識していた。その際、Aが禁猟獣である「たぬき」を捕獲しているという認識があったかならば、狩猟法違反の構成要件に該当する事実の認識があり、その故意を認めることができる。しかし、Aは「むじな」が「たぬき」とは別の動物であると認識していた。このような場合、Aには狩猟法違反の事実の認識があったとはいえない。従って、Aに狩猟法の禁猟獣捕獲罪の故意は認められない。


2「むささび・もま事件」(大判大13・4・25刑集3巻364頁)
 狩猟法は、「むささび」の捕獲を禁止しているが、Bは目の前にいる動物が「もま」であると認識し、それを捕獲した。検察官は、その動物が「むささび」であると認定し、同法の禁猟獣捕獲罪で起訴した。行為当時、その土地では、「もま」は「むささび」の俗称であり、「むささび」と「もま」が同じ動物であることは知られていた。Bに狩猟法の禁猟獣捕獲罪の故意は認められるか。


 「もま」の捕獲の事実の認識アリ→ 「むささび」の捕獲の事実認識アリ?→ 故意アリ
              ナシ?→ 故意ナシ

 Bは、「もま」を捕獲していると認識していた。その際、Bが禁猟獣である「むささび」を捕獲しているという認識があったかならば、狩猟法違反の構成要件に該当する事実の認識があり、その故意を認めることができる。確かに、Bは「もま」を捕獲していると認識していたが、「もま」は「むささび」の俗称であった。このような場合、Bには狩猟法違反の事実の認識があったといえる。従って、Bに狩猟法の禁猟獣捕獲罪の故意が認められる。


3覚せい剤輸入罪事件(最決平2・2・9判時1341号157頁)
 アメリカ国籍のCは、覚せい剤を腹巻のなかに隠して、台湾から飛行機に乗り、日本の空港で入国手続を済ませた後、入国カウンターで逮捕された。Cは、覚せい剤を含む有害で違法な薬物類であることは認識していたが、それが覚せい剤という種類の薬物であるとの確定的な認識はなかったと主張した。Cに覚せい剤輸入罪の故意を認めることができるか。

・事実関係の成立と問題の所在
 Aは、腹巻に覚せい剤を隠して、日本国内に入国手続を終了した。この行為は覚せい剤輸入罪の構成要件に該当する違法な行為である。しかし、Cにはそれが覚せい剤であるとの認識がなかった。この場合、Cに覚せい剤輸入罪の故意があるといえるか。


・故意の定義
 故意は、一般に犯罪事実の認識・予見であると定義されるが、本件事案において、Cに覚せい剤取締法の輸入罪の事実の認識があたっといえるか。その認識がなかった場合、故意を認めることはできない。


・立論
 Cには、日本に持ち込もうとした薬物が覚せい剤であるとの確定的な認識はなかったが、覚せい剤を含む有害で違法な薬物類であるとの認識はあった。このような場合、Cには、持ち込もうとした薬物が覚せい剤かもしれないし、そうでなくても身体に有害な違法な薬物であるとの認識があったので、覚せい剤輸入の違法性を確定的に認識していたわけではなくても、その違法性を認容していたということができる。従って、覚せい剤輸入罪の故意を認めることができる。


・結論
 以上から、Cには覚せい剤輸入罪の故意が成立する。


4「公衆浴場浴場無許可営業事件」(最判平元・7・18刑集43巻7号752頁)
 公衆浴場法8条1号は、都道府県知事の許可を受けずに公衆浴場を営業することを禁止している。実父は、町外れで、長年にわたり公衆浴場の個人営業を営んでいたが、それをスーパー銭湯のチェーン会社を経営する長男Dに引き継ぐことを決め、県の係官にそのことを相談した。係官は、「あなたの公衆浴場の営業を、Dの会社に変更してください。そのためには、公衆浴場営業許可申請事項変更届を提出しなければなりません」と指示された。Dは父親とともに、その書類を県に提出し、受理された旨の連絡を受けたので、Dは、自分が経営する会社に父親の公衆浴場を営業する許可が与えられたと認識し、その営業を始めた。
 しかし、公衆浴場法によれば、公衆浴場営業許可申請事項変更届というのは、営業許可を受けた人の住所や電話番号などの変更を届け出るためのものであり、Dが父親の公衆浴場を営業許可を引き継ぐような場合には、許可申請事項の変更届けではなく、新規の営業許可の申請が必要であると規定している。従って、県が変更届を受理したことには重大な瑕疵(手続違反)があり、Dに対する公衆浴場の営業許可は無効であることが判明した。また、Dは会社の顧問弁護士から、「公衆浴場の営業許可は、公衆浴場単位ではなく、その経営者単位で出されるもので、父親への許可をDに変更できるような性質のものではない」とアドバイスを受けていたことも判明した。Dに公衆浴場法8条1号の「無許可営業罪」の故意が認められるか。

・事実関係の整理と問題の所在
 Dの行為は、客観的に公衆浴場法8条1号の無許可営業罪の構成要件に該当する(違法性を阻却する事由に該当する事実はない。従って、その違法性も認められる)。では、その故意についてはどうか。


・故意の定義
 故意は、一般に犯罪事実の認識・予見であると定義されるが、本件事案において、Dに公衆浴場法の無許可営業罪の事実の認識があたっといえるか。その認識がなかった場合、故意を認めることはできない。それに対して、その認識はあったが、評価を誤って法的に許されると解したというならば、違法性を基礎づける事実の認識があったのかが問題になる。


・立論
 Dは、顧問弁護士から公衆浴場の営業許可は、公衆浴場単位ではなく、経営者単位で認められるものであり、父親への許可をDに変更することはできないとアドバイスを受けていた。この点に着目するならば、Dは新規の許可申請の手続をとらずに、公衆浴場を営業し、その事実の認識もあるので、無許可営業罪の故意を認めることができるようにも思える。しかし、Dは県の係官から、許可申請事項の変更届を提出するよう指示され、その書類を提出し、受理されたとの連絡を受けていたので、自分の会社が父親の公衆浴場を営業することが許可されたと認識していた。このような場合、Dには公衆浴場を無許可で営業しているという認識があったということはできない。従って、Dには公衆浴場法の無許可営業罪の事実の認識はなく、その故意があったとはいえない。


・結論
 以上から、Dには公衆浴場法の無許可営業罪の成立を認めることはできない。


5誤想防衛
 Eは、夜の公園を散歩していると、女性の悲鳴が聞こえたので、近寄ってみると、男性が女性と揉み合いになっているのが見えた。女性がEの存在に気づくと、「助けて」と叫んだので、Eは女性が男性に襲われていると思い、女性を助けるため、男性を背後から取り押さえた。それによって、男性に加療2週間の傷を負わせた。後に、男性は女性が自殺しようとするのを止めさせるために、女性と揉み合いになったことが判明した。

・事実関係の整理と問題の所在




・故意の定義




・立論―誤想防衛・違法性阻却事由にあたる事実の認識(誤想)があった場合





・結論





(2)規範的構成要件要素の認識
1Fは、出版社の社長であるが、D・H・ロレンスの小説『チャタレイ夫人の恋人』の翻訳・出版を計画し、翻訳者に依頼して、その日本語訳を得た。Fは、その内容に性的描写の記述があることを認識しながら単行本として出版した。検察官は、Eをわいせつ文書頒布罪で起訴した。Fは「男女の赤裸々な関係が描写されており、いやらしさが感じられたが、それも芸術的創作の一環であり、わいせつであるとは思えなかった」と主張した。裁判では、Fに「わいせつ文書」を頒布している認識があったかどうかが争われた。

・事実関係の整理と問題の所在
 Fは、わいせつ文書を頒布したとして起訴された。Fには、わいせつ文書の認識がなかった。Fに、故意犯であるわいせつ文書頒布罪が成立するか。


・規範的構成要件要素の認識
 故意は、犯罪事実の認識、すなわち構成要件該当の事実の認識であると定義される。構成要件該当の事実の認識とは、構成要件のすべての要素に該当する事実の認識である。AがBの生命を侵害した場合、Bが人であること、その行為が殺す行為であることの認識があれば、Aには殺人罪の故意がある。わいせつ文書頒布罪の場合も、頒布している文書が「わいせつ文書」であることの認識があれば、その罪の故意を認めることができる。


・立論
 Fは、出版・販売した小説がわいせつなものであると認識していなかったので、わいせつ文書頒布罪の故意があったとはいえないようにも思われる。しかし、いやらしい小説であるとの認識はあった。このような場合、わいせつ文書の認識を認めることができるだろうか。一般に規範的構成要件要素の認識については、法的立場から判断された専門的な意味の認識までは必要ではなく、いわば素人的判断の程度における社会的な意味の認識で足りると解されている。わいせつ性についても、裁判の判例で確立したような専門的な意味ではなく、社会において一般人が「いやらしい」と感ずるような意味を認識している場合には、わいせつ性の認識があったものと認めることができる。Fは、「男女の赤裸々な関係が描写されており、いやらしさが感じられた」と述べており、「わいせつ性」にあたる社会的な意味の認識があったといえる。


・結論
 以上から、Fにはわいせつ文書頒布罪の故意の成立を認めることができる。