第14問A 中止犯
AとBはささいなことから口論となり、興奮したAはBを手拳で殴り倒した。転倒したBは頭を打ち気絶した。Aは、脈をみたところBが生きていることがわかったが、いっそのこと殺してしまおうと思いBの首を絞めた。ところが、廊下から巡回中の警備員の足音が聞こえたため、犯行発覚をおそれて首を絞めるのをやめた。Aは警備員が通り過ぎた後、そのまま逃走したが、Bが死んでしまったら罪が重くなると考え、携帯電話で救急車を呼び、ビルの入口まで積極的に誘導した。ところが、救急隊員が駆けつけるよりも前に、再び巡回してきた警備員がひん死の状態のBを発見し適切な措置を施したために、Bは一命をとりとめた。Aの罪責を論ぜよ。
論点
1中止犯の法的性質
2「自己の意思により」(中止の任意性の意義)
3「中止した」(中止行為の真摯性の要件)
4「中止した」(中止行為と結果の不発生の因果関係)
答案構成
(1)AがBを殴り倒し、気絶させた行為
AはBを手拳で殴り倒し、気絶させた。この行為によって、Bの通常の生理的機能に障害が引き起こされ意識障害が発生した。これは人の生理的機能を保護法益とする傷害罪(刑204)にあたる。
(2)AがBの首を絞めた行為
1Aは気絶したBが生きていることを確認したうえで、いっそのこと殺してしまおうと思い、Bの首を絞めた。最終的にBは一命をとりとめ、死亡するには至らなかった。
2この絞首という行為は、人の生命を侵害しうる客観的な危険行為であり、それを行っている以上、死に至っていなくても、殺人罪の実行の着手は認められ、殺人未遂罪にあたる(刑203、199。刑の任意的減軽)。
ただし、AはBの首を絞めるのを止め、その後、救急車を呼ぶなどした。これ点について、Aの殺人未遂罪に対して中止未遂の刑の必要的減免規定(刑43条但書)を適用することができるか。
3中止未遂とは、犯罪の実行に着手した後、自己の意思によって犯罪を中止することである。犯罪の中止には、2通りある。
1つは、犯罪の実行に着手し、実行行為がまだ終了していない段階において、その継続を中止することによって、犯罪を中止することである。もう1つは、犯罪の実行に着手し、実行行為が終了した後、結果の発生を防止することによって、結果の発生を防止することである。中止未遂の規定の適用のためには、この中止行為が行われていることが必要である。
犯罪の実行に着手しているので、犯罪の未遂犯は成立するが、自己の意思により犯罪を中止したことから、未遂犯に科される刑(既遂犯の法定刑)が減軽または免除される(刑の必要的減免)。自己の意思により中止行為を行った行為者に対して、行為者に対して政策的に刑の必要的な減軽・免除をするという立場(刑事政策説)が主張されているが、自己の意思により中止したことによって、未遂犯の違法性と有責性が減少するという立場(法律説)の間で対立がある。犯罪の実行に着手した時点で、未遂は成立しているので、その後の行為者の態度によって、さかのぼって違法性や有責性が減少するというのはありえないので、刑事政策説が妥当である。
4未遂犯に中止未遂の規定が適用されるには、中止行為と、さらに中止の任意性が必要である。
中止未遂の規定の適用には、中止行為と、さらに中止の任意性が必要である。
本件では、Aは巡回中の警備員の足音を聞いて、犯行の発覚を恐れて止めた。つまり、警備員が接近し、その足音が聞こえるという外部的な事情がAに作用して、犯行の発覚を恐れさせた。それによって犯行を継続する意思を放棄させ、よって犯罪を止める意思を形成させた。
このような場合、Aは犯罪を中止する決意をしたのであるが、刑事政策的に刑を減軽・免除する必要があるだろうか(刑事政策説からの問題提起)。あるいは、すでに成立した殺人未遂の違法性や有責性が減少するであろうか(法律説からの問題提起)。そうとはいえないであろう。そうすると、中止することを決意したとはいっても、その決意に任意性は認められない。
ただし、Aは警備員が通り過ぎた後、一旦は逃走したが、救急車を呼び、積極的に誘導して、Bの救命措置を求めた。これは、逃走できたにもかかわらず、翻意して救急車を手配し、Bを救命することを決意したので、ここには自己の意思により中止したといえる。したがって、中止の任意性を認めることができる。
では、AはB殺害を中止したとえいるか。つまり、中止行為が行われたといえるか。Aは気絶したBの首を絞めるなどし、ひん死の状態にさせているので、中止するためには、応急措置を講ずるなどして死亡結果を防止るするための作為による真摯な努力が必要であると解されている。Aは救急車を呼び、ビルの入口まで積極的に誘導するなどして死亡結果を防止するための真摯な努力をしているといえる。したがって、中止行為が行われたと評価することができそうである。
しかし、Aの中止行為が行われるより前にBは巡回中の警備員の適切な措置によって救命されている。そうすると、死亡結果はAの中止行為によって防止されたとはいえない。中止行為とは、あくまでも結果発生を防止した行為でなければならないならば、中止行為が行われたとがいえない。
しかし、行為者が未遂成立後に自らの意思によって犯罪を中止したことについて、未遂の刑が必要的に減免されるのは、刑事政策的な要請があるからであり、あるいは未遂の違法性や有責性が減少するからであると考えると、自己の意思によって犯罪の結果が発生しないよう真摯な努力をした点に関して、政策的に見ても、また有責性の減少という点をとっても、中止未遂の規定を適用できる余地はあるように思われる。たしかに結果は中止行為によって防止されていない(中止行為と結果回避の因果関係はない)が、行為者が結果発生を回避するための救命措置を講ずるなど真摯な努力をしたことにつき、政策的にも、また有責性の減少という点を見ても、それ自体として中止行為が行われたと認定できる。したがって、本件ではAの中止行為を認めることができる。
5以上から、Aには傷害罪(刑204)と殺人未遂罪(刑203、199)が成立する。傷害罪と殺人未遂罪は、同一の場所・時間において、同一の客体に行われていることから、包括して殺人未遂罪1罪が成立すると認定することができる。
そして、殺人未遂罪には中止未遂の規定(刑43条但書)を適用することができる。
AとBはささいなことから口論となり、興奮したAはBを手拳で殴り倒した。転倒したBは頭を打ち気絶した。Aは、脈をみたところBが生きていることがわかったが、いっそのこと殺してしまおうと思いBの首を絞めた。ところが、廊下から巡回中の警備員の足音が聞こえたため、犯行発覚をおそれて首を絞めるのをやめた。Aは警備員が通り過ぎた後、そのまま逃走したが、Bが死んでしまったら罪が重くなると考え、携帯電話で救急車を呼び、ビルの入口まで積極的に誘導した。ところが、救急隊員が駆けつけるよりも前に、再び巡回してきた警備員がひん死の状態のBを発見し適切な措置を施したために、Bは一命をとりとめた。Aの罪責を論ぜよ。
論点
1中止犯の法的性質
2「自己の意思により」(中止の任意性の意義)
3「中止した」(中止行為の真摯性の要件)
4「中止した」(中止行為と結果の不発生の因果関係)
答案構成
(1)AがBを殴り倒し、気絶させた行為
AはBを手拳で殴り倒し、気絶させた。この行為によって、Bの通常の生理的機能に障害が引き起こされ意識障害が発生した。これは人の生理的機能を保護法益とする傷害罪(刑204)にあたる。
(2)AがBの首を絞めた行為
1Aは気絶したBが生きていることを確認したうえで、いっそのこと殺してしまおうと思い、Bの首を絞めた。最終的にBは一命をとりとめ、死亡するには至らなかった。
2この絞首という行為は、人の生命を侵害しうる客観的な危険行為であり、それを行っている以上、死に至っていなくても、殺人罪の実行の着手は認められ、殺人未遂罪にあたる(刑203、199。刑の任意的減軽)。
ただし、AはBの首を絞めるのを止め、その後、救急車を呼ぶなどした。これ点について、Aの殺人未遂罪に対して中止未遂の刑の必要的減免規定(刑43条但書)を適用することができるか。
3中止未遂とは、犯罪の実行に着手した後、自己の意思によって犯罪を中止することである。犯罪の中止には、2通りある。
1つは、犯罪の実行に着手し、実行行為がまだ終了していない段階において、その継続を中止することによって、犯罪を中止することである。もう1つは、犯罪の実行に着手し、実行行為が終了した後、結果の発生を防止することによって、結果の発生を防止することである。中止未遂の規定の適用のためには、この中止行為が行われていることが必要である。
犯罪の実行に着手しているので、犯罪の未遂犯は成立するが、自己の意思により犯罪を中止したことから、未遂犯に科される刑(既遂犯の法定刑)が減軽または免除される(刑の必要的減免)。自己の意思により中止行為を行った行為者に対して、行為者に対して政策的に刑の必要的な減軽・免除をするという立場(刑事政策説)が主張されているが、自己の意思により中止したことによって、未遂犯の違法性と有責性が減少するという立場(法律説)の間で対立がある。犯罪の実行に着手した時点で、未遂は成立しているので、その後の行為者の態度によって、さかのぼって違法性や有責性が減少するというのはありえないので、刑事政策説が妥当である。
4未遂犯に中止未遂の規定が適用されるには、中止行為と、さらに中止の任意性が必要である。
中止未遂の規定の適用には、中止行為と、さらに中止の任意性が必要である。
本件では、Aは巡回中の警備員の足音を聞いて、犯行の発覚を恐れて止めた。つまり、警備員が接近し、その足音が聞こえるという外部的な事情がAに作用して、犯行の発覚を恐れさせた。それによって犯行を継続する意思を放棄させ、よって犯罪を止める意思を形成させた。
このような場合、Aは犯罪を中止する決意をしたのであるが、刑事政策的に刑を減軽・免除する必要があるだろうか(刑事政策説からの問題提起)。あるいは、すでに成立した殺人未遂の違法性や有責性が減少するであろうか(法律説からの問題提起)。そうとはいえないであろう。そうすると、中止することを決意したとはいっても、その決意に任意性は認められない。
ただし、Aは警備員が通り過ぎた後、一旦は逃走したが、救急車を呼び、積極的に誘導して、Bの救命措置を求めた。これは、逃走できたにもかかわらず、翻意して救急車を手配し、Bを救命することを決意したので、ここには自己の意思により中止したといえる。したがって、中止の任意性を認めることができる。
では、AはB殺害を中止したとえいるか。つまり、中止行為が行われたといえるか。Aは気絶したBの首を絞めるなどし、ひん死の状態にさせているので、中止するためには、応急措置を講ずるなどして死亡結果を防止るするための作為による真摯な努力が必要であると解されている。Aは救急車を呼び、ビルの入口まで積極的に誘導するなどして死亡結果を防止するための真摯な努力をしているといえる。したがって、中止行為が行われたと評価することができそうである。
しかし、Aの中止行為が行われるより前にBは巡回中の警備員の適切な措置によって救命されている。そうすると、死亡結果はAの中止行為によって防止されたとはいえない。中止行為とは、あくまでも結果発生を防止した行為でなければならないならば、中止行為が行われたとがいえない。
しかし、行為者が未遂成立後に自らの意思によって犯罪を中止したことについて、未遂の刑が必要的に減免されるのは、刑事政策的な要請があるからであり、あるいは未遂の違法性や有責性が減少するからであると考えると、自己の意思によって犯罪の結果が発生しないよう真摯な努力をした点に関して、政策的に見ても、また有責性の減少という点をとっても、中止未遂の規定を適用できる余地はあるように思われる。たしかに結果は中止行為によって防止されていない(中止行為と結果回避の因果関係はない)が、行為者が結果発生を回避するための救命措置を講ずるなど真摯な努力をしたことにつき、政策的にも、また有責性の減少という点を見ても、それ自体として中止行為が行われたと認定できる。したがって、本件ではAの中止行為を認めることができる。
5以上から、Aには傷害罪(刑204)と殺人未遂罪(刑203、199)が成立する。傷害罪と殺人未遂罪は、同一の場所・時間において、同一の客体に行われていることから、包括して殺人未遂罪1罪が成立すると認定することができる。
そして、殺人未遂罪には中止未遂の規定(刑43条但書)を適用することができる。