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Rechtsphilosophie des als ob

かのようにの法哲学

2014年度後期刑法Ⅱ(各論)第08回 恐喝の罪

2014-11-10 | 日記
 刑法Ⅱ(各論) 個人的法益に対する罪――財産に対する罪
 第08週 恐喝の罪

(1)恐喝罪:総論
1恐喝の罪
 恐喝の罪とは、害悪を告知して人に恐怖心を生じさせ、意思の決定や行動の自由を抑圧して、財物を交付させ、または財産的利益を得る行為をいいます。詐欺罪と恐喝罪とでは、行為の手段が「人を欺いて」と「人を恐喝して」という点で異なりますが、それ以外の点は全て同じです。錯誤や恐怖といった被害者の「瑕疵ある意思」に基づいて、財物が交付され、また利益が処分されるという犯罪です。1項で財物が、2項で財産上不法の利益が行為客体です。

2他の犯罪との関係
 詐欺罪が知能犯に分類されているのに対して、恐喝罪は、その手段行為が生命や身体などへの加害の告知(脅迫)であることから、「粗暴犯」の性格を有しています。暴行や脅迫を手段行為とする強盗罪や強要罪と類似性を持っていると考えられます。
 恐喝罪を強盗罪との関係を考えると、財物と財産的利益を行為客体としている点において共通点があります。また、暴行・脅迫(暴行を含むかどうかは後で検討します)を手段行為として用いる点でも共通しています。ただし、恐喝罪の手段行為は、相手方の反抗を抑圧するほど強度なものであることを要しません。恐喝罪の場合には、被害者は恐怖心を抱きながらも、まだ反抗を抑圧されておらず、それゆえ不本意に自己の財物を交付しているからです。
 強要罪との関係を考えるならば、暴行・脅迫を用いて、人に義務のないことを行わせたり、人の権利の行使を妨害したならば強要罪が成立し、支払い義務がないのに支払わせたり、購入の権利があるのに購入させなかったりすれば恐喝罪が成立します。

(2)財物恐喝罪
刑法249条 人を恐喝して財物を交付させた者は、10年以下の懲役に処する(1項)。未遂も
する(250条)。

1行為客体
 財物恐喝罪の行為客体は、他人が占有する財物であり、窃盗罪、強盗罪、詐欺罪の行為客体と同じです。自己の物の特例(242条)、電気に関する規定(245条)、親族相盗例(244条)は、恐喝罪に準用されます。不動産については、詐欺罪の場合と同様に「財物」に含まれると解されています。

2行為
 恐喝罪の行為は、手段行為として人に対して「恐喝」を行い、それによって財物を交付させることである。

恐喝
 恐喝とは、財物の交付に向けられた手段行為としての脅迫です。それに暴行も含まれるかどうか、被害者に対する脅迫(および暴行)の程度は、どのようなものかをめぐって争いがあります。
 まず、恐喝の手段行為に脅迫だけでなく、暴行も含まれるかどうかです。判例は、暴行も含まれると介していますが、「被害者に暴行を加え、被害者をして要求に応じないときには、さらに暴行などいかなる危害を加えるかも知れないと畏怖させた場合」、当該暴行が手段行為としての「脅迫」にあたると判断したものがありますが(最判昭33・3・6刑集12・3・452)、暴行が脅迫と並列的に恐喝罪の手段行為として扱われているわけでは必ずしもありません。
 次に、脅迫の程度に関しては、かつて判例では被害者を畏怖させるだけでなく、「困惑」させる場合も含まれるとしていましたが(大判昭8・10・16刑集12・1807)、困惑は恐喝から除外されています(ただし、改正刑法草案346条では、困惑を手段とした準恐喝罪が規定されています)。脅迫による畏怖状態(瑕疵ある意思)に基づいて、財物が交付されるため、被害者の自由意思が完全に抑圧されていることまでは必要ではありません。このように脅迫の程度には、強盗罪と区別する重要な意味があります。
 さらに、脅迫の対象と内容についてですが、それが財物の交付に向けられていることを要します。その対象対象については、脅迫罪に関する議論が妥当しますが、本人・親族だけでなく、友人も含むと解されています。また、内容も生命、身体、自由、名誉、財産に対する害悪の告知に限定されず、警察への通報を告知し、口止め料として金銭を交付させた場合も恐喝罪にあたると解されています(最判昭29・4・6刑集8・4・407)。詐欺罪の手段行為である欺く行為は、それ自体として犯罪でないことから、同一の章に規定され、同じ刑が法定されている恐喝罪の手段行為についても、広く解されているようです。

交付
恐喝罪の成立には、脅迫によって被害者が畏怖し、そのような「瑕疵ある意思」に基づいて、財物を交付し、それを行為者が取得するという因果経過が必要です。脅迫され畏怖した被害者が、サイフから金銭を財布から取り出した直後に、行為者がそれを奪って逃げた事案について、恐喝既遂罪の成立が肯定されています(名古屋高判昭30・2・16高刑集8・1・82)。サイフから取り出した時点において、「交付」したことを認定できると判断したからだと思います。また、脅迫された被害者が落とした腕時計を、行為者が被害者の気づかない間に拾得した事案でも、恐喝既遂罪の成立が認められています(浦和地判昭36・7・13下集3・7=8・693)。畏怖した被害者による「交付」(作為)がなければ、恐喝罪は成立しないと考えるならば、このような場合には、恐喝未遂と窃盗既遂(両罪は併合罪)となりますが、裁判例には被害者の交付という要件を柔軟に認定する傾向があるように思われます。また、畏怖している被害者が、行為者による財物の持ち帰りを「しぶしぶ黙認している」ような場合にも、恐喝罪の成立が認められています(最判昭24・1・11刑集3・1・1)。利益詐欺罪における債権放棄などの処分行為の場合、不作為による処分行為が認められることに対応して、財物恐喝罪における交付もまた、作為だけでなく、不作為によっても行なわれうると解されているようです。

3未遂と既遂
一般に人を畏怖させるに足りる害悪の告知がなされれば、脅迫を手段行為とする恐喝罪の実行の着手を認めることができます。結果的に被害者が畏怖しなくても、恐喝罪の実行の着手は肯定され、未遂が成立します(大判大3・4・29新聞943・32)。畏怖しなかった被害者が、哀れに思って財物を交付した場合、また畏怖したが、それとは別の理由から財物を交付した場合、いずれも恐喝未遂です。また、判例は、恐喝罪を詐欺罪と同様に「個別財産に対する犯罪」と捉え、相当対価が支払われ、実質的に財産上の損害が発生しているとはいえない場合でも、財物(および財産上の利益)が失われている場合には、恐喝罪の既遂を肯定しています(大判昭14・10・27刑集18・503)。
 脅迫されて、金品を交付することを約束した被害者が、警察に被害届けを出したところ、警察官が金品を交付する現場に張り込んで、そこで行為者を逮捕する告げたので、被害者は現場で安心して金品を引き渡した事案では、その直後に行為者は逮捕されましたが、被害者による金品の交付は、畏怖に基づいてなされたものではないので、恐喝未遂罪しか成立しないと判断されています(東京地判昭59・8・6判時1131・176)。

(3)利益恐喝罪
刑法249条 人を恐喝して、財産上不法の利益を得、又はこれを他人に得させた者は、10年以下の懲役に処する(2項)。未遂も罰する(250条)。

1行為客体
 利益恐喝罪の行為客体は、財産上不法の利益です。利益強盗罪・利益詐欺罪のところでの説明が、ここでもあてはまります。

2処分行為
 利益詐欺罪のことろで問題になったのと同じように、利益詐欺罪でも利益の移転の認定基準として被害者の処分行為が必要です。利益恐喝罪の場合、被害者は脅迫により畏怖しているので、処分行為が不作為による場合(例えば、脅されたので代金の支払いを請求をしなかった)はあっても、そのような態度を無意識にとっているというようなことはありえません。従って、利益詐欺罪で問題になった「無意識の処分行為」は、利益恐喝罪では問題にはならないでしょう(最判昭43・12・11刑集22・13・1469)。

(4)権利行使と恐喝罪
 他人から財物や財産上の利益を受ける権利のある者が、脅迫を手段として、その権利を実現した場合、恐喝罪にあたるでしょうか。他人が不法に占有する自己の財物を脅迫して交付させた場合、刑法242条が準用され、財物恐喝罪が成立しますが、窃盗の直後の場合は、自救行為として、超法規的に違法性が阻却される場合があります。
 問題は、債権者が脅迫を手段として債権を実現する場合に恐喝罪が成立するか否かです。

1判例の動向
 かつて大審院は、権利を行使するために、脅迫を手段として用いても、恐喝罪は成立しないと判断していました(大判大2・11・19刑録19・12611)。しかし、大審院連合部(現在の最高裁大法廷に相当する)は、被告人が銀行で預金残高3百円の支払いを受ける際に、行員を欺いて3千円を交付させた事案に関して、詐欺罪・恐喝罪と権利行使との関係に関して、次のように判断しました(大連判大2・12・23刑録19・1502)。
 ①正当な権利の範囲内ならば、詐欺罪・恐喝罪は成立しない。
 ②ただし、権利を超えた部分について、財物・利益が分割可能な場合、超過部分については詐欺罪・恐喝罪が成立し、分割不可能な場合、その全部について詐欺罪・恐喝罪が成立する。
 ③また、たとえ権利者であっても、権利を実行する意思がなく、たんにそれを仮託した場合または全く別の原因に基づく場合は、その全部について詐欺罪・恐喝罪が成立する。
 そして、この基準に基づいて恐喝罪が成立しない場合でも、手段行為の部分については脅迫罪が成立すると判断されています(大判昭5・5・26刑集9・342)。
 しかし、その後は、たとえ権利行使の意図があったとしても、権利の範囲を超え、またその手段行為が社会通念上受忍すべき程度を超えている場合には、権利の濫用であると認定して(「権利濫用の法理」)、可分・不可分を問わず、その全体について恐喝罪の成立が認められています(大判昭9・8・2刑集13・1011)。最高裁も、3万円の債権を回収するために、脅迫を用いて、6万円を交付させた事案で、権利行使の手段として社会通念上、一般に受忍すべきものと認められる程度を逸脱していたとして、6万円全額について恐喝罪の成立を認めました(最判昭30・10・14刑集9・11・2173)。脅迫という手段の違法性が強調されることによって、有効な債権までが相対的に軽視される傾向は、いわゆる行為無価値論によって支えられていると思われます。

2学説
 学説は、旧判例の見解を支持し、正当な権利の範囲内ならば、手段行為について脅迫罪が成立することはあっても、恐喝罪は成立しないとするものが有力に主張されていたが、違法な手段によって債権を回収した場合には、それは「債権の回収」(権利の行使)ではないとして、恐喝罪の成立を認める考え方が通説になっている。それは、恐喝罪が「個別財産に対する犯罪」であり、当該財物が脅し取られている以上、恐喝罪が成立し、それは財産上の損害の発生の有無とは無関係に論ぜられる(あるいは、財物の喪失それ自体が財産上の損害である)と考えるからであろう。

3権利行使か否かが不明確な場合
 判例・通説によれば、このように権利があっても、恐喝罪が成立するというのですから、権利があるか否かが明確でないのであれば、脅迫を用いて金銭を支払わせたような場合、なおさらのこと恐喝罪が成立することになるでしょう。例えば、自動車の欠陥を指摘して脅迫し、損害賠償を請求した「ユーザーユニオン事件」の第1審判決では、権利の存在が明確ではないとして、恐喝罪が成立すると判断されました(東京地判昭52・8・12刑月9・7=8・448)。その控訴審判決では、法的に正当な損害賠償の請求といえるためには、権利を有するという確信を裏づける相当な証拠が必要であり、それなしに賠償金を請求することは、消費者の正当な権利行使とはいえないとして、恐喝罪の成立を認めています(東京高判昭57・6・28刑月14・5=6・324)。
 損害賠償請求権があるか否かは、客観的に認定できる問題です。検察官が恐喝罪の成立を主張しようとするならば、そのような権利が行為者にないことを証明すべきでしょう。しかし、判例は、かりに損害賠償請求権が行為者にあっても、それを行使する際に用いた「脅迫」という手段に社会的相当性がないということを理由にして、恐喝罪の成立を肯定しています。ここに、行為無価値論の発想が現れています。
 なお、判例の考えを採用したとしても、行為者が権利の存在を誤信していた場合には、事実の錯誤(自分の行為が恐喝罪にあたるとは思っていなかった)として扱い、その故意の成立を否定する余地は残されています。

(5)罪数の問題
 脅迫を手段として被害者に財物や利益を処分させた場合、恐喝罪が成立します。手段行為である脅迫は恐喝罪に吸収され、独立して脅迫罪を構成しません。
 「恐喝」という手段行為に「暴行」も含まれると解した場合、暴行から傷害・死亡が発生した場合、どうなるでしょうか。恐喝罪には、強盗致死傷罪のような規定はないので、恐喝罪と傷害罪または傷害致死罪の観念的競合になると思われます。
 欺く行為と脅迫が併用され、財物や利益を処分させた場合、例えば「ラーメンのなかに、髪の毛が入っていましたよ。私は、○○新聞社の社会部の記者です。これを記事にして報道しましょうか」と欺いて、代わりのラーメンを用意させたり、代金の支払いを免れた場合、詐欺罪と恐喝罪の観念的競合にあたると解することができます、恐喝罪一罪の成立を認めることで足りるでしょう。
 公務員が、その職務関連行為を行うにあたり、被害者を脅迫して賄賂金を交付させた場合、脅迫罪が成立しますが、それとは別に収賄罪が成立するでしょうか(観念的競合の関係に立ちます)。職務関連性があるならば、収賄罪の成立は肯定されるでしょう。収賄罪が成立すると解するならば、被害者には贈賄罪が成立することになりますが、適法行為の期待可能性がなければ、贈賄罪の責任が阻却されます。