Rechtsphilosophie des als ob

かのようにの法哲学

2017年度刑法Ⅰ(第07回)基本レジュメ

2017-05-22 | 日記
第07回 責任論(2) 故意(②)(練習問題番号13) 判例百選44、45、46、47、48、49
(1)自然犯と法定犯における「罪を犯す意思」
・刑38① 罪を犯す意思=構成要件該当の事実の認識
 人に銃口を向けて引金を引き、それによって死亡する事実の予見あり
  →殺人罪を犯す意思=故意あり

 他人の家に火を放って、それによって全焼することになる事実の予見あり
  →放火罪をを犯す意思の意思=故意あり
  *自分の行為が、「刑法の〇〇罪の構成要件に該当する」という認識までは不要

 この地方では昔から「ムジナ」と呼ばれている動物(実はタヌキ)を捕獲した
  →狩猟禁止獣(タヌキ)の捕獲罪の故意?

 特殊公衆浴場の営業許可の名義を変更して、営業を行った
  →無許可営業罪の故意?

 近所の公園にいた首輪をつけていない犬を撲殺した
  →器物損壊罪の故意?
 首輪をつけていたが、鑑札のない犬を撲殺した
  →器物損壊罪の故意?

 男女の情交を赤裸々に記載した書籍を販売している認識あり
  →わいせつ文書販売罪の故意?

・殺人罪や放火罪罪のような自然犯の場合
 自分の行為から他人の生命侵害や他人の家屋が全焼する結果(事実)を
 認識・予見していたので、殺人罪や放火罪の「罪を犯す意思」はあった。

・行政法などの法定犯の場合、
 狩猟法における狩猟禁止獣の捕獲罪
 風俗営業法における特殊浴場の無許可営業罪
 「その動物を捕まえようと思った」
 「営業したことは認める」
 このような事実の認識があれば、
 狩猟禁止獣捕獲罪や無許可営業罪などの「罪を犯す意思」はあった?

 「ムジナ」を捕獲していると認識していたので、「タヌキ」の捕獲の認識はなかった
 「名義変更」したことで足りると認識していたので、「無許可営業」の認識はなかった
 「罪を犯す意思」はあった?

(2)刑法38条3項の意義
 法律を知らなかったとしても、そのことによって、
 罪を犯す意思がなかったとすることはできない。
 ただし、情状により、その刑を減軽することができる(任意的減軽)。

 世の中には、無数の法律があり、その中に刑罰が付けられた罰則が数多くある。
 違反行為の事実を認識している以上、処罰する法律があることを知らなかったとしても、
 故意が成立し、責任を負わされるのか?

 殺人罪や放火罪などの自然犯の場合
 事実の認識があれば、法律の名称、規定、条文番号を知らなかったとしても、
 そのことによって、殺人罪や放火罪を犯す意思がなかったとすることはできない。
 なぜならば、そのような行為を止めようという反対動機を形成することが可能だから。
 それにもかかわらず、反対動機に反して行為に出る意思を固めたので、
 そのような認識を「罪を犯す意思」として非難することができる。

 しかし、行政犯などの場合、
 事実の認識があっても、それを禁止する法律の存在を知らなければ、
 それを止めようという反対動機を形成することができない。
刑法38条3項は、法律を知らなかった、違法であることを知らなかったとしても、
 そのことによって、罪を犯す意思がなかったとすることはできない。
 ただし、法律の存在、違法性を認識していなかったことに情状酌量の余地があれば、
 その刑を減軽することができる(故意犯が成立することが前提)。

 故意の成立には、自分の行為が違法であることの認識は不要である(判例)。

(2)故意と違法性の意識の関係
・判例 故意の成立には違法性の意識は必要ではない
 38条③ 法律を知らなかたっとしても=違法であることを知らなかったとしても、
 そのことによって、罪を犯す意思がなかったとすることはできない。
 →違法であることを知らなくても(違法性の意識がなくても)→故意は成立
  ただし、知らなかったことに情状酌量の余地あり→刑の任的減軽

 しかし、狩猟法や風営法の罪の故意が成立するためには、
 その動物がタヌキなどの狩猟禁止獣であることの認識が必要
 無許可で営業していることの認識が必要
 狩猟禁止獣捕獲の認識、無許可営業の認識なし
 →行為が罪にあたる事実の認識なし→故意の成立は否定

・学説 故意と違法性の意識とは一定の関係がある
 制限故意説(通説)
 38条③ 法律を知らなかたっとしても=違法であることを知らなかったとしても、
 そのことによって、罪を犯す意思がなかったとすることはできない。
 →違法性の意識がなかったことに相当の理由がなかったならば、故意の成立を否定する

 厳格故意説
 38条③ 法律の存在を知らなかたっとしても、違法であることを知っていたのであれば、
 そのことによって、罪を犯す意思がなかったとすることはできない。
 →違法性の意識がなかった→故意の成立は否定される

(4)構成要件の事実的要素と規範的要素
 人     人を殺す意思→殺人罪の故意
 このような要素を記述構成要件要素という
 一定の事実がその要素に該当しているかどうかの判断は容易

 財物    物を盗む意思→窃盗罪の故意?
 他人の財物(刑235) 財物の「他人性」とは?
 わいせつ物 裸体の雑誌を販売する意思→わいせつ文書販売罪の故意?
 わいせつ文書(刑175) 文書の「わいせつ性」とは?
 このような要素を規範的構成要件要素という
 一定の事実がその要素を満たしているかどうかは容易ではない
 法的・規範的価値基準に従わなければ、「他人性」などは認識できない

 客体が規範的構成要件要素を満たしていると認識していなかった
 その財物が他人のものだとは認識していなかった
 その文書がわいせつ文書だとはしらなかった
 →規範的構成要件要素の錯誤

 窃盗罪・わいせつ文書販売罪の故意?

(5)判例で問題になった事案
【44】事実の錯誤と法律の錯誤(1)(最二判昭和26・8・17刑集5巻9号1789頁)
 窃盗罪や器物損壊罪の行為客体は、「他人の財物」(235条)、「他人の物」(261条)である。単なる財物、物では、その罪の客体としては十分ではない。行為者は、首輪をつけているが、無鑑札の犬を「無主犬」と見なし、「他人の犬」ではないと認識して、撲殺するなどした。

【45】事実の錯誤と法律の錯誤(2)(大審院大正14・6・9刑集4巻378頁)
 被告人は、「ムジナ」を捕獲した。その動物は正式には「タヌキ」であって、捕獲が禁止されている動物であった。被告人は、タヌキとムジナは別動物であると認識していた。

【46】事実の錯誤と法律の錯誤(3)(最三判平成元・7・18刑集43巻7号752頁)
 父親は、風営法の特殊公衆浴場の営業許可を受けて、その営業を続けてきた。息子の被告人が、その営業を引き継ぐことになり、営業許可の名義を被告人経営の会社に変更する手続をとった。風営法では、特殊公衆浴場の営業許可は浴場単位ではなく、人単位で出されることを被告人は知らなかった。

【47】規範的構成要件要素の認識(最大判昭和32・3・13刑集11巻3号997頁)
 被告人らは、デイヴィッド・ローレンスの『チャタレイ夫人の恋人』の日本語訳を作成し、販売したところ、わいせつ文書販売罪で起訴された。被告人らは男女の情交が赤裸々に描かれた作品であることを認識していたが、わいせつ文書にあたるとは知らなかった。

【48】違法性の意識(最一決昭和62・7・16刑集41巻5号237頁)
 飲食店を経営する被告人は、百円札に似たサービス券を作成して、客に配布したところ、通貨模造罪で起訴された。通貨に似たサービス券であると認識していたが、違法であるとは思っていなかった。

【49】法律の不知(最二判昭和32・10・18刑集11巻10号2663頁)
ダイナマイトを爆発させることは違法であると認識していたが、まさか死刑に値するとまでは認識していなかった。

(6)練習問題
 B第13問
 甲は、女性の裸体等を撮影したわいせつなビデオを保有していたところ、友人の乙から、それ不特定多数人に観覧させるために貸与してほしい旨依頼された。そこで、甲は、知人の弁護士に相談したところ、問題ないと言われたことから、違法ではないと考え、乙に当該ビデオを貸与した。その後、乙は丙に当該ビデオを貸与し、丙は当該ビデオを丁ほか十数名に観覧させた。
 甲の罪責について論ぜよ。

 伊藤塾による論証
1間接幇助
2幇助犯内の錯誤
3規範的構成要件要素の認識の程度
4違法性(法律)の錯誤


1甲が乙にわいせつなビデオを貸与した行為
・前提として、丙は丁ほか十数名にわいせつビデオを観覧させた
 →丙 わいせつ物陳列罪が成立
  乙 わいせつ物陳列罪の幇助が成立

・甲は乙にわいせつ物陳列罪を幇助したら、その乙が丙にわいせつ物陳列罪を幇助した
 幇助者を幇助した場合

 刑法 教唆者を教唆した場合 教唆として処罰する規定あり(61②)
    幇助者を教唆した場合 幇助として処罰する規定あり(62②)
    しかし、幇助者を幇助した場合の処罰規定なし
    幇助者の幇助は不処罰?(処罰の隙間が生じてしまうのでは?)

 その「隙間」を埋めるために、幇助という同一の犯罪類型の枠内での生じた錯誤として処理
 甲は乙を幇助したつもりが、丙を幇助していた(方法の錯誤)

 甲には、当該ビデオが「わいせつ物」であることを認識していなくても、
 女性の裸が撮影されたビデオであるという意味の認識あり
 →このような場合、甲にわいせつ物の認識があったと認定できる

 甲 主観的には乙に対してわいせつ物陳列罪を幇助
   客観的には丙に対して幇助

 法定的符合説→乙という「人」を幇助するつもりで、丙という「人」を幇助
        わいせつ物陳列罪の幇助の故意が成立

・甲は違法ではないと認識していたが、
 違法性の認識は故意の成立には不要

・以上から
 甲には、わいせつ物陳列罪の幇助が成立