フランスに揺られながら DANS LE HAMAC DE FRANCE

フランス的なものから呼び覚まされることを観察するブログ

J'OBSERVE DONC JE SUIS

パリの朝に詠める

2007-03-15 23:28:19 | 俳句、詩

こちらに来て時差ぼけの影響から抜けつつあり、このところ10時就寝5時起床のリズムで体が動いている。この日の朝、どうしたわけか目覚めて1時間足らずの間に次のようなものが頭に浮かんできた。

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  人類の遺産と歩まんヴァンセンヌ

   avec le patrimoine spirituel
    je décide de marcher
     à Vincennes


    梅香るここしばらくのヴァンセンヌ

     les fleurs des pruniers s'exhalent
      je serai pour le moment
       à Vincennes


      いつ来てもパリの空切る飛行機雲

       Chaque fois à Paris
        les traînées des avions
         coupent son ciel


        哲学と科学と神とパリセット

         la philosophie
          la science et Dieu
           à Paris VII


          哲学書前に昂ぶるリブレリー

           devant des livres philosophiques
            je m'exalte
             dans la librairie


            白雪の荒野をゆくかこれからは

             vais-je désormais
              sur la terre sauvage
               de la neige blanche ?
 

          春盛り住みたくはなしパリ市街

           en plein printemps
            je ne voudrais pas habiter
             au cœur de Paris


        春のパリ住処に帰る心地して

         le printemps de Paris
          je me sens comme si
           je revenais chez moi


      春の空住み遂せるかパリの町

       le ciel du printemps
        puis-je vivre
         pour toujours à Paris ?


    巴里の街若き日の我溢れおり

     à Paris
      plein de gens comme
       moi de ma jeunesse
   

  春の巴里沸き立つ心ボストンの

   Paris au printemps
    je m'exalte
     comme aux temps de Boston


     若き日と再び歩まんパリセット

      allons encore
       avec ma jeunesse
        à Paris VII


        フランス語我を導き哲学へ

         la langue française
          me guide sur les chemins
           de la philosophie


           なぜ哲学それ人生と先人 (ひと) の説き

            pourquoi la philosophie ?
             « c’est la vie même »
               disent nos ancêtres


        巴里に住みすぐ蘇る紐育

         dès que j'habite à Paris
          les jours de New York
           me reviennent


     西東なぜ斯く違う春うらら

      l'est et l'ouest
       pourquoi si différents
        le printemps doux

  先人の形見に触れん秋 (とき) 近し

   le souvenir de nos ancêtres 
    le temps de le toucher
     est tout près
 

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少し前に午後いっぱいを使って、12区のベルシー Bercy、ドメニル Daumesnil からモントゥロイユ Montreuil、ヴァンセンヌ Vincennes、サンマンデ Saint Mandé のあたりを歩き回ってパリに戻ってきた。その翌朝である。体が脳の思わぬところを刺激したようだ。こういうことが起こるのか、と驚いている。


 (24 avril 2007)
 これまで日本語のままにしておいた拙句をフランス語にしてみた。先月からメールでコメントをいただいているR様のサジェスチョンを参考にしたが、文責はすべて私にあることをお断りしておきたい。


コメント (2)    この記事についてブログを書く
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2 コメント

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Unknown (paul-ailleurs)
2007-03-18 05:20:17
目の方は1-2日でおさまったのですが、鼻は詰まったままでした。今日あたりから元の状態に戻りつつあるようです。こちらでは療法だけではなく他にもやることがありますのでなかなか大変ですが、景色が違うので確かに気分転換にはなっています。ところで精神という漢字ですが、そう言われてみますと不思議な字の組み合わせですね。私も少し調べ、考えてみたいと思います。貴重な疑問をありがとうございました。

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Unknown (Nao)
2007-03-17 16:38:42
なんともうらやましい転地療養ですね。でもパリでは、花粉症の症状はでないのですか?糸杉が多いとききますが。

サテイの写真がポールさんになつていたんですね。そうだとはおもつていたのですが、自信がありませんでした。
ところで、精神つて、なんでしょうか?精とは、神とは?なんだか、わからなくなつてきました。
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