Rechtsphilosophie des als ob

かのようにの法哲学

2017年度刑法Ⅰ(第05回)刑事判例資料

2017-05-06 | 日記
刑事判例資料 可罰的違法性、法令行為・正当業務行為、被害者の同意
【16】久留米駅事件(最大判昭和48・4・25刑集27巻3号418頁)
【事案の概要】
 被告人X・Y・Zは、旧国鉄労組の地方本部または支部の役員として、昭和37年3月に同労組が行った年度末手当要求に関する闘争に参加した。Xは、久留米駅東てこ扱所2階の信号所の勤務者に対し、勤務時間内2時間の職場集会に参加することを勧誘、説得するため、同駅長が管理し、係員以外の者の立ち入りを禁止している信号所に入った。Yは、ピケット配置についたが、鉄道公安職員による実力行使を予測し、同信号所内に立ち入った。Zは、組合員らにピケットの強化を図る目的で、同信号所に立ち入った。
 第1審は、X・Y・Zの行為が建造物侵入罪にあたると判断した。
 第2審は、憲法28条に基づく基本的な法の規制態度等にかんがみるときは、争議行為が労働組合法1条1項の目的を達成するためのものであって、それが政治目的で行われたりとか、暴力を伴う場合とか、社会通念に照らして不当に長期に及ぶときのように国民生活に重大な障害をもたらす場合のような不当性を伴わない限り、刑事制裁の対象とはならないものであり、また、労働組合員らの信号所への立ち入りを列車運行上の抽象的一般的危険があるゆえをもって制限することは、労働基本権の保障に十分であるとはいえない。以上を理由に、建造物侵入罪にあたらないと判断された。

【裁判所の判断】
 破棄差し戻し。
 勤労者の組織的集団行動としての争議行為に際して行われた犯罪構成要件該当行為について刑法上の違法性阻却事由の有無を判断するにあたっては、その行為が争議行為に際して行われたものであるという事実をも含めて、当該行為の具体的状況その他諸般の事情を考慮に入れ、それが法秩序全体の見地から許容されるべきものであるか否かを判定しなければならないのである。
 これを本件について見るに、信号所は、いうまでもなく列車の正常かつ安全な運行を確保する上で極めて重要な施設であるところ……、原判決の判示するところによれば、被告人Xは、当局側の警告を無視し、勧誘、説得のためであるとはいえ、前記のような状況のもとに、かかる重要施設である久留米駅東てこ扱所2階の信号所の勤務員3名をして、寸時もおろそかにできないその勤務を放棄させ、勤務時間内の職場集会に参加させる意図をもって、あえて同駅長の禁止に反して同信号所に侵入したものであり、また、被告人Yおよび同Zは、労働組合員ら多数が同信号所を占拠し、同所に対する久留米駅長の管理を事実上排除した際に、これに加わり、それぞれ同所に侵入したものであって、このような被告人ら3名の各侵入行為は、いずれも刑法上違法性を欠くものでないことは明らかである。

【解説】 
 ある行為が犯罪の構成要件に該当している場合、その違法性が推定される。犯罪の構成要件とは、犯罪として処罰される違法な行為の類型・タイプであるので、行なわれた行為がその類型・タイプに該当するなら、その違法性があると推定を受けるのは当然のことである。

 しかし、犯罪の構成要件に該当しても、処罰するに値するほどの違法性があるとはいえない場合もある。他人の庭先の花を摘み取って持ち帰ったに過ぎない行為が、窃盗罪の構成要件に該当するからといって、それに処罰すべき違法が備わっているとは必ずしもいえない。このように法益侵害が軽微な場合、形式的に見て構成要件該当性が認められても、実質的に見て処罰に値する違法性(可罰的違法性)があるといえないないこともある(法益侵害の絶対的軽微性)。また、ある行為が犯罪の構成要件に該当しても、それが権利の行使に伴う行為であったり、また利益保全のために必要な行為であるならば、実質的に見て処罰に値する違法性が否定される場合もある(法益侵害の相対的軽微性)。

 このように処罰に値する違法性のことを「可罰的違法性」という。刑法は、処罰に値する行為を定めている。その条文から導き出される行為の類型が「構成要件」である。それは、違法行為の類型、厳密に言えば可罰的違法行為の類型であるが、それを形式的に理解して適用すると、法益侵害が軽微な行為にもその該当性を認めてしまうことになる。刑法は、峻厳な刑罰を科すことを予定しているので、それが些細な行為に適用され、不当な結果をもたらすのを避けなければならない。そのために、犯罪の成立要件の第1要件である構成要件該当性が肯定されても、行為や結果の侵害性の実態に即して、処罰に値する違法性を具備していない行為を除外する必要がある。可罰的違法性は、そのために考えられた概念である。

 久留米駅事件で問題になったのは、被告人らが久留米駅の駅長が管理する信号所内に立ち入った行為の違法性の評価である。被告人らの行為は、建造物侵入罪の構成要件に該当する。しかし、彼らが立ち入ったのは、労働条件の向上を目指して、勤務時間内の職場集会へ参加するよう、他の勤務者を説得、勧誘するためであった。第2審は、そのような立入り方が、労働組合活動に随伴する程度を超えたものでない限り、建造物侵入罪にあたらないと判断した。

 このような判断を導く論理には二通りある。第一は、被告人らの行為は労働基本権の行使である以上、「正当な理由がないのに、……人の看守する……建造物に侵入した」のではないので、形式的な観点から構成要件該当性を否定する判断である。第2は、施設管理者の承諾を得ていない以上、「正当な理由」があるとはいえないので、建造物侵入罪の構成要件に該当するが、実質的な観点から可罰的違法性を否定する判断である。その詳細は、判決文を分析しなければならないが、建造物の管理権と労働基本権の利益衝突状況が問題にされているので、可罰的違法性のレベルで判断していると思われる。これに対して、最高裁は、法秩序全体の見地という基準に基づいて、可罰的違法性が阻却されるとの議論を否定した。

【17】被害軽微の場合の可罰的違法性(最一決昭和61・6・24刑集40巻4号292頁)
【事案の概要】
 被告人Xは、Aから「マジックホン」と称する電気機器を購入した。Xは、マジックホンがAの説明通りの性能を持つか試すために、自己の経営する会社事務所の電話回線にマジックホンを取り付けて、従業員に外から公衆電話で事務所に電話をかけさせた。すると、事務所の電話との間で交信があったにもかかわらず、外の公衆電話では10円硬貨が返却された。Xはこのことを顧問弁護士に相談したところ、使用しないほうがよいと教示を受けたので、マジックホンを電話回線から取り外した。この行為について、被告人は、有線電気通信法21条の有線電機通信妨害罪、刑法233条の偽計業務妨害罪で起訴された。

 第1審は、本件被告人Xの行為が各罪の構成要件に該当するとしても、刑罰をもって臨むことは相当ではなく、その行為は可罰的違法性を欠き、違法性そのものを阻却すると判断した。

 第2審は、マジックホンの取り付けによって、危険犯(通信や業務の妨害という結果や実害が生ずるおそれがあれば、それによって既遂に達する罪)である本罪は成立していると判断した。

【裁判所の判断】
 本件行為につき、たとえ被告人が1回通話を試みただけで同機器を取り外した等の事情があったにせよ、それ故に、行為の違法性が否定されるものではないとして、有線電機通信妨害罪、偽計業務妨害罪の成立を認めた原判決の判断は、相当として是認できる。

【解説】
 被告人は、電話回線に「マジックホン」という特殊機器を取りつけて、電話料金の電話料金の課金システムに誤作動を発生させて、外部からの通話時に電話料金が課金されないようにした。この行為は、NTT(または電電公社)が運営する有線電気通信業務を妨害する行為であり、有線電気通信法21条の有線電機通信妨害罪と刑法233条の偽計業務妨害罪に該当する(1個の行為で、2つの罪にあたるので、刑法54条の観念的競合である)。

 確かに、被告人の行為は上記の犯罪構成要件に該当する。しかし、その行為は1回、数分であり、しかも被害は金額に換算して10円程度であった。このような軽微な被害しか発生していない場合でも、上記の犯罪として処罰されるのか。これらの犯罪規定は、たとえ軽微な被害しか発生させていなくても、適用されるのか。

 この点について、第1審は、通信業務の妨害罪を侵害犯(法益侵害の事実なければ、構成要件的結果が発生したと評価できない)として捉え、法益侵害の事実はあったので、妨害罪の構成要件的結果も発生していたと評価しながら、それが軽微であったことから、可罰的違法性を否定し、無罪とした。被告人の行為は、有線電気通信の業務を妨害する行為にあたるが、刑罰をもって臨むのは相当ではないというのが理由であるが、犯罪に該当するとして処罰する必要があるのは、複数回繰り返し行われたとか、被害額が少なくないとか、さらには模倣する人が出てくるおそれがあったというような場合だけであり、本件の行為は1回限り、被害額も10円程度であったので、刑罰をもって臨むのは相当でないと判断されたのである。通信業務の妨害の実態を踏まえて、それが絶対的に軽微であったことを理由に「可罰的違法性」を阻却したものと思われる。

 このような第1審の判断に対して、第2審は、上記犯罪の成立には、通信業務の妨害が成立するためには、妨害の事実は必要ではなく、その危険・おそれで足りるという立場から、犯罪の成立を認めた。通信業務の妨害罪を危険犯(法益侵害の事実なくても、その危険があれば、構成要件的結果が発生したと評価できる)として捉え、法益侵害の危険・おそれがあったので、たとえ1回、10円程度という被害であっても、業務妨害罪の成立は否定されないと判断した。危険犯は、危険の発生をもって犯罪の成立を認めることができるので、実害の程度が小さくても、それによって犯罪の成否は左右されない。従って、侵害犯や実害を踏まえて判断される可罰的違法性という観念は、危険犯には適用しにくい。

 最高裁は、第2審の判断を相当であると是認した。

 可罰的違法性の有無を判断するにあたって、考慮されているのは、被害法益の軽微さだけでなく、侵害の目的の正当性、方法・態様の相当性である。被害実態をみれば、被害額に換算して10円程度であったが、課金システムに障害を発生させて、その支払いを免れるという不正な目的があったこと、その方法も電話回線に「マジックホン」を取り付けるという巧妙な方法であったことなどを考慮することによって、可罰的違法性の阻却が否定されたものと思われる。




【18】取材活動の限界(最一決昭和53・5・31刑集32巻3号457頁)
【事案の概要】
 某新聞の政治部記者である被告人Xは、沖縄返還交渉が行われていた昭和46年5月、外務事務官Yと継続的な肉体関係を持つかなで、Yに沖縄関係の秘密文書を見せてほしいと懇願し、同年9月頃までに十数回にわたって秘密文書を持ち出させて閲覧したり、コピーを受け取ったりした。Xが受け取ったコピーには外務省と在外公館との間の電信文3通があり、そこには、沖縄軍用基地として接収された土地について、軍用地としての使用が解除された際には補償を日本が肩代わりするとの「密約」が含まれていた。Yは、Xに3通の電信文を手渡した行為について、国家公務員法109条12号・100条1項前段の秘密漏示罪で起訴された。また、Xは、Yに対する依頼行為について、同法111条の秘密漏示そそのかし罪で起訴された。

【裁判所の判断】
 国家公務員邦109条12号、100条1項にいう秘密とは、……ものをいい、本件の電信文を……「秘密」にあたるとしたうえで、「所定の行為の『そそのかし』とは……にあたる秘密漏示行為を実行させる目的をもって、公務員に対し、その行為を実行する決意を新に生じさせるに足りる慫慂(しょうよう)行為をする(行なうよう勧める)ことを意味する」としたうえで、「報道機関の国政に関する取材行為は、国家秘密の探知といった点で公務員の守秘義務と対立拮抗するものであり、時としては誘導・教誘(きょうゆう)的性質を伴うものであるから、報道機関が取材の目的で公務員に対し秘密を漏示するようにそそのかしたからといって、そのことだけで、直ちに当該行為の(構成要件に該当し)違法性が推定されるものと解するのは相当ではないく、報道機関が公務員に対し根気強く執拗に説得ないし要請を続けることは、それが真の報道の目的からでたものであり、その手段・方法が法秩序全体の精神に照らし相当なものであるとして社会通念上是認されるものである限りは、実質的に違法性を欠き正当な業務行為というべきである。しかしながら、報道機関といえどお、取材に関し他人の権利・自由を不当に侵害することのできる特権を有するものでないことはいうまでもなく、取材の手段・方法が贈賄、脅迫、強要等の一般の刑罰法令に触れる行為を伴う場合は勿論、その手段・邦被うが一般の刑罰法令に触れないものであっても、取材対象者の個人としての人格の尊厳を著しく蹂躙する等法秩序全体の精神に照らし社会通念上是認することのできない態様のものである場合にも、正当な取材活動の逸脱し違法性を帯びる」として、本件「被告人は、当初から秘密文書を入手するための手段として利用する意図で右Yと肉体関係を持ち、同女が右関係の為被告人の依頼を拒み難い心理状態に陥ったことに乗じて秘密文書を持ち出させたが、同女を利用する必要がなくなるや、同女との右関係を消滅させてその後は同女を顧みなくなったものであって、取材対象者であるYの個人としての人格の尊厳を著しく蹂躙したものといわざるをえず、このような被告人の取材行為は、その手段・方法において法秩序全体の精神に照らし社会通念上、到底是認することのできない不相当なものであるから、正当な取材活動の範囲を逸脱している」。
 なお、( )内は決定文にはない。 

【解説】
 言論の自由・報道の自由は、憲法で保障された基本的人権の1つであり、正当な業務行為でもある。その行使は、権利の行使であって、犯罪にはあたらない。言論には、ときには他者や他国の実情を暴露し、それを酷評するなどの行為が伴うことがある。また、情報を入手するために、当事者や関係者に働きかけ、重要機密を引き出すような行為もありうる。これらの行為が、言論の自由・報道の自由の行使の範囲内において行われている場合には、名誉毀損罪、侮辱罪にあたらない。また、刑法の秘密漏示罪の教唆、国家公務員法の秘密漏示のそそのかし罪にもあたらない(漏らした本人には秘密漏示罪が成立する余地はある。なお、刑法の秘密漏示罪の教唆は、正犯の行為が秘密漏示罪の構成要件に該当する違法な行為である場合に成立する。正犯がそもそも秘密を洩らさなかった場合には、教唆は成立しない。これに対して、国家公務員法の場合、国家秘密は非常に重要であるため、秘密漏示のそそのかしの罪は、公務員に秘密をもらすよう「そそのかす」だけで成立する)。

 情報が重要であればあるほど、手に入りにくい。そのために、様々な方法が用いられる。その手法が、言論の自由・報道に通常随伴する行為であれば、それ自体として罪に問われることはない。しかし、その範囲を超え、犯罪にあたる場合には、業務行為として正当化できない。

 太平洋戦争後、沖縄はアメリカ軍政府の施政下にあった。多くの民間地がアメリカ軍のための使用されていた。沖縄が日本に復帰した後、その土地を元通りの状態にし、また補償をする責任は、言うまでもなくアメリカにあった。それにもかかわらず、その問題があいまいなまま、沖縄返還交渉が日米間で行なわれ、補償の責任は、アメリカ政府ではなく、日本政府にあることが、沖縄返還交渉において秘密裏に取り決められたにもかかわらず、公表されなかった。マスコミは、真実を知るために、日本政府に対して質問状を出したが、交渉中の話であり、口外できないと拒否された。そこで本件の被告人は、外務省の女性事務官に働きかけて、沖縄返還交渉の重要機密を見せてもらい、またそのコピーをもらった。事務官の行為は、国家公務員法条の秘密漏示罪に、被告人の行為が秘密漏示のそそのかし罪にあたるとして起訴された。

 問題は、被告人の行為が報道の自由を行使の一環として、そのための取材活動の一環として認められるかであった。最高裁は、一般論として、公務員に強く働きかけて情報を入手する行為は「そそのかし」にあたらないとしながら、本件の手法は、法秩序の精神に照らして、社会通念から認められないと判断した。



【19】自救行為(最二判昭和30・11・11刑集9巻12号2438頁)
【事案の概要】
 被告人Xは、借地内において建物を増築しようとしたが、A所有の住家の玄関の軒先が借地内に突き出ていたので、それを事情を知らない大工Bに命じて、間口8尺(約240センチメートル)、奥行き1尺(約30センチメートル)に渡って切りとらせた。Xは建造物損壊罪で起訴された。

 Xは、Aに対して、境界線から出ている軒先部分を切り取ってほしい、そうでなければXの方でそれを撤去する(切り取る)と申入れたところ、Aがそれを承諾したものと誤解して、本件の建造物損壊行為を行なった。弁護人は、軒先から出ている部分に対処すべきは所有者であるAであり、それにもかかわらず、Aが行わなかったために、Xが被害をこうむりかけていたなどと主張して、全体として比較衡量して、Xの行為は自救行為として、建造物損壊罪の構成要件に該当しても、その違法性が阻却されると主張した。さらに、かりに違法性が阻却されないとしても、Xは軒先から出ている部分を切り取ることについて、Aが承諾したと誤解して行なったので、事実の錯誤(違法であることの事実の認識がないこと)により、建造物損壊罪の故意が阻却されると主張した。

【裁判所の判断】
 被告人が切断した本件Aの玄関が被告人の借地内に突出していたことは、本件記録により認められるが、仮にこれが所論のようにAの無許可の不法建築であっても、その侵害を排除するために法の救済によらずして自ら実力を用いることは、法秩序を破壊し社会の平和を乱し、その弊害たるた甚だしく、現在の国家形態において到底容認せらるべき権利保護の方法ではない。正当防衛又は緊急避難の要件を具備する場合は格別、漫(みだ)りに明文のない自救行為の如きは許されるべきものではないのである。……被告人は、増築を設計する当初から、A所有の建物の玄関庇(ひさし)が突出していることが判っているにもかかわらず、被告人の意のままに設計増築し、原判示所為に出たるもので、その被告人の所為が、正当防衛又は緊急避難の要件を具備していないことは明らかである。その増築は、倒産の危機を突破するためやむをえなくなしたものであり、Aの損害は僅少で、増築による被告人の受ける利益は多大であるというが如きは、未だ法の保護を求めるいとまがなく、且即時にこれを為すに非ざれば、請求権の実現を不可能若しくは著しく困難にする虞がある場合に該当するとは認めることはできない。

【解説】
 本件の事案には、二つの論点がある、被告人は、自分の建物を増築しようとしたが、Aの家の玄関のひさしが被告人の着地内に突出していたので、それを切り取った。この行為が建造物損壊罪の構成要件に該当するが、被告人の行為が自救行為にあたり、その違法性が阻却されるのかという問題であり、もう一つは、Aが承諾していると誤解したことが、故意の成立を否定するのかという問題である。

 第1の論点。Aの家の玄関のひさしは、Xの借地内に突き出しており、それは建築基準に反する不法な状態である。その問題を解決する方法としては、まず①Xがその事実をAに伝え、Aの責任で除去させる、②それがだめなら、行政に通報し、行政からAに対して指導させる、そしてそれもだめなら、③Xが自分で行う。③の場合、突き出したひさしのために、Xの利益への「急迫不正の侵害」やXが不利益を受ける「現在の危難」があり認められるならば、Xの行為は正当防衛や緊急避難によって違法性が阻却される可能性がある。しかし、「急迫不正の侵害」や「現在の危難」がなければ、違法性は阻却されない。ただし、自救行為として違法性が阻却される余地もあるが、自救行為は刑法で明文化されていないため、その要件は明確ではない。

 ひさしを切断した被告人Xの行為は、建造物の損壊にあたる。弁護人は、Xの行為は自救行為として、建造物損壊罪の違法性が阻却されると主張したが、最高裁はそれを否定した。自救行為が一般的に認められないと判断したわけではないが、自救行為による違法性阻却を認めるのは難しいようである。Aの不法建築が継続することによってXが被る不利益(ただし、急迫不正の侵害や現在の危難なし)とXがAのひさしを切断したことによってAが被る不利益とを比較し、自分の行為で対処しうる余地はありうるが、緊急状況が認められ、Xが被る不利益の回復困難性などの事情が必要であろう。

 第2の論点。XがAは切断を承諾していたと誤信したが、それがが建造物損壊罪の故意の成立を否定するかどうかである。犯罪の故意をめぐっては、様々な学説が対立している。故意の成立には、違法性の意識が必要であると解するならば(厳格故意説)、Xには違法性の意識はなかったので、故意の成立は否定される。これに対して、違法性の意識はなくても、それを持ち得る可能性があった場合には故意の成立を認められるならば(制限故意説)、Xは注意すれば承諾されていないこと認識しえたであろうから、故意の成立は認められる。判例は、現在のところ、故意の成立には違法性の意識は不要であると考えている。従って、承諾を錯誤し、違法性の意識がなかったことを理由に、故意の成立を否定するという議論は行なわれることはない。ただし、学説では激しい対立があり、いわゆる責任説という学説も主張されている。詳しくは、故意論のところで説明する。



【20】医師の治療行為と安楽死(横浜地判平成7・3・28判時1530号28頁、判タ877号148頁)
【事案の概要】
 被告人Xは、末期がんの入院患者Aの担当医であったが、Aは某日から全身状態が悪化するとともに、意識レベルが低下し、家族は翌日以降にたびたび治療の注視を申し入れたが、Xはこれを拒否していた。悪化から4日後、Aはいびき様の呼吸となり、意識レベルは疼痛刺激に全く反応しない状態までに低下した。Xは、ついにはAの家族の要請を聞き入れ、点滴をはずした(①の治療行為)。さらに、死期を早める可能性があることを認識しつつ、いびきを抑えるために、呼吸抑制の副作用のある鎮痛剤ホリゾンと呼吸抑制の副作用のある抗精神病薬セレネースを、それぞれ通常の2倍量をAに投与した。(②の間接的安楽死)。その後、Aがなおも苦しそうなので、希釈せずに使用すれば心肺停止を引き起こす作用のある塩化カリウムを希釈することなく注射し、Aを死亡させた(③積極的安楽死)。殺人罪の構成要件に該当するAの③の行為につき、「安楽死」を理由に違法性が阻却されるかが争われた。

【裁判所の判断】
 安楽死の一般的許容要件として、
1患者に耐え難い肉体的苦痛が存在していること
2患者について死が避けられず、かつ死期が迫っていること
3患者の意思表示があること
が必要であり、さらに積極的安楽死の要件として、
4患者を肉体的苦痛から解放するために、他に医療上の代替手段がないこと
が必要であり、この4つの要件がそろっている場合、承諾殺人罪(刑202)の構成要件に該当する行為の違法性が阻却される。

【解説】
 いわゆる「安楽死」は、承諾殺人罪や嘱託殺人罪の構成要件に該当する違法性を阻却する事由として位置付けられている。

 承諾殺人罪とは、被殺者の承諾を得て、その者を殺す行為である。嘱託殺人罪とは、被殺者からの嘱託(依頼)を受けて、その者を殺す行為である(刑202)。被殺者が殺されることに同意しているので、保護法益である生命が処分され、その分だけ犯罪の違法性が減少する。ゆえに、通常の殺人罪と比べて、違法性の程度が軽く、またその責任も軽く、法定刑が軽くされている。

 安楽死に関する事案は、過去にもあった。家族(非医師)による安楽死と医師による安楽死があるが、本件は医師による安楽死の事案であり、いわゆる東海大安楽死事件と呼ばれ、その違法性阻却の要件を定式化した。

 本件では、上記の4つの要件がそろえば、承諾殺人罪または嘱託殺人罪の違法性が阻却されるとした。第1は、患者の耐え難い肉体的苦痛があること。これは精神的な苦痛(家族に経済的な負担をかけて申し訳ない)では足りない。第2は、死が避けられず、その時期が迫っていることである。死が避けられなくても、死期が迫っていなければ、違法性は阻却されない。そのような場合、肉体的な苦痛を除去するための治療や薬剤の投与を続けることになる。第3は、患者が安楽死を受け入れる意思表示をしていることである。これがあることによって、行なわれる行為が承諾殺人罪または嘱託殺人罪の構成要件に該当し、この違法性の阻却の可否が問題となる。そして、第4は、医療上の代替手段がないことである。医師による安楽死は、通常の末期医療の延長線上において問題になるケースがほとんどである。従って、医師が通常の医療上の措置を行なったが、それでも肉体的苦痛が激しく、死期が迫り、患者本人も安楽に死にたいと願っている場合にだけ認められる。本件では、3の要件が満たされていなかったので、安楽死による承諾殺人罪の違法性阻却は問題にはなりえず、殺人罪の成立が認められた。




【21】治療行為の中止――川崎共同病院事件(最3決平成21・12・7刑集63巻11号1899頁)
【事案の概要】
 被告人Xは、気管支ぜんぞくの発作が原因で昏睡状態に陥った患者Aの家族の要請を受けて(原々審ではXの独断であると判断)、気道確保目的で挿入されていた器官内チューブを抜き取った。これにより平穏な死が期待されたが、予期に反して、Aが苦しみ出したので、Xは鎮静剤を投与したが功を奏さなかったので、筋し緩剤の静脈注射を行ない、Aを窒息死させた。

 原々審は、家族の要請も死期の切迫も認められないとして、チューブの抜き取り行為と筋し緩剤の投与は、殺人罪にあたると判断し、懲役3年執行猶予5年を言い渡した。

 原審は、チューブの抜き取り行為は家族の要請によりものであり、量刑不当として、原々審の判決を破棄し、懲役1年6月執行猶予3年を言い渡した。なお、本件においては、治療行為の許容要件を提示することは不適切であり、かりに、どのような立場が作用されたとしても、被告人の行為は許容できないとされた。

 弁護人は、意思表示できない患者の自己決定権を否定した原審が憲法違反であること、また治療行為の場面においては、死期の切迫は不要であることなどを主張して、上告した。

【裁判所の判断】
 本件チューブの抜き取り時までに、Aの余命等を判断するために必要とされる脳波等の検査は実施されておらず、発症からいまだ2週間の時点でもあり、その回復可能性や余命について適格な判断をくだせる状況にはなかったものと認められる。そして、被害者は、本件時、こん睡状態にあったものであるところ、本件気管内チューブの抜き取りは、Aの回復をあきらめた家族からの要請に基づき行われたものであるが、その要請は……被害者の病状等について適切な情報が伝えられた上でなされたものではなく、上記抜き取り行為が被害者の推定的同意に基づくということもできない。以上によれば、上記抜き取り行為は、法律上許される治療行為には当たらないというべきである。

【解説】
 不治の病であり、かつ死期が迫っている末期の患者に対して様々な治療を行なっても、効果が期待できない場合どうするか。最善を尽くしたが、これ以上なすすべがなければ、治療を中断し、死を迎えさせてあげるのが一般的である。治療を中断するために、点滴を中断したり、チューブを抜き採るなどの行為が行なわれても、その行為と患者の死との間には因果関係はなく、またその行為は治療行為の一環として行なわれているので、正当業務行為として傷害罪などの違法性は阻却される。

 しかし、治療の中止が正当業務行為として正当化されるためには、患者の余命等を判断するために、脳波の検査を実施するなどしなければならない。また、一度、二度の検査で判断するのではなく、また短期間ですますのではなく、一定期間に渡って数回繰り返し、また回復の可能性や余命について検査しなければならない。そうしなければ、治療の中止は許されない。

 本件において被告人が行なった行為は、気管内のチューブの抜き取りと筋し緩剤の投与である。原々審は、チューブの抜き取りは被告人が独断で行ない、また筋し緩剤の投与もその判断による行為であり、治療行為として許されないと判断し、殺人罪の成立を認めた(ただし情状酌量による減軽)。

 原審は、チューブの抜き取りは、患者の家族の要請に基づくものであり、量刑として、さらに減軽した。ただし、そのような事情があっても、治療行為として認めることはできないと判断した。

 被告人の弁護人は、チューブの抜く取り行為の治療行為性について争い、上告した。最高裁は、それを斥け、原審の判断を維持した。




【22】被害者の同意(最二決昭和55・11・13刑集34巻6号396頁)
【事案の概要】
 本件は再審請求の事案である。
 請求人Xは、保険金をだまし取ろうとして、共犯者Yらの運転する自動車に故意に自車を衝突させて、傷害を負わせるとともに、無関係な第三者Aをも負傷させた。Xは、業務上過失致傷罪で有罪判決を受け、確定した。
 ところが、本件はX・Yらが企てた保険金詐取目的の交通事故であったことが明らかになり、X・Yらともに詐欺罪で立件され、有罪判決を受けた。
 Xは、自動車事故は共犯者Yらと共謀して行なったものであり、Yらの同意に基づいて行なわれた行為である以上、それは業務上過失致死傷罪にはあたらないので、(業務上過失致死傷罪としては)無罪になるとの理由で再審請求した。
 原々決定および原決定は、本件では、無関係な第三者Aをも負傷させているの、傷害罪が成立するのであるから、Xが挙げた各証拠をもって、無罪(刑訴法435条6号)または原判決において認めた罪よりも軽い罪を認めるべき明らかな証拠があるとはいえない。また、Xは、交通事故を故意に惹き起こした事実を秘して、ことさらにその証拠を提出しなかったのであるから、その証拠の新規性も認められないとして、請求を退けた。
 Xの弁護人は、原決定は二重処罰を禁止する憲法39条に違反する等の理由で特別抗告した。

【裁判所の判断】
 被害者が身体傷害を承諾した場合に傷害罪が成立するか否かという問題に関しては、一般論として、次のように述べた。

 被害者が審対象額を承諾したばあいに傷害罪が成立するか否かは、単に承諾が存在しているという事実だけでなく、右承諾を得た動機、目的、身体傷害の手段、方法、損傷の部位、程度など諸般の事情に照らし併せて決すべきものである。
 本件のように、過失による自動車追突事故であるかのように装い保険金を騙取する目的をもって、被害者の承諾を得てその者に故意に自己の運転する自動車を追突させて傷害を負わせたというばあいには、右承諾は、保険金を騙取するという違法な目的に利用するために得られた違法なものであって、これによって当該傷害行為の違法性を阻却するものではないと解するのが相当である。
 したがって、本件は、原判決の認めた業務上過失致傷罪にかえて重い傷害罪が成立することになるから、刑訴訟435条6号の「有罪の言い渡しを受けた者に対して無罪を言い渡し、又は原判決において認めた罪より軽い罪を認める」べきばあいにあたらないことが明らかである。

【解説】
 本件の事案は、いくつかの要素が重なっている。
 第1は、XがYらとAに対して行なった業務上過失致傷罪である。Xは、自動車運転中の過失により、YらおよびAを負傷したと認定されたので、業務上過失致傷罪の成立が認められた。この場合、Xの1個の行為でYらとAへの2個の業務上過失致傷罪が成立しているので、刑法54条の観念的競合にあたる。そして、これらの事故を理由にして、Xは保険会社に保険金を請求して、被害者であるYらとAに支払った。

 しかし、XはYらに故意に追突したことが後に明らかになった。これは、本来的には業務上過失致傷罪ではなく、傷害罪にあたる(なお、Yに対する傷害の故意があるので、Aに対しても、その故意は及ぶと考えられ、Aにも傷害罪が成立する。これは、具体的事実の錯誤における方法の錯誤に関する法定的符合説+複数故意犯説による判断である:通説・判例)。また、交通事故ではなかったので、保険金を請求することもできない。XはYらと保険金詐欺を共同して行なったことになる。Yらに対する傷害罪は、保険会社を欺くための方法として、詐欺罪の方法として評価することができる(刑法54条の牽連犯)。

 とはいえ、XはYの承諾を得て傷害を行なったのであり、その違法性は阻却されるはずである。つまり、Yらに対する傷害は、業務上過失致傷罪にあたらないだけでなく、傷害罪にもあたらない。従って、この部分に関しては罪が成立しないはずである。ゆえに、業務上過失致傷罪の判決は取り消されるべきである。そこで、Xはこれを請求するために再審裁判を起こした(ただし、Aの承諾はないので、本来的には傷害罪が成立するが、Aに対しては業務上過失致傷罪が成立したままである)。

 本件は、観念的競合の関係にある2つの業務上過失致傷罪のうち、Yに対する業務上過失致傷罪の確定判決を破棄し、無罪を求める再審請求である。Xの主張が認められれば、裁判所はYへの罪については無罪を言い渡さなければならない。そのためには、Yの承諾が傷害の違法性を阻却することが認められなければならない。

 個人的法益に対する罪について、被害者の同意がある場合、その違法性が阻却されると解されている。被害者が傷害の被害を受けることに同意していれば、傷害罪の構成要件に該当しても、その違法性が阻却される。しかし、違法性阻却の可否は、被害者が同意しているだけでなく、同意に応じた動機、目的、身体傷害の手段・方法、損傷の部位と程度など諸般の事情を踏まえて判断される。XとYは保険金詐取の詐欺罪の共同正犯の関係にあり、それを行うために交通事故を装ったのであって、このような事情は、社会通念に照らして判断すると、傷害罪の違法性を阻却する理由にはならない。本来的には傷害罪が成立するのであるから、それよりも軽い業務上過失致傷罪を破棄して、無罪を言い渡すことはできない。