「ただ1つしかないモノには、本物も偽物もない。
例えば、『本当の地球』を探しに旅に出ますなんて言ったなら、SFの読みすぎで気でも狂ったのかと思われる。
地球はかけがえのないたった1つの物だと誰もが認識している。だから、『本当の地球』なんて言い出したら『気が狂った』と思われる。
絶対に唯一無二のモノには本当も偽物もない。
それ1つしかないモノに本物も偽物もないのだ。
だが、『自分』が、唯一無二な自信はない。
自分が良く分からないから、もしかしたら他に自分がいたとしても不思議はないかもしれないなんて弱気になったところをつけ込まれて『本当の自分』も有りかもしれないと思い込んでいるだけだ。
安心しろ、今の自分以外の自分なんてあり得ないから。
地球が1つなのと同じぐらいに自分は1つだ。
ガッチャマン的に言うと、地球は割れたら2つだが、自分は2つに割ったら死ぬ!」
「例えば、どっかに俺の話を『うんうん』と素直に聞いてくれて、復讐にも喜んで参加してくれ、美人で可愛く頭も良い、出来ればソッチが本物であってくれたらなとさえ思えるような素晴らしい『木村みのり』の名を語る『偽物の木村みのり』がいたとする」
「つまんない当てつけはやめなよ!」
「あんたは、そいつを『偽物の自分』だと認めるかね?」
「そんな自分とぜんぜん違うやつなんか自分じゃない。私の名前を語っているだけの『他人』で、『自分』なんかじゃぜんぜんない!」
「当然だ。
自分の名前を語る人間がいても、そいつは自分の名前を語る全く赤の『他人』だ。『自分』なんかじゃない。ただの『偽の木村みのり』で、『偽の自分』ではない。
では、『偽の自分』は存在するだろうか?」
「私の名前を語って悪事をはたらく者がいても、そいつは『自分』ではない。あくまで私の名前を語る『他人』だと思う」
「そもそも、自分以外の自分なんか存在しない。
いま生きて感じている『自分』以外に『自分』なんてあるはずない。
『自分』とは、自分を他人と違う自分だと感じる『人格』であるはずだ。そうでないなら、例えば、もし『自分』が双子の片割れだとしたら、自分に瓜二つの一卵性双生児の片割れはどちらも『自分』となるかもしれない。だが、そんなことはない」
「自分はひとつしかないからね」
「ひとつしかないものに本物も偽物もない。それしかないんだから」
「うん」
「何かを『偽』としないかぎり、『本当の自分』なんてあり得ない。
では、何を偽とする?
自分なんかひとつしかないのに。
今の自分が『偽』だとでも言うのか?
今の自分こそたったひとつしかない『本当の自分』のはずだ。
今の、その、みっともない見苦しい『自分』以外に、『自分』なんてどこにもない。今の自分が、いくらかっこ悪く思えても、それこそ、それだけが『自分』なのだ。
悔しかったら、まず自分以外に自分が存在する事を証明しろ!
できなきゃ『本当の自分』なんていくら探しても無意味だ!
いまソコにいる自分以外にドコを探したって自分なんて居るはずもない、居たら幻だ!
本当の自分なんかドコにもいない」
うーん。
「冷やし中華おそいね」
「あんたの頭の中にゃ冷やし中華しかねぇのか?
なら、あんたを仮に『蕎麦屋』の店主だという事にしよう。
俺はそば屋の客だ。」
死神は左手をあげ、のれんをかきわける真似をしながら、右手を水平に滑らせ扉を開けるフリをしながら、口で「ガラララッ」と言いながら、店内に入ってきた。
うーんと? 私はどうすりゃいいのだろう。
「『へい、らっしゃい!』だろ」
そう、私はおそば屋さんだったのだ。
「へい、らっしゃい!
ご注文は?」
私はおしぼりとお茶を出すフリをしながら死神に尋ねる。
「うむ、悪いが『もり』をひとつ」
「へい。もり一丁」
厨房に入ったフリして、左手を上下に動かしながらリズミカルに「トントントン」と言ってたら死神が聞いてきた。
「店主、何を切っている?」
「へい、薬味を刻んでおります!」
「ふむ、で、蕎麦は?」
「いま煮てます」
「ふーむ」
蕎麦が煮えたようなので、鍋からあげて冷水で冷やしてザルに盛るフリをしてから、死神の前にザルを差し出した。
「お待たせしました!」
死神は口で「バチン」と言いながら、無い割り箸を割り、架空の蕎麦をそば汁につけ一口「ズズッ」とすする。
「まずい。こんなのは本当の蕎麦じゃない!」
いきなり一口めで自慢の蕎麦をけなされて頭に血がのぼる。
「お客さん、それじゃまるでウチの蕎麦が偽モンだとでも!」
「てなよーに、本物と偽物は常にセットなのだ。
誰だって『本物じゃない』と言われたなら、偽物だと侮辱されたと怒り出すだろう。本物のウラには常に偽物がある。偽物がなけりゃ本物もない。
ホントとニセは一対でグループを成す。
偽が存在し得ないモノに対して、本当を語るのは『ルール違反』である可能性がある。『真の』『本当の』『本物の』などという言い回しの裏には必ず『偽』が存在するはずだ。それが『ルール』だと思う」
「すると、『本当の自分』と言うには、偽の自分の存在がないかぎりダメってこと?」
「だと、俺は思うよ」