刑事判例資料
第02週 不作為犯
04不作為の因果関係(最三決平成元・12・15刑集43巻13号879頁)
【事案の概要】 被告人Xは、某日の午後11時10分ころ、ホテルでAに覚せい剤の注射をしたところ、覚せい剤による中毒症状と見られる顕著な錯乱状態を呈するにいたり、正常な起居動作をなしえないほどの重篤な状態に陥った。しかし、Xは意思の診察・治療などを求めたり、ホテル従業員にAの重篤状態を知らせることをせず、Aを客室内に放置したまま、翌日の午前2時15分ことにホテルを立ち去った。Aは、同日の午前10時40分ころに死亡しているところをホテルの従業員に発見された。
【裁判所の判断】 原判決の認定によれば、被害者の女性が被告人によって注射された覚せい剤により錯乱状態に陥った午前零時半ころの時点において、直ちに被告人が救急医療を要請していれば、同女が年若く(当時13才)、生命力が旺盛で、特段の疾病がなかったことなどから、十中八九、同女の救命が可能であったというのである。そうすると、同女の救命は合理的な疑いを超える程度に確実であったと認められるから、被告人がこのような措置をとることなく漫然と同オ所をホテル客室に放置した行為(不作為)と午前2時15分ことから午前4時ころまでの間に同女が同室で覚せい剤による急性心不全のため死亡した結果との間には、刑法上の因果関係があると認めるのが相当である。
【解説】 保護責任者遺棄致死罪の構成要件該当性を肯定することができるためには、保護責任者による遺棄と致死との間に因果関係があるとが必要である。因果関係が成立しなければ、保護責任者遺棄罪の構成要件該当性が肯定されるだけであり、死亡は回避不可能な事故として扱われる。
保護責任者による遺棄と致死の院外関係について、作為による遺棄致死の場合(要扶助者を寒い公園に場所に連れて行ったために、凍死した)、作為による遺棄が行なわれなかったならば、要扶助者は凍死することはなかっただろうにと判断できる場合(条件関係あり)、その作為から結果が発生することが経験的に通常ありうるといえるならば(経験的通常性あり)、保護責任者による遺棄と致死との因果関係を認めることができる(相当因果関係説)。
これに対して、要扶助者に対する生命・身体の危険を除去すべき義務を負っている保護責任者が、救急医療を要請するなどの期待された作為を行なわなかった結果、要扶助者を死亡させた場合、作為に出ていれば、死亡を回避することができたであろうといえなければ、不作為による遺棄と死亡との因果関係を認めることはできない。しかし、救急医療を要請するなど期待された作為を行なっても、時間的に手遅れということもある。そのような場合、結果の発生を回避することはできない。作為義務を尽くしたとしても、結果を回避することが不可能であれば、その結果は不作為ゆえに生じたものだということはできない。
このような不作為と結果の因果関係の問題について、検察官は作為義務を履行していたならば、結果を回避することはできたであろうと主張するであろうし、被告人は作為義務を尽くしたとしても、結果は回避できなかったに違いないと主張するであろう。両者の議論は水かけ論であり、平行線をたどるだけである。このような問題について、最高裁は、作為義務を尽くしていたならば、、「十中八九、同女の救命が可能であった」といえる場合には、不作為と結果の因果関係を肯定することができると解している。
なお、結果の回避可能性がなかったことは、不作為による遺棄と致死の因果関係を否定する理由になるが、それによって遺棄それ自体が否定されるわけではない。OCO事件では、被告人の不作為による遺棄の成立を認めながら、被害者の女性の死亡との因果関係を否定している。
05不作為による放火(最三判昭和33・9・9刑集12巻13号2882頁)
【事案の概要】 被告人Xは、勤務先の営業所の事務所で股火鉢をしながら残業していたが、酒を飲んだため気分が悪くなり、火の始末をせずに、仮眠をとった。仮眠から戻ると、炭火がボール箱に入れた原符と木机に延焼しているのを発見したが、Xは不慮の失火を目撃した驚きと自分の失策の発覚を恐れて、とっさにカバンを持って事務所から立ち去った。そのため火の勢いは拡大し、営業所を全焼させ、近隣の住宅・倉庫7棟を全焼させるなどした。
【裁判所の判断】 原判決が認定した第1審判決の事実認定は、次の通りである。被告人の重大な過失によって右原符と木机との延焼という結果が発生したものというべきである。この場合、被告人は自己の過失行為による右物件を燃焼させた者として、これを消火するのはもちろん、右物件の燃焼をそのまま放置すれなその火勢が右物件の存する右建物にも燃え移らないようこれを消火すべき義務があるといわなければならない。……被告人は自己の過失により右原符、木机等の物件が燃焼されつつあるのを現場において目撃しながら、その既発の火力により右建物が燃焼せられるべきことを認容する意思をもって、あえて被告人の義務である必要かつ容易な消火措置をとらない不作為により、建物についての放火行為をなし、よってこれを燃焼したものであるということができる。
【解説】 故意であれ、過失であれ、物に火をつけたとか、火がついた場合、それ消す義務がある。その火が他の物に延焼したならば、その延焼した火もまた消さなければならない。自分で消火できなければ、消防に通報するなどして消火しなければならない。
本件の事案では、被告人Xは暖ををとつために、また火鉢の火を起こし、事務所には被告人以外に誰もいなかったのであるから、被告人はその火を消し止める地位にある(消火のための作為をなすべき地位=保障者的地位)。また、その義務の履行は可能であり(作為可能性)、またさほど困難ではない(作為容易性)。、その人に消火義務がある(刑法上の作為義務)。その義務を行なわずに、放置した結果、火が延焼し、建物が全焼した場合、その不作為は現住建造物放火罪にあたり、作為によって放火した行為と同視される。
従って、たとえ保障者的地位が認められても、作為可能性や容易性が否定されれば、作為義務はない。作為義務に違反したとはいえない不作為は、刑法上、問題にする必要はない。例えば、ホテルの宿泊客が寝たばこをし、火を消さずに就寝したところ、たばこの火がカーテンに燃え広がり、コップの水をかけても、風呂の水をかけても、消し止められないほどの勢いで燃えたため、走って逃げ、ホテルが全焼した場合は、消火の作為義務を認めることはできない。従って、ホテルを全焼させたとはいえ、放火罪の構成要件該当性を認めることはできない。この場合、ホテルの全焼は、たばこの火を消さなかった不作為と因果関係がある。この不作為は、失火罪の構成要件該当性を認めることができる。この場合、行為者による第1の不作為(たばこの火を消さなかった過失の不作為)の後、第2の不作為(カーテンに燃え広がる火をけさなかった故意の不作為)が介在して、ホテルの全焼という結果が発生しているように見えるが、第2の不作為について消火の作為義務が成立しない限り、放火罪の構成要件には該当しない不作為なので、考慮に入れる必要はない。
06不作為による殺人(最二決平成17・・7・4刑集59巻6号403頁)
【事案の概要】 被告人Xは、手のひらで患部をたたいてエネルギーを患者に通すことによって自己治癒力をたかめる「シャクティパット」という独自の治療をする者であるが、Bから依頼を受けてAに同治療をほどこすため、ホテルに運ばせたところ、Aの容態を見て、このままでは死亡する危険があることを認識したが、治療のため入院していたAを退院させたことなどの謝った指示が露呈することをさけるために、シャクティ治療を施すだけにとどまり、未必の殺意をもってたんの除去や水分の点滴などAの生命維持のために必要な医療措置をうけさせないまま、Aを約1日放置し、たんによる気道閉塞にもとづく窒息により死亡させた。
【裁判所の判断】 被告人は、自己の責めに帰すべき事由により患者の生命に具体的な危険を生じさせた上、患者がホテルにおいて、被告人を信奉する患者の親族から、重篤な患者に対する手当てを全面的にゆだねられた立場にあったものと認められる。その際、被告人は、患者の重篤な状態を認識し、これを自らが救命できるとする根拠がなかったのであるから、直ちに患者の生命を維持するために必要な医療措置を受けさせる義務を負っていたものというべきである。それにもかかわらず、未必的な殺意をもって、上記医療措置を受けさせないまま放置して患者を死亡させた被告人には、不作為による殺人罪が成立し、殺意のない親族との間では、保護責任者遺棄罪の限度で共同正犯となると解するのが相当である。
【解説】 犯罪には作為犯と(真正)不作為犯がある。典型的な例としては、住居侵入罪と不退去罪(刑130)、(作為による)保護責任者遺棄罪と保護責任者不保護罪(刑218)である。いずれも、条文によって、どのような作為と不作為が処罰されるのかが明記されている。作為は作為犯の構成要件に該当し、不作為は不作為犯の構成要件に該当し、違法で有責な行為であると認定されたときに処罰される。では、不作為が作為犯の構成要件に該当するという場合があるか。これが(不真正)不作為犯の問題である。学説・判例は、不作為が作為犯の構成要件に該当する場合のあることを認める。
では、作為犯の構成要件に該当する不作為とは、どのようなものか。それは、作為義務に反した不作である。生命を救助すべき作為義務を負った者が、その義務を履行せずに、不作為の態度をとって死亡させたた場合、それは作為によって殺害したことと同視することができると解されている。赤ん坊にミルクを与えずに、餓死させた母親の不作為は、ミルクを飲んでいる赤ん坊からミルクを取り上げ、餓死させた母親の作為と同視することが可能である。
なぜ母親にミルクを与える義務があるかというと、それは母親が赤ん坊の生命維持のための作為を行なう立場(保障者的地位)にあり、母親にその作為をなすことが可能であり、かつ容易であり、その作為によって死亡の結果を回避することが(十中八九)可能であったからである。
第02週 不作為犯
04不作為の因果関係(最三決平成元・12・15刑集43巻13号879頁)
【事案の概要】 被告人Xは、某日の午後11時10分ころ、ホテルでAに覚せい剤の注射をしたところ、覚せい剤による中毒症状と見られる顕著な錯乱状態を呈するにいたり、正常な起居動作をなしえないほどの重篤な状態に陥った。しかし、Xは意思の診察・治療などを求めたり、ホテル従業員にAの重篤状態を知らせることをせず、Aを客室内に放置したまま、翌日の午前2時15分ことにホテルを立ち去った。Aは、同日の午前10時40分ころに死亡しているところをホテルの従業員に発見された。
【裁判所の判断】 原判決の認定によれば、被害者の女性が被告人によって注射された覚せい剤により錯乱状態に陥った午前零時半ころの時点において、直ちに被告人が救急医療を要請していれば、同女が年若く(当時13才)、生命力が旺盛で、特段の疾病がなかったことなどから、十中八九、同女の救命が可能であったというのである。そうすると、同女の救命は合理的な疑いを超える程度に確実であったと認められるから、被告人がこのような措置をとることなく漫然と同オ所をホテル客室に放置した行為(不作為)と午前2時15分ことから午前4時ころまでの間に同女が同室で覚せい剤による急性心不全のため死亡した結果との間には、刑法上の因果関係があると認めるのが相当である。
【解説】 保護責任者遺棄致死罪の構成要件該当性を肯定することができるためには、保護責任者による遺棄と致死との間に因果関係があるとが必要である。因果関係が成立しなければ、保護責任者遺棄罪の構成要件該当性が肯定されるだけであり、死亡は回避不可能な事故として扱われる。
保護責任者による遺棄と致死の院外関係について、作為による遺棄致死の場合(要扶助者を寒い公園に場所に連れて行ったために、凍死した)、作為による遺棄が行なわれなかったならば、要扶助者は凍死することはなかっただろうにと判断できる場合(条件関係あり)、その作為から結果が発生することが経験的に通常ありうるといえるならば(経験的通常性あり)、保護責任者による遺棄と致死との因果関係を認めることができる(相当因果関係説)。
これに対して、要扶助者に対する生命・身体の危険を除去すべき義務を負っている保護責任者が、救急医療を要請するなどの期待された作為を行なわなかった結果、要扶助者を死亡させた場合、作為に出ていれば、死亡を回避することができたであろうといえなければ、不作為による遺棄と死亡との因果関係を認めることはできない。しかし、救急医療を要請するなど期待された作為を行なっても、時間的に手遅れということもある。そのような場合、結果の発生を回避することはできない。作為義務を尽くしたとしても、結果を回避することが不可能であれば、その結果は不作為ゆえに生じたものだということはできない。
このような不作為と結果の因果関係の問題について、検察官は作為義務を履行していたならば、結果を回避することはできたであろうと主張するであろうし、被告人は作為義務を尽くしたとしても、結果は回避できなかったに違いないと主張するであろう。両者の議論は水かけ論であり、平行線をたどるだけである。このような問題について、最高裁は、作為義務を尽くしていたならば、、「十中八九、同女の救命が可能であった」といえる場合には、不作為と結果の因果関係を肯定することができると解している。
なお、結果の回避可能性がなかったことは、不作為による遺棄と致死の因果関係を否定する理由になるが、それによって遺棄それ自体が否定されるわけではない。OCO事件では、被告人の不作為による遺棄の成立を認めながら、被害者の女性の死亡との因果関係を否定している。
05不作為による放火(最三判昭和33・9・9刑集12巻13号2882頁)
【事案の概要】 被告人Xは、勤務先の営業所の事務所で股火鉢をしながら残業していたが、酒を飲んだため気分が悪くなり、火の始末をせずに、仮眠をとった。仮眠から戻ると、炭火がボール箱に入れた原符と木机に延焼しているのを発見したが、Xは不慮の失火を目撃した驚きと自分の失策の発覚を恐れて、とっさにカバンを持って事務所から立ち去った。そのため火の勢いは拡大し、営業所を全焼させ、近隣の住宅・倉庫7棟を全焼させるなどした。
【裁判所の判断】 原判決が認定した第1審判決の事実認定は、次の通りである。被告人の重大な過失によって右原符と木机との延焼という結果が発生したものというべきである。この場合、被告人は自己の過失行為による右物件を燃焼させた者として、これを消火するのはもちろん、右物件の燃焼をそのまま放置すれなその火勢が右物件の存する右建物にも燃え移らないようこれを消火すべき義務があるといわなければならない。……被告人は自己の過失により右原符、木机等の物件が燃焼されつつあるのを現場において目撃しながら、その既発の火力により右建物が燃焼せられるべきことを認容する意思をもって、あえて被告人の義務である必要かつ容易な消火措置をとらない不作為により、建物についての放火行為をなし、よってこれを燃焼したものであるということができる。
【解説】 故意であれ、過失であれ、物に火をつけたとか、火がついた場合、それ消す義務がある。その火が他の物に延焼したならば、その延焼した火もまた消さなければならない。自分で消火できなければ、消防に通報するなどして消火しなければならない。
本件の事案では、被告人Xは暖ををとつために、また火鉢の火を起こし、事務所には被告人以外に誰もいなかったのであるから、被告人はその火を消し止める地位にある(消火のための作為をなすべき地位=保障者的地位)。また、その義務の履行は可能であり(作為可能性)、またさほど困難ではない(作為容易性)。、その人に消火義務がある(刑法上の作為義務)。その義務を行なわずに、放置した結果、火が延焼し、建物が全焼した場合、その不作為は現住建造物放火罪にあたり、作為によって放火した行為と同視される。
従って、たとえ保障者的地位が認められても、作為可能性や容易性が否定されれば、作為義務はない。作為義務に違反したとはいえない不作為は、刑法上、問題にする必要はない。例えば、ホテルの宿泊客が寝たばこをし、火を消さずに就寝したところ、たばこの火がカーテンに燃え広がり、コップの水をかけても、風呂の水をかけても、消し止められないほどの勢いで燃えたため、走って逃げ、ホテルが全焼した場合は、消火の作為義務を認めることはできない。従って、ホテルを全焼させたとはいえ、放火罪の構成要件該当性を認めることはできない。この場合、ホテルの全焼は、たばこの火を消さなかった不作為と因果関係がある。この不作為は、失火罪の構成要件該当性を認めることができる。この場合、行為者による第1の不作為(たばこの火を消さなかった過失の不作為)の後、第2の不作為(カーテンに燃え広がる火をけさなかった故意の不作為)が介在して、ホテルの全焼という結果が発生しているように見えるが、第2の不作為について消火の作為義務が成立しない限り、放火罪の構成要件には該当しない不作為なので、考慮に入れる必要はない。
06不作為による殺人(最二決平成17・・7・4刑集59巻6号403頁)
【事案の概要】 被告人Xは、手のひらで患部をたたいてエネルギーを患者に通すことによって自己治癒力をたかめる「シャクティパット」という独自の治療をする者であるが、Bから依頼を受けてAに同治療をほどこすため、ホテルに運ばせたところ、Aの容態を見て、このままでは死亡する危険があることを認識したが、治療のため入院していたAを退院させたことなどの謝った指示が露呈することをさけるために、シャクティ治療を施すだけにとどまり、未必の殺意をもってたんの除去や水分の点滴などAの生命維持のために必要な医療措置をうけさせないまま、Aを約1日放置し、たんによる気道閉塞にもとづく窒息により死亡させた。
【裁判所の判断】 被告人は、自己の責めに帰すべき事由により患者の生命に具体的な危険を生じさせた上、患者がホテルにおいて、被告人を信奉する患者の親族から、重篤な患者に対する手当てを全面的にゆだねられた立場にあったものと認められる。その際、被告人は、患者の重篤な状態を認識し、これを自らが救命できるとする根拠がなかったのであるから、直ちに患者の生命を維持するために必要な医療措置を受けさせる義務を負っていたものというべきである。それにもかかわらず、未必的な殺意をもって、上記医療措置を受けさせないまま放置して患者を死亡させた被告人には、不作為による殺人罪が成立し、殺意のない親族との間では、保護責任者遺棄罪の限度で共同正犯となると解するのが相当である。
【解説】 犯罪には作為犯と(真正)不作為犯がある。典型的な例としては、住居侵入罪と不退去罪(刑130)、(作為による)保護責任者遺棄罪と保護責任者不保護罪(刑218)である。いずれも、条文によって、どのような作為と不作為が処罰されるのかが明記されている。作為は作為犯の構成要件に該当し、不作為は不作為犯の構成要件に該当し、違法で有責な行為であると認定されたときに処罰される。では、不作為が作為犯の構成要件に該当するという場合があるか。これが(不真正)不作為犯の問題である。学説・判例は、不作為が作為犯の構成要件に該当する場合のあることを認める。
では、作為犯の構成要件に該当する不作為とは、どのようなものか。それは、作為義務に反した不作である。生命を救助すべき作為義務を負った者が、その義務を履行せずに、不作為の態度をとって死亡させたた場合、それは作為によって殺害したことと同視することができると解されている。赤ん坊にミルクを与えずに、餓死させた母親の不作為は、ミルクを飲んでいる赤ん坊からミルクを取り上げ、餓死させた母親の作為と同視することが可能である。
なぜ母親にミルクを与える義務があるかというと、それは母親が赤ん坊の生命維持のための作為を行なう立場(保障者的地位)にあり、母親にその作為をなすことが可能であり、かつ容易であり、その作為によって死亡の結果を回避することが(十中八九)可能であったからである。