Rechtsphilosophie des als ob

かのようにの法哲学

グルーミング行為の犯罪化について

2022-05-27 | 旅行
 グルーミング行為の犯罪化について

 1 法務省は、刑法の性犯罪の改正作業において、グルーミング行為の処罰規定を設けることを検討しています。グルーミング(grooming)とは、他人に寄り添う、付き添うなどの行為です。法務省が検討しているのは、「性交等」または「わいせつな行為」を行う目的から、十分な判断能力を持たない若年者、また心配事や悩み事があって年上の大人に聞いてほしいと希望している若者に寄り添い、または付き添う行為です。若年者は、その大人を信頼しているので、警戒心がありません。アドバイスを受けると、その通りに行動する可能性があります。その行動の中に、性行やわいせつ行為の相手になること、わいせつ動画を撮影し、それを送信することなどが含まれる危険性があります。未成年者の健全育成という観点から、また当該未成年者の性的自己決定権の保護の観点から、このようなグルーミング行為を早期に発見し、予防することが求められています。法務省はこのように考えています。
 未成年者は、多くの悩みを抱えながら成長します。大人は、人生の先輩として、若者にアドバイスができる立場にありますし、またアドバイスする責務があります。学習上の悩み、友人関係の悩み、また性の悩みなどのなかには、親や友人、先生などに相談できないものもあります。真剣に相談に乗ってくれる人がいれば、その人を頼りにできます。グルーミング行為者は、そのような相談に乗るふりをして、若者に接近してきます。若者は、社会経験が十分にないため、人を疑うことを知りません。優しく相談に乗ってくれる大人に対して、すぐに信頼してしまいます。グルーミング行為者は、このようなウソの信頼関係を築き、相手が信用したところに乗じて、懐柔、手なずけ、性的な行為を迫ってきます。被害者は、信頼しているため、自分が被害を受けていることを認識できないでいます。かりに被害を訴えると、信頼関係が崩れ、見放されてしまうことを心配し、いわれるがままに従ってしまう危険があります。「誰もがやっていることだ」とか、「こうして大人になっていくんだ」と言われると、「そうなのかなぁ」と信じてしまう人もいるでしょう。グルーミング行為による被害は見えないところで拡大し始めています。
 例えば、2022年3月に東京地裁で、13歳未満の児童に対してグルーミングを行い、わいせつな動画を自分のスマートホンに送らせた行為について、強制わいせつ罪と児童買春・ポルノ禁止法違反の罪に問われた裁判がありました(有罪・実刑)。強制わいせつ罪は、13歳以上の人に対して暴行・脅迫を用いて、わいせつな行為を行うことです。13歳未満の人の場合、暴行・脅迫は要件ではありません(刑法176条)。また、被害者が13歳以上の児童であっても、わいせつな動画を送信させたなら、児童ポルノ処罰法違反にあたります(児童とは、18歳未満の人のことです)。
 問題なのは、13歳以上18歳未満の人に対して、暴行・脅迫を行わずに、性行やわいせつ行為を行った場合、どうなるのでしょうか。暴行・脅迫がなければ、現在の刑法では、不処罰です。かりに、13歳以上18歳未満の児童に対して暴行・脅迫を行わずに性行やわいせつ行為を行った場合、対償を提供したならば、児童買春罪にあたります。もしも、対償の提供を伴わない性行やわいせつ行為であれば、不処罰です。しかし、それでいいのでしょうか。13歳以上18歳未満の若者は、なぜそのような性行やわいせつ行為に応じたのでしょうか。相手方とそのような関係を、いつ、どこで築いたのでしょうか。相談に乗ってくれるいい人だとだまされて、信じ込まされているのではないでしょうか。若者が性犯罪の餌食(えじき)にされているのではないでしょうか。これが法務省の問題関心です。

 2 このようなグルーミング行為に対して、誰もが何らかの対応の必要性を痛感していると思います。まずは、未成年者を取り巻く犯罪状況について概観します。
 未成年者をめぐる犯罪状況は、どのようになっているでしょうか。様々な犯罪の被害にあっています。未成年者略取罪・誘拐罪、監禁罪、強制わいせつ罪、強制成功等罪など被害の実情は深刻な犯罪ばかりです。
民法上、成人年齢は18歳なので、18歳以上の若者について、結婚や離婚、また性的な事柄に関する自由は尊重されるべきです。このことは明らかです。ただし、18歳未満の人は法的に結婚するなど認められなくても、その人たちのなかには、同種の行為を行っている人もいます。中学を卒業して、仕事を始めて、知り合いになった相手と共同生活に入り、まだ18歳になっていなくても、夫婦としての生活を送っている人がいます(16歳以上18歳未満のA君とB子さん)。成人ではないからという理由で禁止することは難しいでしょう。
しかし、このような人の生活の自由を保障することと、現在の法制度のままで良いこととは別の問題です。深刻な犯罪に対して、しっかりとした対応をとる必要があることは言うまでもありません。未成年者がグルーミング行為の被害にあっている現状を踏まえるならば、何らかの対応をとる必要があります。ここでは、未成年者の性的被害を防止する観点から考えていきます。

1)刑法における性行等の同意年齢の引き上げ
 まずは、強制わいせつ罪や強制性行等罪における行為客体(被害者)の年齢基準である「13歳」に着目して考えます。刑法は、強制的にわいせつな行為や性交などの行為を行うことを厳しく罰しています。それは一般には暴行・脅迫を用いたわいせつ行為・性交などの行為ですが、13歳未満の人に対する場合には暴行・脅迫がなくても成立するとされています。13歳未満の人は、性行為などの意味について十分な知識がないため、だまされやすく、指示通りに対応することがあるため、暴行・脅迫の要件が外されてます。これは、13歳未満の人が性行などに応ずることを同意していても、それは無効だということです(被害者の同意があっても、13歳未満の場合、違法性は阻却されません)。ただし、13歳以上であれば、性交などの意味について正確な判断ができるとされているため、同意は有効です(13歳以上であれば、被害者の同意によって違法性が阻却されます)。そうすると、暴行・脅迫がなければ、「同意」があったと推定されるため、現在のところ刑法で罪に問うことはできません。かりに被害者が同意していなくても、行為者は同意があったと錯誤していたので、暴行・脅迫を行っていない限り、強制わいせつ罪や強制性交等罪にあたる事実を錯誤していたため、故意が阻却され、これも罪に問うことはできません。ただし、行為者が13歳以上の人に対して、「対償」(金銭や物品など)を提供し、またそれを約束して性交等を行った場合、たとえ「同意」があっても、児童買春・児童ポルノ処罰法の「児童買春罪」が成立します。
 現在、刑法の同意年齢を「13歳未満」から基準を引き上げることが、様々なところで議論されています。例えば、16歳未満まで引き上げる。そうすると、16歳未満の人が「同意」していても、それは無効であるので、その分だけ強制性行等罪や強制わいせつ罪による処罰範囲が拡大することができます。

2)児童買春・児童ポルノ処罰法の「対償」の要件の見直し
 児童買春・児童ポルノ処罰法は、18歳未満の児童に対して、「対償」を提供するなどして、性行やわいせつ行為を行う行為を「児童買春罪」として処罰します。ここでは13歳という年齢基準は適用されていません。児童(18歳未満の人)であれば、同意の有無にかかわらず、児童買春罪にあたります。18歳未満の児童は、だまされやすい、警戒心が弱い、また金銭や物品に魅了されやすい。ゆえに、相手の指示どおり、性交などの相手をしてしまう。児童をとりまく環境が深刻であるがゆえに、13歳以上であっても、対償を伴う限り、同意は無効とされています。ただし、「対償」を伴わなければ、13歳以上の児童の場合、児童買春罪にはあたりません。かりに刑法の同意年齢を16歳未満に引き上げれば、強制性交等罪や強制わいせつ罪で処罰できますし、「対償」の要件を外せば、16歳未満の児童に対する児童買春罪として処罰することもできます。そうすると、「対償」を伴う児童買春が処罰されるのは、16歳以上18歳未満の児童の場合だけに限られることになります。「対償」を伴わなければ、合法です(16歳以上18歳未満のA君とB子さんは、処罰されません。彼らの生活の自由は保障されます)。
 このようにして、暴行・脅迫を伴わない性行やわいせつ行為の客体を16歳未満まで引き上げ、その処罰範囲を拡大することによって、未成年者の性的自由を守ることができます。また、16歳未満の児童の場合について、「対償」の要件を外して、児童買春の成立範囲を拡大すれば、その保護の範囲を拡大することができます。しかし、それだけでは、問題にされているグルーミング行為を規制することはできません。次に、グルーミング行為について検討します。

 3 これまで見てきたのは、未成年者や児童に対する性的被害を防止するための刑法改正の議論でした。主として問題になったのは、13歳未満という同意年齢の引き上げでした。ただし、それは、わいせつ行為や性行などが開始される時点における問題であって、それ以前の行為を規制しようというものではありません。強制わいせつ罪も強制性交等罪も既遂だけでなく、未遂も処罰されますが、それでもわいせつ行為などの構成要件的行為を開始する時点の問題であって、それ以前の行為を規制するものではありません。つまり、刑法改正議論において行われているのは、同意年齢を引き上げて、保護の対象を拡大させる問題であって、「わいせつ行為」や「性行等」の規制対象を拡張して、それ以前の行為をも処罰できるようにする議論ではありません。
 これに対して、児童買春・児童ポルノ処罰法では、実際に児童に買春をする行為だけでなく、それ以前の「あっせん」や「勧誘」などの行為が処罰されます。買春に応ずることを希望している児童がいる。だから、客になりそうな人を探し、働きかける。それが児童買春の「あっせん」です。また、児童買春を希望する客がいるので、その相手になってくれそうな児童を探す。それが児童買春のための「勧誘」です。実際の買春を被害を防止するために、その前段階の行為を規制している点に特徴があります。ただし、あっせんや勧誘よりも前の行為は規制されていません。
 現在のところ刑法では、13歳未満の人に対して、暴行・脅迫を行わずに性行する目的から行われるグルーミング行為は、処罰されません。それは、強制性行等罪の実行に着手する前の段階だからです。処罰可能なのは、あくまでも性交等の行為(犯罪の実行行為)の開始を待たなければなりません。13歳以上の人に対する場合、強制性交等罪の手段行為である暴行・脅迫が開始されるのを待たなければ、規制することはできません。また、18歳未満の児童に対して、対償を提供して、児童買春などの「あっせん」や「勧誘」をする目的から行われるグルーミング行為も規制されていません。
 犯罪の実行行為よりも前段階において、その犯罪を行う目的に基づいて行われる行為を、刑法では「予備」といいます。強制わいせつ罪や強制性交等罪については、実行に着手した段階において未遂罪として処罰できますが、それ以前の予備を処罰することできません。では、強制わいせつや性交を行う目的に基づくグルーミング行為を「強制わいせつ予備罪」や「強制性交等予備罪」で処罰することができるでしょうか。また、同じように児童買春のあっせんや勧誘よりも前に行われるグルーミング行為を児童買春予備罪として処罰することができるでしょうか。
 犯罪の一般的な成立は、陰謀→予備→実行の着手→既遂の経過をたどります。刑法の条文を読めばわかりますが、犯罪として処罰されるのは基本的に既遂の段階です。「犯罪の実行に着手して、これを遂げなかった」場合に未遂が処罰されるのは例外です。そうすると、予備罪や陰謀罪などの行為を処罰するというのは、例外中の例外ということになります。未成年者や児童の性被害を防止する必要があることは明瞭であり、保護の領域を拡大させるべきことは理解できますが、それは刑罰権の行使の範囲を拡大させ、処罰領域を広げることを伴います。不必要に、また不当に処罰が行われることによって、冤罪などの問題も出てきます。その点に関しても問題意識を持つ必要があります。そのうえで、グルーミング行為、とりわけ未成年者や児童をターゲットにしたグルーミング(チャイルド・グルーミング)の規制の必要性と緊急性を踏まえながら、的確な規制方法が可能かどうか、それはどのような方法かを検討する必要があります。

 4 これまで述べたように、強制わいせつ罪や強制性行等罪については、既遂だけでなく、未遂も処罰されます。児童買春罪については、児童買春それ自体だけでなく、そのあっせんや勧誘も処罰されます。犯罪として処罰されるのは、法益侵害を惹き起こした既遂犯であり、それを伴わない行為であっても、「犯罪の実行の着手」が認められることを理由に処罰されるのは例外です。その限りでいえば、わいせつや性行について未遂が処罰されるのは、法益の保護に資するということができます。児童買春罪についても、あっせんや勧誘が処罰されることで、児童の保護に資するといえます。しかし、それよりも前の段階の行為は、処罰の対象から除外されています。未成年者や児童の性的被害から守るためには、グルーミング行為に対して早期に規制することが必要ではないか。法務省の問題関心は、この点にあるようです。では、グルーミング行為をこれらの犯罪の「実行の着手」の千段階の行為、すなわち「予備罪」として処罰できるでしょうか。できるとすれば、その理論的な根拠はどのようなものでしょうか。
 予備罪として処罰される犯罪には、例えば殺人予備罪、強盗予備罪、身代金目的略取・誘拐予備罪、現住建造物等放火予備罪などがあります。いずれも重要な法益を侵害・危殆化する犯罪です。警察の刑事実務では、「重大犯罪」・「凶悪犯罪」として位置づけ、「捜査本部」を設置して、捜査体制を整えて捜査にあたります。
 予備罪は、殺人罪など(これを基本犯といいます)を行う目的から、そのための準備行為を行った場合に成立します。包丁を買いそろえたり、犯行予定場所(被害者宅)の下見に行く行為がこれにあたるといわれています。重大な法益を保護するために、このような行為に対しては、早い段階から警察による規制ができるようにされています。「不審者を見たら、連絡を!」というのも、先ずはうなずけます。しかし、包丁を買うと、常に殺人予備罪にあたるわけではありません。他人の家を見ただけで、殺人予備罪で逮捕されるというのは無茶な話です。その行為が、その後、殺人罪などのが基本犯へと至る客観的な危険性がなければ、たんなる包丁の購入でしかありません。他人の住居を見に行っただけの話です。問題なのは、この危険性をどのようにして見極めるかです。その見極めが客観的にできなければ、予備罪の認定は非常に困難が伴います。それは捜査権の濫用をまぬく危険性もあります。ひいては、冤罪を生み出す原因にもなりかねません。
 グルーミング行為というのは、すでに述べたように、性的な行為を行う意図を隠して、悩みの相談に乗るふりをして、児童に接近するような行為です。対面で接近するよりも、インターネットやSNSを利用して接近することが多いようです。そうすれば、一度に多くの児童に働きかけることができる。アクセスしやすい。警戒されにくい。このような特徴があります。児童の側から見ても、気軽に相談できるという「利点」もあります。しかし、それは同時に「わな」であり、「落とし穴」でもあります。
 悩み事を抱えた児童のために、様々な相談窓口が設置されています。学校の先生による相談、市役所や児童相談所の窓口、電話、ネットで受け付けています。そのような本来の相談とグルーミング行為は全く別ものです。それは、公的な機関が行っているかどうかで基本的に区別できます。しかし、児童に対する相談は、公的機関しかできないものではありません。一般の人が行ってはならないものではありません。SNSなどで知り合った人のために、親切に相談に乗る人もいます。それは友人としてのアドバイスです。そのような行為まで「グルーミング行為」として規制することはできません。したがって、相談それ自体を禁止することは難しいでしょう。ただし、グルーミング行為者は、性的な目的を隠して、相談に乗るふりをして接近してくるので、どこかで見極めて規制することが必要です。動画を送れとか、家に遊びに来いとか、そのようなメッセージが届いたときは、要注意でしょう。
 しかし、このようなグルーミング行為は、親や友人の知らないところ、学校や自治体とは無関係なところで行われています。それを発見するのは困難です。当該未成年者や児童が自ら明らかにしない限り、表面化しにくいものです。何らかの方法を用いて発見できるのであれば、そうすべきですが、通信の秘密などの規制を伴うならば、様々な問題が伴います。限定的な規制を加えるために、刑法を改正するなどして予備罪を設けることも必要かもしれません。そのような様々な方法を駆使して、親や教師が「子どもの様子がおかしい」と発見できるならば、SNSでグルーミングを行っている人をピンポイントで発見できるかもしれません。
 ただし、かりにグルーミング行為者を摘発できたとしても、児童は被害者としての自覚を持っていない場合があります。信頼する人が警察に逮捕される、しかもそれを通報したのは自分の親であった。そのことを知ったとき、人間不信が増幅し、家族が崩壊する危険性があります。また、その分だけグルーミング行為者に対する背信の気持ちが強まり、自分があの人を罪人にしてしまったと自己嫌悪に陥るかもしれません。
 児童が悩みを抱えながらも、親や教師に相談しにくい社会、怒られるのではないかとビクビクして生きている社会。それよりも見知らぬ人の方が気軽に相談できる社会、どこか遠くにいる人の方が安心できると錯覚してしまう社会。今の私たちは、そのような社会に生きているのかもしれません。グルーミング行為の背景にはそのような社会があるのかもしれません。そのような社会がグルーミング行為の土壌になっているのかもしれません。本当の意味で人間を信頼できない社会になっているかもしれません。刑法を改正して、グルーミング行為の処罰規定を設けても、社会の根本が変わらなければ、問題は解決できないでしょう。

 5 法律によって被害を防止することはできますが、犯罪の根本的な原因を取り除く努力を同時に進めなければ、完全に解決することはできません。犯罪を生み出しているシステム、犯相の病巣が根本的には社会の中にあるならば、社会そのものを根本的に変える必要があります。人間の本性の深層に病巣があるならば、教育やカウンセリングなどを通じて、解決していくいがいにありません。社会を根本から変えれるのは、私たち大人、そして被害に直面している子どもたちです。また、人間の本性をヒューマニズム溢れるものにしていけるのも、私たち人間だけです。私たち1人1人が、社会そのものを変えるために一致し、協力し合わなければならない。その時に来ています。
 悩み多き青少年のために何がしなければなりません。何ができるでしょうか。相談窓口で気軽に相談できる環境、両親や友人、学校の先生に安心して相談できる雰囲気が何よりも必要です。自由な意見表明、意見交換が、普通にでき、それによって個々人の人格の自由な形成が促進される社会を目指す必要があります。そうすれば、邪悪なグルーミング行為など誰も見向きしないでしょう。そのような奇妙な行為に引っかかる人などいないでしょう。そうすれば、グルーミング行為は自然に排除されると思います。
 しかし、そのような社会はまだ実現できていません。人間の自由によって人間自身が結合し、その結合によって人間がより自由になるような社会はまだ実現できていません。それへと向かう過渡期において、未成年者や児童が性の被害を根絶する過渡期において、私たちは将来の社会を目指して一歩一歩前進しながらも、同時に現在の足元において生じている問題に対応することが求められています。未来社会の方法を夢見ることはできても、残念ながらそれを先取りすることはできません。それができない以上、私たちはが現在の社会に備わっている方法を用いて対応する以外にありません。それが刑法であるならば、それもまた1つの手段として活用せざるをえません。
 グルーミング行為に対して刑法を用いて対応する場合、刑法の基本原則を踏まえて対応することが必要です。刑法は、犯罪と刑罰を法文において明確に定めることを要請しています(罪刑法定主義)。どのような行為を行えば、いわゆる「グルーミング行為」に該当するのかが事前に、かつ法文において明確に示されていることが必要です。しかも、グルーミング行為を処罰する根拠と必要性も明確にされなければなりません。「悪い行為」であるという理由ではたりません(行為主義・侵害原理)。それであれば、「善き行為」へと導く教育と啓蒙で対処できるからです。また、たとえグルーミング行為が処罰に値する行為であっても、それに対して必要で最小限の刑罰を科し、不当に重い刑罰で威嚇してはなりません(罪刑均衡主義)。
 人生相談や悩みの相談、とりわけ思春期の悩みの多い未成年者や児童の相談は、誰もいない静かな場所で、少人数で、2人きりで行われます。そのなかに邪悪なグルーミング行為が入り組んでくる危険性があるのですが、人と人との交流のうち、どの行為が親身な相談なのか、どの行為がグルーミング行為なのかを明確に区別することが求められています。難しい問題なので、簡単にできるわけではありませんが、それを行う努力が必要です。教育に従事する人々、児童相談などに携わっている人々、教育学の研究をしている人々、行政の担当者、弁護士などの専門家などの経験と知恵を結集して、児童にとって最も望ましい対応方法を考えることが求められています。対応すべき問題行為には、予備罪として処罰の必要なグルーミング行為もあれば、必ずも刑罰を科す必要のない行為もあるかもしれません。過度な対応にならないように、人権に配慮することが必要です。
 現在、法務省は、刑法の性犯罪の改正作業において、グルーミング行為の処罰規定を設けることを検討しています。グルーミング(grooming)とは、他人に寄り添う、付き添うなどの行為です。法務省が検討しているのは、「性交等」または「わいせつな行為」を行う目的から、十分な判断能力を持たない若年者、また心配事や悩み事がある児童に対して接近する行為です。児童は、その大人を信頼しているので、警戒心がありません。アドバイスを受けると、その通りに行動する可能性があります。児童の健全育成という観点から、また当該未成年者の性的自己決定権の保護の観点から、このようなグルーミング行為を早期に、かつ確実に発見し、予防することが求められています。今後とも法務省の対応に注目したいと思います。