懐かしのバレエ

バレエ、パフォーミングアーツ等の感想、及び、日々雑感。バレエは、少し以前の回顧も。他、政治、社会、競馬、少女マンガ。

【祝・平昌五輪優勝!15歳、アリーナ・ザギトワ】

2018-02-23 14:26:54 | Weblog
彼女が15歳であることを、忘れていた。

今日のザギトワの「ドン・キホーテ」。あのキトリには、確かにあれなら、バジルも恋しちゃうな、と思った。

、ここまで来たらば、エキシで、金メダルコンビ、羽生&ザギトワで、白鳥の湖かドン・キホーテをやってほしい、なんて無茶振りしたりして。(嘘。自分の今夜の夢に出る、とか?!)

織田信成氏が女子フィギュアの始まる直前に、「僕は、メドベージェワ選手より、勢いのあるザギトワ選手が優勝すると思います。」って言ってて、

「え?そんな、断言しちゃって大丈夫かしら?」と思ったら、この予測は、当たってた。

宮原選手は、自分は良かったと思うけど、4位だったんですね。ジャッジの判断だから、ふうん、というか。

フィギュアの世界で、悪しき習慣性が進行していたのが、ここでメドべージェワが負けて、あの程度で世界最高だの、絶対女王だのいわれる視野の狭い、後退を続ける女子フィギュア、男子に比べて上位が全然つまんないので、見るのを止めてた時期もある、女子フィギュアの世界が、打開され、改善されるのを期待できるかな?

長洲未来選手のトリプリアクセルも、見たかったけど、オリンピックで挑戦してくれただけでも、色々勉強になったし。女子の退屈な3回転コンビで優勝できるとか、メドべのぜんぜんきれいじゃない手の振り上げで加点が付くとか、あの、ワンパターンの顔芸演技で世界一の表現って、フィギュアスケートってどんだけレベル低いんじゃ、と思う様な、フィギュア界特有の、オーバーで下手な演技をうまい演技と勘違いしてる風潮とか、(鈴木明子氏が最近勘違い発言してネットで叩かれてましたが、演技って、表現って、アスリートとそのファンたちが思うほど、底の浅いもんじゃない。)

(あれは、後で知ったけど、「アンナ・カレーニナ」だったのね。全然、アンナになってないけど、まだメドの年齢、立場で選択するのは、荷が重かった。彼女に分るはずもない世界。不倫の話を何でやるかなと。やはり、ムードや雰囲気止まりでなく、真にその人に合った演目を選ぶのも大事。対照的に、例えば、ブレディー・テネルの『シンデレラ』は、ジャスト、今の彼女の見かけにもあってるし、割と内面的なものも自然に出せる選手のようで。メドは、衣装が今までよりは良くなってた。しかし自分が演じられるはずもない演目を選ぶのは、愚かな選択で、こういう、表面的な芝居で全てやり通す、フィギュアの演技の世界は考え物だと思う。)

そういう悪しき後退を続けるフィギュア女子の世界が、ぶち壊されて、女子も少しは男子のジャンプ技術に近づくとか、あったらいいな、と思う。

(逆に男子はジャンプ技術が高くなりすぎて、怪我リスクの心配なのか、採点の見直ししようか的な記事を見たような気もするが。)

実力には舌をまいたザギトワ選手だったけど、彼女に、私のそんな思いを託すのは、あまりに荷が重いかなと思っていたのに、優勝してくれて、本当にうれしい。今日の実施以上に、あの環境で勝てる精神力と、素の実力がすばらしい。


*素人的には手抜きに見える、トリプルアクセルできないのに勝っちゃうキムヨナの時代から、やはり色んな姑息な付け加えで、何か勝っちゃうメドベージェワの時代、このフィギュア女子暗黒時代が、スーパー女子体力のキュートなザギトワちゃんによって、ぶち破られるならば、その事も称賛したい。

宮原選手は、今日も素敵で、今日見ると完成度が高いように見えたけど、だったけど、きっと明日は、さらに表現力は磨かれていくんではないのかな、と思った。

「最高」とか、「世界一」とか、言葉を乱発すればするほど、中身がスカスカになっていく。

表現の世界って、上には上で、そんな、限界なんてないし。やたら大げさな言葉で限界を作る言い方をするのは、本当にいい表現の世界を、知らない人だと思う。
アスリートは、原則、試合に勝てれば、そんなこと分ってなくてもいいんだけど。

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