第03回の【Q&A】
Q 甲には財物詐欺罪が成立することは分かりました。さらに、丙とも間で窃盗未遂罪の共謀共同正犯が成立することも分かりました。この2つの犯罪の関係が併合罪になる理由を教えてください。私は、甲の窃盗未遂罪はすでに行った財物詐欺罪の不可罰的事後行為ではないかと思います。なぜ併合罪なのでしょうか。
A 不可罰的事後行為は、一般に次のように説明されています。犯罪が終了した後、その違法な状態が続くことが予定されている場合、すなわち状態犯の場合について、その違法な状態を利用して行われた行為が、他の犯罪に該当しても、独立して処罰する必要がない行為である。状態犯の法定刑は、事後に行われる行為の処罰も予定して定められているので、事後の行為が他の犯罪に該当しても、あらためて処罰する必要はないと説明されています。
少し難しいですが、次のような例が分かりやすいでしょう。XがAから金の延べ棒を窃取した(窃盗既遂罪の成立)。その後、それを溶かして、金の仏像を作成した(器物損壊罪の成立)。この器物損壊行為は、窃盗罪の不可罰的事後行為として扱われます。窃盗罪の法定刑が最高で懲役10年とされているのは、窃盗罪の後に、例えば器物損壊のような行為が行われることを想定しているからだと考えると、器物損壊行為は窃盗罪に含めて処罰すれば足ります。ただし、窃盗罪と器物損壊罪の関係、罪数関係について明確にしておく必要があります。
古い学説には、窃盗罪と器物損壊罪には、窃盗罪の一罪が成立するだけだと解したものがあります(本来的一罪)。そうすると、器物損壊罪の成立は否定されることになります。窃盗犯が、接頭語に財物を様々な方法で扱うことはあり得ることで、それは1個の意思に基づいて連続して行われた1個の行為であると捉えると、全体として窃盗罪が行われているだけであって、後に行われた器物損壊を独立して扱う必要はないことになります。器物損壊の行為は、文字通り、処罰されない行為(不可罰的事後行為)になります。
しかし、器物損壊行為が行われたのは事実であり、それ自体として器物損壊罪に該当する行為です。1個の意思に基づいて連則して行われたとはいっても、財物の窃取という行為と器物の損壊という行為は外形的に異なり、また認識内容も異なるので、行われているのは2個の行為といえます。そう考えると、器物の損壊は処罰されない(不可罰)というのは、少し理解できません。やはり、金の延べ棒を溶かして金の仏像を作成した行為は器物損壊罪にあたるつ思います。ただし、それは窃盗罪に吸収されて処罰されると考えれば(吸収一罪)注1、窃盗罪1罪が成立し、「本来的一罪」と結論的には変わりません。かりに、窃盗罪に吸収されず、窃盗罪と器物損壊罪の2罪が成立するとしても、科刑上一罪に近い性質を持つものとして扱われます注2。いずれも、器物損壊罪は成立し、窃盗罪と共に処罰されるという考えです。このような立場からは、共罰的事後行為という用語が用いられています。
では、問題の財物詐欺罪と窃盗未遂罪の罪数関係について考えます。練習答案では、併合罪としました。甲はVを被害者とする財物詐欺罪を行い、丙と共謀して銀行が占有する現金を窃取しようとする窃盗未遂罪を行いました。甲は丙と共謀して、銀行を被害者とする窃盗未遂罪の共同正犯です。財物詐欺罪と窃盗未遂罪の被害者は、それぞれ異なるので、併合罪になると理解しました。金の延べ棒の事案では、窃盗罪も器物損壊罪の被害者も同じなので、不可罰的事後行為または共罰的事後行為の問題として説明しましたが、詐欺罪と窃盗未遂罪の被害者が異なるので、それぞれ独立した犯罪として扱い、併合罪とする必要があると思います。
かりに、VがAの口座に50万円を振り込んだ後、甲がそれを引きだそうとした場合、財物詐欺罪と窃盗未遂罪の関係はどうなるでしょうか。ここでも、銀行が占有する現金を窃取しようとしたとして、銀行を被害者とする窃盗未遂罪にあたるならば、併合罪になるでしょう。
不可罰的事後行為または共罰的事後行為は、Vを被害者とする財物詐欺罪の後、さらにVを被害者とする行為が行われた場合、その事後の行為が他の犯罪に該当しても、財物詐欺罪と共に処罰するというように理解することができます。Vを被害者とする詐欺罪の後、銀行を被害者とする窃盗未遂罪が行われた場合は、併合罪として扱うことになるでしょう。
注1 吸収一罪の典型は、銃で被害者を射殺した場合、銃弾で被害者の衣服を破り、心臓死させたので、器物損壊行為と殺人行為がそれぞれ行われていますが、器物損壊は殺人に吸収されて、独立した器物損壊罪は成立しません。
注2 科刑上一罪の典型は、住居侵入罪と窃盗罪の牽連犯です。住居侵入行為と窃盗行為がそれぞれ行われ、2罪成立しますが、刑を科す上で1罪として扱われ、重い方の窃盗罪の法定刑で処断されます(刑54後)。
Q 丙に窃盗未遂罪が成立するという判断が成り立つには、丙が窃盗の実行に着手していることが必要だと思います。
解説では、「行為当時、丙は取引停止措置がとられていたことを認識していなかったし、一般人を基準にした場合もそのような措置がとられていたことを認識することはできないと思われる。そうであるならば、丙がキャッシュカードを入れて暗証番号を押す行為を行った時点で、銀行支店長の意思に反して自己の支配領域に移転させる現実的な危険性を認めることができるであろう」と説明されていました。
これは「不能犯」の論点であり、具体的危険説の立場を採用し、不能犯の成否を判断した上で、窃盗未遂罪成立するという結論に至ったのでしょうか。そのような理解でよろしいでしょうか。もしそうであるならば、具体的危険説と対立する学説である客観的危険説の存在を示すことやそれに対する批判はを説明する必要は無いのでしょうか。
A 「不能犯」が問題になる事案には、客体の不法と方法の不能があります(主体の不能が問題になるケースもあります)。この事案は、口座の取引が停止されていたので、口座に預金はあっても、引き出すことができない、どのような方法をもってしても引き出せないので、この事案は方法の不能の事案といえます。キャッシュカードを入れて、暗証番号を押しても、現金は絶対に出てきません。このような客観的事実を踏まえれば、この事案では現金の占有を移転する客観的な危険性はゼロなので、窃盗の実行の着手を認めることはできません。客観的危険説を徹底すれば、そのような結論になります。
これに対して、具体的危険説からは、窃盗の実行の着手が認められ、窃盗未遂罪の成立が肯定されます。具体的危険説は、行為の時点に立って、行為者が認識していた内容と一般人であれば認識しえたで内容を踏まえて、現金の占有移転の具体的危険性が生じたかどうかを判断します。行為当時、丙は取引停止措置がとられていたことを認識しておらず、また一般人を基準にした場合もそのような措置がとられていたことを認識することはできなかったと思われます。つまり、その口座は取引可能な口座であると認識していました。そのような認識内容を踏まえて、窃盗の実行の着手を判断することになります。ATMで取引可能な口座にキャッシュカードを入れ、暗証番号を押せば、現金が引き出される現実的な危険性が発生したと認定できるのではないでしょうか。
練習答案の丙の罪責の3)と4)のところでは、「不能犯」という用語は用いられていませんが、内容的にはそれを踏まえて書かれています。また、客観的危険説の学説名も用いられていませんが、3)はそれを踏まえています。学説の対立を学説名を挙げながら解説すると、時間がかかり、文字数も増えるので、省略しました。時間と記述内容の折り合いを付けることも必要なのですが、今後の練習答案の段階においては、詳しく書くようにします。
Q 甲には財物詐欺罪が成立することは分かりました。さらに、丙とも間で窃盗未遂罪の共謀共同正犯が成立することも分かりました。この2つの犯罪の関係が併合罪になる理由を教えてください。私は、甲の窃盗未遂罪はすでに行った財物詐欺罪の不可罰的事後行為ではないかと思います。なぜ併合罪なのでしょうか。
A 不可罰的事後行為は、一般に次のように説明されています。犯罪が終了した後、その違法な状態が続くことが予定されている場合、すなわち状態犯の場合について、その違法な状態を利用して行われた行為が、他の犯罪に該当しても、独立して処罰する必要がない行為である。状態犯の法定刑は、事後に行われる行為の処罰も予定して定められているので、事後の行為が他の犯罪に該当しても、あらためて処罰する必要はないと説明されています。
少し難しいですが、次のような例が分かりやすいでしょう。XがAから金の延べ棒を窃取した(窃盗既遂罪の成立)。その後、それを溶かして、金の仏像を作成した(器物損壊罪の成立)。この器物損壊行為は、窃盗罪の不可罰的事後行為として扱われます。窃盗罪の法定刑が最高で懲役10年とされているのは、窃盗罪の後に、例えば器物損壊のような行為が行われることを想定しているからだと考えると、器物損壊行為は窃盗罪に含めて処罰すれば足ります。ただし、窃盗罪と器物損壊罪の関係、罪数関係について明確にしておく必要があります。
古い学説には、窃盗罪と器物損壊罪には、窃盗罪の一罪が成立するだけだと解したものがあります(本来的一罪)。そうすると、器物損壊罪の成立は否定されることになります。窃盗犯が、接頭語に財物を様々な方法で扱うことはあり得ることで、それは1個の意思に基づいて連続して行われた1個の行為であると捉えると、全体として窃盗罪が行われているだけであって、後に行われた器物損壊を独立して扱う必要はないことになります。器物損壊の行為は、文字通り、処罰されない行為(不可罰的事後行為)になります。
しかし、器物損壊行為が行われたのは事実であり、それ自体として器物損壊罪に該当する行為です。1個の意思に基づいて連則して行われたとはいっても、財物の窃取という行為と器物の損壊という行為は外形的に異なり、また認識内容も異なるので、行われているのは2個の行為といえます。そう考えると、器物の損壊は処罰されない(不可罰)というのは、少し理解できません。やはり、金の延べ棒を溶かして金の仏像を作成した行為は器物損壊罪にあたるつ思います。ただし、それは窃盗罪に吸収されて処罰されると考えれば(吸収一罪)注1、窃盗罪1罪が成立し、「本来的一罪」と結論的には変わりません。かりに、窃盗罪に吸収されず、窃盗罪と器物損壊罪の2罪が成立するとしても、科刑上一罪に近い性質を持つものとして扱われます注2。いずれも、器物損壊罪は成立し、窃盗罪と共に処罰されるという考えです。このような立場からは、共罰的事後行為という用語が用いられています。
では、問題の財物詐欺罪と窃盗未遂罪の罪数関係について考えます。練習答案では、併合罪としました。甲はVを被害者とする財物詐欺罪を行い、丙と共謀して銀行が占有する現金を窃取しようとする窃盗未遂罪を行いました。甲は丙と共謀して、銀行を被害者とする窃盗未遂罪の共同正犯です。財物詐欺罪と窃盗未遂罪の被害者は、それぞれ異なるので、併合罪になると理解しました。金の延べ棒の事案では、窃盗罪も器物損壊罪の被害者も同じなので、不可罰的事後行為または共罰的事後行為の問題として説明しましたが、詐欺罪と窃盗未遂罪の被害者が異なるので、それぞれ独立した犯罪として扱い、併合罪とする必要があると思います。
かりに、VがAの口座に50万円を振り込んだ後、甲がそれを引きだそうとした場合、財物詐欺罪と窃盗未遂罪の関係はどうなるでしょうか。ここでも、銀行が占有する現金を窃取しようとしたとして、銀行を被害者とする窃盗未遂罪にあたるならば、併合罪になるでしょう。
不可罰的事後行為または共罰的事後行為は、Vを被害者とする財物詐欺罪の後、さらにVを被害者とする行為が行われた場合、その事後の行為が他の犯罪に該当しても、財物詐欺罪と共に処罰するというように理解することができます。Vを被害者とする詐欺罪の後、銀行を被害者とする窃盗未遂罪が行われた場合は、併合罪として扱うことになるでしょう。
注1 吸収一罪の典型は、銃で被害者を射殺した場合、銃弾で被害者の衣服を破り、心臓死させたので、器物損壊行為と殺人行為がそれぞれ行われていますが、器物損壊は殺人に吸収されて、独立した器物損壊罪は成立しません。
注2 科刑上一罪の典型は、住居侵入罪と窃盗罪の牽連犯です。住居侵入行為と窃盗行為がそれぞれ行われ、2罪成立しますが、刑を科す上で1罪として扱われ、重い方の窃盗罪の法定刑で処断されます(刑54後)。
Q 丙に窃盗未遂罪が成立するという判断が成り立つには、丙が窃盗の実行に着手していることが必要だと思います。
解説では、「行為当時、丙は取引停止措置がとられていたことを認識していなかったし、一般人を基準にした場合もそのような措置がとられていたことを認識することはできないと思われる。そうであるならば、丙がキャッシュカードを入れて暗証番号を押す行為を行った時点で、銀行支店長の意思に反して自己の支配領域に移転させる現実的な危険性を認めることができるであろう」と説明されていました。
これは「不能犯」の論点であり、具体的危険説の立場を採用し、不能犯の成否を判断した上で、窃盗未遂罪成立するという結論に至ったのでしょうか。そのような理解でよろしいでしょうか。もしそうであるならば、具体的危険説と対立する学説である客観的危険説の存在を示すことやそれに対する批判はを説明する必要は無いのでしょうか。
A 「不能犯」が問題になる事案には、客体の不法と方法の不能があります(主体の不能が問題になるケースもあります)。この事案は、口座の取引が停止されていたので、口座に預金はあっても、引き出すことができない、どのような方法をもってしても引き出せないので、この事案は方法の不能の事案といえます。キャッシュカードを入れて、暗証番号を押しても、現金は絶対に出てきません。このような客観的事実を踏まえれば、この事案では現金の占有を移転する客観的な危険性はゼロなので、窃盗の実行の着手を認めることはできません。客観的危険説を徹底すれば、そのような結論になります。
これに対して、具体的危険説からは、窃盗の実行の着手が認められ、窃盗未遂罪の成立が肯定されます。具体的危険説は、行為の時点に立って、行為者が認識していた内容と一般人であれば認識しえたで内容を踏まえて、現金の占有移転の具体的危険性が生じたかどうかを判断します。行為当時、丙は取引停止措置がとられていたことを認識しておらず、また一般人を基準にした場合もそのような措置がとられていたことを認識することはできなかったと思われます。つまり、その口座は取引可能な口座であると認識していました。そのような認識内容を踏まえて、窃盗の実行の着手を判断することになります。ATMで取引可能な口座にキャッシュカードを入れ、暗証番号を押せば、現金が引き出される現実的な危険性が発生したと認定できるのではないでしょうか。
練習答案の丙の罪責の3)と4)のところでは、「不能犯」という用語は用いられていませんが、内容的にはそれを踏まえて書かれています。また、客観的危険説の学説名も用いられていませんが、3)はそれを踏まえています。学説の対立を学説名を挙げながら解説すると、時間がかかり、文字数も増えるので、省略しました。時間と記述内容の折り合いを付けることも必要なのですが、今後の練習答案の段階においては、詳しく書くようにします。