昨夜19:41分のスーパーブルームーン
昨日の夕方のニュースで知ったスーパーブルームーン。
天気予報が良くなかったので雲に隠れて見れないと思っていたが、
何の気なしに南東の空を見たら、低い位置にポッカリと真ん丸い月が浮かんでいた。
それで慌ててカメラを持って来て写した。
昨夜19:41分のスーパーブルームーン
昨日の夕方のニュースで知ったスーパーブルームーン。
天気予報が良くなかったので雲に隠れて見れないと思っていたが、
何の気なしに南東の空を見たら、低い位置にポッカリと真ん丸い月が浮かんでいた。
それで慌ててカメラを持って来て写した。
久し振りに「うめちく」のメンチカツが食べたくて買いに行った
手造りのつくねとメンチカツ
レタスとポテトサラダとメンチカツとつくね
揚げたての「メンチカツ」
ちょっぴり生姜が効いた「つくね」
前回7月10日の大雨の日に買った「メンチカツとつくね」。
その味が忘れられずに昨日うめちくに買いに行った。
白ご飯と味噌汁で満足定食になった。
7月16日に田川市の風鈴寺に行ったついでに
直方のカインズとフードウェイに行ったが、
駐車場に入りきれない車が列をなして待っていた。
その光景を見て諦めて帰った。
たまがった。しょんなか。よかね~。の3種類の方言
もち吉から出ている福岡県限定の「辛くてもあきらめんったい!」というお菓子。
その外袋に方言が書かれているが、
同じ福岡県でも地域でその方言が違ってくる。
ちなみに「たまがった」は、驚いた。
「しょんなか」は、しょうがない。
「よかね~」は、読んで字のごとく、良いね~の意味で、
そのなかに羨ましい気持ちが込められている。
7月10日、大雨の日の「岡森堰」
干ばつに苦しむ鞍手郡下境村・赤地村・頓野村・感田村、
木屋瀬村(現北九州市八幡西区)および遠賀郡楠橋村(現同上)の農業用水を確保するため、
明和八年(1771)に感田村の大庄屋の渡辺善吉(信利)が
下境村抱えの猪之窪(猪久保)に仮井手を築いたことに始まる。
翌明和九年には郡奉行島井市太夫に願出て本格的な石井手が築造された。
立秋を過ぎても暑い日が続く。
そして台風6号と7号が続いてやって来ている。
現在NHKの連続テレビ小説「らんまん」のモデルになっている
高知県出身の世界的植物学者 の牧野富太郎。
その牧野富太郎博士の名を冠にした高知県初のクラフトジンが販売されている。
牧野博士が発見し亡き妻、寿衛子の名前をつけたスエコザサをメインに、
高知県産グァバや生姜、ハーブなど12種類のボタニカル原料を使用し、
柑橘系の香りとスパイシーな香りが融合した複雑な香りで、
アジアのエキゾチックな味わいに仕上がっている。
このジンは峰屋のモデルになった岸屋は現在の高知県佐川町の司牡丹酒造である。
汽車倶楽部は、実物の鉄道車両や設備、
及び映像、写真、音源、書籍資料などの鉄道に係わる有形および無形物を
「鉄道文化財」として位置付け、
これらを次の世代へ引き継ぎ 伝えていくために
収集・整理・修復・保存する活動を行っている団体である。
現在は、敷地内に9600形59647号機、
C61形18号機(前頭部)を静態保存、
平成29年3月には行橋市よりD51形10号機を移設、
現在も修復作業を行っており、
更に、令和2年11月には熊本県高森町よりC12形241号機を移設している。
昨日も暑かった。
その暑さのなか仕事をした。
日陰の無い場所での作業は疲れる。
週一の飲酒が楽しみで、原動力になっている。
それが昨夜の晩酌だった。
なにかの情報番組で紹介されていた「立石かまぼこ」の極鯖(ごくさば)。
さっそくネットで注文して届いたのを八海山のあてに食した。
シャワーを浴びたスッキリした身体に極鯖と八海山が染み渡った。
なんでも人気の洋菓子ということで
わざわざ並んで買ってもらったお菓子である。
食べてみるとその人気の高さがうかがえた。
登録有形文化財の第二石坂トンネルは完全な複線断面(赤村側)
行橋側から見た第二石坂トンネル
竣工 / 1895年 ( 明治28年 )
技術顧問 / ヘルマン ・ ルムッシュテル (ドイツ)
第一石坂トンネル 延長 33.2m
第二石坂トンネル 延長 74.2m
■ 登録有形文化財
石坂トンネルは九州で一番古い鉄道トンネルである。
その路線が走る豊州鉄道は、
北九州と田川、伊田、添田などの産炭地を結ぶ鉄道として
1895年(明治28年)に開業したもので、
その後1901年(明治34年)に九州鉄道に合併され、後に国鉄田川線となった。
この区間は将来複線化を念頭に建設されたため、
2本あるトンネルはいずれも複線断面で建設されたが、
結果的には単線で使用したまま今日に至っている。
この2本のトンネルは、九州最初の鉄道トンネルとして記念すべき存在で、
建設当時の姿を良好に保っている。
構造と断面は隣接したトンネルでありながら両者で異なっており、
第一石坂トンネルは側壁と
迫石の下半分が素掘りの岩盤になっているほかはすべて煉瓦構造で、
パラペットの煉瓦には装飾的技法が見られる。
一方、第二石坂トンネルの履工はすべて煉瓦積みであるが、
坑門は製層切石積みで出来ている。
断面はどちらも独自のもので、第二石坂トンネルは完全な複線断面であるが、
第一石坂トンネルは山側の岩盤が未掘削のまま残されている。
なお、田川線はJR九州を経て、
1989年(平成元年)に第三セクターの平成筑豊鉄道へ経営が移管されている。
豊州鉄道はイギリス人技師の指導により建設したが、
九州鉄道建設にあたっては、
技術顧問としてドイツ人でプロシア国有鉄道機関監督の職にあった
ヘルマン・ ルムッシュテル氏を招請し、
橋梁、レール、機関車、客貨車などの資材をドイツから輸入し、
ドイツの技術協力による鉄道の建設は当時としては他に類例がなかった。
石坂トンネルへのアクセス
石坂トンネルへは、平成筑豊鉄道の「源じいの森温泉駅」下車、徒歩約3分。
駐車は、「源じいの森温泉」または「研修センター・キャンプ場」の駐車場が無料で利用できる。