「 九州 ・ 沖縄 ぐるっと探訪 」

九州・沖縄・山口を中心としたグスク(城)、灯台、石橋、、文化財および近代土木遺産をめぐる。

横綱稀勢の里 お疲れさま。

2019-01-16 21:01:10 | 相撲

















初日から3連敗していた横綱稀勢の里が引退した。
19年ぶりの日本人横綱だったので、
その横綱にかける国民の期待は大きかったと思う。

苦しかったと思うが、
その苦しみは横綱になった者でしか味わえないものだから、
自分自身に誇りをもって生きて行ってもらいたい。

多くの相撲ファンに夢を持たせてくれた稀勢の里、お疲れさまでした。


福岡県田川市 ・ 炭坑節まつりで綿菓子を作る元貴乃花親方 

2018-11-03 13:41:19 | 相撲







































福岡県田川市で毎年 「 炭坑節まつり 」 が行われる。
先代の貴乃花時代からの付き合いがある 「 貴ノ花茶屋 」 。
そのご縁で九州場所では部屋を構え、
この田川の地で弟子たちを育ててきた。

炭坑節の発祥の地とも言われる炭坑節まつりでは、
毎年、貴乃花部屋の力士たちも輪になって炭坑節を踊っていた。

残念ながら親方を辞めた元貴乃花親方だが、
今年もこうして田川地域のためにわざわざ遠いところから駆けつけ、
お世話になった恩返しにと、自らが綿菓子を作り手渡しで販売に貢献し、
衰退していく炭坑町の活性化に一役も二役もかってくれている。

できれば来年も再来年も来てくれることを願っている。


貴乃花親方 「 問題提起の電撃引退 」

2018-09-25 18:41:59 | 相撲



福岡県田川市にある 「 ちゃんこ貴ノ花 」







大相撲の貴乃花親方(元横綱)が25日、
都内で、日本相撲協会に退職届を提出したと発表したことについての会見を開いた。
退職届を、年寄からの引退届と位置づけた上で、
今年3月に内閣府に提出した告発状が、
事実無根だったと認めるよう協会側から言われていたことが理由だったとした。

貴乃花親方によると、その後協会側から、
事実無根であることを認めないと
 「 親方を廃業せざるをえないという
有形無形の要請 」 を受けていたという。
協会の理事会では、
すべての親方は一門のいずれかに
所属しなければならない旨の取り決めがなされたが、
貴乃花親方の場合は 「 私は一門に入る条件として、
事実無根なことに基づいて出されたものとして
認めるよう言われておりました 」 と告白した。

この点が貴乃花親方には我慢できなかった。
 「 真実を曲げて、
告発は事実無根と認めることは私にはできません 」 とし、
 「 このままでは私はどの一門にも属することはできません。
このままでは相撲を続けることができなくなり、
弟子たちは安心して鍛錬、精進することができません 」 という現状を憂慮。
 「 断腸の思いではございますが、
貴乃花部屋の所属しております力士、床山、世話人は継承者である
千賀ノ浦部屋 ( 元小結隆三杉の千賀ノ浦親方が師匠 ) に
所属先を変更させていただき、
私、貴乃花は年寄を引退させていただく結論に至った次第です 」 と、
経緯を説明した。



鹿児島県徳之島  「 第46代 横綱 朝潮太郎の銅像 」

2018-04-04 14:24:12 | 相撲



故郷の徳之島町井之川に建つ 「 朝潮太郎の銅像 」









朝潮太郎の銅像がある井之川グスク












朝潮 太郎 ( あさしお たろう、
1929年(昭和4年)11月13日 - 1988年(昭和63年)10月23日 ) は、
本名・米川 文敏、鹿児島県徳之島出身(出生地は兵庫県武庫郡、現在の神戸市)で、
高砂部屋に所属していた大相撲第46代横綱。
現役時代の体格は身長189cm、体重145kg。
得意技は左四つ、寄り。

1948年(昭和23年)10月場所、本名の米川で初土俵。
当時奄美は米軍の占領下にあったので兵庫県の親戚、
大沢徳城を頼って貨物船に忍び込み密航、
奄美が返還されるまで兵庫県(神戸)出身と番付に書かれていた。
力士となってから故郷奄美の返還運動にも参加し、
奄美返還後は鹿児島県出身と書かれた。
濃い胸毛と太い眉毛で人気を博し、
当時は "一に朝潮、 二に長嶋、 三に三島由紀夫" と、
胸毛の濃い著名人を謳うフレーズが聞かれた。
東宝映画『日本誕生』に手力男命の役で出演したり、
週刊少年マガジン創刊号の表紙も飾った。
大阪場所で強く、「大阪太郎」と呼ばれた横綱だった。
優勝は5回あるがそのうち4回が大阪(あと1回は九州)、
横綱昇進を決めたのも大阪だった。



栃ノ心 優勝おめでとう!

2018-01-27 17:41:45 | 相撲











































ずっと応援して来た栃ノ心が優勝した。

今日、栃ノ心が松鳳山に勝って幕内13勝で1敗で最高優勝を飾った。
入門から12年、新入幕から58場所目の優勝だった。

栃ノ心は一番好きな力士で、サインを貰いに行った時に、
横綱や大関ではなく、平幕だった栃ノ心から、
「 ほんとにオレでいいの? 」 って、言われたことがある。
「 ハイ!お願いします! 」 と、色紙を差し出した。

一時は怪我で十両まで陥落したが、それでも幕内に上がって来て
こうして優勝してくれた。
本当に良かった。



今年のニュース  「 日馬富士暴行事件で引退 」

2017-12-30 18:02:45 | 相撲
















依然として揉めている角界だが、
九州場所の途中で暴行問題が発覚し、
突然の引退は不完全燃焼となったことだろう。

安馬から日馬富士になったころは
スピードのある素早い攻めが魅力的だった。

そして、横綱に昇進してから
「 全身全霊 」 という口上の言葉の如く、
制限時間いっぱいの塩では物凄いオーラが出ていた。
そのオーラを身にまとった横綱だった。


稀勢の里 寛 「 横綱という意識が優勝をさせた我慢の勝利 」

2017-03-26 18:44:08 | 相撲



新横綱として賜杯を受ける








国歌斉唱では、感極まって涙ぐむ





一昨日の日馬富士戦で痛めた左肩。
土俵に落ちた後、その光景に誰もが休場を予測した。
だが、そんな怪我を押して昨日も土俵に上がった。
そのことすら奇跡というか、無茶だと思った。
「 勝って欲しいが、これ以上悪化させて欲しくない。 」 と・・・

昨日の鶴竜戦を見ても 「 勝ち負けには程遠い 」 と思っていたが、
なんと、今日の照ノ富士との本割りで勝ち、
さらに優勝決定戦でも勝ってみせた。

その瞬間、膝を痛めても武蔵丸に勝って優勝した貴乃花の相撲を思い出した。
あの時と同じくらい感動した。

今日の稀勢の里の優勝は横綱という強い意識が後押ししたと思う。
そして誰もが予測しなかった優勝は、多くの人を感動させたに違いない。
それは今の時代ちょっとしたことでも ” 痛い痒い ” を言う若者と違い、
我慢すること、耐えることを信条とした昭和を思わせる稀勢の里の美学だと思う。

苦しい勝負を乗り切った優勝本当におめでとう!



稀勢の里 「 横綱昇進おめでとう! 」

2017-01-25 16:48:29 | 相撲














大学や実業団で活躍した力士が多いなか、
中学校を卒業して角界入りした稀勢の里。
15歳で入門して力士として生きる道を選んだ者としての意地もあっただろう。
そんな ” 叩き上げ ” だからこそ、頑張って欲しいと思っていたし、
優勝して欲しいと思っていた。

横綱になれば、 ” 勝って当たり前 ” の横綱相撲が求められる。
今以上さらなる精進努力をして、誰もが誇れる横綱になってもらいたい。

大関時代は自分よりも格下にコロコロと負ける弱さを見せたが、
横綱になったらそういう訳にはいかない。
そのことを肝に銘じて 『 相撲道 』 に取り組んでもらいたい。
第72代横綱 稀勢の里


稀勢の里 「 念願の優勝おめでとう! 」

2017-01-21 18:18:52 | 相撲



初優勝を成し遂げた稀勢の里








貴ノ岩が白鵬を破った瞬間に座布団が乱れ飛んだ








白鵬を破った貴ノ岩の勝ち名乗り







優勝インタビューで右の頬を涙がつたった







腰高と言われた稀勢の里は、ただひたすらにすり足を繰り返す





 「 長い冬のあとに・・・ 」  稀勢の里 寛 



  長い冬のあとに
  雪解けがあるように
  優勝の呪縛が解けていった

  日本人力士で
  一番 優勝に近く
  そして横綱に近い
  そう言われ続けて5年以上
  その間に
  琴奨菊が優勝し
  豪栄道も優勝して抜いていった

  悔しい思いもしただろう
  焦りもあっただろう
  だけど寒い冬を耐えたからこそ
  春の喜びも大きい

  いっぱい いっぱい耐えた
  牛久の萩原 寛が 
  故郷に錦を飾る




平成29年初場所14日目より


今までずっと応援してきたから、
優勝が決まった瞬間に涙が出た。
本当に良かった。おめでとう稀勢の里

鹿児島県奄美市 ・ 里山と大奄美の出身校 「 赤木名中学校 」

2017-01-14 01:07:20 | 相撲



赤木名グスクの前にある里山や大奄美の出身の赤木名中学校















校舎の裏にある 「 秋葉神社 」





奄美大島の北部にある笠利町赤木名。
この赤木名中学校の裏山には赤木名グスクがあり、
何度か訪れた場所である。
丁度、昼休みの掃除の時間に
奄美の民謡 「 朝花節 」 が流れていたのが、
すごく印象に残っている。

その赤木名中学校出身の力士が里山と大奄美である。
どちらも昨日の時点で5勝1敗と今場所は好調で、
贔屓力士の成績がいいとビールも旨い。
あと3つ勝って一日も早く勝ち越しを決めて欲しいものである。



「 遠藤 白鵬を敗る 」

2016-11-18 18:11:12 | 相撲



横綱・白鵬に勝って勝ち名乗りを受ける遠藤





全勝の白鵬を1敗の遠藤が敗った。
土俵際は力が入った。
昨日、日馬富士に喉輪で一方的に押し出されたが、
今日は立ち会いから素早い出足で、一気に決めた。
豪栄道は負けたけど、両者とも期待の星だ。

大金星 ” 遠藤関 おめでとう! ”




「 豪栄道 優勝おめでとう! 」

2016-09-24 18:19:59 | 相撲

















































関脇時代から応援し続けてきた豪栄道が優勝した。
下馬評では、稀勢の里の綱取りばかりに話題が及んで、
豪栄道の ” カド番 ” というレッテルが評価を下げていた。
もともと豪栄道は、勝って当たり前の力がある力士なのに、
空回りばかりで、 「 勝たないと 」 という気持ちが
余計に相撲を守りに回らせ、小さくした。

以前、大関になった時に 「 強い力士 」 ではなく、
 「 負けない力士 」 になって欲しい。
最低でも3打数2安打の10勝5敗以上をノルマにと、書いたことがあった。
今場所は、よく辛抱して頑張った。
本当におめでとう!

この優勝に満足すること無く、精進努力を積み重ねて、
負けない力士になってもらいたい。




 『 念ずれば 花ひらく 』 



   中学、高校と
   相撲界で優等生ゆえに
   将来を期待された重圧と
   勝てない苦しさ

   綱取りどころか
   勝ち越しの綱渡り
   そんな辛い過去を払拭した
   やっと掴んだ十四日目の勝利は
   「 優勝 」 という
   特別な勝利となった

   『 念ずれば 花ひらく 』
   この言葉に含まれた
   八字十音に想いが開いた




   平成28年9月24日
   大相撲秋場所 ・ 両国国技館にて


勢が唄う相撲甚句 「 双葉山 」

2016-09-14 10:52:51 | 相撲



69連勝の記録を持つ昭和の大横綱 「 双葉山 」










白鵬が休場し、稀勢の里と両横綱が有利と思われたが・・・
いざフタを開ければ波乱続きで、
誰が賜杯を手にするのか混沌としてわからない。

勢いは豪栄道と同じように、力はあるのに相撲がバタバタして、
地に足がついていない感じがする。
もっと、どっしりと構えて自信を持って相撲にも、
自分にも向き合ってほしいものである。

勢いは、角界きってのイケメン力士で、歌も上手い。
そんな勢いが唄う相撲甚句は、
69連勝の記録を持つ双葉山だ。



白鵬 「 この国の魂と相撲の神様が認めた32回目の優勝 」

2014-11-23 22:14:41 | 相撲



これぞ横綱








強い白鵬が感極まって泣いた





優勝が決まって土俵から降りる時点まで感情を抑えていたが、
国歌斉唱でそれまで抑えていたものが一気に溢れ、
強い白鵬の頬に涙が伝い落ちた。

その後のインタビューで、
「 この国の魂と相撲の神様が認めてくれた結果 」 と、
日本人以上に日本人らしいコメントだった。

白鵬のプレイバックの映像に中島みゆきの 「 麦の唄 」 が重なり、
より一層の感動を呼んだ。

白鵬32回目の優勝、本当におめでとう!

大和魂の豪栄道が大関に

2014-08-01 04:33:41 | 相撲








前もって期待されると弱い日本人力士。
それを代表するかのような豪栄道が大関になった。

豪栄道 ( 本名・沢井豪太郎 ) は、大阪府寝屋川市出身の28歳。
埼玉栄高校を卒業後の05年初場所で初土俵を踏み、07年秋場所で新入幕。
12年夏場所から昭和以降で最長となる14場所連続で関脇に座った。
名古屋場所では白鵬、鶴竜の2横綱を破るなど12勝(3敗)を挙げ、
直近3場所の勝ち星を32勝とし、今回の大関昇進が確定した。


豪栄道は稀勢の里と同じように日本人力士の中で将来を期待されているが、
強さと弱さが同居する不安定な取り組みが続き、
千秋楽を7勝7敗で迎えるような綱渡りの勝ち越しが多かった。
強い時は滅法強いが、弱い時は格下相手でもコロコロ負ける。
力があるのに、本当に強いのか弱いのか解からない力士である。
それだけに彼に期待するのは、 「 強い力士 」 ではなく、
これからは格下には取りこぼしをしない。
最低でも3打数2安打。10勝5敗以上をノルマにしてもらいたい。
そのためには大型連敗をしない 「 負けない力士 」 になることを願っている。