“しなやかに、清々しく”

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犬とヒトの関係

2014-09-06 12:36:59 | Weblog

 朝日新聞9月6日朝刊の「be」、福原義春(資生堂名誉会長)の「道しるべを探して」に今週は、「犬とヒトの関係」との題で以下の記事が載っている。記録にとどめておくために全文を載せさせてもらいます。

犬とヒトの関係

 犬は、最も人間に寄り添って生きてきた動物だ。ペットとして犬を飼うようになるもっと前の先史時代の遺跡にも、人間と犬が一緒に埋葬されていた例があるようだ。

 我が家では、今は猫を飼っているが、その前は長い間犬を飼っていた。ある日、近くの商店に「子犬あげます」という張り紙があったので、隣町まで見に行った。

 すると、5~6匹のシバイヌの雑種の小犬が、母犬と一緒に私に向かってほえたてた。しかし、そのなかの一匹だけが私の目を見て足元に歩み寄ってきた。 私は彼女を譲り受け、ココ・シャネルの名前から「ココ」と名付けた。

 成犬になってからは、私が海外出張から帰ると、歯を見せて笑って出迎えるようになり、家族みんながその姿にほほ笑んだ。ココはかなり長生きしてくれたのだが、14,15歳で亡くなる数年前に、腹水がたまって息も絶え絶えになったことがあった。

 地面に浅く穴を掘り、埋まるように横たわって身動きしない。往診に来てくれた獣医さんにはもう手の施しようがないと言われてしまった。私は彼女の最期をみとろうと、30分ほど手を握っていた。

 すると彼女は少し目を開け、やがて立ち上がって歩き出した。手を握ることがどれほどの効果をもたらしたのかは分からないが、私は心が通じたと思ったし、他の動物とは体験したことのない特別な関わりの一つであった。私はココを癒やしたかもしれないが、同時に私自身がココに癒やされていると実感した。

 昨年5月、シカゴ大学や中国科学院などの研究者による興味深い論文が、「ネイチャー・コミュニケーションズ」紙に発表された。ヒトと犬の遺伝子を調べたところ、複数の遺伝子グループが何千年にもわたって並行して進化していたというのだ。それは住環境を共有してきたことによって起きた可能性が高いという。

 動物が環境の変化に対応して進化するのであれば、近い環境に生まれて死ぬヒトと犬の遺伝子が、何世代もの年月を経て、似たような曲線を描いて変容するというのは、それほど突拍子もない話ではない気がする。さらに先述の研究では、ヒトと犬は肥満や強迫神経症などの疾病に関する遺伝子の進化さえ共有しているという。 ヒトと犬は、それほど特別な関係なのだ。それなのに、従属的な愛玩犬とみなし、不自然な品種改良を施すのは、共存と進化の歴史からしても疑問が残る。

 東日本大震災の被災地では、NPOのセラピードッグチームが仮設住宅を訪れて入居者と犬が触れ合う活動をしているそうだ。私の体験からも、犬と心を通わせることで自分の心が癒されることはよく理解できる。

 犬はヒトに飼われる弱い存在ではない。友であり、家族であり、互いに癒やし合うかけがえのない存在なのだ。改めて、犬はずっと昔から我々の大切な隣人であると率直に思える。(資生堂名誉会長)

 

 愛犬ペガちゃんを亡くしてから、すでに10日ほど経つ。

 手を握り、おなかを擦ってペガちゃんを見送った時は、本当に泣いてしまった。心から「今まで一緒にいてくれ、ありがとうね」 と。

 ペガちゃんは、我が家へ来た時から、家族の一員として扱い、30キロを超える身体でしたが、檻に入れたことは一度もありませんでした。4年ほど前にリンパ腫癌を発病、病院に連れて行き、先生に預けた時のこと。先生は、檻に入れて点滴をしようと試みたようだが、「檻に入らないので、すぐに引き取りに来てもらいたい」 と言われてしまい、病院に駆けつけたという記憶があります。

 自分の居場所は、ソファーの上と決め、いつもその場所で休んでいました。

 

 私が会社に出かけるときとペガちゃんと遊びに出かけるときとでは、洋服の色又は容姿で判断しているようで、会社に出かけるときは、玄関の上でおとなしく見送ってくれました。自分が散歩に出かけるときは、私が土間に下りるより先に自分で土間に下りて、尻尾を振っていました。また、黒い大型のバックやリックを持てば、車で出かけるものと判断し、家の中をはしゃぎまわっていました。そして、車庫の前に行けば、シャッターが上がるまでその場所を動きませんでした。 私が家に帰ってドアを開けると、もう、1階から上がってくる足音を捉えているのでしょうか、すでにドアのそばに来ていて、笑顔で尻尾を振って迎えてくれました。 そのときいつも「ただいま。ペガちゃん、ありがとう」と。

 一方、私がPCをたたいているとそのそばに来て寝そべり、“身体を撫でてくれ” の仕草をするので、いつも櫛をもってしばらく相手をしていました。 

 福原先生が言われますように、ペガちゃんは、友であり、家族であり、互いに癒やし合うかけがえのない存在でした。

 数年前に、近くにある区の施設に「お年寄りが集まっているから、癒しのために連れて行こうか」 と家内と話したことがあります。毎週お風呂でシャンプーしていましたが、やはり「洋服を着せないとダメでしょう」 となり、取りやめましたが。

平成23年7月 自宅にて。

ペガちゃんの兄弟犬を亡くして、娘さん(当時東京で一人暮らしをしていた)は落ち込んでいたようだ。心配した新潟○○市在住の母親が娘さんを連れてペガちゃんの見舞いと合わせて会いに来た。 ペガちゃんは、当時リンパ腫腫瘍の治療をしていたが、とても温かく迎え、応対していました。

 思い出は尽きない。

 亡くなってから 「大変おとなしくて、子供にいつも気持良く接してくれました。ありがとう」と言って、お線香をあげに来て下さった方が数家族あります。

 今朝、新聞でこの記事を読んで、「ほんとに言っている通りだね」 「もう、家族の一員だったよね」 「今まで二匹ほど犬を飼ったが、このペガちゃんのように近所の人がお線香をあげに来て下さったのは初めてだね」 と家内と会話。

 単なる愛玩犬として扱っていなかったからのように思います。

 ペガちゃんは、かけがえのない家族の一員であり、友でした。

 改めて「ペガちゃん、ありがとう」。

 

 

 

 

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