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Rechtsphilosophie des als ob

かのようにの法哲学

刑法Ⅰ(04)応用編(緊急避難)

2020-05-25 | 日記
第04回 違法性論(2) 緊急避難
 練習問題10、11
 判例百選番号30、31、32、33

(1)緊急避難
1緊急避難
 緊急避難(刑法37条)
 自己又は他人の生命、身体、自由又は財産に対する
 現在の危難を避けるため、やむを得ずにした行為は、
 これによって生じた害が
 避けようとした害の程度を超えなかった場合に限り、
 罰しない。
 ただし、その程度を超えた行為は、情状により、
 その刑を減軽することができる。

2緊急行為としての正当防衛と緊急避難
 正当防衛
 急迫不正の侵害に対して行う防衛行為
 防衛行為は不正の侵害者に向けられる
 不正(侵害者) 対 正(防衛者)の関係

 緊急避難 現在の危難を避けるための避難行為
 避難行為は無関係の第3者に向けられる
 正(第3者) 対 正(避難者)

3正当防衛と緊急避難の異同
 共通する性質 違法性阻却事由

 正当防衛
 急迫不正の侵害に対抗的に行う(不正 対 正)

 緊急避難
 現在の危難を避けるために、
 無関係の第3者に危難を転嫁する(正 対 正)

 正当防衛と緊急避難も「やむを得ない行為」という点では共通
 防衛行為の相当性
 避難行為の相当性
 両者の意味の違い(補充性・最終手段性の要否)

 正当防衛
 不正に対する正の行為なので、
 急迫不正の侵害から退避できても、退避する義務はなく、
 防衛行為を行ってもよい
 防衛行為の相当性=「防衛の程度」の範囲内にあること
 「害の均衡」(法益の均衡)の要件なし
 防衛行為によって守られた法益
 防衛行為によって侵害された法益
 2つの法益が均衡していることを要しない
 つまり、防衛行為によって守られた法益が小さく、
 防衛行為によって侵害された法益が大きくても、
 防衛行為が必要かつ最小限の行為であった場合には
 違法性が阻却される。
 防衛行為の相当性=防衛行為の必要最小限性

 緊急避難
 第3者に危難を転嫁して、自己の身を守るので、
 危難から身を守るために、退避できるのであれば、
 まずは退避しなければならない。
 退避できず、第3者に危難を転嫁する以外に方法がない場合に
 避難行為を行うことが許される。
 避難行為の相当性=最終手段性という意味での補充性のこと
 この相当性(補充性)の要件を満たしても、
 まだ違法性は阻却されない。
 違法性が阻却されるためには、
 「害の均衡」(法益の均衡)の要件が満たされなければならない
 つまり、避難行為によって侵害が避けられた法益が大きく、
 避難行為によって侵害された法益が小さい場合にだけ、
 違法性が阻却される。

 正当防衛の要件として「害の均衡」は不要
 緊急避難の要件として「害の均衡」が必要

4過剰防衛と過剰避難
 過剰防衛(刑36②)
 急迫不正の侵害に対して、
 自己または他人の権利を防衛する行為を
 防衛の意思に基づいて(防衛の意思必要説から)
 行ったが、
 防衛の程度を超えていた(相当性の要件からの逸脱)

 過剰避難(刑37但書)
自己または他人の生命、身体、自由、財産に対する
 現在の危難を避ける行為を
 避難の意思に基づいて(避難の意思必要説から)
 行い、
 それが補充性の要件を満たしていたが(相当性=補充性の要件の充足)、
 害の均衡の要件を満たしていなかった(害の均衡の要件からの逸脱)

 では、相当性=補充性の要件から逸脱した場合は?
 そもそも過剰避難には当たらない、
 それとも過剰避難に当たる可能性がある?

 緊急避難(刑法37条)
 自己又は他人の生命、身体、自由又は財産に対する
 現在の危難を避けるため、やむを得ずにした行為は、
 これによって生じた害が
 避けようとした害の程度を超えなかった場合に限り、
 罰しない。
 ただし、その程度を超えた行為は、情状により、
 その刑を減軽することができる。

 「その程度」を超えた行為とは?
 生じた害が避けようとした害の程度を超えた行為だけ?
 やむを得ずにした程度(補充性)を超えた行為も含む?

(2)緊急避難の要件
1現在の危難
 自己または他人の生命、身体、自由、財産などの諸権利に対して
 危難が現在していること

 正当防衛における急迫性と同じ意味

 危難の不正性は要件ではない。
 自然現象による危害
 動物による侵害
 自己・他人の諸権利に対する危難になりうる

 A運転の自動車がセンターラインを超えてきた(人の行為による現在の危難)
 奈良公園の鹿が車道に入ってきた(動物の行動による現在の危難)

 予期された避難
 現在性が認められる余地がある

 正当防衛における予期された侵害
 侵害の急迫性が認められる余地がある。
 しかし、積極的加害意思に基づいて行為に出た場合、
 不正の侵害の急迫性が否定される
 緊急避難における予期された危難
 危難の現在性も同じように論ずることが可能

 自招危難
 自己・他人の権利に対する危難を自己の故意・過失によって招いた場合
 危難の現在性が否定されとは限らないが、
 現在の危難が認められても、
 避難行為の補充性の要件が厳格化される

2避難の意思
 主観的正当化要素としての正当防衛における防衛の意思
 緊急避難における避難の意思

 避難行為は、現在の危難に対して行われるのではなく、
 無関係な第3者に対して行われる。
 正当防衛の場合、防衛行為は、急迫不正の侵害者に対して
 憤激や攻撃の意思から行われ、
 防衛の意思と攻撃の意思が併存することがもあるが、
 緊急避難の場合、第3者に対する憤激や攻撃の意思はありえない。
 たとえ、消極的な意味で侵害の意思が併存していても、
 避難の意思は認められる余地がある。

 ただし、予期された危難が現実化した場合に、
 避難行為が積極的加害意思に基づいて行われた場合、
 すでに、危難の現在性が否定される

3やむを得ずにした行為
 避難のために必要な行為であり、かつ相当であること

 正当防衛における防衛行為の「相当性」との違い
 正当防衛
 急迫不正の侵害者の法益に向けられた正当な防衛行為
 不正 対 正の関係

 緊急避難
 無関係な第3者の法益に向けられた正当な避難行為
 正 対 正の関係

 それゆえ、
 自己の法益(正)への危難を避ける行為が
 無関係な第3者の法益(正)を侵害したにもかかわらず、
 その違法性が阻却されるのは、
 その避難行為が唯一残された最後の行為であったこと、
 すなわち補充性の要件を満たしていることが必要である。

 現在の危難から身を守るために、
 退避するなどして避けることができたのであれば、
 まずはその手段を選択すべき。
 そのような手段が残されていなかった場合にのみ、
 無関係な第3者の法益を犠牲にしても、それが相当と判断される。

4法益の均衡(害の均衡)
 「生じた害」(避難行為によって侵害された法益)が
 「避けようとした害」(保全された法益)の程度を超えなかった
 「生じた害」の方が小さかった
 →違法性阻却

 「生じた害」の方が大きければ
 →違法性は阻却されない→過剰避難

 具体例
 Xは道路を走行中、
 対向車Yがセンターラインを超え、
 自車と衝突しそうになった。
 XはY車と衝突すると、
 自分が死んでしまうかもしれないと思い、
 とっさに急ブレーキを踏んで停止した。
 衝突は回避できたが、
 後続車両のA自動車の前部に衝突させ、
 Case1 運転者Aを負傷させた。
 Case2 運転者Aと乗員・乗客数名が死亡した。
 Case3 運転者Aが死亡した。

 構成要件
 急ブレーキを踏み、Aを負傷させた
 この行為は、過失運転致傷罪の構成要件に該当する

 違法性阻却(緊急避難)
 1Y車との衝突によってXの生命へ危険(Xの生命に対する現在の危難)
 衝突の回避と自己の生命を守る意思(避難の意思)
 急ブレーキを踏んで自車の停止以外に方法なし(避難行為の補充性)
 その行為によってAが負傷(生じた害はAの健康侵害)
 その行為によってXの生命侵害を回避(避けられた害はXの生命侵害)
 生じたAの健康被害は避けようとしたXの生命侵害の程度を超えていない、
 Aの健康被害はXの生命侵害の程度を下回っている
 保全法益の優越=害の均衡

 2Xは避難行為によってAと乗員・乗客数名の生命を侵害した
 生じたA・乗員・乗客の生命侵害が
 避けようとしたXの生命侵害の程度を超えた
 過失運転致死罪の違法阻却なし
 過剰避難
 37条但し書き(過剰避難)
 やむを得ずにした避難行為であったが(補充性の要件充足)、
 生じた害が避けようとした害の程度を超えた(害の均衡の逸脱)

 3Xは避難行為によってAの生命を侵害した
 生じたAの生命侵害が避けようとしたXの生命侵害の程度を
 超えていないが、下回ってもいない
 保全法益と侵害法益が同価値(差し引きゼロの場合)
 通説 緊急避難=違法性阻却の一元説→Xの過失運転致死罪の違法性阻却
 異説 緊急避難=違法性阻却・責任阻却の二元説
    保全された法益が大きい→違法性阻却
    法益同価値→過剰避難
          過失運転致死罪の違法性阻却なし。
          しかし、適法行為の期待可能性なし
         →超法規的に責任を阻却する
          過失運転致死罪の責任なし→無罪

(3)過剰避難(刑法37条但書)
1「その程度」を超えた行為」=過剰避難
 生じた害が避けようとした害の程度を超えた
 違法性は阻却されないが、
 その刑の任意的・裁量的な減軽・免除

 刑の任意的減免の理由(違法・責任の減少)
 無関係な第3者の法益を侵害したが、
 現在の危難から自己・他人の法益を守った分だけ違法性が減少する
 緊急事態における行為ゆえに、その意思決定に対する責任非難が減少する

2過剰避難の二類型
 生じた害が避けようとした害の程度を超えた

 何が過剰か?
 生じた害が避けようとした害の程度を超えた(条文に規定あり)

 補充性の要件を超えた場合(条文に規定なし)
 Xは急ブレーキを踏む前に、徐行するなどの運転をすべきであった。
 それをせずに急ブレーキを踏んで停止したのは、
 避難行為の補充性の要件にあたらない、
 つまり、やむを得ずにした行為を超えていた
 37条但し書きの「その程度」とは、
 「やむを得ずにした行為の程度」を指す
 過剰避難の成立する範囲を少しでも広げるために、
 37条但し書きの「その程度」の要件を拡張的に解釈する必要性あり

3避難の過剰性の認識の有無
 生じた害の方が大きかった場合(害の均衡の要件を超えた場合)
 生じた害の方が大きいことの認識なし
 故意なし→故意の阻却(過剰性につき過失犯が成立する余地がある)
 生じた害の方が大きいことの認識あり
 故意あり→故意の阻却なし(故意犯が成立)

 唯一残された最後の手段行為ではなかった場合(補充性の要件を超えた場合)
 補充性の要件を超えたことにつき認識なし
 故意なし→故意の阻却(過失犯の成立可能性あり)
 補充性の要件を超えたことにつき認識あり
 故意あり→故意の阻却なし(故意犯が成立)

 過剰避難の2類型
 質的過剰避難
 害の均衡の要件からの逸脱

 量的過剰避難
 現在の危難の終息後にも避難行為を継続
 現在の危難からの避難行為A
 現在の危難終息後の行為B
 時間的・場所的な連続性
 避難の意思の同一性
 A行為とB行為を一連一体の避難行為として扱う
 1個の過剰避難が成立

(4)誤想避難・誤想過剰避難
1誤想避難 
 危難の現在性がなかったにもかかわらず、
 それを誤想して行為をした。
 かりに、現在の危難が存在していたなら、
 その避難行為は相当であった。
 この場合、現在の危難は存在していないので、
 違法性は阻却はもちろん、減少もされない。
 ただし、緊急事態における行為ゆえに、
 その意思決定に対する責任非難が減少する

 責任非難が減少するので、
 弁護人は刑の減軽などを求めることができるが、
 弁護人が刑の減軽を一般的に主張するよりも、
 一定の条文を示して主張する方が
 裁判官に対して説得力がある。
 そこで、
 緊急事態における行為ゆえに、
 その意思決定に対する責任非難が減少する点に着目し、
 それと過剰避難の責任減少の点が同じであることを主張して、
 誤想避難に過剰避難(刑法37条但し書き)を「準用」することを訴えて、
 任意的な刑の減少・免除を求めるのが弁護人としては得策。

2誤想過剰避難
 危難の現在性がなかったにもかかわらず、
 それを誤想して行為をした。
 かりに、現在の危難が存在していても、
 その避難行為は過剰であった。
 この場合、現在の危難は存在していないので、
 違法性は阻却はもちろん、減少もされない。
 ただし、誤想避難の側面を備えているので、
 緊急事態における行為ゆえに、
 その意思決定に対する責任非難が減少する。
 しかし、避難行為として過剰であった点について、
 過剰性の認識があった場合には故意犯が成立し、
 責任非難の減少はわずかしか期待できない。
 過剰性の認識がなかった場合には、
 過失犯の可能性があるが、責任非難の減少は多少期待できる。

(5)判例で問題になった緊急避難の例
【30】現在の危難
 緊急避難も、正当防衛と同様に緊急行為の一種であり、その要件に該当する場合には、構成要件該当行為の違法性が阻却される。そのための要件として必要なのは、自己または他人の権利に対する現在の危難が存在することである。この「現在の危難」とは、正当防衛における「急迫不正の侵害」と同じ意味である。危難が切迫し、それが現時点において存在していれば、危難の現在性を肯定できる。危難が現在していなければ、それを避けるためにには、他の方法を先に行うことが求められる。

 まずは、現在の危難の有無の判断が問題になる。それが存在しない場合、違法性は阻却されない。しかし、行為者は危難が現在していることを誤想していたので、その故意が阻却される(誤想避難)。

 また、かりに危難が現在していたとしても、その行為が危難を避けるための行為としては過剰であった「誤想過剰避難」の場合、過剰性の認識がなければ、誤想避難と同様に故意も阻却される(過失犯の成立の余地は残る)。これに対して、過剰性の認識があれば、故意は阻却されない。ただし、刑の任意的減免を定めた刑法37条但書の準用は可能である。

【31】避難行為の相当性
 自己に対する現在の危難を避けるために行った行為が、唯一残された最後の方法を用い、それが害の均衡の要件を満たしている場合、犯罪構成要件に該当しても、避難行為の相当性が認められ、違法性が阻却される。害の均衡を超えている場合は過剰避難になる。

 本件は、現在の危難を避けるため行った酒気帯び運転について、危難が去った後にも継続して行われた酒気帯び運転の部分が過剰であったとして、連続した行われた酒気帯び運転全体について過剰避難を認めた。

 危難が現在していた時点での酒気帯び運転とそれが危難が終了して以降の酒気帯び運転とを分割すると、前者は緊急避難、後者は純然たる酒気帯び運転であるが、両行為が客観的に時間的に連続して行われ、主観的にも1個の非難の意思に基づいていたので、全体として1個の(量的)過剰避難とした。

【32】自招危難
 自己の故意または過失によってAに対して危難を招いた場合、それを避けるために、Bの法益を侵害した場合、その行為を緊急避難として扱うことができるか。
 まず、自己の権利に対する危難を自ら(故意または過失によって)招いた場合、危難の現在性が否定されるか。そのような場合もあろう。ただし、危難が社会通念上、想像を超えるような場合には、危難の現在性は認められると思われる。

 そのような自己が招いた現在の危難を避けるために、無関係な人に危難を転嫁するのは、やむを得ない行為であったといえるか。避難行為の補充性の要件は認められるか。それが否定されるならば、緊急避難や過剰避難はもはや問題にはならない。しかし、補充性の要件が認められるなら、緊急避難にあたる。ただし、自ら招いた現在の危難を避けるための避難行為の場合、自ら招かなかった場合と比べると、避難行為の補充性の要件のハードルは高くなるように思われる。かりに、それが認められても、害の均衡を超えれば、過剰避難となる。

 本件の事案は、自己の過失によってAと衝突しそうになったので、「ハンドルを切って、Bに衝突し、死亡させた」のは、避難行為の補充性の要件を満たしていないと判断された(急ブレーキをかけるなど、他に方法があった)。

【33】誤想過剰避難
 本件は、誤想過剰避難の事案である。

 誤想避難は、緊急避難と同様に、緊急状況のもとで危難を回避していると認識しているので、避難の意思がある。誤想避難の場合、行った行為について故意は阻却される(ただし過失犯の成立の余地はある)。

 かりに、現在の危難があったとした場合に、その行為が補充性の要件を満たしていなかったとか、かつ補充性の要件を満たしていても、法益の均衡の要件も満たしていなかった場合には誤想過剰避難である。

 誤想過剰避難の場合、過剰性の認識のない場合とある場合とに分かれるが、過剰性の認識のない場合は誤想避難と同様に故意が阻却され、過失が成立する余地があるが、避難の意思で行っているので、通常の過失の場合に比べて非難の程度(責任)は減少する。過剰性の認識がある場合には故意は阻却されない。ただし、避難の意思で行っているので、通常の故意の非難に比べて非難の程度(責任)は減少する。これらの責任減少は過剰避難の刑の減免の1根拠(刑法37条1条但書)の責任減少と共通しているので、誤想過剰避難の行為にこの規定を「準用」することによって、刑を減軽することができる。

 誤想過剰防衛のところでも刑法36条2項の「準用」が問題になったが、誤想過剰避難になぜ刑法37条1項但書の「準用」を問題にするかというと、刑の減免を法条文を根拠にして説明するためである。誤想過剰雛は、危難の現在性を誤想た行為者は避難の意思に基づいて行為に出ているので、その限りにおいては責任(過剰性の認識がない場合には過失の責任、それがある場合には故意の責任)が減少するが、それを理由にして刑の減免を求めるには、どうすればよいか。適用できる直接の条文があるのか。それは今のところない。刑法37条1項但書は、現在の危難が存在する場合の規定なので、それが存在しない誤想過剰避難に「適用」することはできない。ただし、過剰避難と誤想過剰避難は、「責任減少」」という点で共通しているので、この共通性を理由に誤想過剰防衛に過剰防衛の刑法37条1項但書を「準用」することができる。

(6)避難行為の「補充性」と「過剰性」の認定に関して
 【31】の事例について
・原審沼田簡裁は、被告人に対して現在の危難が切迫したものであったと認めながら、酒気帯び運転という方法が、その危難を避けるための「唯一の手段・方法」であったとは言い難いと認定して、その補充性を否定して、緊急避難の成立を否定した。つまりその行為は、「やむを得ずにした行為」の要件を満たしていないのである。従って、過剰避難もした。なぜならば、過剰避難とは、「やむを得ずにした行為」が「害の均衡」の要件を欠いた場合にだけ成立するからであり、「やむを得ずにした行為」にあたらない行為には最初から過剰避難の成立も否定される。この判断は、客観的に見て酒気帯び運転以外の方法によって危難を逃れることが可能であり、主観的にも被告人がそれを行うことができたはずであるという認定に基づいている。酒気帯び運転以外の行為を選択しうる客観的な可能性があり、行為者もそれを選択しうる心理的状況(余裕)があったので、酒気帯び運転は「やむを得ない行為」とはいえないという判断方法を採用している。

・これに対して、控訴審では、原審の判断を斥けて、現在の危難を避けるためにした酒気帯び運転は「やむを得なかった」と、その補充性を認め、それには緊急避難が成立することを認めた。原審と控訴審とで判断が異なったのは、被告人が追跡され、自動車に逃げ込んだ状況に関する評価が異なっているからである。追跡され、自動車に逃げ込んだ後、被告人が危難を逃れるためにできるのは、酒気帯びのまま自動車を走行する以外になかったということである。論理的には、控訴審の判断が妥当である。

 しかし、その後市街地に入って酒気帯び運転を継続したのは、「やむを得ない行為」であったとはいえない。被告人は、追跡されているかどうかを確認することができ、酒気帯び運転を止めて、警察に通報するなどの行為を行うことも客観的に可能であっただけでなく、被告人もそれを行うことができたからである。

・そうすると、前半の行為と後半の行為を機械的に分離して、前半は「緊急避難」(無罪)、後半は「誤想過剰避難」として、後者の行為につき、酒気帯び運転の罪の成立を認めることもできそうである。しかし、控訴審では、後半の行為は前半の行為から客観的に連続して行われ、その認識も避難の意思に基づいて行われた1個の避難行為(やむを得ない行為=補充性の要件あり)として捉え、「量的」に程度を超えた過剰避難であると認定された。

 前半の行為と後半の行為の時間的・場所的な近接性・連続性と行為者の避難意思の1個性を重視して、量的過剰避難の成立を認めたのが特徴である。

【33】の事例について
・これは、誤想過剰避難の事例である。Xは、A・Bに追跡され、身体に危害を加えられていないにもかかわらず、そのように誤想して、他人のハサミを護身用に取った。この行為は、客観的に窃盗罪の構成要件に該当する。また、X自身も「危難を逃れるためには、他に方法がないと思った」わけではなく、避難行為の程度を超えていることを認識していたので、主観的にも窃盗の故意がある。従って、Xの行為は(故意の)窃盗罪の構成要件に該当する。

・では、その違法性を阻却することができるか。A・Bによって害を加えられる危険性がなかったので、緊急避難を論ずる余地はない。従って、違法性は阻却されない。しかし、避難の現在性を誤想し、それからの避難する意思で行っているので、誤想避難にあたる。

・では、ハサミを取る行為は、かりに危難の現在性があった場合に「害の均衡の要件」を満たしているといえるか。Xは命が狙われていると誤想した。生命に対する危難が現在しているとすれば、他人のハサミを盗む行為は避けられた害(生命侵害)は、生じた害(財物の占有侵害)を超えていないと思われる。そうすると、害の均衡の要件を満たしているので、過剰性はないので、本件は誤想過剰避難ではなく、誤想避難の事例であることになる。

 しかし、本件は誤想過剰避難の事例として分類されている。何が過剰であったかというと、それは危難の現在性があたっとしても、補充性の要件を超えた行為であった、だから誤想過剰避難にあたると認定されたからである。Xは、たとえ危難の現在性を誤想していたとしても、それを避けるために近くのお店の人に助けを求めるとか、警察に電話するなどすることができたのであって、他人のハサミを取るのは唯一残された最後の手段であったとはいえない。このように判断された結果、誤想過剰避難として理解された。

・では、Xはその行為が過剰であることを認識していたか。結論的には窃盗事件で起訴され、その成立が認められているので、窃盗の故意があった。それはどのような理由からかというと、大阪簡易裁判所の判決文の「被告人は、前記のように地下1階に下りてからは2人の男から逃避可能な方法を見出そうとせず、専ら護身用具を探していたもので、他に避難の方法がないと思って本件所為に出たものではないと認められる」も」からも明らかなように、Xは「他に避難の方法がないと思って……たものではない」ので、過剰性につき認識があったと認定されている。従って、窃盗の故意は認められる。

・誤想過剰避難とは、誤想避難と過剰避難の結合した場合である。現在の危難がないにもかかわらず、それがあると誤想して避難したが(誤想避難)、その際の避難行為が、かりに現在の危難があっても、避難行為の補充性の要件を満たし、その程度を超えていた場合(過剰避難)が、誤想過剰避難である。現在の危難が存在しないので、違法性は阻却されない。ただし、行為者は避難の意思に基づいていたので、違法性が阻却されれ無罪になると認識していれば、犯罪の故意が阻却される(誤想避難は故意を阻却する)。また、避難の意思があっても、行為は避難の程度を超えている、つまり過剰であると認識している場合には、故意は阻却されないが、避難の意思に基づいていたことから、その非難可能性が減少する。

・ただし、誤想過剰避難の場合の非難可能性の減少は、被告人の行為が、かりに現在の危難があっても、避難行為の補充性の要件を満たしていた(やむを得ない行為であった)が、避難の程度を超えていた(害の均衡を超えていたの要件を満たしていなかった)場合、また避難行為の補充性の程度を超えていた(やむを得ない行為の程度を超えていた)場合に限られる。つまり、過剰避難には、避難行為の補充性の要件を満たすが、害の均衡を超えた過剰避難と避難行為の補充性を超えた過剰避難の二つがあるのである。

・本件のXの誤想過剰避難は、そのうちのどれにあたるか。判決によれば、次のように判断されている。XはA・Bによる危難を誤想し、護身用にハサミをとったが、それ以外の行為によって危難を避けることは可能であったが、Xの心理状況を踏まえると、それ以外の方法をとることは現実的に困難であった認定されている。そして、そのうえで、「現在の危難の誤想に基づく避難行為といえても止むを得ない程度を超えた過剰避難であるといわざるを得ない」と判断している。これによれば、Xの行為は「やむを得ない程度を超えた過剰避難」、補充性の要件を超えた過剰避難であって、補充性の要件を満たすが、害の均衡を超えた過剰避難ではない。
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