有作未庵  烏兎怱怱 有作憂さ話 

有作(うさ)=煩悩の生ずること。
憂さ話=つらさや苦しさを語ってなぐさめ合うこと。
月日の経つのは早いですね。

体調悪し

2014年01月23日 21時21分28秒 | モブログ
先週、病院の帰りに寄り道をした。

したくてしたわけじゃない。
弟の事で下調べをしといた方が良いんじゃないかと、かなりな遠回り。

病院で思ってたより時間がかかってしまい、急いで移動。

初めての土地で、地図を少し読み違えて時間をさらにロス。

アップダウンの激しいコースを取ってしまい、壊れた自転車を漕ぐ足が怠いし、ゼエゼエ言って口がカラカラになった。

舌の真ん中あたりがパリパリになってしまい、まだ回復しない。

足が怠いのを我慢して子ども達の病院に行ったら、帰りには向こう脛から足首が酷く痛んだ。

1日寝て過ごしたけど痛みが引かず、長男に指圧してみて貰った。
痛い!でも微妙に痛気持ち良いかも?
右足の脛の骨の横を押して貰ったんだけど、何だかスッキリしたかも。
疲労物質が溜まってたのか?

うとうとしてたら夢にも足の痛みが出てきた。

左足も指圧して貰う。が、右足ほどはスッキリしない。
でもかなり楽になった。

でも立つと足元がおぼつかない。

もう1日休んで、やっと外に出た。

自転車が重い。
こりゃもう、買い替えるしかないよな。
もうちょっと使えると思ったんだけどなあ。

私の身体はもう少しメンテナンスして使わねば。替えられないパーツだらけだもんね。

不安?

2014年01月22日 04時09分38秒 | モブログ
子ども達の初めての眼底検査。

遺伝カウンセラーの説明では、眼底検査をすれば現状で病変を確認できるし、変化が認められなければ当面は心配無いし、もっと詳しく調べれば、発症してなくても病気が発見できるし、それで問題無しなら、ほぼ一生大丈夫だとの事だった。

病気の名は網膜色素変性症。
今のところ治療法の無い難病だ。

元旦那の話では、その詳しい検査というのが、物凄くしんどいって事だった。
彼の主治医は、小さな子どもには受け難い検査かもしれないので、発症が疑わしいわけでは無いなら、検査の必要は無いだろうと言った。
成長して、将来を考えたり、運転免許を取りたいと思った時にでも、考えれば良いだろうという事に落ち着いた。

今回、遺伝カウンセリングを受けた事で、もしも病気を持っているのなら、早く判ればそれだけ早く対策を、考えられるだろうと、眼科に診察予約を入れて貰えた。
それも、とっくに年齢制限を越えた長男も。
ま、それは遺伝の調査にもなるって事だろう。

元旦那の嫌がっていた検査は彼の説明によると、電極を付けたコンタクトを着けるのだと聞いていた。

遺伝カウンセラーに言わせれば、そんなにしんどい検査ではないらしく、彼女は軽く鼻で笑うような感じだった。
でも、確かに検査の時に騒ぐ人もいる、と。
それ、私がきっとそうだわ。
先ずコンタクトが怖いもん。
眼圧測定の、風を当てるのも青いわっかのライトみたいなので直に計るのも、すんごい苦手だもん。

子ども達の意見を訊いたら、長男ははっきりさせたいとほとんど即答。次男はどんな検査なのか実際の所が分からないので、決められないよう。

診察当日、目的がはっきりしていたからか、問診の前に視力検査の後、眼底検査が組まれていた。

瞳孔を開く点眼の後はピントを合わせられなくなるから本も読めないしゲームもできないから、薬がきちんと効くまでの30分で既にひまをもて余す2人。
そもそも視力検査までに病院に着いてから2時間くらい掛かって、もうぐだぐだだった。

やっとドクターに会った時には次男は電池切れで、診察が済んだら即、寝てしまった。眼科の診察は明かりを落とすから眠けを誘ったかな?

そして、次男の眼底は綺麗で当分大丈夫だし、別段定期的な検査も必要無いという結果だった。
普段少し暗い所が見えにくいっぽい事を言うけど、病変は無いそうなので、苦手意識のせいかもしれない。

そして、そして、長男。
少し怪しい部分が有る事が判った。
それがすぐ、網膜色素変性症の病変だとは言えないそうで、確定するにはさらに検査が必要となった。

長男は幼稚園児の頃に夏場の陽射しを凄く眩しがってた時期があったので、当時随分心配したのだけど、小学校に上がった頃にはおさまってた。
ドクターによると、それは小さい子に割りと起きやすい事で、病気との関連はあまり考えられないそうな。

それよりは、最近の疲れた時やプレッシャーがキツい時の目の霞みの事が引っ掛かってたようだ。でも、しんどい時は病院に行くのがしんどいって家で寝てたので、何の検査もしてない。データの無い事はなんとも言えない。

で、長男だけ次の検査の予約を入れて終了。

次は視野検査。

これ、元旦那は開業医のとこで後から考えたら酷くいい加減な検査をされてて、診断がメチャクチャ甘くなったんだよね。
思い起こせばその時点で病気はかなり進行してたっぽい。
そこのドクターは自分とこの検査係がテキトーな仕事しかしてないなんて思ってないのは仕方ないにしても、病気の説明も簡単なもので、生まれつきだから直せないって事で診察は終わったらしい。

のちに他の開業医からうちでは診れないからと大きな専門病院を紹介された時にはもう重度障害レベルだって事で、先の病院に説明を聞きに行ったら、ドクターは難病だって説明したって言ってたけど、そんなに急に進行するとは考えられないって事だった。(でも、事実、既に視野の殆どが欠損していたわけで、それはつまり検査の仕方が悪いんだってドクターは言わなかった。後からでもちゃんと検査係を指導して、気付くのが遅れる患者が出てないといいんだけど…。)

子ども達の主治医になったドクターにその話をしたら、検査技師の力量みたいなのは、病院の外からは分からないからねえと苦笑い。
そうですよねえ。
子ども達に検査の目的を伝えて出来るだけ正確な結果を出せるよう、真面目にやるように言い聞かせるしかないな。

とりあえず、次回はお堅い長男のみの検査なので、うっかり目を動かさない限り大丈夫かな?

帰りに貰った予約表の記載によると、電極コンタクトの検査は網膜電位図ってやつらしい。
ドクターの説明では結構チカチカするらしい。なので、光に過敏だと確かにしんどいかもしれないと。
なんでもものの感じ方って、人によるもんね。あのカウンセラーはそこんとこの配慮が足りない気がするな。

医療従事者って、患者に寄り添うべきだよね。言いなりになるわけじゃないけど。

とっつきにくいのも、ヘラヘラしてるのも嫌だし、素人相手に無駄に専門家風を吹かせるのもどうかと思う。かと言ってオドオドされると困るし、腹が立つ事もある。ガミガミ言われると凹むし、笑われるのはホントにムカつく。

こお一連の流れでは、もにょっちゃうのは遺伝カウンセラーだけかな。

小児科のドクターにしても、眼科のドクターだって、何か施術してもらうわけじゃないから、現時点で困る事は起こってないし。

後は長男の目がなんともないのを祈るばかり。
本人も不安だろう。そうは見えないけど。(このへん、自閉症だからかいつもと変わらず飄々としてる。)

検査はひと月先なので、しばらくソワソワしちゃいそうだ。

これも遺伝?

2014年01月18日 04時18分37秒 | モブログ
長男が嬉しそうに笑う。

照れたような、はにかむような笑顔。と言えば聞こえが良いけど、一世を風靡したハニカミ王子とかの爽やかそうな素敵な笑顔とかではない。むしろ面白い顔になる。

面白いと言っても、馬鹿にしてるわけではなく、親馬鹿全開で可愛いのである。

可愛いんではあるが、その表情を特別意識するようになったのは妹の指摘からだった。
それもうちの長男のではなく、妹の次男くんの、だ。

妹の次男くんは、照れると鼻の下が伸びる。
嬉しそうにモジモジ笑う口のあたりがモニョっとなって、鼻の下がにょーんと伸びる。
それはもう、実におもろ可愛い。

しばらくして、その表情に心当たりが有るのに気が付いた。
でも何か見た事有るぞ?どこでだっけ?というような漠然とした疑問のような物だったと思う。

それがその心当たりにある日出くわした。
長男だ。
!同じ表情じゃん!

顔が似ているわけじゃない。その照れ笑いの鼻の下が伸びるのがそっくり。

そういえば、小さい頃は度々鼻の下が伸びてたかも。
チビッコのうちって、ささいな事を褒められたり、ちょっとした物を貰ったり、わーい!と喜ぶのではない嬉しさに溢れてたんじゃないかな?

でもだんだんそのくらいでは喜ばないよってな風になってくる。
もちろん嬉しくないわけじゃないけど、表情に出す程でもないと言うかなんと言うか、それも成長の表れかな?って変化。

だから自然と遠退いていた表情だったかも。

いとこ同士で面白いとこが似てるなあ。

ちょっとした表情が似てると言えば、ふとした時の口の端の動きが、私は父に似ている。
これは私の自己嫌悪の1つだ。
癖ともまた違う、勝手な筋肉の動きで、ひょいっと現れるので止めようがない。
ヒクッとなって一瞬で超絶にブルーな気分になる。顔には出さないけど。

こういうのって、何が制御してるんだろう?
考えてやってるんじゃないんだけどなあ。
表情って生まれてから体得していくものだけど、それとは違うと思うんだよな。
じゃあ情報が遺伝子に書き込まれてんのかな?造形や性格が似るみたいに。

私の口の端のそれは無くしてしまいたいけど、うちの長男と妹の次男くんのそれは無くならないで欲しい。
面白いし、本当に嬉しいんだって分かるから、あの鼻の下を見ると、こちらも嬉しくなるんだよね。
また見たいな、あの顔。

そしていつか、次世代の鼻の下にょーんに出会って笑えたら楽しいな。

しんみり

2014年01月14日 03時56分42秒 | モブログ
妹と電話してて“もしもの時の準備”の話になった。

終活ってやつです。

母も生前、婚家の墓に入りたくないって言ってたけど、妹もそう思っているそうな。

私もそう思う。
ま、離婚したからもう関係無いし、結婚してた時を考えても現実的な話じゃなかったけど。
(あちらはQ州の出でらっしゃるので、そちらにお墓がある。でも、長男であるお父さんが大阪に出て色々ヤヤコシイ事になってた。お母さんは「お父さんは教会の納骨堂に入れるけど、私は信者になってないからお墓のマンションみたいな所でよか」とかなんとか言ってた。そんな事は自分の子に言えよ~と思ったもんだ。)

母は瀬戸内に散骨がいいと言ってた。
本気なら手続きが必要だ。
結局、自分の死んだ後の事なんかどうでもいいわと投げたので、散骨は無しになった。

昔、霊能者みたいな人に分骨は駄目だと言われたけど、そもそも現代は全部のお骨を拾うなんて事は普通無い。
墓に納めるのはごく一部だ。

なら、エンディングノートに書き記された事を汲み取って、分骨しようと思った。
母の実家の墓を守っている叔父も受け入れてくれた。
母が母とも姉とも慕った人の共同墓地を有するお寺も受け入れてくれた。
母の霊がどこに眠っているのかは分からない。
もしかしたら私が分けてもらった小片にも少しは宿ってて、文句を言ってるかもしれない。

墓とか仏壇とか、罰当たりだろうけど、面倒だ。

単に祈るための目印なら、それぞれ工夫すればいい。
埋めなきゃいけない法律なんか無いよね?

旦那に私は墓も要らないし、葬式もせんでええわと言った。
彼はそんな訳にいかんといったけど、私が早死にしてたら、どうしたんだろ?

まあ葬式は残された人が気持ちに区切りをつけるのに役立つかもしれない。
だからその人達の気の済むようにすればいい。

そういうとこは私と妹の意見は一致している。

で、妹はエンディングノートを書いとかななーって思ってると。
やって欲しくない事、して欲しい事を書いとかないとと。

人間、いつ死ぬかなんて誰にも分からない。
人生80年の時代だけど、もっと早く逝く人もあれば、ずっと長生きする人もいる。

母は孫ができるまでは人生60年でいいと言ってた。
でも、10年延長する~と更新、さらにまだまだ~と希望したけど、叶わず72才で幕を引いた。

私は人生50年でええわ~と言ってたけど、子どもが手がかかるので、あと2年では間に合うとは思えないし、身の回りの整理にも時間が掛かりそうなので、母の享年を目標に変えた。

妹も40。母の年を考えれば折り返しはもう過ぎている。

年を取ると時間が加速したように感じる。

母の闘病の頃を思うと、死が目の前に迫ってくると、縁起でもないって気持ちが動かし難くなると思う。
だから元気なうちに決めておきたい事はちゃんと伝わるようにしとかないと。

妹が母が遺してくれた物は私にと言う。
7才も離れてるんだけど、順番通りに行くかどうかは神のみぞ知る、だわね。
ま、私もそれは同じように書く。

さ、その前にちょいと実家の野暮用に行きましょか。

年明け

2014年01月11日 03時17分58秒 | モブログ
色々雑用を持ち越してるけど、全然進めて無い。

除夜の鐘も初詣も、ま、いっか~とゴロゴロして行かず。

とにかく絶対必要と思える書類を取りに、仕事初めの市役所には行った。
仕事納めの日にも行ったのに、1つ貰い忘れてしまったのだ。

で、次男坊の通院。
冬休み中に済ませておきたかったんだけど、別の科に橋渡ししてもらったので、のびちゃった。

今月は橋渡ししてもらった科から更に他の科での診察に回して貰えたのと、元々の科からの転院先にもう一度より詳しく面談する事になってる。

神社の月参りに長男連れて出掛けたら、ちょうどえべっさんの宵宮で、ちょっと賑やかだった。
少しだけ長男を遊ばせた。
そこの神社のえべっさんは初めてだったんだけど、長男のお気に召して、良かった良かった。

帰宅したら、自宅前で次男と会った。お帰り~。

夕方には全員力尽きて爆睡。(笑)

今年はもう少し体力付けたいねえ。

私の今年の狙いは、インフルエンザの流行が終わったら、耳鼻科で鼻づまりを診て貰う事。
逆流性食道炎もそろそろちゃんと対策した方がいいかもなんだけど。
秋には子宮筋腫とポリープを四年ぶりにチェックしておきたい。

長男は就活が上手く行くと良いな。

次男は高校受験。

なんかちょっと節目だな。

何だかんだありそうな。

ま、成るようにしか成らんって。
開き直る。そういう気持ち的な努力をしてる。
でないと滅入っちゃう。(苦笑)

うろうろすると、その分、要り用ができちゃうから、初観音も初天神も行けないかなあ。
でも、次男にかこつけて天神さんは行きたいな。
いっそ天満に繰り出すか?
他の日はちまちま暮らして、その日は商店街を散策してみたい。体力無いから、全部は歩けないかもしれないけど。

とりあえず三連休は家で雑用をしつつ、大人しくしてよう。

初流星☆彡

2014年01月04日 07時01分59秒 | モブログ
新年最初の流星群、しぶんぎ座流星群です。

週間天気予報が降水確率50%だったので、期待してませんでした。

でも、夕焼けが見れたので、ちょっと期待が出てきました。

夜早い時間は、冬の夜空にしては霞んでる?って感じ。
ちゃんと星は見えてます。

日付が変わった頃、外に出てみると、雲が少し。
そろそろ放射点が東に登ってきた頃。

しぶんぎ座流星群は年によってばらつきがあるとか、昼間にピークだと、観測はかなり厳しいとか、どうかな~?どうする~?
次男と相談。

少しの間だけ夜空を見上げたものの、流星は見えず、一旦引き上げ。

長男を起こして午前3時半を過ぎた頃だったか、観測再開。


火星の下を横切った!

長男も1つ目撃!

次男も1つ目撃!

見上げるタイミングと方向がバラバラで、割りと続けて見れたので、これは期待できそう♪

という事で、腰を据えて夜空を眺める事に。

小一時間程で3人分合わせると20個は流れたね!当りだったね!と身体は冷えたけど、心はほくほく。

けっこうヒューンと流れてくれて、均一な細い線もあれば、強弱のあるものも、ピュンッと短いのもありました。

放射点をきちんと把握してなかったので、思ってたより上がって来てたらしく、ほとんどが東寄りの火星から、西寄りの木星までの真上から南方向に流れるのを見れました。

帰る途中、最後の1つは長男。

最短ルートで帰ろうとするのを、私が回り道で空を見ながらにしようと呼んだ時、こちらに振り向いた長男が
「あ!流れた!けっこう長かった!」
ですと。
ちぇーっ振り返るんじゃなかったわー。(笑)

防寒をもっとしっかりしてたら、もうしばらくは雲も空を覆うほどではなく、流れ星にたくさんお願いができたかも?

ギリギリ明るいのなら、まだ見えるかも?と夜明け前に出てみた時には、雲が途切れてるのは東のほんのり明るくなってきたあたりだけでした。

名残惜しいけど、観測終了です。

さ、一眠りしましょ。

慶春

2014年01月01日 02時11分12秒 | モブログ
二〇一四年 明けましておめでとうございます


新しい年が沢山の佳い事を運んで来てくれますように


今年もよろしくお願いします




年神様が来て下さったら、目が点、口あんぐりになりそうなドッ散らかりの我が家ですが、いつもの毎日って事は幸せだと思える程度には平和です。

紅白見ながら年越し蕎麦を食べ、こたつで寛ぐのはサイコー。

長いこと紅白は見てなかったけど、なんか今年は見ようって思った。
出演者もろくに把握してなかったけど、何故だかそう思った。

泉谷さんが出るって知ったりしたこともあって、録画しとこうか考えたんだけど、ハードウェアの空きが心もとなかったのでやめた。
でもやっぱ録画しとくんだったー!
泉谷さん、カッコヨカッタ!
2013年最後の反省。
反省だらけだけど。最後がそれ。(笑)

今年もちゃんと反省しつつ、もっと頑張らなきゃ。

新年早々、喧嘩してる子どもにうんざりするのも考えようでは暢気そのものかも。

いっぱい家族で笑いたいな。

午年は新しい事に挑戦するのに良い年なんだそうな。

ほんと、頑張らなきゃ!年女だしね。