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Rechtsphilosophie des als ob

かのようにの法哲学

刑法総論・答案練習講座(第03回)事実の錯誤・違法性の錯誤

2016-06-11 | 日記
 刑法Ⅰ(総論)答案練習講座(第03回)
 第06週 故意の概念、具体的事実の錯誤
 第07週 抽象的事実の錯誤、規範的構成要件要素の錯誤、違法性阻却事由の錯誤、違法性の錯誤

(1)具体的事実の錯誤
 Xは、警察官Aから拳銃を強奪することを計画し、某日の深夜、Aが勤務する交番に行き、道をたずねるふりをして、突然顔面を殴打し、所携の拳銃を奪った。Aは、起き上がり、Xから拳銃を奪い返そうとしたので、Xは発砲した。弾丸はAの腹部をかすった。さらに、物音に気付き、仮眠室から戻ってきた警察官BがAの背後におり、その心臓にあたった。Aは重傷を負い、Bは死亡した。Xの罪責を論じなさい。

1事実関係の成立と問題の指摘
 Aを殺す意図で発砲し、Aに重傷を負わせた→殺人未遂の成立
 それと同時にBを殺害したが、Bを殺す意図はなかった→過失致死罪? それとも殺人既遂罪?

2前提となる議論
 行為者の認識と現実との食い違い→錯誤
 錯誤は、現実に発生させた事実に対する故意を阻却するか?

 同一の構成要件の範囲内において錯誤が生じている「具体的事実の錯誤」の場合
 通説・判例は、法定的符合説の立場から、錯誤を理由にした故意の阻却を否定している
 その理由 Aを殺そうとして、背後にいたBを殺した場合、確かに食い違い・錯誤はあるが、A殺害の事実とB殺害の事実は、殺人罪の構成要件該当の事実という意味においては、食い違い・錯誤はない。

3展開と論証
 本件へのあてはめ→A殺人未遂、B殺人既遂
 ただし、故意の個数の問題に言及する必要性あり

 1個の故意によって行ないうる故意犯は1個だけか?
 なるほど確かに、1故意犯説の論理は正当であるが、しかしそれによると、(Aに対する)殺人の故意に基づいて行為を行ない、実際に(Bに対する)殺人を行なっているにもかかわらず、(Aに対する)殺人未遂罪しか成立しないという結論になり妥当ではない。

 したがって、1個の故意によって数個の故意犯が成立しうると解すべきである。

4結論
 Aに対する殺人未遂罪
 Bに対する殺人既遂罪


 以下、寄せられた解答例の一つです。
1.事実関係の成立と問題の指摘
 Xは、Aを殺す意図で発砲し、Aに重傷を負わせているので、Aに対する殺人未遂罪(199条、203条)が成立することに争いはない。一方、Xは同時にBを殺害した。ただし、Bを殺す意図はなかった。この場合、Bに対する過失致死罪(210条)が成立するのか。それとも、殺人既遂罪(199条)が成立するかが問題となる。

2.前提となる議論
 本件において、行為者XはA殺害の意思でBを殺害しており、殺人罪という同一の構成要件内における錯誤、すなわち具体的事実の錯誤に陥っている。この具体的事実の錯誤は、現実に発生させた事実に対する故意を阻却するか。この点、通説・判例は、法定的符合説の立場から、主観的に認識した犯罪と客観的に発生させた犯罪とが食い違っていても、錯誤が同一の構成要件内において生じている場合、故意の阻却は否定されている。すなわち、Aを殺そうとして、背後にいたBを殺した場合、錯誤が生じているが、A殺害の事実とB殺害の事実は、殺人罪の構成要件該当の事実という意味においては錯誤はないので、故意は阻却されないと考えられている。

3.展開と論証
 上述の立場によれば、本件においてXのB殺害の故意は阻却されない。XにはAに対する殺人未遂罪、Bに対する殺人既遂罪が成立する。ただし、ここで、1個の殺害の故意で2個の故意犯(殺人未遂罪、殺人既遂罪)を行いうるのかという故意の個数の問題を検討しなければならない。
 この点、1個の故意によって行ないうる故意犯は1個だけであるとする1故意犯説と、1個の故意によって数個の故意犯が成立するとする数故意犯説がある。なるほど確かに、1個の故意で行ないうる行為は1個であると考える1故意犯説の論理は正当であるが、しかしそれによると、(Aに対する)殺人の故意に基づいて行為を行ない、実際に(Bに対する)殺人を行なっている場合、Bに対する殺人既遂罪の成立を認めてしまうと、Aに対して故意は成立しないため、不可罰の過失の殺人未遂になり、妥当ではない。従って、数故意犯説が妥当であると思われ、判例もこの立場に立っている。

4.結論
 以上から、XにはAに対する殺人未遂罪とBに対する殺人既遂罪が成立する。

(2)抽象的事実の錯誤
 Xは、某国に出張し帰国したYから、「これは覚せい剤だ」と言われ、袋入りの薬物をを受け取った。Xはそれを所持していたところ、警察官に職務質問され、逮捕された。Xが所持していたのは麻薬(ジアセチルモルヒネ以外の麻薬)であった。Xの罪責を論じなさい。
 覚せい剤所持罪は、10年以下の懲役(覚せい剤取締法41の2)
 ジアセチルモルヒネ以外の麻薬所持罪は、7年以下の懲役(麻薬取締法66)

1事実関係の成立と問題の指摘

2前提となる議論

3展開

4結論

 以下は、練習答案の一例です。
1.事実関係の成立と問題の指摘
 Xは、覚せい剤所持の意思をもって現実には麻薬を所持しており、認識していた犯罪事実(覚せい剤所持)と現実に発生した犯罪事実(麻薬所持)が異なる構成要件にまたがる、いわゆる抽象的事実の錯誤に陥っている。この場合、どちらの犯罪が成立するか。

2.前提となる議論
 抽象的事実の錯誤について、判例は法定的符合説の立場から、行為態様・保護法益の共通性に照らし二つの構成要件が実質的に重なり合う場合には、重なり合う限度で故意既遂犯の成立が認められるとする。

 3.展開
これを、覚せい剤所持罪と麻薬所持罪について見るに、両罪はその目的物について差異があり、前者につき後者に比し重い刑が定められているだけで、その余の犯罪構成要件要素は同一であるところ、覚せい剤と麻薬の類似性にかんがみると、この場合、両罪の構成要件は、軽い後者の罪の限度において実質的に重なり合っていると解するのが相当である。

 4.結論
 したがって、本件において、Xが麻薬を覚せい剤と誤認した錯誤は、生じた結果である麻薬所持罪についての故意を阻却するものではないと解すべきである。ゆえに、Xには麻薬所持罪が成立する。
 なお、刑法38条2項は、行為者が軽い犯罪事実(麻薬所持)の認識で重い犯罪事実(覚せい剤所持)を実現した場合に、重い犯罪の法定刑で処罰することはできないとしているが、本件においてXは、重い犯罪事実の認識で軽い犯罪事実を実現しているのであり、上述の通り、実際に生じた軽い結果についての故意を認めればよく、この点は問題とならない。


(4)規範的構成要件要素の錯誤
 出版社社長Xは、フランスで流行している恋愛小説の翻訳権を獲得し、それをYに翻訳させて、出版・販売した。その小説には、男女の赤裸々な肉体関係が随所に描かれていた。XもYもそれを知っていた。
 検察庁は、その小説が「わいせつ文書」に該当すると判断し、XとYをわいせつ文書頒布罪の嫌疑で逮捕した。X・Yは弁護士を通じて、「男女の赤裸々な肉体関係が随所に描かれていることを知っていたが、それは文学的・人間的な表現であると確信していた」と主張した。YとYの罪責を論じなさい。

1事実関係の成立と問題の指摘

2前提となる議論

3展開

4結論


(5)誤想防衛
 X女は、某日の深夜、会社から帰宅途中、街灯の少ない道を歩いていたところ、背後からAに肩をつかまれたので、「暴漢に違いない」と思い、とっさに一本背負いをして、Aをアスファルトの地面にたたきつけた。Aは、Xが落とした財布を渡そうと、肩をたたいただけであった。Xの罪責を論じなさい。

1事実関係の成立と問題の指摘

2前提となる議論

3展開

4結論

 以下は、寄せられた練習答案の一例です。
1.事実関係の成立と問題の指摘
 本件X女の、Aを一本背負いして地面にたたきつけた行為は、暴行罪(208条)〔又は傷害罪(204条)〕の構成要件に該当する。また、XはAを暴漢と勘違いし自分のみを守るために右行為をなしたと思われるが、正当防衛(36条1項)の構成要件要素である急迫不正の侵害も認められないため、正当防衛は成立せず違法性は阻却されない。
 では、本件のような誤想防衛、すなわち違法性阻却事由の錯誤の場合に、X女に暴行の故意が認められるか。

2.前提となる議論
 違法性阻却事由の錯誤については、これを事実の錯誤と見る説と、違法性の錯誤と見る説に分かれる。
事実の錯誤説は、構成要件に該当する事実も違法性を阻却する事実も、違法性を左右する「事実」であることには変わりがないことを根拠とする。そして、故意の認識対象について、犯罪事実の認識・予見に加えて違法性阻却事由不存在の認識も必要とする。
これに対し違法性の錯誤説は、故意の認識対象を犯罪事実の認識・予見に限る。したがって、この説によると、違法性阻却事由不存在の認識が無かった場合でも故意は阻却されない。よって、責任が阻却されない限り故意犯が成立することになるが、それでは、錯誤に陥っていたことに対する考慮が欠け、意識的になした故意犯と同様に扱われることとなり妥当ではない。

3.展開
 したがって、事実の錯誤説に基づいて本件を見るに、本件のような誤想防衛の場合、違法性阻却事由(正当防衛)不存在の認識を欠くため、X女について暴行の故意が阻却される。また、暴行については過失犯の成立はない。

4.結論
 よって、X女は過失の暴行罪として無罪〔又は過失傷害罪(209条)〕。


(6)違法性の錯誤
 鳥取砂丘に観光で訪れていた大学生4人とカナダ人の夫婦の計6人は、鳥取砂丘の斜面に「ハートマーク」などの巨大な落書きをした。6人は、「鳥取砂丘が、山陰海岸国立公園の特別保護地区であることや、天然記念物であることを知らなかった。申し訳ないことをしてしまった」と述べた。6人の弁護人は、彼らには自分たちの行為が国立公園法に違反していること、鳥取県の「日本一の鳥取砂丘を守り育てる条例」に違反していることの認識がなかったので、故意はなかったと主張した。6人の罪責を論じなさい。

1事実関係の成立と問題の指摘

2前提となる議論

3展開

4結論