ソラから来たよ

このブログは「地球の謎解き」(http://sora.ishikami.jp/)の情報を元に構成しています。

物部の守屋

2007年11月02日 22時44分24秒 | Weblog
2002年1月21日
2002年1月18日 綾部に向かう車中にて。
(綾部の)私市の円山古墳は、誰を埋葬していたか考えていた。

「あの丘の上にいる者で物部の守屋なり。
どこまでもウマヤドノミコ(=聖徳太子)は追って来た。
何としても君山(=城山)の見える所に葬って欲しいと言っておいた。
けれども(敵に)君山を気づかれては困るので、君尾山の見える所(少し離れた所=私市)にした」

「物部の守屋がどうして(あそこに)葬られたか仲間がお知らせします。
小さな子供が、白い木の子孫です。
物部氏が滅んだ後、その子供は信貴山に送られ、そこの僧侶にさせられたのです」

私市円山古墳

2002年1月19日  綾部にて真夜中

「丘の上の者です。物部の守屋です。
いつになったらお知らせできるかと思っていました。
【守屋】と名乗ったのはなぜかというと、矢でもってお守りする、と言う意味で名乗りました。
なぜ私のお墓が忘れられたかというと、仏教のせいなのです。
それはとてつもない言い方で押さえ込まれたのです。
守屋に付いていた小さな子供(白い木の子孫)は、支配星に支配された者につかまり、信貴山の寺に送り込まれました。
そしてその子供がそのお墓(物部氏のお墓)を祭ると、死んでから救われないから、と言わされたのです。
その代わり、家の屋根のところに口をあらわすもの(空気抜き)を作るように言ったのです。
真実が隠された事を家は見ていた、と言う事をあらわすためです。
家々にその事が語りつがれていったので、この地方の家には口の形をしたもの(空気抜き)があるのです。
叉あの家はホシノミナをあらわします。
あの形(三角)の反対の形で地球に降りてきた事を表わしているのです。
茅(カヤ)葺の屋根も意味があるのです。
カヤの花=ススキは切るとすぐ枯れて、白髪のようになります。
それは人間の肉体もすぐ年をとることを現しています。
沢山のカヤで屋根を覆い、年月が経つと葺き替えますが、人間の生まれ変わりと同じ、と言う事をあらわしています」

注)物部氏は、以前から綾部市物部町から出た人とチャネリングでは言われていました。
物部は私市の近くにあります。
この地方の農家はカヤ葺きの入母屋造りで、三角の屋根の部分にひし形の空気抜きがありますが、それが丁度口のように見えます。

京都府綾部(写真とソラの情報)

2002年1月28日
2002年1月21日

「お知らせするように、星たちから言われました。
物部の守屋が、蘇我氏の一族から追われたのです。
それはいたいけな子供も一緒でした。
白い木の子孫を守るために、物部氏はホシノミナを目指したのです。
それは極少ない人数で人目を惑わすために、僧侶の身なりをして逃げました。
道中サンカに助けてもらいながら、遂にイカルガ(綾部)に逃げて来ました。
そしてイカルガ兵が守る所にたどり着いたのです。
お墓に一緒に葬られていたのが白い木の兄の方です。
信貴山の寺に預けられた子供は弟のほうでした。
物部氏は殺されましたが遺体は残されました。
何故なら坊さんの姿をしていたからです。
連れていかれたのは身代わりの人です。
敵がいなくなってから丘の上に葬りました。
昔から、丘は(イシカミが作ったと)大切にされていました。
(私市円山古墳は)人間が作った丘ではありませんでした」

2002年9月8日
【春日富士】
同行者が以前この横を通った時、何か変な感じがしたそうですが、それは、物部氏がここで殺された、と降りてきて知らせた所でした。
三角山で中腹に巨石が積み重ねてありました。

【君山】 星原にて。
子供の頃は登っていましたので登ろうと思いましたが、長い間人が入らなくなり、木が生い茂り登れませんでした。

「君山です。
来てくれたのに、大人になり毛(木)が生えて邪魔をしてすみませんでした。
何もかも見ていました。私を思ってくれる気持ちがよくわかりました。
私は(巨)石のないものですが、今日はホシノミナジンジャの屋根をきれいにしてくれて嬉しく思いました」
(ホシノミナジンジャの屋根の吹き替えされていた)

2002年9月12日
【ホシノミナジンジャ】
以前にも書きましたが、君山の麓近くにあります。
私が子供の頃突然の大雨で、ホシノミナジンジャの境内の建物で雨宿りをしていた時、数え切れないほどの稲光(=白い木)がすぐ向かいの山に降りていました。
落雷で木が燃えるでないかと思えるくらいでしたが、白い稲光(=白い木)が目の前に次々と降りてきた光景は未だに鮮明に覚えています。

↓次は98年くらいに続けて見た【夢】です。

1)《神社の前の電信柱が倒れて道を塞いでいるので、仕方なく神社の境内の坂道を登っていく》

2)《神社の階段の途中に人が倒れていて、その人を助けてあげなくてはと思っている》

と言うように私のイシキは夢で何とかホシノミナジンジャに気づいてほしいと思い、夢をみさせたと思いました。
今回神社を訪れて思い出したのは、神社の近くの小さな橋の下を通って、川上に行く夢でした。
イワクラがなかった(=石ナシ)ので忘れ去られた神社だと嘆いていましたが、前に花壇ができたり、建物は見ないでほしいと言っていましたが、それでも屋根が葺き替えられたことが嬉しいとも言っていました。

【三方石観音】
境内やその奥には巨石がゴロゴロしていました。
石観音は、たまにしかご開帳されないそうでやはり戸で塞がれていました。
その前には何かの仏像?が置かれていました。
裏に回ると大きな三角岩が屋根で覆われ、その一部に石観音が彫られていると思いました。
これも宗教によるイシカミの封印と思いました。

【奈良のお水取りの水源の神社】
向かいにはやはり三角山がありました。
ノアがお水を飲んだと知らされましたが、その井戸の水を東大寺に運び支配する事で、肉体を支配する水をも支配したと知らされました。

【明石周辺の山】
生石神社があるのは大きな岩の一部が掘られていて、裏山は大きな岩でした。
そして回りの山々は低いのですが、全て岩山で木は低い潅木?だけで、岩肌が所々出ていて、全て岩山のような感じです。
なぜ、六甲からこの辺り迄このような岩山なのか? と聞くと

「ここに降りたイシカミです。
私たちは向かいの島に支配星に支配されたある者(=ジンム)が、ヤマタイコクを滅ぼしに行くのをただ見ていることしか出来ませんでした。
それでイシカミ達は固い岩山になることで、支配星に抗議したのです」

2004年6月17日
【メールマガジン】 2002/03/04 ソラ物語
「アラビアから来た人、青森に着いた」と言う言葉が出てきましたが、その意味は

「アラビアから青森に着いた人とはイエスの事です。
その人は(日本では)イスキリと呼ばれていました。
ソラのイエス物語参照)
物部氏はイエスの生まれ変わりで、射手座のイシカミが応援しましたが、プレアデナイに支配された聖徳太子に敗れました」

「(イエスは)良い人です。
(日本で)イスキリと呼ばれた人でした。
イシカミに守られてアラビアから日本に来ました。
それが(イスキリが)私の前世です。
物部の守屋です。
すさんだ世の中になっていました。
あらゆる所で人が殺されました。
石を拝むなと脅されました。
そして石の変わりに仏像を拝まされました」

「何故、私市円山古墳と呼ばれるか?
女の天皇(スイコ)に一番嫌われた者でした。
(キサキイチ嫌われたと、これまでの情報とあっています)
スイコと家来の間に出来た子供が聖徳太子で、ウマヤドノミコと呼ばれていた。
生意気で陰険な人でした。
支配星プレアデナイにも可愛がられたので、あの法隆寺を建てるような指導が出来たのです。
聖徳太子は、国の経済を省みず次々と工事をするために、多くのお金が要りました。
それらを民衆から絞り上げていたので、皆から嫌われていました」

2003年2月13日
【6地蔵】
仏教徒を増やすために孤児を僧侶にしたり、子供の僧侶なら憎まれないと思い、(一休さんのような)かわいい子供の僧侶の姿で広めさせたのです。
書いていると足にサインがあり、物部の守屋が降りてきました。

「それを言いたかったので降りてきました。
仏教徒を増やすための方法でした。
仏教を信じないと地獄へ行くと、子供の頃から脅かし続けたのです」

6は、イスキリが6亡星(=ダビデの星)の6は良い数字と言っていたため、その数字を当てはめたそうです。

2004年1月31日
2004年1月30日夜

「私は物部守屋です。
私は、星述べの者が何か知らせてくれる事を、皆に知らせる役でした。
知らせる事は農業の事で、仲間に教えていたのです。
いつ種を蒔いて、いつ何をするかという事を知らせていました。
それは星述べの者が、君山に教えてもらっていたのです。
そして皆仲良く暮らしていました。
ある日の事仲間がこちらに軍隊が来る、と知らせてきました。
見るとたくさんの人がこちらに攻めて来るのがわかりました。
けれども星述べの者は殺し合いをしないでと言いました。

(ビジョン、 数十の小さな棒が集まっている。 
“どう書いたらいいかわかりません”と)

星述べの者は信貴山に用事があるから出かけると言いました。
それで仲間の人と一緒に、信貴山に向かいました。
けれどもそれを知ったた聖徳太子は知らせる事無く、突然星述べの仲間を殺し始めたのです。
それで私達はそこを逃げ出し川(大和川?)の船に乗り逃げ出しました。
神戸に着きそこからは追っ手に見つからないように、僧の姿をして逃げました。

(“神戸”とは、仏教に反対していたが仕方がないので僧の姿をしたということで、神の戸を閉めてもらったという意味です)

けれども追っ手は春日富士まで追ってきて、物部守屋を殺してしまいました。
仲間は遺体をイカルガまで運び、私市円山古墳に葬りました。
星述べの者はホシノミナジンジャの前で亡くなり、守屋と一緒に葬られました。
そして仏教の勢力が広まりその古墳を祭る事を禁止し、長い年月で忘れ去られたのです」

《チャネリングより 要約すると》

イカルガ(旧綾部)の物部村の物部守屋(イシカミ系)は、 星述べの子供(山彦の生まれ変わり)の後見人であった。
星述べの者はイシカミの君山から、チャネリングで農業の事を指導してもらい、それを皆に知らせていたので大きな国になっていった。
あるとき突然ヤマトが攻めてきたが、争う事無く、ヤマトにあるイシカミの信貴山(のイシカミ)にどうすればいいか聞きに行った。
そこへプレアデナイ(仏教系)からチャネリングを受けていた聖徳太子が攻めて行ったので、星述べの者と物部の守屋は、イカルガ(旧綾部)へ逃げ帰ろうとする。
逃げる時には大和川を下リ船で神戸に向かい、神戸からは敵の服装の僧の姿で逃げた。
その事を神(イシカミ)に知られたくないので、“神の戸を閉じた”と言っておいた。
イシカミの(分身の)春日富士で物部の守屋は殺され、遺体は私市円山古墳に運ばれ、星述べの者は君山の麓のホシノミナジンジャで亡くなり、 私市円山古墳に一緒に葬られたが、仏教の支配が強くなり次第に忘れ去られて行った。

(要するにこの時点で、より強力に人間を支配していたプレアデナイが勝ち、人間のために食べ物を与えていたいて座のイシカミが封印されてしまったと言う事です)

私市丸山古墳
綾部市にある円山の古墳。
京都府一の大きな古墳ですが、近年高速道路の工事で見つけられるまで古墳という事は知られていなく、完全に隠され封印されていました。
円山の周りは丸い小石が敷き詰められ、石を大切にしていた事がわかります。
頂上には大人と子供のお墓があり、知らされた情報と一致しています。
周りの土器の真中に穴が開いているのは、将来このお墓の下に道路が通る事をチャネリングで知らされ、それをあらわしていると知らされました。
物部守屋と星延べの白い木の子孫のお墓だそうです。
大人と子供のお墓で1500年前。
小石が敷き詰められた円山は、巨人の遺体です。
イチゴという名前【イシカミのチカイのゴロク】からつけられ、円山に小石をイチゴの種にみたてた形を真似て作られたと伝えられました。
2004年5月11日のお知らせ参照。)
大仏=ブッダの頭もこれをあらわしている。

いて座の女王です。
山になったイシカミが人間のために食べ物を作りだしたことを話します。
イシカミから人間は食べ物がないと生きられないと言う事を知らされました。
それはイシカミ達の子供(巨人)の体験からでした。
イシカミの子供の巨人はお汁だけで生きていましたが、イシカミが亡くなるとお汁もなくなり、 巨人も死んでいきました。
それで人間は食べ物が必要と思ったのです。
巨人から、次に今の人間の形に作りました。
人間の形の巨人が、ヤハウエーとトヨウケでした。
ヤハウエーは岩のドームの所へ行ってしまいましたが、トヨウケは小さな人間のために食べ物を考えました
私(いて座の女王)も他のイシカミ達に、人間が食べる食べ物を作るように伝えました。
それぞれのイシカミたちは、いろいろと創造したものをソラのモノ達に伝えました。
それでソラのモノは原子たちに伝えられたものになって欲しいと指示をしました。
それで原子たちは地球に降りて形をあらわしたのです」

ソラ・シリーズ発売中!(石と宇宙(ソラ)のお話さんより)
・『地震と雲』(目次
地震の前にあらわれる変わった形の雲を、280枚の写真で紹介します。この本は地震の予知を目的に作ったのではありません。なぜ地震が起きるかという、これまでにない情報をお知らせするために作りました。
・『ソラの人間誕生記』(目次
宇宙の成り立ちについての説明や、人類発生の理由とその過程について、それらが有史以前の遺跡や製作者の分からない多くの石像と関係していることを解き明かします。
・『ソラからの真実の歴史』(目次
ソラのものやイシカミたち、過去人間だった意識が語る宇宙、地球、世界、日本の隠された真実の歴史です。宇宙や地球の成り立ち、イシカミについて、ヤマタイコク、出雲と倭の国、ヤマト、太平洋戦争までの隠された真実について解き明かします。

『地震と雲』に載せられなかった写真や、2007年1月以降の地震雲の写真をまとめています。
Earthquake Cloud:地震雲写真集:ソラと地球からのメッセージ
「雲はどこで地震があるかということより、何をしらせようとしているのかと思うことが大切です」(HPより)
アト君とちきゅう君
アト君とお花
地震雲画像

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以上、ソラからの伝言より。