刑法Ⅱ(各論) 社会的法益に対する犯罪――公共の信用に対する罪・風俗に対する罪
第12回 文書偽造罪
(1)文書偽造の罪
文書偽造の罪は、公文書、私文書、医師の診断書に関する偽造、および電磁的記録に関する不正作出から成り立っています。
文書は、他人に意思を伝達する手段のみならず、人の権利義務の関係を明らかにし、また資格や技能などの取得を証明する手段として社会生活上極めて重要な役割を果たしています。文書偽造罪は、そのような権利・義務、その他の事実証明に関する文書の信用を保護し、取引の安全を図るために設けられたものです。
1987年の刑法の一部改正によって、電磁的記録不正作出罪が新設されました。
1文書偽造の罪の総説
ⅰ文書の意義
文書とは、人がその意思を記載したものです。それは他人に伝達・理解できるものでなければならないので、可読的な発音的符号(漢字、ひらがなの文字、点字など)や象形的符号によって記載されていることを要します。また、一定期間、ある物体のうえに持続・継続した状態で記載されている必要があります(大判明43・9・30刑録16・1572)。物体は、紙であることを要しません。黒板に白墨でもかまいません(最判昭38・12・24刑集17・12・2485)。
海辺の砂の上に書かれた文字は可読的ではありますが、持続性・継続性がないので文書にはあたりません。郵便物に押された郵便日付印は、郵便局が依頼人の郵便物を名宛人に対して配達し、引渡すことの意思を表示する符号であるので、文書(省略文書)としての性格を有しています(大判昭3・10・9刑集7・683)。「図画」も人の意思を表示したものであり、文書に含まれます。ただし、録音された音声や電磁的記録は文書ではありません。
当事者間においてしか通用しないもの(合い札、番号札)は、意思の表示とはいえないので、文書にはあたりません。そのような意思表示は、個人間の問題でしかなく、社会性がないからです。
ⅱ原本とコピー
かつては、文書は原本(オリジナル)であり、手書きの写しや謄本は原本ではないので、文書として扱われていませんでした。しかし、最近の複写技術の発達によって、コピーが普及し、また非常に正確にコピーができるようになったため、コピーを原本と同様に扱い、文書として認められるようになっています。判例は、コピーであっても、原本と同一の内容を保有し、証明文書として原本と同様の社会的機能と信用性を有していることから、コピーを「文書」として扱っています(最判昭51・4・30刑集30・3・453)。
コピーは、原本の内容を正確に写し出しています。しかし、コピーはコピーであって、オリジナルではありません。コピーが証明できるのは、オリジナル原本に表示された意思の内容ではなく、原本が存在するという事実だけです。コピーが誰にでも自由に、また容易に作成(改ざん)できることを踏まえると、コピーはそんなに信用できるものではなく、原本と同一視できないと思います。従って、刑法がそのようなコピーの信用性をも保護するというのは、コピーの信用性に対する過大評価です。ただし、「認証文書」が付されたコピーは、原本と同様に保護する必要があります。
ⅲ名義人
文書は、人の意思を表示・伝達するものです。したがって、文書は意思を表示する人の文書です。その人を文書の名義人といいます。
名義人には、自然人・法人の両方が含まれます。名義人は、一般い実在する人物・団体です(村上春樹など)。さらに、架空の人物・団体でもかまわないのかが争われてきました(ムラカミハルキなど)。文書の名義人が実在する人物かどうかは、一般には判断できない場合もあるので、架空であっても、そのような人物が実在すると誤認される場合には、文書の偽造にあたると判断されています(公文書について、最判昭36・3・20刑集15・3・667、私文書について、最判昭28・11・13刑集7・11・2096)。
ⅳ偽造の意義
①有形偽造と無形偽造
文書が、その名義人の名のもとに文書を作成している場合、その文書が名義人の文書であり、文書に名義人の意思が表示されていると信用することができます。名義人とは異なる別の人が、その文書を作成していることが分かったならば、その文書に表示されている意思は名義人の意思ではないと疑われ、信用できないと判断されて当然です。このように文書の信用性を担保しているのは、文書の真正性、すなわち文書が名義人によって作成されていることにあります。
このように文書の信用性を「形式」の真正性に基づいて判断する立場を一般に「形式主義」と呼んでいます。形式主義の立場からは、文書の偽造とは、文書の作成権限を持たない者がその名義人の名義を「冒用」して文書を作成することであると解されます(大判明43・12・20刑録16・2265)。また、他人の名義を偽ることによって、作成者Aがあたかも文書の名義人Bであるかのように人格的な同一性を偽り、それによって文書の信用性を損なうことが偽造の本質であると解されています(最判昭59・2・17刑集38・3・336)。
しかし、文書の作成の形式にこだわると、自分名義の文書は実際に自分で作成しなければならないという原則(事実説)から、タイピストや秘書による文書の作成は作成権限のない者(名義人ではない者)による作成(有形偽造)にあたると解されることにもなります。しかし、このような「事実説」の考え方は極端であり、実際の社会において受け入れられないでしょう。従って、自分の意思を文書に表示した者が文書の作成者であると考えるならば、文書を実際に作成した人が秘書であっても、それに表示された意思は名義人の意思であるので、その名義人が文書の作成者であるということができます(観念説)。従って、文書に表示された意思が名義人の意思ではない場合に「有形偽造」にあたります。
このように文書の名義人と作成者が同一であれば、その文書は真正な文書であり、信用できると判断されますが、文書に表示された意思の内容が虚偽であれば、たとえ真正なものであっても、その信用性は低下します。文書の信用性は、名義人と作成者の人格的同一性によって担保されますが、内容が正しくなければ、文書の信用性は損なわれます。従って、文書の「形式」の真正性だけでなく、その「内容」の真正性をも重視しなければなりません。このように文書の内容的な真正性を重視する立場を「実質主義」といいます。文書の名義人が虚偽内容の文書を作成した場合、「無形偽造」にあたります。
有形偽造と無形偽造という言葉が出てきましたので、形式主義と実質主義を踏まえて説明しておきます。有形偽造と無形偽造は、文書の作成権限の有無を基準にして判断されます。例えば、Aの代理人であるBが、代理権の範囲を超えて、作成権限の及ばない文書を作成した場合、それは有形偽造となります。作成権限の範囲内において、虚偽内容の文書を作成した場合には無形偽造となります(最決昭45・9・4刑集24・10・1319)。
Aから文書を作成する包括的な権限が与えられている場合には、代理人として文書を作成することは一般に有形偽造にはなりません。それに対して、Aから包括的な文書作成権限が与えられておらず、その都度の授権に基づいて作成するような場合には、常に有形偽造が問題になります。
②同姓同名と有形偽造
鈴木一郎さんが、「山田一郎」の名義で文書を作成した場合、有形偽造にあたることに異論はないでしょう。では、弁護士資格を持っていない鈴木一郎さんが、実在する同姓同名の「鈴木一郎」の名義で文書を作成した場合、それは有形偽造にあたるでしょうか。最高裁は、鈴木一郎が同姓同名の「弁護士・山田一郎」の名義で文書を作成した事案について、「名義人と作成者との人格の同一性に齟齬(そご)を生じさせた」として、有形偽造にあたると認定しました(最決平5・10・5刑集47・8・7)。
2詔書偽造罪
刑法154条① 行使の目的で、御璽、国璽、若しくは御名を使用して詔書(ショウショ)その他の文書を偽造し、又は偽造した御璽、国璽若しくは御名を使用して詔書その他の文書を偽造した者は、無期又は3年以上の懲役に処する。
② 御璽若しくは国璽を押し又は御名を署した詔書その他の文書を変造した者も、前項と同様とする。
本罪は、御璽、国璽もしくは御名を使用して詔書その他の文書を偽造する行為、偽造した御璽、国璽もしくは御名を使用して詔書その他の文書を偽造する行為です。詔書その他の文書の作成権限は、天皇にあるので、天皇以外の者が行なえば、有形偽造です。
3公文書偽造罪
刑法155条① 行使の目的で、公務所若しくは公務員の印章若しくは署名を使用して公務所若しくは公務員の作成すべき文書若しくは図画を偽造し、又は偽造した公務所若しくは公務員の印章若しくは署名を使用して公務所若しくは公務員の作成すべき文書若しくは図画を偽造した者は、1年以上10年以下の懲役に処する。
② 公務所又は公務員が押印し又は署名した文書又は図画を変造した者も、前項と同様とする。
③ 前2項に規定するもののほか、公務所若しくは公務員の作成すべき文書若しくは図画を偽造し、又は公務所若しくは公務員が作成した文書若しくは図画を変造した者は、3年以下の懲役又は20万円以下の罰金に処する。
ⅰ行為客体
本罪の行為客体は、公務所または公務員が法的な権限に基づいて、または公務所または公務員を名義人として作成される文書や図画です。具体的には、運転免許証、旅券(パスポート)、印鑑登録証明書、国立・公立学校の在学証明書や卒業証明書などです。ただし、公務員が作成したものが常に公文書になるわけではありません。私的な挨拶状などは、公務員の肩書きが記載されていても、公文書ではありません。有印の公文書の場合(1項・2項)と無印の公文書(3項)において、法定刑に差が設けられています。
ⅱ行為
有印または無印の公文書の偽造または変造です。権限のない者が印章を偽造して、公文書を偽造した場合、印章偽造は公文書偽造に吸収されます。行使の目的が必要です。文書の作成権限を有する公務員が、虚偽内容の公文書を作成した場合は、虚偽公文書作成罪(156条)にあたります(無形偽造)。文書の作成権限者A(市長)が、とくに内容を審査せずに、職印を押印していることを利用して、Xが虚偽内容の公文書原案を作成して、Aに職印を押印させて、公文書を偽造させた事案では、Xに公文書偽造(有形偽造)の間接正犯が成立すると判断した例があります(東京高判昭28・8・3高刑判特39・71)。
ⅲ補助公務員による文書偽造
公務所の長や権限のある公務員(課長)は、独立して自分の判断で文書を作成することが多いですが、その際、補助佐係の公務員(課長補佐)にその原案を作成させることがあります。この「補助公務員」は、原案の作成にあたって、自分の意思を表示することは許されないので、例えば課長に隠れて、単独で課長名義の文書を作成した場合、それは公文書の有形偽造にあたります。ただし、課長補佐が課長に相談なしに印鑑証明書を作成した事例について、課長がその証明書を事後決裁するだけの場合には、補佐にその文書の作成権限がなくても、有形偽造にはあたらないとされています(最判昭51・5・6刑集30・4・591)。
形式主義からは、作成された印鑑証明書が内容的に真正であっても、課長補佐に証明書の作成権限がない以上、補佐による作成は有形偽造にあたることになりますが、文書作成の代理権が補佐に与えられていると解することができるならば、形式主義の要請を満たしていますし、文書が内容的に真正であれば、実質主義からも無形偽造にはなりません。課長補佐には単独で文書を作成する資格と権限はありませんが、課長補佐が事前に課長に相談せずに、一定の種類の課長名義の文書を作成し、課長がそれを事後決済することが、当該課の慣行として行なわれ、定着している場合には、形式主義の立場からは、一定の限定された代理権が与えられていると理解すべきでしょう。
4虚偽公文書作成罪
刑法156条 公務員が、その職務に関し、行使の目的で、虚偽の文書若しくは図画を作成し、又は文書若しくは図画を変造したときは、印章又は署名の有無により区別して、前2条の例による。
ⅰ行為主体
本罪の行為主体は、当該文書を作成する権限のある公務員に限られています。従って、本罪は一種の職務犯罪です(構成的身分犯)。公務員の職に就いていても、作成権限外の文書を作成した場合、公文書の「有形偽造」にあたります。
ⅱ行為
本罪の行為は、文書の作成権限を有する公務員が虚偽内容の公文書を作成することです(無形偽造)。行使の目的が必要です。
公務員は、職務上、自ら文書(例えば、業務報告書など)を作成するだけでなく、申請者の依頼を受けて文書(例えば、医療費の受給認定書など)を作成することもあります。申請者が虚偽の事実を告げて、公務員に文書の作成を依頼し、公務員がそれに気づかないまま虚偽内容の公文書を作成した場合、どのような犯罪が成立するでしょうか。文書を作成している公務員には、虚偽内容の公文書を作成している認識はないので、故意はなく、本罪にはあたりません。
では、申請者にはいかなる罪が成立するでしょうか。判例では、申請者が公文書の起案を担当する職員であった事案について、虚偽公文書作成罪の間接正犯の成立を認めたものがあります(最判昭32・10・4刑集11・10・2464)。
公文書の起案担当者ではない者が申請者であった場合はどうでしょうか。一般の申請者が文書作成の権限を有する公務員を欺いて、虚偽内容の公文書を作成させた場合、どのような罪になるでしょうか。文書の作成権限を有する公務員を欺いて虚偽の公文書を作成させたことが犯罪になるのは、登記簿、戸籍簿その他の公正証書の原本に不実の記載をさせた場合だけです(157条)。従って、それ以外の公文書(例えば、医療費受給認定証)に虚偽の内容を記載させても、157条の公正証書不実記載罪は成立しません(157条の法定刑は156条のそれよりも軽い)。ということは、一般の申請者が、公務員を欺いて、公正証書以外の虚偽の公文書(医療費受給認定証)を作成させても、157条の公正証書不実記載罪が成立しない以上、それよりも重い「虚偽公文書作成罪」の間接正犯が成立することはないでしょう。
5公正証書原本不実記載罪
刑法157条① 公務員に対し虚偽の申立てをして、登記簿、戸籍その他の権利若しくは義務に関する公正証書の原本に不実の記載をさせ、又は権利若しくは義務に関する公正証書の原本として用いられる電磁的記録に不実の記録をさせた者は、5年以下の懲役又は50万円以下の罰金に処する。
② 公務員に対し虚偽の申立てをして、免状、鑑札又は旅券に不正の記録をさせた者は、1年以下の懲役又は20万円以下の罰金に処する。
③ 前2項の罪の未遂は、罰する。
本罪は、公務員に虚偽の申立をして、公正証書の原本に虚偽の事実を記載させる行為です。公務員に虚偽の公文書を作成している認識がないので、公務員には「虚偽公文書作成罪」(直接無形偽造)は成立しませんが、申立人には本罪が成立します。従って、本罪は虚偽の公正証書を作成する無形偽造を間接正犯の形態で規定したものです(間接無形偽造)。ただし、公務員が情を知っている場合、虚偽公文書作成罪(無形偽造の直接正犯)が成立するので、申立人には本罪(無形偽造の間接正犯)が成立するか否かが問題になります。
本罪は、真正者が欺いて公務員を錯誤に陥れて、虚偽の公文書を作成させる行為なので、公務員が事情を知っている場合には、申立人には本罪は成立しないと思われます。では、無罪かというと、そうではなく、虚偽公文書作成罪の教唆が成立するだけです。虚偽公文書作成罪は構成的身分犯であり、非身分者である申立人がそれを教唆した場合、申立人に刑法65条1項を適用して、虚偽公文書作成罪の教唆の成立が認められりでしょう。
6虚偽公文書行使罪
刑法158条① 第154条から前条までの文書若しくは図画を行使し、又は前条第1項の電磁的記録を公正証書の原本としての用に供した者は、その文書若しくは図画を偽造し、若しくは変造し、虚偽の文書若しくは図画を作成し、又は不実の記載若しくは記録をさせた者と同一の刑に処する。
② 前項の罪の未遂は、罰する。
行使とは、偽造文書または虚偽作成された文書などを相手方に提示・交付・送付または一定の場所に備えつけて公示するなどして、真正な文書として認識させたり、また認識可能な状態に置くことをいいます。虚偽の申立をして、運転免許状を取得し(157条②)、それを携帯して自動車運転するだけでは、本罪の行使にあたらないと判断されています(最大判昭44・6・18刑集23・7・950)。
7私文書偽造罪
刑法159条① 行使の目的で、他人の印章若しくは署名を使用して、権利、義務若しくは事実証明に関する文書若しくは図画を偽造し、又は偽造した他人の印章若しくは署名を使用して権利、義務若しくは事実証明に関する文書若しくは図画を偽造した者は、3月以上5年以下の懲役に処する。
② 他人が押印し又は署名した権利、義務又は事実証明に関する文書又は図画を変造した者も、前項と同様とする。
③ 前2項に規定するもののほか、権利、義務又は事実証明に関する文書又は図画を偽造し、又は変造した者は、1年以下の懲役又は10万円以下の罰金に処する。
ⅰ行為客体
本罪の行為客体は、権利・義務若しくは事実証明に関する私文書・図画です。私人が作成した文書・図画だけでなく、公務員が作成したものであっても、その職務とは無関係なものは、私文書です。私文書には、「権利・義務に関する文書」だけでなく、「事実証明に関する文書」も含まれるので、その範囲は明確ではありません。判例は、「実社会生活に交渉を持つ事項を証明する」文書であれば足りると」と解していますが(大判大9・12・24刑録26・938)、社会生活との関連性(交渉)だけでは、文書の範囲を限定したことにはなりません。社会生活における重要な利害関係を証明する文書という意味において限定を図るべきでしょう。
ⅱ行為
本罪の行為は、他人の名義を冒用して文書を偽造する「有形偽造」です。無形偽造については、原則的に処罰対象には含まれません。従って、履歴書などの私文書に虚偽の事実を記載しても、私文書の偽造として処罰されることはありません(詐欺罪の「欺く行為」として問題にはなります)。
①代理・代表名義の冒用
Aの代理でもなければ、その代表権を有しないBが、「A代理人B」という名義で文書を作成した場合、その文書はAの意思を表示した文書であると誤信させるものであり、そこに表示された意思内容はAに帰属することになります。従って、Bの行為は私文書の偽造(有形偽造)にあたります(最決昭45・9・4刑24・10・1319)。
②代理・代表権限の濫用
Aの代理であるBが、その代表権を濫用して、A名義の文書を作成した場合、私文書の有形偽造にあたるでしょうか。判例は、代理権を超えて、文書が作成されたかどうかを基準に判断しています。権限の範囲内であれば、文書は有効であるため、有形偽造にはあたりませんが、代理権を超えていれば、偽造(有形偽造)にあたります(大連判大11・10・20刑集1・558)。このような問題の場合、名義人Aが代理人Bに対して、どのような権限を付与したのか、裁量を含む権限を与えたのかどうかが重要な判断基準になるでしょう。
③名義人の承諾
他人の名義を冒用して私文書を作成する行為が、私文書偽造(有形偽造)であるので名義を冒用していなければ、私文書偽造にはあたりません。つまり、名義人の承諾がある場合、「冒用」ではなくなるので、本罪は成立しません。しかし、文書の性質によっては、本人が作成しなければならないもの、他人のその作成を依頼することが許されないものがあり、そのような文書に関して、本人(名義人)の承諾)があることが、偽造の成否に影響を与えるかどうかが問題になります。
交通事故原票の供述書に、名義人からあからじめ承諾を得て、その氏名を記入した事案について(最決昭56・4・8刑集35・3・57)、大学の入学試験の答案に、名義人の承諾に基づいて、その氏名を記入した事案(最決平6・11・29刑集48・7・453)について、文書の性質上、本人以外の者が作成することは許されないとして、たとえ名義人の承諾があっても、私文書偽造罪の成立は妨げられないと判断されています。とくに大学入学試験の答案は、学力の有無と程度を判定するための試験問題に対して、志願者(名義人)が正解と判断した内容を記載する文書であり、それを採点した結果が志願者の学力を示す資料となり、それを基に合格の判定を受け、合格した志願者だけが大学への入学を許可されるので、大学入学試験の答案は、社会生活の交渉(関連性)を有する事項を証明する文書にあたります。さらに、このような性質を有する文書を名義人(志願者)以外の者(替え玉受験者)が作成した場合(解答し、正解を記載した場合)、文書には志願者の意思(学力)が表示されないし、また文書に表示された意思(学力)を志願者に帰属させることができないため、私文書の偽造にあたるといえます。
④通称名の使用
本名ではなく、通称名で文書を作成する場合があります。千葉県知事の森田健作の本名は鈴木栄治ですが、一般には「森田健作」という名前で知事として活動していますが、法的な効力を有する文書(公文書)を作成する場合は、本名の「鈴木栄治」を用いています。従って、それ以外の私的な文書は、「通称名」である「森田健作」で作成しています。知事の公式サイトでも「森田健作」という名前が用いられています。「森田健作」という通称名を用いていますが、それが本名「鈴木栄治」が作成した文書であることが特定できるので、基本的に作成者と啓義人との人格的同一性は一致しており、偽造にはあたらないといえます。しかし、文書の性質いかんによっては、通称名を用いることが許されないものもあるようです。
判例では、長期間にわたって使用してきた通称名(A)を「再入国許可申請書」の氏名欄に記入した事案に関して、文書の性質上、本名(B)を記入することが要求されていることを理由に、本名(B)ではなく通称名(A)を記入した行為は、私文書の偽造にあたると判断しています(最判昭59・2・17刑集38・3・336)。再入国許可申請書は、いつ、だれが日本に入国・再入国したかについて、その本名で確認するための文書であり、出入国管理行政上、重要な意味を持っているので、そこに本名以外の名前を記載することは、基本的に認められません。従って、通称を用いることは認められません。しかし、その行為が私文書偽造罪にあたるかどうかは別の問題です。再入国許可申請書は、再入国許可申請書は「A」の名前で作成されていますが、Bは「A」という名称で通っており、「A」の名義で作成されたその文書には、Bの意思が表示されていることが明らかなので、文書の作成者であるBとその名義人である「A」とのあいだに人格的同一性の齟齬が生じているとはいえません。再入国許可申請書の氏名欄には本名を記入することが求められていますが、人格的の同一性を特定できる通称名を氏名欄に記入したことでは、その文書の信用性が損なわれないように思います。行政上、出入国管理を徹底することは必要ですが、その利益は対応する行政法規によって対処すればよいのであって、刑法を用いて徹底するというのは、やや筋違いな感じがします。
8虚偽診断書作成罪
刑法160条 医師が公務所に提出すべき診断書、検案書又は死亡証書に虚偽の記載をしたときは、3年以下の禁錮又は30万円以下の罰金に処する。
本罪の行為は、医師が、公務所に提出する診断書、検案書、死亡証書に虚偽の記載をする行為です(構成的身分犯)。それは作成権限を有する者が、虚偽の内容の文書を作成する行為なので、私文書の偽造(無形偽造)を処罰する例外的な規定です。それを依頼した患者には、65条1項を適用して本罪の教唆の成立が認められます。
9偽造私文書行使罪
刑法161条① 前2条の文書又は図画を行使した者は、その文書若しくは図画を偽造し、若しくは変造し、又は虚偽の記録をした者と同一の刑に処する。
② 前項の罪の未遂は、罰する。
本罪の行為は、偽造私文書(159条)、虚偽診断書(160条)を行使する行為です。未遂も処罰されます。
10電磁的記録不正作出罪・同供用罪
刑法161条の2① 人の事務処理を誤らせる目的で、その事務処理の用に供する権利、義務又は事実証明に関する電磁的記録を不正に作った者は、5年以下の懲役又は50万円以下の罰金に処する。
② 前項の罪が公務所又は公務員により作成されるべき電磁的記録に係るときは、10年以下の懲役又は100万円以下の罰金に処する。
③ 不正に作られた権利、義務又は事実証明に関する電磁的記録を、第1項の目的で、人の事務処理の用に供した者は、その電磁的記録を不正に作った者と同一の刑に処する。
④ 前項の罪の未遂は、罰する。
本罪は、電磁的記録の証明機能を重視し、文書と同様の保護を与えるために、1987年の刑法の一部改正によって新設された規定です。
ⅰ行為客体
本罪の行為客体は、事務処理の用に供される権利・義務または事実証明に関する電磁的記録ですが、1項では私電磁的記録が、2項では公電磁的記録が規定されています(これまでの順序と逆です)。
私電磁的記録は、具体的には銀行の預金元帳ファイル、商品台帳ファイルなどです。公電磁的記録は自動車登録ファイル、住民基本台帳ファイルなどです。
ⅱ行為
行為は「不正作出」であり、偽造や虚偽作成を包摂しうる規定になっています。電磁的記録の行使は「供用」とされています。
不正作出とは、権限なく電磁的記録を作り出す行為をいいます。キャッシュカード大のプラスティック板にビデオテープを貼り付け、その磁気ストライプ部分に銀行番号などの印磁をなす行為は、私電磁的記録の「不正作出」にあたります。そのうえで、そのカードを用いて銀行のATMから現金を引き出す行為は、私電磁的記録の「供用」にあたり、それは同時に現金の窃盗にもあたります(観念的競合)。不正作出と供用・窃取は、牽連犯の関係に立ちます(東京地判平元・2・22判時1308・161)。はずれ馬券の裏面の磁気ストライプ部分に的中馬券と同一内容を印磁する行為についても、私電磁的記録不正作出罪にあたると判断されています(甲府地判平元・3・21判時1311・160)。
2001年(平13)に刑法が改正され、支払用カード電磁的記録に関する罪が設けられました。クレジットカードやキャッシュカードに関する電磁的記録の不正作出や供用は、新設された規定が適用されます。
第12回 文書偽造罪
(1)文書偽造の罪
文書偽造の罪は、公文書、私文書、医師の診断書に関する偽造、および電磁的記録に関する不正作出から成り立っています。
文書は、他人に意思を伝達する手段のみならず、人の権利義務の関係を明らかにし、また資格や技能などの取得を証明する手段として社会生活上極めて重要な役割を果たしています。文書偽造罪は、そのような権利・義務、その他の事実証明に関する文書の信用を保護し、取引の安全を図るために設けられたものです。
1987年の刑法の一部改正によって、電磁的記録不正作出罪が新設されました。
1文書偽造の罪の総説
ⅰ文書の意義
文書とは、人がその意思を記載したものです。それは他人に伝達・理解できるものでなければならないので、可読的な発音的符号(漢字、ひらがなの文字、点字など)や象形的符号によって記載されていることを要します。また、一定期間、ある物体のうえに持続・継続した状態で記載されている必要があります(大判明43・9・30刑録16・1572)。物体は、紙であることを要しません。黒板に白墨でもかまいません(最判昭38・12・24刑集17・12・2485)。
海辺の砂の上に書かれた文字は可読的ではありますが、持続性・継続性がないので文書にはあたりません。郵便物に押された郵便日付印は、郵便局が依頼人の郵便物を名宛人に対して配達し、引渡すことの意思を表示する符号であるので、文書(省略文書)としての性格を有しています(大判昭3・10・9刑集7・683)。「図画」も人の意思を表示したものであり、文書に含まれます。ただし、録音された音声や電磁的記録は文書ではありません。
当事者間においてしか通用しないもの(合い札、番号札)は、意思の表示とはいえないので、文書にはあたりません。そのような意思表示は、個人間の問題でしかなく、社会性がないからです。
ⅱ原本とコピー
かつては、文書は原本(オリジナル)であり、手書きの写しや謄本は原本ではないので、文書として扱われていませんでした。しかし、最近の複写技術の発達によって、コピーが普及し、また非常に正確にコピーができるようになったため、コピーを原本と同様に扱い、文書として認められるようになっています。判例は、コピーであっても、原本と同一の内容を保有し、証明文書として原本と同様の社会的機能と信用性を有していることから、コピーを「文書」として扱っています(最判昭51・4・30刑集30・3・453)。
コピーは、原本の内容を正確に写し出しています。しかし、コピーはコピーであって、オリジナルではありません。コピーが証明できるのは、オリジナル原本に表示された意思の内容ではなく、原本が存在するという事実だけです。コピーが誰にでも自由に、また容易に作成(改ざん)できることを踏まえると、コピーはそんなに信用できるものではなく、原本と同一視できないと思います。従って、刑法がそのようなコピーの信用性をも保護するというのは、コピーの信用性に対する過大評価です。ただし、「認証文書」が付されたコピーは、原本と同様に保護する必要があります。
ⅲ名義人
文書は、人の意思を表示・伝達するものです。したがって、文書は意思を表示する人の文書です。その人を文書の名義人といいます。
名義人には、自然人・法人の両方が含まれます。名義人は、一般い実在する人物・団体です(村上春樹など)。さらに、架空の人物・団体でもかまわないのかが争われてきました(ムラカミハルキなど)。文書の名義人が実在する人物かどうかは、一般には判断できない場合もあるので、架空であっても、そのような人物が実在すると誤認される場合には、文書の偽造にあたると判断されています(公文書について、最判昭36・3・20刑集15・3・667、私文書について、最判昭28・11・13刑集7・11・2096)。
ⅳ偽造の意義
①有形偽造と無形偽造
文書が、その名義人の名のもとに文書を作成している場合、その文書が名義人の文書であり、文書に名義人の意思が表示されていると信用することができます。名義人とは異なる別の人が、その文書を作成していることが分かったならば、その文書に表示されている意思は名義人の意思ではないと疑われ、信用できないと判断されて当然です。このように文書の信用性を担保しているのは、文書の真正性、すなわち文書が名義人によって作成されていることにあります。
このように文書の信用性を「形式」の真正性に基づいて判断する立場を一般に「形式主義」と呼んでいます。形式主義の立場からは、文書の偽造とは、文書の作成権限を持たない者がその名義人の名義を「冒用」して文書を作成することであると解されます(大判明43・12・20刑録16・2265)。また、他人の名義を偽ることによって、作成者Aがあたかも文書の名義人Bであるかのように人格的な同一性を偽り、それによって文書の信用性を損なうことが偽造の本質であると解されています(最判昭59・2・17刑集38・3・336)。
しかし、文書の作成の形式にこだわると、自分名義の文書は実際に自分で作成しなければならないという原則(事実説)から、タイピストや秘書による文書の作成は作成権限のない者(名義人ではない者)による作成(有形偽造)にあたると解されることにもなります。しかし、このような「事実説」の考え方は極端であり、実際の社会において受け入れられないでしょう。従って、自分の意思を文書に表示した者が文書の作成者であると考えるならば、文書を実際に作成した人が秘書であっても、それに表示された意思は名義人の意思であるので、その名義人が文書の作成者であるということができます(観念説)。従って、文書に表示された意思が名義人の意思ではない場合に「有形偽造」にあたります。
このように文書の名義人と作成者が同一であれば、その文書は真正な文書であり、信用できると判断されますが、文書に表示された意思の内容が虚偽であれば、たとえ真正なものであっても、その信用性は低下します。文書の信用性は、名義人と作成者の人格的同一性によって担保されますが、内容が正しくなければ、文書の信用性は損なわれます。従って、文書の「形式」の真正性だけでなく、その「内容」の真正性をも重視しなければなりません。このように文書の内容的な真正性を重視する立場を「実質主義」といいます。文書の名義人が虚偽内容の文書を作成した場合、「無形偽造」にあたります。
有形偽造と無形偽造という言葉が出てきましたので、形式主義と実質主義を踏まえて説明しておきます。有形偽造と無形偽造は、文書の作成権限の有無を基準にして判断されます。例えば、Aの代理人であるBが、代理権の範囲を超えて、作成権限の及ばない文書を作成した場合、それは有形偽造となります。作成権限の範囲内において、虚偽内容の文書を作成した場合には無形偽造となります(最決昭45・9・4刑集24・10・1319)。
Aから文書を作成する包括的な権限が与えられている場合には、代理人として文書を作成することは一般に有形偽造にはなりません。それに対して、Aから包括的な文書作成権限が与えられておらず、その都度の授権に基づいて作成するような場合には、常に有形偽造が問題になります。
②同姓同名と有形偽造
鈴木一郎さんが、「山田一郎」の名義で文書を作成した場合、有形偽造にあたることに異論はないでしょう。では、弁護士資格を持っていない鈴木一郎さんが、実在する同姓同名の「鈴木一郎」の名義で文書を作成した場合、それは有形偽造にあたるでしょうか。最高裁は、鈴木一郎が同姓同名の「弁護士・山田一郎」の名義で文書を作成した事案について、「名義人と作成者との人格の同一性に齟齬(そご)を生じさせた」として、有形偽造にあたると認定しました(最決平5・10・5刑集47・8・7)。
2詔書偽造罪
刑法154条① 行使の目的で、御璽、国璽、若しくは御名を使用して詔書(ショウショ)その他の文書を偽造し、又は偽造した御璽、国璽若しくは御名を使用して詔書その他の文書を偽造した者は、無期又は3年以上の懲役に処する。
② 御璽若しくは国璽を押し又は御名を署した詔書その他の文書を変造した者も、前項と同様とする。
本罪は、御璽、国璽もしくは御名を使用して詔書その他の文書を偽造する行為、偽造した御璽、国璽もしくは御名を使用して詔書その他の文書を偽造する行為です。詔書その他の文書の作成権限は、天皇にあるので、天皇以外の者が行なえば、有形偽造です。
3公文書偽造罪
刑法155条① 行使の目的で、公務所若しくは公務員の印章若しくは署名を使用して公務所若しくは公務員の作成すべき文書若しくは図画を偽造し、又は偽造した公務所若しくは公務員の印章若しくは署名を使用して公務所若しくは公務員の作成すべき文書若しくは図画を偽造した者は、1年以上10年以下の懲役に処する。
② 公務所又は公務員が押印し又は署名した文書又は図画を変造した者も、前項と同様とする。
③ 前2項に規定するもののほか、公務所若しくは公務員の作成すべき文書若しくは図画を偽造し、又は公務所若しくは公務員が作成した文書若しくは図画を変造した者は、3年以下の懲役又は20万円以下の罰金に処する。
ⅰ行為客体
本罪の行為客体は、公務所または公務員が法的な権限に基づいて、または公務所または公務員を名義人として作成される文書や図画です。具体的には、運転免許証、旅券(パスポート)、印鑑登録証明書、国立・公立学校の在学証明書や卒業証明書などです。ただし、公務員が作成したものが常に公文書になるわけではありません。私的な挨拶状などは、公務員の肩書きが記載されていても、公文書ではありません。有印の公文書の場合(1項・2項)と無印の公文書(3項)において、法定刑に差が設けられています。
ⅱ行為
有印または無印の公文書の偽造または変造です。権限のない者が印章を偽造して、公文書を偽造した場合、印章偽造は公文書偽造に吸収されます。行使の目的が必要です。文書の作成権限を有する公務員が、虚偽内容の公文書を作成した場合は、虚偽公文書作成罪(156条)にあたります(無形偽造)。文書の作成権限者A(市長)が、とくに内容を審査せずに、職印を押印していることを利用して、Xが虚偽内容の公文書原案を作成して、Aに職印を押印させて、公文書を偽造させた事案では、Xに公文書偽造(有形偽造)の間接正犯が成立すると判断した例があります(東京高判昭28・8・3高刑判特39・71)。
ⅲ補助公務員による文書偽造
公務所の長や権限のある公務員(課長)は、独立して自分の判断で文書を作成することが多いですが、その際、補助佐係の公務員(課長補佐)にその原案を作成させることがあります。この「補助公務員」は、原案の作成にあたって、自分の意思を表示することは許されないので、例えば課長に隠れて、単独で課長名義の文書を作成した場合、それは公文書の有形偽造にあたります。ただし、課長補佐が課長に相談なしに印鑑証明書を作成した事例について、課長がその証明書を事後決裁するだけの場合には、補佐にその文書の作成権限がなくても、有形偽造にはあたらないとされています(最判昭51・5・6刑集30・4・591)。
形式主義からは、作成された印鑑証明書が内容的に真正であっても、課長補佐に証明書の作成権限がない以上、補佐による作成は有形偽造にあたることになりますが、文書作成の代理権が補佐に与えられていると解することができるならば、形式主義の要請を満たしていますし、文書が内容的に真正であれば、実質主義からも無形偽造にはなりません。課長補佐には単独で文書を作成する資格と権限はありませんが、課長補佐が事前に課長に相談せずに、一定の種類の課長名義の文書を作成し、課長がそれを事後決済することが、当該課の慣行として行なわれ、定着している場合には、形式主義の立場からは、一定の限定された代理権が与えられていると理解すべきでしょう。
4虚偽公文書作成罪
刑法156条 公務員が、その職務に関し、行使の目的で、虚偽の文書若しくは図画を作成し、又は文書若しくは図画を変造したときは、印章又は署名の有無により区別して、前2条の例による。
ⅰ行為主体
本罪の行為主体は、当該文書を作成する権限のある公務員に限られています。従って、本罪は一種の職務犯罪です(構成的身分犯)。公務員の職に就いていても、作成権限外の文書を作成した場合、公文書の「有形偽造」にあたります。
ⅱ行為
本罪の行為は、文書の作成権限を有する公務員が虚偽内容の公文書を作成することです(無形偽造)。行使の目的が必要です。
公務員は、職務上、自ら文書(例えば、業務報告書など)を作成するだけでなく、申請者の依頼を受けて文書(例えば、医療費の受給認定書など)を作成することもあります。申請者が虚偽の事実を告げて、公務員に文書の作成を依頼し、公務員がそれに気づかないまま虚偽内容の公文書を作成した場合、どのような犯罪が成立するでしょうか。文書を作成している公務員には、虚偽内容の公文書を作成している認識はないので、故意はなく、本罪にはあたりません。
では、申請者にはいかなる罪が成立するでしょうか。判例では、申請者が公文書の起案を担当する職員であった事案について、虚偽公文書作成罪の間接正犯の成立を認めたものがあります(最判昭32・10・4刑集11・10・2464)。
公文書の起案担当者ではない者が申請者であった場合はどうでしょうか。一般の申請者が文書作成の権限を有する公務員を欺いて、虚偽内容の公文書を作成させた場合、どのような罪になるでしょうか。文書の作成権限を有する公務員を欺いて虚偽の公文書を作成させたことが犯罪になるのは、登記簿、戸籍簿その他の公正証書の原本に不実の記載をさせた場合だけです(157条)。従って、それ以外の公文書(例えば、医療費受給認定証)に虚偽の内容を記載させても、157条の公正証書不実記載罪は成立しません(157条の法定刑は156条のそれよりも軽い)。ということは、一般の申請者が、公務員を欺いて、公正証書以外の虚偽の公文書(医療費受給認定証)を作成させても、157条の公正証書不実記載罪が成立しない以上、それよりも重い「虚偽公文書作成罪」の間接正犯が成立することはないでしょう。
5公正証書原本不実記載罪
刑法157条① 公務員に対し虚偽の申立てをして、登記簿、戸籍その他の権利若しくは義務に関する公正証書の原本に不実の記載をさせ、又は権利若しくは義務に関する公正証書の原本として用いられる電磁的記録に不実の記録をさせた者は、5年以下の懲役又は50万円以下の罰金に処する。
② 公務員に対し虚偽の申立てをして、免状、鑑札又は旅券に不正の記録をさせた者は、1年以下の懲役又は20万円以下の罰金に処する。
③ 前2項の罪の未遂は、罰する。
本罪は、公務員に虚偽の申立をして、公正証書の原本に虚偽の事実を記載させる行為です。公務員に虚偽の公文書を作成している認識がないので、公務員には「虚偽公文書作成罪」(直接無形偽造)は成立しませんが、申立人には本罪が成立します。従って、本罪は虚偽の公正証書を作成する無形偽造を間接正犯の形態で規定したものです(間接無形偽造)。ただし、公務員が情を知っている場合、虚偽公文書作成罪(無形偽造の直接正犯)が成立するので、申立人には本罪(無形偽造の間接正犯)が成立するか否かが問題になります。
本罪は、真正者が欺いて公務員を錯誤に陥れて、虚偽の公文書を作成させる行為なので、公務員が事情を知っている場合には、申立人には本罪は成立しないと思われます。では、無罪かというと、そうではなく、虚偽公文書作成罪の教唆が成立するだけです。虚偽公文書作成罪は構成的身分犯であり、非身分者である申立人がそれを教唆した場合、申立人に刑法65条1項を適用して、虚偽公文書作成罪の教唆の成立が認められりでしょう。
6虚偽公文書行使罪
刑法158条① 第154条から前条までの文書若しくは図画を行使し、又は前条第1項の電磁的記録を公正証書の原本としての用に供した者は、その文書若しくは図画を偽造し、若しくは変造し、虚偽の文書若しくは図画を作成し、又は不実の記載若しくは記録をさせた者と同一の刑に処する。
② 前項の罪の未遂は、罰する。
行使とは、偽造文書または虚偽作成された文書などを相手方に提示・交付・送付または一定の場所に備えつけて公示するなどして、真正な文書として認識させたり、また認識可能な状態に置くことをいいます。虚偽の申立をして、運転免許状を取得し(157条②)、それを携帯して自動車運転するだけでは、本罪の行使にあたらないと判断されています(最大判昭44・6・18刑集23・7・950)。
7私文書偽造罪
刑法159条① 行使の目的で、他人の印章若しくは署名を使用して、権利、義務若しくは事実証明に関する文書若しくは図画を偽造し、又は偽造した他人の印章若しくは署名を使用して権利、義務若しくは事実証明に関する文書若しくは図画を偽造した者は、3月以上5年以下の懲役に処する。
② 他人が押印し又は署名した権利、義務又は事実証明に関する文書又は図画を変造した者も、前項と同様とする。
③ 前2項に規定するもののほか、権利、義務又は事実証明に関する文書又は図画を偽造し、又は変造した者は、1年以下の懲役又は10万円以下の罰金に処する。
ⅰ行為客体
本罪の行為客体は、権利・義務若しくは事実証明に関する私文書・図画です。私人が作成した文書・図画だけでなく、公務員が作成したものであっても、その職務とは無関係なものは、私文書です。私文書には、「権利・義務に関する文書」だけでなく、「事実証明に関する文書」も含まれるので、その範囲は明確ではありません。判例は、「実社会生活に交渉を持つ事項を証明する」文書であれば足りると」と解していますが(大判大9・12・24刑録26・938)、社会生活との関連性(交渉)だけでは、文書の範囲を限定したことにはなりません。社会生活における重要な利害関係を証明する文書という意味において限定を図るべきでしょう。
ⅱ行為
本罪の行為は、他人の名義を冒用して文書を偽造する「有形偽造」です。無形偽造については、原則的に処罰対象には含まれません。従って、履歴書などの私文書に虚偽の事実を記載しても、私文書の偽造として処罰されることはありません(詐欺罪の「欺く行為」として問題にはなります)。
①代理・代表名義の冒用
Aの代理でもなければ、その代表権を有しないBが、「A代理人B」という名義で文書を作成した場合、その文書はAの意思を表示した文書であると誤信させるものであり、そこに表示された意思内容はAに帰属することになります。従って、Bの行為は私文書の偽造(有形偽造)にあたります(最決昭45・9・4刑24・10・1319)。
②代理・代表権限の濫用
Aの代理であるBが、その代表権を濫用して、A名義の文書を作成した場合、私文書の有形偽造にあたるでしょうか。判例は、代理権を超えて、文書が作成されたかどうかを基準に判断しています。権限の範囲内であれば、文書は有効であるため、有形偽造にはあたりませんが、代理権を超えていれば、偽造(有形偽造)にあたります(大連判大11・10・20刑集1・558)。このような問題の場合、名義人Aが代理人Bに対して、どのような権限を付与したのか、裁量を含む権限を与えたのかどうかが重要な判断基準になるでしょう。
③名義人の承諾
他人の名義を冒用して私文書を作成する行為が、私文書偽造(有形偽造)であるので名義を冒用していなければ、私文書偽造にはあたりません。つまり、名義人の承諾がある場合、「冒用」ではなくなるので、本罪は成立しません。しかし、文書の性質によっては、本人が作成しなければならないもの、他人のその作成を依頼することが許されないものがあり、そのような文書に関して、本人(名義人)の承諾)があることが、偽造の成否に影響を与えるかどうかが問題になります。
交通事故原票の供述書に、名義人からあからじめ承諾を得て、その氏名を記入した事案について(最決昭56・4・8刑集35・3・57)、大学の入学試験の答案に、名義人の承諾に基づいて、その氏名を記入した事案(最決平6・11・29刑集48・7・453)について、文書の性質上、本人以外の者が作成することは許されないとして、たとえ名義人の承諾があっても、私文書偽造罪の成立は妨げられないと判断されています。とくに大学入学試験の答案は、学力の有無と程度を判定するための試験問題に対して、志願者(名義人)が正解と判断した内容を記載する文書であり、それを採点した結果が志願者の学力を示す資料となり、それを基に合格の判定を受け、合格した志願者だけが大学への入学を許可されるので、大学入学試験の答案は、社会生活の交渉(関連性)を有する事項を証明する文書にあたります。さらに、このような性質を有する文書を名義人(志願者)以外の者(替え玉受験者)が作成した場合(解答し、正解を記載した場合)、文書には志願者の意思(学力)が表示されないし、また文書に表示された意思(学力)を志願者に帰属させることができないため、私文書の偽造にあたるといえます。
④通称名の使用
本名ではなく、通称名で文書を作成する場合があります。千葉県知事の森田健作の本名は鈴木栄治ですが、一般には「森田健作」という名前で知事として活動していますが、法的な効力を有する文書(公文書)を作成する場合は、本名の「鈴木栄治」を用いています。従って、それ以外の私的な文書は、「通称名」である「森田健作」で作成しています。知事の公式サイトでも「森田健作」という名前が用いられています。「森田健作」という通称名を用いていますが、それが本名「鈴木栄治」が作成した文書であることが特定できるので、基本的に作成者と啓義人との人格的同一性は一致しており、偽造にはあたらないといえます。しかし、文書の性質いかんによっては、通称名を用いることが許されないものもあるようです。
判例では、長期間にわたって使用してきた通称名(A)を「再入国許可申請書」の氏名欄に記入した事案に関して、文書の性質上、本名(B)を記入することが要求されていることを理由に、本名(B)ではなく通称名(A)を記入した行為は、私文書の偽造にあたると判断しています(最判昭59・2・17刑集38・3・336)。再入国許可申請書は、いつ、だれが日本に入国・再入国したかについて、その本名で確認するための文書であり、出入国管理行政上、重要な意味を持っているので、そこに本名以外の名前を記載することは、基本的に認められません。従って、通称を用いることは認められません。しかし、その行為が私文書偽造罪にあたるかどうかは別の問題です。再入国許可申請書は、再入国許可申請書は「A」の名前で作成されていますが、Bは「A」という名称で通っており、「A」の名義で作成されたその文書には、Bの意思が表示されていることが明らかなので、文書の作成者であるBとその名義人である「A」とのあいだに人格的同一性の齟齬が生じているとはいえません。再入国許可申請書の氏名欄には本名を記入することが求められていますが、人格的の同一性を特定できる通称名を氏名欄に記入したことでは、その文書の信用性が損なわれないように思います。行政上、出入国管理を徹底することは必要ですが、その利益は対応する行政法規によって対処すればよいのであって、刑法を用いて徹底するというのは、やや筋違いな感じがします。
8虚偽診断書作成罪
刑法160条 医師が公務所に提出すべき診断書、検案書又は死亡証書に虚偽の記載をしたときは、3年以下の禁錮又は30万円以下の罰金に処する。
本罪の行為は、医師が、公務所に提出する診断書、検案書、死亡証書に虚偽の記載をする行為です(構成的身分犯)。それは作成権限を有する者が、虚偽の内容の文書を作成する行為なので、私文書の偽造(無形偽造)を処罰する例外的な規定です。それを依頼した患者には、65条1項を適用して本罪の教唆の成立が認められます。
9偽造私文書行使罪
刑法161条① 前2条の文書又は図画を行使した者は、その文書若しくは図画を偽造し、若しくは変造し、又は虚偽の記録をした者と同一の刑に処する。
② 前項の罪の未遂は、罰する。
本罪の行為は、偽造私文書(159条)、虚偽診断書(160条)を行使する行為です。未遂も処罰されます。
10電磁的記録不正作出罪・同供用罪
刑法161条の2① 人の事務処理を誤らせる目的で、その事務処理の用に供する権利、義務又は事実証明に関する電磁的記録を不正に作った者は、5年以下の懲役又は50万円以下の罰金に処する。
② 前項の罪が公務所又は公務員により作成されるべき電磁的記録に係るときは、10年以下の懲役又は100万円以下の罰金に処する。
③ 不正に作られた権利、義務又は事実証明に関する電磁的記録を、第1項の目的で、人の事務処理の用に供した者は、その電磁的記録を不正に作った者と同一の刑に処する。
④ 前項の罪の未遂は、罰する。
本罪は、電磁的記録の証明機能を重視し、文書と同様の保護を与えるために、1987年の刑法の一部改正によって新設された規定です。
ⅰ行為客体
本罪の行為客体は、事務処理の用に供される権利・義務または事実証明に関する電磁的記録ですが、1項では私電磁的記録が、2項では公電磁的記録が規定されています(これまでの順序と逆です)。
私電磁的記録は、具体的には銀行の預金元帳ファイル、商品台帳ファイルなどです。公電磁的記録は自動車登録ファイル、住民基本台帳ファイルなどです。
ⅱ行為
行為は「不正作出」であり、偽造や虚偽作成を包摂しうる規定になっています。電磁的記録の行使は「供用」とされています。
不正作出とは、権限なく電磁的記録を作り出す行為をいいます。キャッシュカード大のプラスティック板にビデオテープを貼り付け、その磁気ストライプ部分に銀行番号などの印磁をなす行為は、私電磁的記録の「不正作出」にあたります。そのうえで、そのカードを用いて銀行のATMから現金を引き出す行為は、私電磁的記録の「供用」にあたり、それは同時に現金の窃盗にもあたります(観念的競合)。不正作出と供用・窃取は、牽連犯の関係に立ちます(東京地判平元・2・22判時1308・161)。はずれ馬券の裏面の磁気ストライプ部分に的中馬券と同一内容を印磁する行為についても、私電磁的記録不正作出罪にあたると判断されています(甲府地判平元・3・21判時1311・160)。
2001年(平13)に刑法が改正され、支払用カード電磁的記録に関する罪が設けられました。クレジットカードやキャッシュカードに関する電磁的記録の不正作出や供用は、新設された規定が適用されます。