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「 九州 ・ 沖縄 ぐるっと探訪 」

九州・沖縄・山口を中心としたグスク(城)、灯台、石橋、文化財および近代土木遺産をめぐる。

小国町宮原・ 「 佐藤理容館 」 界隈

2012-05-12 20:46:12 | 探訪 ・ ドライブ


国道442号線 ( 小国町宮原 )









佐藤理容館の前にある黒豚屋









笹原家の横にある 「 佐藤理容館 」





佐藤理容館のご主人は、かつて熊本市尾ノ上にあるシガキさんのところで修行をしていた。
そのころ一緒に競馬に行ったり、鍋をしたりした仲である。
彼とは約20年振りの偶然の再会であった。
故郷の小国に帰ったとは聞いていたが、
こうして出会うとは偶然のなにものでもなかった。
ボクが笹原家や鏡ヶ池に立ち寄らなければ、おそらく彼と会うこともなかっただろう。

この後、彼の運転する車で石橋をめぐり、鍋ヶ滝まで連れて行ってもらった。
肥後銀行の駐車場で 「 また会おう! 」 と言って別れたが、
この次に合うときは、温泉でも入ってゆっくりと語り明かしたいものである。






熊本県天草市 「 牛深港鶴崎二号防波堤南灯台 」

2012-05-12 09:19:25 | 熊本の灯台



牛深港黒島防波堤灯台(赤灯台)よりも奥にある白灯台








下須島烏帽子展望所からの遠望








見る場所によっては、牛深港鶴崎二号防波堤南灯台と重なって見える






牛深港鶴崎二号防波堤南灯台は、
牛深の後浜の沖にある一文字の防波堤の南端に立つ灯台である。
港から見ると手前の牛深港黒島防波堤灯台と重なって見えるが、
こちらの方が200mほど沖にある。

灯台の初点が平成7年11月14日と、割合新しい灯台である。
灯台の頂部までの高さが10.68mで、
平均水面から灯火までの高さは15.12mとなっている。
現用レンズは300を使用し、電球はD-1 を使用している。
灯質は群閃緑光で毎6秒に2閃光の割合で照らしている。

( 熊本県天草市牛深 )







熊本県小国町  ・  小松女院の 「 鏡ヶ池 」

2012-05-12 08:44:54 |  滝 ・ 名所 ・ 神社仏閣


小松女院の 「 鏡ヶ池 」









国道442号線沿いにある鏡ヶ池入り口の路標















小松女院の 「 鏡ヶ池 」





笹原家の庭と二つの文学碑がある隣の路地を100mほど奥に入って行くと
突き当たりに小松女院の 「 鏡ヶ池 」 がある。



 『 鏡ヶ池の伝説 』 



都が奈良から京都へ移った平安時代の中期。
紫式部の 「 源氏物語 」 や清少納言の 「 枕草子 」 の書かれた時代に、
醍醐天皇の孫娘の小松女院は、
美男で横笛の妙手といわれた清少納言の兄、清原正高に密かに心を寄せていた。
いつしか二人は心を通わせるようになるが、
帝の怒りを受けることとなり、二人は引き離され、
正高は豊後の国 ( 大分県 ) 、小松女院は因幡の国 ( 鳥取県 ) へと、
都から遠く離れた場所に飛ばされた。

月日は過ぎ、正高を恋い慕う小松女院は、
とうとう豊後の国へと正高を探しに出かける決断をし、
侍女十一人を従えて因幡を発し、はるばる山陰海路を越え豊後に上陸する。
流浪漂泊の末、久住から小国の地におりたった一行は、
祠の下から清い水が湧いているこの池の近くの民家に宿をとった。

小松女院は、正高に恋い慕う己の姿を映し出す鏡を身代わりとして神仏に捧げ、
鏡をこの池に投げ入れた。
切なる女院の心を察した侍女十一人も各々鏡を池に投じて
再会ができるよう祈った。
それから、村人たちはこの池を 「 鏡ヶ池 」 と呼ぶようになったという。

その後、女院たちは山を越えた玖珠の地で正高に妻のあることを知り、
成し遂げられぬ悲恋の情にたえず、三日月の滝に身を投じて果ててしまった。


肌身離さぬ鏡は女の宝、それを惜しげもなく池に投じて
恋人にめぐり合うことを祈った女院と、女院を思う侍女の美しき心を
鏡ヶ池の伝説として伝えたいものである。