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Rechtsphilosophie des als ob

かのようにの法哲学

刑法Ⅰ(04)択一

2021-05-05 | 日記
Nо.030 緊急避難の本質
 緊急避難が成立するための法益衡量の要件について、次の【見解】に従った場合、後記の1から5までの【事例】のうち、甲に緊急避難が成立しえない【事例】はどれか。ただし、物による侵害に対しては正当防衛が成立しないものとする。
【見解】
 危難に遭遇した者が、危険を免れている者に対して侵害を加える場合であって、緊急避難行為が危険を生じさせている法益主体に向けられているのではないときは、保全法益が被害法益に対して著しく優越していることを要するが、その他の場合には、原則として法益同価値で足りる。ただし、物が危険源となって危難が惹き起こされた場合に、その物を損壊するときは、特殊な緊急避難にあたり法益衡量の要件は不要である。
【事例】
1 船が難破した際、海に投げ出された甲と乙が、同時に、1人の体重を支えるに足りるだけの板に泳ぎ着いたが、甲が乙を押しのけたため、乙はでき死した。
2 甲は猛犬に襲われ、大けがをするおそれがあったので、乙の家の庭に逃げ込んだが、その際、乙の庭の生け垣を一部壊した。
3 甲と乙がお互いのザイル(登山用の縄)で結んで登山をしていた際、乙がうっかり崖から転落死、甲がその身体を支える状況となったが、乙の体重を支えきれなくなった甲がザイルを切ったため、乙は転落死した。
4 甲所有の犬に対して、その数倍の価値を有する乙所有の犬が、乙の管理に過失がなかったにもかかわらず、突然噛みついてきたため、甲は乙の犬を撲殺した。
5 船が難破した際、あらかじめ非常用の浮き輪を確保しておいた乙が、海上に浮かんで救助を待っていたところ、後から来た甲がその浮き輪を奪ったため、乙はでき死した。


 上記の【見解】について説明します。
 一方で危難に遭遇した者Xがおり、他方で危険(危難)を免れている者Yがいます。しかも、Xに対する危難は、Yによって原因づけられていません。緊急避難とは、危難に遭遇したXがそれを免れるために行う行為ですが、その行為が危難の原因になっていないYに向けられる場合を「攻撃的緊急避難」といいます。なぜなら、Xの行為は、危難の原因になっていないYに対する攻撃的な性質を持っているからです。この場合、Xの行為が緊急避難にあたり、その違法性が阻却されるのは、やむを得ずにした行為(補充性の要件を満たした行為)であり、かつXの保全法益がYの侵害法益を著しく優越していなければなりません。Xの危難は、Yによって原因づけられていないので、Yに対する攻撃的な緊急避難が正当化されるのは、保全法益が著しく優越していなければならないのは当然のことです。
 また、YがXの危難の原因を作り出したわけではありませんが、X・Yともに危難にさらされている場合(【見解】の「その他の場合」がこれです)もあります。いわゆる「カルネアデスの板」の事例では、XとYが乗っている船が難破し、2人とも漂流していたところ、一枚の板が流れてきたので、Yがそれで難を逃れうとしたところ、Xがそれを奪ったため、Yが溺死した場合、Xの生命の危難はYによって原因づけられていないので、この場合もまた「攻撃的緊急避難」にあたります。これを上記の攻撃的緊急避難と同じように扱い、保全法益が侵害法益を著しく優越していなければならないと考えると、Xの生命とYの生命は同価値なので、Xの生命は優越していないので、正当化されなくなります。このように法的同価値の場合でも、X・Yともに危難にさらされている場合には、1人でも生き残るならば、2人とも死んでしまうよりも良いので(グッドではないが、ベターである)、違法性を阻却すると解することもできます(違法性阻却一元説)。あるいは、法益同価値の場合、違法性は完全には阻却されないが減少し、可罰的違法性の程度を下回るので、処罰されないとする考えもあります(可罰的違法性阻却説)。これが【見解】の内容です。ただし、このような見解とは異なる立場もあります。参考までに書いておきます。それは、Xが生き延びるためであっても、Yの命を犠牲にすることは許されないと主張して、上記2つの立場を批判します。その立場からは、違法性は阻却されないといいます。2人死ぬよりは、1人でも生き残る方がベターだと考えるのは、間違っているということなのでしょう。そうすると、XのYの法益が同価値の場合、XのYに対する殺人の違法性は阻却されないことになります。しかし、Xが生き残るためにそれ以外の適法な行為を選択するよう期待することは不可能でした。つまり、Xには適法行為の期待可能性はありませんでした。このような場合、故意に殺人を行っているとはいえ、(超法規的に)責任を阻却することができます(違法性阻却・責任阻却二元説)。
 また、危難を避ける行為が、危難の原因を作り出した人の物に向けられる場合もあります(危難の原因を作り出した人に向けられれば、それは正当防衛の局面です)。物による侵害は急迫であっても「不正」とはいえないので、物に向けられた場合、それは正当防衛ではありません。緊急避難が問題になります。Yの責めに帰すことができない事情から、Y犬の鎖がはずれたため、その犬がXのX犬に襲いかかり、XがX犬を守るため(自己の財物を守るため)、Y犬に危害を加えた場合です。Y犬が高価な犬で、X犬が雑種の安価な犬であり、害の均衡の要件が満たされていないとして、過剰避難とするのは妥当ではありません。それは特殊な緊急避難の類型なので、害の均衡(法益衡量)の要件は不要です。
 以上を踏まえ、【事例】を検討します。
 1カルネアデスの事例です(攻撃的緊急避難の事例で、甲・乙ともに危難にさらされ、甲の危難は乙によって原因づけられたものではなかった)。法益同価値の場合であっても、緊急避難にあたり、違法性または可罰的違法性が阻却されます(違法性阻却一元説と可罰的違法性阻却説)。
 2甲は、乙の庭に無断で立ち入り(住居侵入)、生け垣を壊しましたが(器物損壊)、犬によって大けがするのを避けるためでした(攻撃的緊急避難の事例で、甲が危難にさらされ、乙は危難にさらされていなかった。しかも、甲の危難は乙によって原因づけられたものではなかった)。害の均衡の要件が求められます。甲の行為は、害の均衡の要件も満たされています。
 3甲の危難は、乙の不注意な行為によって原因づけられています(防御的緊急避難の事例。しかも、乙も危難に見舞われている)。法益同価値の場合であっても、緊急避難にあたります。
 4これは、物が危険源となって、危難をさけるために物に対して行う緊急避難であり、特殊な緊急避難の事例です。害の均衡の要件は求められません。緊急避難が成立します。
 5甲の生命の危険は乙が原因ではありません。それに攻撃的緊急避難をする場合には、保全法益が侵害法益を著しく優越していなければなりません。この事案は法益同価値なので、緊急避難は成立しません。
Nо.031 自招危難
 「緊急避難行為者みずからが自己または他人の法益に対する現在の危難を生じさせ、危険にさらされた法益を保護するために第三者の法益を侵害した」という自招危難の処理について、次のⅠからⅣまでの各【見解】があるものとする。後記AからEまでの各【意見】のなかの「この見解」は、ⅠからⅣまでの見解のいずれかを指している。意見とそのなかの「この見解」の指す見解の組合せとして誤っているものはどれか。
【見解】
Ⅰ 当該危難を避難行為者の故意によって将来した場合には権利濫用であって緊急避難は成立しないが、危難を過失によって将来した場合には緊急避難が成立する。


Ⅱ 緊急避難の成立には法益の権衡が要求されるが、危難を招いた者の法益の保護価値は減少するから、それにより法益の権衡を満たさない場合には、緊急避難の成立が否定される。


Ⅲ 自招行為と避難行為とを全体として把握し、緊急行為として社会的相当性を欠く場合には実質的違法性を有するから、緊急避難の成立が否定される。


Ⅳ 避難行為時における緊急避難の成立を肯定しながらも、避難行為以前にさかのぼり、危難の自招行為との関係を問題とすることによって、なお最終的な法益侵害を違法に惹起したものとして、自招行為全体につき犯罪の成立を肯定する。この場合、犯罪の成立を肯定するには、最終的には生した法益侵害について、自招行為時に故意・過失が存在することが必要である。


【意見】
A この見解は、自招危難の問題を緊急避難の条文上の要件の解釈によってではなく、違法性に関する一般原理によって解決しようとするものであるが、具体的な判断基準を直接的に導くものではなく、結局、緊急避難が成立しないと解すべき場合には成立しないという以上の説明は得られないのではないかと思われる。


B この見解によれば、避難行為者が自分自身に対する危難を生じさせた場合は、犯罪の成立を肯定しうるが、避難行為者が他人に対する危難を生じさせ、それを回避するために避難行為を行った場合には、保全法益の主体と無関係な避難行為者の行為により保全法益の保護価値が影響を受けるいわれはないから、緊急避難が成立し、犯罪の成立が否定される。


C この見解には、緊急避難という違法性が阻却されて適法と評価される行為を惹起することが、なぜ違法と評価されるのか、という疑問がある。


D この見解によれば、ホテルの部屋でガス自殺を試みた者が途中で翻意し、そのままガスの充満した部屋で死を待つかあるいはガラスを割るしか方法がない場合に、ガラス窓を割って脱出すれば器物損壊罪の罪責を負うことになってしまう。


E この見解によれば、たとえば、XがYに対する危難を誤って生じさせ、Yへの危難を避けるため、故意にZを侵害した場合、過失犯が成立することになる。


 1A-Ⅲ 2B-Ⅱ 3C-Ⅲ 4D-Ⅰ 5E-Ⅳ


【見解】Ⅰ 故意に危難を生じさせた場合は避難行為はできないが、過失の場合は避難行為は可能である。
【見解】Ⅱ 自ら危難を招いた場合、その人の法益が危難にさらされても、その法益の保護の必要性は減少し、その分だけ害の均衡の要件は満たされにくくなる。
【見解】Ⅲ 自招危難の場合の避難行為は、全体として見たとき、緊急行為としての社会的相当性を欠く。つまり、社会的に見て相当な行為かどうか、違法性が阻却されるかどうかが重要である。
【見解】Ⅳ 緊急避難にあたる行為であれば、違法性が阻却されるはずです。しかし、避難行為を行う以前に遡って、故意または過失によって危難を自ら招いたという場合、そのことを問題にすることによって、避難行為による法益侵害は違法であるとする。


A 「この見解」は、社会的相当性の有無によって、違法性阻却を実質的に判断する。しかし、自招避難は、緊急避難の問題であり、あくまでも緊急避難の要件を満たしているかどうか、満たしていれば違法性が阻却されるはずである。→A-Ⅲ
B 「この見解」は、避難行為者が自分で自分の法益に危難にさらした場合、その法益の保護の必要性が減少し、違法性が阻却されないという。ただし、避難行為者が他人に危難を生じさせ、それを回避する行為を行った場合、他人の法益の保護の必要性が減少しないので、緊急避難が成立する余地は十分にある。→B-Ⅱ
C 「この見解」は、緊急避難の要件を満たしていれば正当化され、適法とされるはずなのに、避難行為を行う以前に遡って、危難の原因を理由にして、なぜ違法とされるのかという問題関心に基づいている。→C-Ⅳ
D 「この見解」は、自己の故意の行為によって自己に危難を招いた者には、緊急避難の余地を認めることができないが、過失の場合は緊急避難は可能であるという。ガス自殺を図った者が、窓ガラスを破って脱出する行為には、緊急避難は認められない。→D-Ⅰ
E 「この見解」がどれを指しているのかについて、少し解説が必要です。XがYに対して自らの故意・過失によって危難を生じさせ、Yへの危難を避けるために、第3者Zを「故意」に侵害した場合、Zに対して「過失犯」が成立するといいます。つまり、避難行為の故意・過失は、Zへ侵害行為を行う時の故意・過失ではなく、Yに危難を生じさせた時の故意・過失によって決定づけられるといいます。Ⅳの「最終的な法益侵害を違法に惹起したものとして、自招行為全体につき犯罪の成立を肯定する」という文章に注目してください。最終的にZに生じた法益侵害について、犯罪の成立を肯定するには、Yへの危難を自招行した時点での故意・過失が重要だということです。→E-Ⅳ