Rechtsphilosophie des als ob

かのようにの法哲学

2017年度刑法Ⅱ(第07回)刑事判例資料(054~061)

2017-11-06 | 日記
054クレジットカードの不正使用(最決平成16・2・9刑集58巻2号89頁)
【事実の概要】
 被告人は、面識のないA名義のクレジットカードを入手した直後、加盟店のガソリンスタンドにおいて、同店店員Bらに対してこのカードを提示して、名義人Aになりすまして、自動車への給油を申し込んだ。Bらは、被告人がA本人であると誤信して、ガソリン104.9リットルを給油した。本件ガソリンスタンドでは、名義人以外の者によるクレジットカードの利用には応じないこととなっていた)。

 第1審は、次のように(財物)詐欺罪の成立を肯定した。クレジットカードは、名義人本人が加盟店に対して提示するものである。それがカードシステムの大前提である。加盟店は、クレジットカードを提示した者に対して、商品を交付する。かりにクレジットカードを提示した者が名義人以外の者であることが判明したならば、商品を交付しないのが通常である。従って、被告人がクレジットカードの名義人であるかのように装って、カードを提示する行為はBらに「被告人がカード名義人である」と誤信させる行為であり、Bらは錯誤に基づいてガソリンを給油したのであるから、(財物)詐欺罪が成立する。このように判断した。

 控訴審も第1審判決を支持した。


【争点】
 クレジットカードのシステムは、カード会社、加盟店、カード会員の三者から成り立っている。カード会員は、加盟店でカードを提示して、商品を購入する。加盟店は、カードの提示を受けた場合、カード会員に商品を引き渡し、カード会社に代金の立替え払いの手続きをとる。カード会社は、加盟店に立替え払いをする。カード会員は、代金相当額を口座に入金する。カード会社は、代金相当額をカード会員の口座から引き落とす。

 他人のクレジットカードを使用して、加盟店で商品を購入した場合、どのような犯罪が成立するのか。本件では、(財物)詐欺罪が成立すると判断されている。カード会員でない人物が、あたかもカード会員であるかのように装って、加盟店に対してカードを提示する行為(作為)が、詐欺罪の「欺く行為」にあたり、それによって錯誤に陥れられた加盟店が商品を引き渡すことが、「財物の交付」にあたるからである。被害者は、加盟店である。単純明快である。

 しかし、提示されたカードが正式のものである限り、カード会社は加盟店に代金相当額の立替払いをするので、加盟店のところで損害は発生しない。また、カード会社は引き落とし期日にカード会員の口座から代金相当額を引き落とすので、カード会社のところでも損害は発生しない。損害が発生するのは、カード会員のところである。カード会員は、他人が勝手に自分のカードを使用したために、身の覚えのない金額を口座から引き落とされたからである。

 このようなカードシステムのもとであっても、他人のクレジットカードを使用して、加盟店で商品を購入した場合、成立するのは加盟店を被害者とした(財物)詐欺罪である


【裁判所の判断】
 被告人は、本件クレジットカードの名義人本人に成り済まし、同カードの正当な利用権限がないのにこれがあるように装い、その旨従業員を誤信させてガソリンの交付を受けたことが認められるから、被告人の行為は詐欺罪を構成する。仮に、被告人が、本件クレジットカードの名義人から同カードの使用を許されており、かつ、自らの使用に係る同カードの利用代金が会員規約に従い名義人において決済されるものと誤信していたという事情があったとしても、本件の詐欺罪の成立は左右されない。したがって、被告人に対して本件詐欺罪の成立を認めた原判断は、正当である。

【解説】
 他人名義のクレジットカードを名義人であるかのようにして使用し、商品の提供尾を受ける行為は、(財物)詐欺罪にあたる。この最高裁の判断は、それ自体として理解可能である。

 ただし、問題なのは、最高裁の判断の後半部分である。被告人は、名義人から使用が許可されていると誤信していた、商品の代金相当額は名義人の口座から引き落とされると誤信していたとしても、詐欺罪の成立は否定されない。この被告人の行為は、客観的に加盟店を欺く行使にあたるとしても、「欺いている」という認識があったといえるだろうか。詐欺罪の故意があったといえるだろうか。名義人から許可されていると認識(誤信)していた場合、加盟店を「欺いている」という認識には至らないのではないだろうか。

 クレジットカードは名義人本人が使用するものであり、たとえ本院から使用が許可されていても、それを他人が使用することは許されない。従って、名義人から使用が許可されていても、「他人名義のクレジットカードを使用している」という認識があった以上、欺く行為の認識があった、詐欺罪の故意があったといえる。




055訴訟詐欺(最判昭和45・3・26刑集24巻3号55頁)

【事実の概要】
 被告人Xは、大阪簡易裁判所において、裁判上の和解により、金融業F社に対する300万円の債務の存在を承認し、その担保として自己所有の家屋1棟に抵当権を設定し、その登記ならびに代物弁済予約による所有権移転請求権保全の仮登記をした。その後、債務を完済したので、各抹消され、和解調書はその効力を失った。

 そのことにより、Xに対し債務を有し、その担保として、この家屋に対して後順位の抵当権の設定を受け、その登記ならびに代物弁済予約を投棄原因とする家屋の所有権移転請求権保全の仮登記をしていたAが、1番抵当権者に昇格した。そして、Aは、その権利の行使として、家屋の所有権移転登記をし、明け渡しの強制執行をした。その結果、家屋はAの所有・占有するところとなった。

 ところが、Xとその妻は、他の3名と共謀して、家屋の奪回を企て、以前としてXが所有・占有しているかのように装い、大阪簡易裁判所に対して、すでに効力を失っているF社との間の和解調書正本につき、執行文付与の申請をし、同裁判所書記官補Bをその旨誤信させて執行分の付与を受けた。さらに、同裁判所執行吏Cに対しても、前示各事実を秘して、執行文を提出し、誤信させて、Cをして家屋に対する強制執行を行わせ、Aの占有下にある同家屋をF商事の占有に移転させた。


 第1審は、(財物)詐欺罪の成立を認めた。控訴審も原審の判断を維持した。これに対して、被告人が上告した。

【争点】
 詐欺罪は、行為者が相手方を欺いて、欺かれた相手方が財物を交付ないし利益を処分することによって成立する。この場合、欺かれた人(被欺罔者)、財物の交付・利益の移転をする人(財産的処分行為者)、財物・利益を喪失する人(被害者)が一致する。

 では、裁判の原告が、裁判所の書記官・執行吏を欺いて、自己に有利な判決を出させて、財物の交付を受けた場合、欺かれた人は裁判所(裁判官)であるが、財物を喪失したのは被告であり、ここでは同一の人物ではない。これを訴訟詐欺という。訴訟詐欺では、被欺罔者と財産的処分行為者が同一人物であれば足りる。


【裁判所の判断】
 詐欺罪が成立するためには、被欺罔者が錯誤によってなんらかの財産的処分行為をすることを要するのであり、被欺罔者と財産上の被害者とが同一人でない場合には、被欺罔者において被害者のためその財産を処分しうる権能または地位のあることを要するものと解すべきである。
 本件で被欺罔者とされている裁判所書記官補および執行吏は、なんらAの財産である本件家屋を処分しうる権能も地位もなかったのであり、また、同人(A)にかわって財産的処分行為をしたわけでもない。してみると、被告人らの前記行為によって、被告人らが本件家屋を騙取したものということはできないから、前記第1審判決の判示事実は罪とはならないといわなければならない。


【解説】
 家屋の明け渡しを求めるために、民事裁判において、原告が虚偽の書類などを証拠資料として提出して、裁判官を欺いて、原告勝訴の判決を勝ち取り、被告は家屋を明け渡し、原告はそれを受け取った。

 このような場合、欺かれた人(被欺罔者)は裁判官である。裁判官は、欺かれて原告勝訴の判決を言い渡した。この判決には強制的な執行力があるので、被告はそれに従わなければならない。被告が原告に家屋を引き渡しているので、被告が財産的処分行為を行っているように見えるが、それは判決に従っているだけで、被告の任意の行動ではない。つまり、民事訴訟における財産的処分行為は、被欺罔者である裁判官が錯誤に基づいて、被告の財物(家屋)を原告に交付する(引き渡す)よう命令する行為である。

 訴訟詐欺では、原告・裁判官・被告という3者が関わるので、「三角詐欺」ともいわれる。従って、「三角詐欺」の場合、一般に被欺罔者と財産的処分行為者が同一であれば、被害者が別であっても、詐欺罪が成立すると判断されている。




056 2項詐欺における処分行為と利得との関係(最判昭和30・4・8刑集94号827頁)
【事実の概要】
 被告人はリンゴの仲買を業とする者であるが、3月16日に自宅でAに対してリンゴ500箱を24日頃までにP駅まで輸送し、Aが指定したBに渡すことを条件に売買契約をし、代金を受領したにもかかわらず、その履行をしなかった。そのため、Aから再三の督促を受けると、4月11日、その履行の意思がないにもかかわらず、AをQ駅に案内し、Cにリンゴ422箱を貨車に積ませ、P駅行きの車票を入れて、あたかもリンゴ500箱をP駅まで発送する手続きが完了し、あとはP駅に着くのを待つだけだとAを誤信させて、安心させて帰宅させた。それによって 、リンゴ500箱の引き渡しの履行をなさず、債務の弁済を免れ、財産上の利益を得た。第1審は、以上のように認定して、利益詐欺罪の成立を認めた。控訴審もその判断を維持した。これに対して被告人が上告した。被告人と弁護人は、かりに第1審が認定したように、被告人が被害者を誤信させたとしても、被告人に対して財産上の利益を与えるための特定の財産的処分行為を被害者に行わせたか、被害者はそのような処分行為をしたかというと、第1審でも、控訴審でも、その点については何ら認定されていないと主張した。
【争点】
 リンゴの売買契約をした販売側の当事者が、代金を受け取っておきながら、リンゴを引き渡さないならばそれは債務不履行であり、代金を返還しなければならない。ただし、農産物のように気象条件によって収穫量に変化が 生ずるものの場合、硬直的に理解してしまうと、少し納期を過ぎただけでも債務不履行として扱いことになってしまうので、購入側の当事者が一定の期間、催促するなどしたにもかかわらず、納入されなかった場合には債務不履行を認めることができよう。
 刑法の場合、販売側の当事者が、納入する意思がないにもかかわらず、それがあるかのように装って、購入側の当事者を欺いて、金銭を支払わせた場合、(財物)詐欺罪が成立する。
 これに対して、当初は納入する意思があったにもかかわらず、納期に間に合わず、またリンゴも十分に収穫できなかったために、納入する意思があるかのように装って、購入側の当事者を欺いて、販売側の当事者に「財産上の利益を与えるための特定の財産上 の処分行為」をさせた場合に、(利益)詐欺罪が成立する。このように理解するならば、本件では、被告人は被害者Aを錯誤に陥れたが、被害者に「財産上の利益を与えるための特定の財産上の処分行為」をさせたか。
 確かに、被告人は被害者Aを欺いて、誤信させて、安心させて帰宅させた。だが、それによって、被害者は被告人に対して利益を与えるための特定の財産的処分行為を行ったかどうか不明である。利益詐欺罪とは、行為者が欺罔行為を行い、被害者を錯誤に陥れて、被害者に財産的処分行為を行わせ、それによって行為者が利益を取得する行為である。つまり、欺罔行為は財産的処分行為を誘発する目的で行われ、実際に財産的処分行為を行わせていなければ成立しない。被害者が錯誤に陥れられただでは十分ではない。その錯誤によって財産的処分行為が誘発されていなければならない。つまり、欺罔行為は財産的処分行為に向けられた、それを行わせることを目的としたものでなければ ならない(判例番号053事例の原審判決を参照)。このような欺罔行為が開始されたことで利益詐欺罪の実行の着手が認められ、錯誤した被害者が財産的処分行為を行い、利益が行為者に移転したときに、利益詐欺罪は既遂に達する。
【裁判所の判断】
 破棄差戻し。すでに履行遅滞の状態にある債務者が、欺罔行為によって、一時債権者の催促を免れたからといって、ただそれだけのことでは、刑法246条2項にいう財産上の利益を得たものということはできない。その際、債権者がもし欺罔されなかったとすれば、その督促、要求により、債務の全部または一部の履行、あるいは、これに代わりまたはこれを担保すべき何らかの具体的措置が、ぜひとも行なわれざるをえなかったであろうといえるような、特段の情況が存在したのに、債権者が、債務者によって欺罔されたために、右のような何らかの具体的措置を伴う催促、要求を行なうことをしなかったような場合にはじめて、債務者は一時的にせよ右のような結果を免れ たものとして、財産上の利益を得たものということができる。
【解説】
 被告人によって欺かれた被害者が、被告人に対して、「代金の返還を求めない」などの債権放棄の明示的な意思表示(意識的な作為による処分行為)を行っていれば、利益詐欺罪は既遂に達する(それが行われていない以上、未遂でしかない)。これが弁護人の主張である。利益詐欺罪における被害者の財産的処分行為を弁護人が主張するような債権放棄という意味においてに理解するならば、その通りである。しかし、最高裁が念頭に置いている財産的処分行為はそれとは異なる。それは、「何らかの具体的措置を伴う催促、要求を行うことをしない」という不作為である。この不作為によって、被告人は一時的にせよ債務を履行せずにすんだ。これによって利益を得たので、利益詐欺罪は既遂に達した。これが最高裁の判断論理である。
 弁護人は、被害者の財産的処分行為として、債権放棄の明示的な意思表示(意識的な作為)を主張した。最高裁は、一時的な債権の不行使(不作為であり、無意識の場合もある)を主張した。被害者は欺かれて、「契約を約束をまもってくれそうだ」と安心して家に帰ったのであるから、弁護人の主張するような「作為による債権放棄の明示的な意思表示」をすることはありえない。そうすると、利益詐欺罪の成立範囲は非常に狭くなる。これに対して、最高裁のように、財産的処分行為のなかに「不作為による一時的な債権の不行使」を含めると、利益詐欺罪の成立範囲は広がる。
 実社会には、月末になって取引先に支払う金がないために、「来月初めであれば可能」とウソをついて、なんとかその場を乗り切ることもある。それは月末に払うべき代金の支払いをウソをついて免れたので、民法上の債務不履行である。ただし、それが同時に刑法の利益詐欺罪にあたるわけではない。刑法の利益詐欺罪が成立するためには、債務者が債権者を欺いて、債務の履行を一時的に免れるという利益を得ただけでは不十分である。もし債権者が欺かれたなかったならば、その督促、要求により、債務の全部または一部の履行、あるいは、これに代わりまたはこれを担保すべき何らかの具体的措置が取られる「特段の情況」があったにもかかわらず、債権者が欺かれたために、そ の具体的な措置を講じなかった場合に、債務者が債務の履行を一時的に免れたことが民法上の債務不履行であると同時に、刑法上の利益詐欺罪にあたるのである。




057コンピュータ詐欺(1)(東京高判平成5・6・29高刑集46巻2号189頁)

【事実の概要】
 K信用金庫S支店の支店長のXは、多額の負債を抱えて返済に苦慮していたことから、実際には振込入金の事実がないにもかかわらず、債権者Aが有するD名義の口座に4600万円を振り込むための電信振込依頼書を作成し、支店の為替係に銘じて、振込入金の電気計算機処理をさせた。そして、翌日、小切手の決済資金がなかったため、支店の係に自己名義の預金口座に2800万円の振込入金をするよう指示し、入金のための電子計算機処理をさせた。

 検察官は、Xが、振込入金などの事実がないにもかかわらず、これがあったとする虚偽の情報を電子計算機に与えて、財産権の得喪・変更に係る不実の電磁的記録を作り、借入先に財産上の利益ををえさせ、あるいは自己が財産上の利益を得たとして、電子計算機使用詐欺罪で起訴した。原審は、背任罪の成立を認めたが、電子計算機使用詐欺罪の成立は否定した。


【争点】
 本件について、原審が電子計算機使用詐欺罪の成立を否定したのは、刑法246条の2の趣旨を踏まえた上での判断である。口座への入金・送金の行為が、横領罪や背任罪などの財産犯を構成する場合には、電子計算機の使用による入金・送金は当該犯罪の遂行の過程において、それに随伴する行為であり、電子計算機使用詐欺罪などの別罪を構成しない。それが、刑法246条の2の趣旨である。原審はこのように理解したのである。

 また、本件では横領罪や背任罪が成立しているが、本件の入金・送金は、支店長Xの命令による支店の業務として行われていると認められるので、入金・送金自体が架空のものであるということはできない。現実に入金・送金を行ったとみるのが相当であるから、電子計算機に「虚偽の情報」を与えたということはできない。原審は、このようにも理解した。


【裁判所の判断】
 破棄自判(確定)。刑法246条の2の「虚偽ノ情報」とは、電子計算機を使用する当該事務処理システムにおいて予定されている事務処理の目的に照らし、その内容が真実に反する情報をいうものであり、本件のような金融実務における入金、振込入金(送金)に即していえば、入金等に関する「虚偽ノ情報」とは、入金等の入力処理の原因となる経済的・資金的実体を伴わないか、あるいはそれに符合しない情報をいうものと解するのが相当 である。


【解説】
 銀行が支店長が、行員に指示して、特定の口座に入金・送金させることは、銀行の本来的業務であり、それを支店長が行員に行わせることに問題はない。しかし、支店長がそれを業務として行うことが許されるのは、入金・送金が実体のある場合だけである。銀行の支店長であるとはいっても、また業務の指示・命令系統に従って行員に指示しているからといって、無制限な入金・送金を行う権限は支店長にはなく、また現金の受け入れの事実がないにもかかわらず、入金・送金する権限など認められていない。そのような実体のない入金・送金は、虚偽の入金・送金だということになる。そうすると、被告人が電子計算機に「虚偽の事実」を与えたことになり、原審の判断は誤りである 。銀行の支店長が、特定の口座に「虚偽情報」を与え、入金するなどして、架空の債権を作り出すと、それは電子計算機使用詐欺罪にあたる。

 特定の預金口座の持ち主に、このような架空の債権を与えると、その分だけ銀行は債務が増えることになり、銀行は損害を受ける。これはどのような罪にあたるか。銀行の支店長は、銀行の業務を遂行する立場にあり、「他人のためにその事務を処理する者」(刑法247条の背任罪の行為主体)にあたる。支店長が銀行に損害を与えることになることを知りつつ、その任務に背く行為(任務違背行為)を行った場合、背任罪が成立する。銀行のオンラインシステム(電子計算機)を使用して架空の入金・送金をした行為は、電子計算機使用詐欺罪にあたりが、それは背任罪の一環として行われ、任務違背行為の一部を構成する。つまり、架空入金・送金が電子計算機使用詐欺にあたると いう判断は、それ自体として意味があるのではなく、背任罪の任務違反行為を認めるための前提条件だということである。原審が電子計算機詐欺罪の成立を否定したのは、このような意味においてである。





058コンピュータ詐欺(2)(東京地判平成7・2・13判時1529号158頁)

【事実の概要】
 日本の国際電話会社と外国の国際電話会社の間には、国際電話を利用した送信人が電話料金を支払う「送信人払サービス」のシステムを基本としながら、着信人がそれを支払う「着信人払サービス」のシステム(IODCサービス)がある。被告人はこのIODCサービス・システムを利用して、電話料金の支払いを免れることを企てた。
 被告人は、その利用する電話回線から、国際電信電話株式会社(KDD)の電話交換システムに対して、IODCサービスを利用する意思がないにもかかわらず、これを利用する旨の番号を送出して「不正な指令」を与え、被告人の電話回線とKDDの回線をつないだ。そして、KDDからIODCサービスを提供する外国(IODC対地国)の電話回線に接続させ、被告人とIODC対地国との間に電話回線を接続させた。
 ついで、被告人は、この回線を通じて業務用信号に模した不正信号をIODC対地国の国際電話会社に送り出して、IODCサービスの利用の申し込みを取り消すようにさせた。そうすると、被告人がIODC対地国の相手方に電話をしたとき、電話料金を支払うのは、着信人の相手方ではなく、発信人の被告人であることになる。被告人に電話料金を請求するのはKDDなになるので、I0DC対地国の電話会社はKDDに対して、被告人はIODCサービスの利用を取り消したこと、電話料金を支払うのは被告人であること、その請求をするのはKDDであることを連絡した。だが、被告人はこの連絡がいくのを妨害することに成功した。
 そうして、KDDは、被告人がIODCサービスを利用しているとの前提のまま、電話料金の支払いは着信 人の相手方であり、その人に対して電話料金を請求するのはOIDC対地国の電話会社であると錯誤したため、被告人に電話料金を請求しなかった。被告人は、このようにして44回にわたって国際電話を利用した。
 KDDは電話料金の課金のためのファイルを作成するなどの事務を電子計算機で処理するシステムを採用していた。していたが、被告人はこの電話料金課金システムに対して、被告人の国際電話はOIDCサービスの利用による旨の虚偽の情報を伝送させて、この情報に基づいて課金システムにそのファイル(被告人の国際電話の通話料を支払うのは着信者である)を作成させて、37万3806円の支払いを免れた。
 被告人は、電子計算機使用詐欺罪で起訴された。

【争点】
 被告人が行った国際電話の通話料金を課金する事務を処理するのは誰か。KDDか、それともIODC対地国の電話会社か。IODC対地国の電話会社であるとするならば、被告人は、利用した国際電話はIODCサービスを利用したものであるとの情報を、KDDの通話料金課金システムを通じて送信させたのであるから、そのような方法でファイルを作成させても、電子計算機使用詐欺罪にいう虚偽の情報を与えたことにはならない。
 かりに、課金の事務処理をするのがKDDであるとすれば、被告人の行為はKDDに虚偽の情報を与えたことになる。しかし、、本件の電話回線の加入契約者は被告人の妻であったので、被告人が財産上の利益を得たわけではない。虚偽の情報を与える行為は、被告人が利益を得るために行われたものでないので、電子計算機詐欺罪にはあたらない。
 かりに妻(他人)に利益を得たとしても、被告人の国際電話はKDDにモニターされていながら、KDDによって通話料金が課金させていなかったのであるから、被告人がKDDに虚偽の情報を与えた行為と妻が利益を得たこととの間には因果関係はない。
 以上が被告人の主張である。

【裁判所の判断】
 被告人は、本件の不正通話によってKDDの電話料金課金システムに不実のファイルを作出させることで、事実上、何人からも、電話料金相当額の支払いを請求されないようにしたのであるから、本件においては、被告人自身が、財産上の不法の利益を得たということができる。
【解説】
 国際電話の交換システムは、発信者―KDD―外国の電話会社―着信者の回線によって成り立っている。発信者が国際電話をかけるとき、KDDから外国の電話会社を通じて着信者につなぐことになる。発信者は、日本国内の通話システムを通じて外国の電話会社の通話システムを利用しているので、KDDだけでなく、そこを通じて外国の電話会社にも通話料金を支払わなければならない。発信者の通話料金を課金するのはKDDであり、KDDから外国の電話会社に通話料金を支払うシステムが採用されていると思われる。
 IODCサービスは、通話料金を着信者が支払システムであり、通話料の課金は着信者の国の電話会社が事務処理する。本件の時点では、IODCサービスのシステムを利用するときは、発信者が自国の電話会社KDDに申し込むと、あとはKDDがIODC対地国の電話会社に連絡してくれるようになっていたと思われる。そして、その利用を取り消すときは、発信者がKDDだけでなく、IODC対地国に連絡することが認めらていたようである。発信者がIODC対地国の電話会社に連絡したあと、その電話会社がKDDに連絡し、発信者のIODCサービスの利用は完全に取り消されることになる。被告人はIODC対地国からKDDに連絡がいくのを妨害することによって、このサービスシステムを悪用したわけである。
 本件の時点では、利用者がこのような不正操作をすることは想定されていなかったのかもしれない。しかし、被告人がIODC対地国の電話会社にIODCサービス利用の申し込みを取り消した時点で、通話料金の課金はKDDになるのであるから、IODC対地国の電話会社からの連絡を妨害する行為は、KDDがその連絡を受けることを妨害した、つまり正しい情報を受けることを妨害した、従って不正の情報を受けさせた(与えた)と理解することができるのではないか。
 このように理解すれば、被告人の主張にも一理あるが、本判決の論理もあながち不合理とまではいえないように思われる。




059電子マネーの取得(最決平成18・2・14刑集60巻2号165頁)

【事実の概要】
 被告人は、窃取したクレジットカードの番号等を冒用して、いわゆる「出会い系サイト」の携帯電話によるメール情報受送信サービスを利用する際の決済手段として使用されている「電子マネー」を不正に取得しようと企てた。

 本件のクレジットカードの会員がそれを利用して加盟店で商品などを購入した際には、クレジットカードによる決済を代行する業者が加盟店への立替払いとカード会員への請求と引き落としなどの事務処理を行うことになっている。そのカードを利用して商品を購入するためには、そのシステムを管理する電子計算機に、本件クレジットカードの名義人氏名(A)、番号および有効期限を入力・送信することになっている。その方法によって、購入した商品の代金は同カードで支払うことができる。

 被告人は、5回にわたって、この方法によって電子マネーを購入することを申し込むために、上記電子計算機に接続されているコンピュータのハードディスクに、同名義人が同カードにより販売価格合計11万3000円相当の電子マネーを購入したとする電磁的記録を作り、同額相当の電子マネーの利用権を取得した。

 第1審は、被告人に電子計算機使用詐欺罪の成立を認めた。
 被告人は、これに対して控訴した。(1)被告人が入力・送信した情報は、A名義の正規のクレジットカードの情報であるから、それは「虚偽の情報」にはあたらない、(2)その情報に基づいて作成された電磁的記録も「不実」とはいない。被告人は、このように主張した。

 控訴審は、(1)被告人はクレジットカードの名義人(A)でないにもかかわらず、カードの名義人の名を借りてカードを利用したのであるから、カードの実際の使用者とカードの名義人との間に人格的な不一致が生じているので、このような情報はカードシステムが予定していない「虚偽の情報」であり、(2)被告人がAの名を借りて、Aがカードを利用して電子マネーを購入したという電磁的記録を作成したのは、「客観的な真実に反する」ので、その電磁的記録は「不実」であると認定して、被告人の控訴を棄却した。


【争点】
 電子計算機使用詐欺罪は、人の事務処理に使用する電子計算機に虚偽の情報若しくは不正な指令を与えて財産権の得喪若しくは変更に係る不実の電磁的記録を作る行為である(刑246の2:10年以下の懲役)。

 電子マネーの販売業者とクレジットカード決済代行業者がインターネットでつながっている場合、その販売業者から電子マネーを購入すると、カード会社が立替払いをし、その後カード会員に連絡がいき、口座から引き落としがなされる。

 クレジットカードに記載されている名義人の氏名、16ケタのカード番号、3ケタの〇〇番号を入力すれば、基本的にカード決済で商品を購入できる。

 他人のクレジットカードを使用する場合でも、これらの情報を入力すれば、同じようにカード決済で商品の購入が可能であるが、他人のカードを利用することはカードシステムでは想定されていないので、このような利用には問題がある。では、それは電子計算機使用詐欺罪にあたるのか。

 電子計算機使用詐欺罪にあたるためには、電子計算機に対して、虚偽の情報を与えて、不実の電磁的記録を作っていなければならない。この情報の虚偽性、電磁的記録の不実性が本件で問題になった。


【裁判所の判断】
 被告人は、本件クレジットカードの名義人による電子マネーの購入の申込みがないにもかかわらず、本件電子計算機に同カードに係る番号等を入力送信して名義人本人が電子マネーの購入を申し込んだとする虚偽の情報を与え、名義人本人がこれを購入したとする財産権の得喪に係る不実の電磁的記録を作り、電子マネーの利用権を取得して財産上不法の利益を得たというものであるから、被告人につき、電子計算機使用詐欺罪の成立を認めた原判断は正当である。


【解説】
 カードに記載されている名義人の氏名とコンピュータに入力・送信された人の氏名が同じであれば、その情報は虚偽ではない。しかし、それは名義人が入力・送信していなければ、その情報は虚偽の情報となる。電子計算機使用詐欺罪における虚偽の情報とは、このようにカード名義人以外の者が入力・送信したカード名義人の氏名などの情報である。従って、作成された電磁的記録もまた「不実」の記録になる。



060権利の実行と恐喝罪(最判昭和30・10・14刑集9巻11号2173頁)

【事実の概要】
 被告人Xは、Aと共同して会社を設立し、Aが社長、Xが専務取締役になったが、その後Aと不仲になり、会社を退職した。その際、Xは会社を設立するために18万円出資したと主張したが、Aはそれを否定したので争いになった。その結果、XはAから18万円を受け取ることができるようになり、まず15万円を受け取ったが、残金3万円は支払われなかった。
 Xは友人のYに事情を話し、Yの知人のLらとともに、Aから3万円を取り立てようとした。しかし、Aがその要求に応じなかったため、Yらは「俺たちの顔をたてろ」と申し向け、Aがもし要求に応じなければ、身体などに危害が及ぶかもしれないと畏怖させ、残金3万円を含む6万円をXに交付させた。


【争点】
 Xは、出資金の18万円のうち15万円を受け取ったが、残金3万円は未払いであった。Xにはこの3万円を受け取る権利があり、Aには支払う義務がある。Xは、この権利を実現するために、Aを脅迫して、権利を超える6万円を交付させた。
 脅迫して権利を超える6万円(権利のある3万円と権利のない3万円)を交付させた場合、権利のない3万円について恐喝罪が成立することに異論はないであろう。では、権利のある3万円についてはどうか。もしも恐喝罪が成立しないならば、成立するのは3万円の恐喝罪となる。
 これに対して、権利のある3万円についても恐喝罪が成立するとなると、Xは6万円の恐喝を行ったことになる。
 問題は、正当な権利を行使した場合には、脅迫という手段を用いたとき、それは正当な権利の行使といえるのかである。


【裁判所の判断】
 他人に対して権利を有する者が、その権利を実行することは、その権利の範囲内であり且つその方法が社会通念上一般に忍受すべきものと認められる程度を超えない限り、何等違法の問題を生じないけれども、右の範囲程度を逸脱するときは違法となり、恐喝罪の成立することがあるものと解するを相当とする。……被告人XのAに対する債権額(3万円)のいかんにかかわらず、右金6万円の全額について恐喝罪の成立を認めたのは正当であって、所論を採用することはできない。


【解説】
 権利の行使という目的のためには、手段は択ばない。また、選ばなくてもよい。そのような社会は、万人の万人に対する闘争が絶えない社会であろう。それは過去の、しかも理性が未成熟で、その分だけ野蛮が残存していた社会であろう。

 現在の社会は、そうではない。目的のためには手段を選ばないという考えは妥当しない。目的を実現するためには、その目的に相応しい手段があるというのが現在の常識になっている。

 3万円の返還を求めるために脅迫を用いるというのは、たとえ3万円受け取る権利があっても、許されることではない。ましてや6万円を払わせたのであるから、言語道断である。6万円の恐喝を認めた判断は、正当であるといえる。

 ただし、脅迫という手段を用いたことが「許されない」と判断されたのは、用いた手段が犯罪を構成するというのではない。それが、社会通念上一般に受忍すべきものと認められる程度を逸脱していたからというのが理由である。債権の実現のための手段として用いられたのが脅迫であり、それは社会通念に照らせば、債務者が受忍すべき程度を超えているといえる。しかし、この判断基準はあいまいである。犯罪にあたらない手段を用いたときでも、受忍すべき程度を超えていると判断できる場合もあれば、犯罪にあたる手段を用いたときでも、受忍すべき程度を超えていないと判断できる場合もありうる。




061黙示の処分行為と恐喝罪(最決昭和43・12・11刑集22巻13号1469頁)

【事実の概要】
 被告人は、某日の午前2時頃、洋酒喫茶店において飲食した後、同店の従業員から2440円の請求を受けたが、因縁をつけて開き直り、従業員に対して、「そんな請求をして、わしの顔を汚す気か、お前は口が過ぎる、なめたことをいうな、こんな店つぶすぐらいのことは簡単だ」と申し向け、従業員をしてその請求を一時断念させた。

 第1審は、上記の事実関係を認めて、利益恐喝罪(刑法249条2項)の成立を認めた。これに対して被告人が控訴した。被告人は、利益恐喝罪が成立するためには、脅迫を受けた被害者が自己の債権を放棄する
であるとか、相手の債務を免除するなどの財産的処分行為を行っていることが必要であるが、被害者の従業員は弁済時期を延期するなどの意思表示を行っていないので、財産的処分行為を行ったとはいえない。確か被告人は被害者を脅迫して、支払を一時的に免れたが、被害者の財産的処分行為が行われなかったのであるから、利益恐喝罪が成立するとはいえない。このように主張した。

 控訴審は、利益恐喝罪における「利益」の意義、そして被害者の財産的処分行為の内容について、次のように判断して、利益恐喝罪の成立を認めた原判決を維持し、控訴を棄却した。
 利益恐喝罪における利益(それは利益強盗罪、利益詐欺罪にも共通する)とは、積極的な利益を得た場合だけでなく(~~する権利を得た)、消極的な利益を得た場合にもあてはまる(~~しなければならない義務を免れた)。しかも、この利益は永続的な利益である場合だけでなく、一時的な場合にもあてはまる。積極的な利益であれ、消極的な利益であれ、そのような利益を完全に得たという場合だけでなく、一時的に得た場合も含まれる。
 そして、被害者による財産的処分行為については、利益を付与するための明示的な意思表示(意識的な作為)によるだけでなく、黙示的な意思表示(意識的な不作為)による場合も含まれる。
 被害者は被告人に対して、代金の支払を請求しないという不作為を(不本意であるが)意識的に行い、それによって被告人は、一時的にせよ支払を免れた。従って、利益恐喝罪が成立する。


【争点】
 被害者を脅迫して、2440円を交付させれば、財物恐喝罪が成立する。脅迫→畏怖→2440円の交付(明示的な作為)という財産的処分行為→2440円の取得という因果経過が成り立っているので、財物恐喝罪が成立することに問題はない。

 では、被害者を脅迫して、2440円の請求を断念させた場合、利益恐喝罪が成立するか。脅迫→畏怖→2440円の債権放棄または債務履行の猶予の意思表示(明示的な作為)という財産的処分行為→2440円の債務の一時免除という因果経過が成り立っていれば、利益恐喝罪が成立する。

 問題は、被害者による財産的処分行為は、明示的な作為による場合だけに限られるか。それとも黙示的な不作為による場合も含まれるか。


【裁判所の判断】
 原裁判所が、被告人が1審判決判示の脅迫文言を申し向けて被害者等を畏怖させ、よって被害者側の請求を断念せしめた以上、そこに被害者側の黙示的な少なくとも支払猶予の処分行為が存在するものと認め、恐喝罪の成立を肯定したのは相当である。


【解説】
 財物恐喝罪の場合、被害者による財物の交付は一般に作為によって行われるが、「不作為」による場合もある。それは、行為者が陳列棚の上に置かれてた商品を持って出るのを畏怖した従業員が止めないという場合である。商品は陳列棚の上にあるので、それを占有しているのは従業員である。その占有を侵害したので窃盗かというと、そうではない。被害者は行為者が持って出るのを止めなかったのである。つまり、行為者は占有者の意思に反してではなく、その瑕疵ある意思に基づいて、商品を占有したのである。従って、窃盗ではない。財物恐喝罪における被害者の交付という処分行為を作為に限定すると、財物恐喝罪が成立せず、無罪になってしまう。そこで、行為者が持っていくのを止めないという不作為による交付を認める必要がでてくる。

 財物詐欺罪における交付が不作為によってなされる場合があるとすると、利益恐喝罪においても、債権放棄や債務免除などを明示的な作為によって意思表示する場合だけでなく、債権の行使や債務の猶予を表示しないという不作為による処分行為もありうると解することができる。その不作為の場合、被害者は黙ったままであるので、黙示的な不作為による処分行為となる。