フランスに揺られながら DANS LE HAMAC DE FRANCE

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ドゥニ・ディドロの人生 LA VIE DE DENIS DIDEROT

2007-01-25 22:25:38 | 哲学

ある方からのメールにこの人の名前を見つけ、興味が湧いて調べてみた。「百科全書」 l'Encyclopédie を仕上げた人として学生時代に聞いたことがあるだけで、どんな考えをもって生きた人なのか全く知らなかったからである。

ドゥニ・ディドロ Denis Diderot (5 octobre 1713 à Langres - 31 juillet 1784 à Paris)

彼が生きたのは、日本で言えば七代将軍徳川家継、その後の吉宗、家重、家治の時代に当たる。ざっと年表を見てみると、思いの外興味深いことを考え、実行していたことを知り、一気に親しみを覚える。

27歳、パリで哲学を学ぶ。この時期の生活はよくわかっていないが、ボヘミアンのような生活をしていたという (il mène une vie de bohème)。
28歳の時、ジャン・ジャック・ルソー Jean-Jacques Rousseau に出会う。
30歳でホテルのシーツ整理係の女性 (lingère) と密かに結婚。
33歳にして、"Pensées philosophiques" を出版するも直ちに糾弾される。
34歳、百科全書をジャン・ダランベール Jean d'Alembert とともに出版。
36歳、「盲人に関する手紙」 "Lettre sur les aveugles à l'usage de ceux qui voient" を出版するも、その唯物論的立場 Les positions matérialistes によりヴァンセンヌの森にある牢マルキ・ド・サドミラボーが投獄された) に3-4ヶ月投獄される。昨年その辺りを歩いたことがあり、彼の人生を近くに感じる。
40歳、唯一人の子どもマリー・アンジェリックが誕生。
42歳の時、生涯の愛人となるソフィー・ヴォランと出会う。
49歳、ロシアのエカテリーナ2世が彼の仕事を助けるために書籍を買い上げる。
52歳、百科全書を書き終える。認知度が低いことや出版社 Le Breton の態度に対して苦々しい思いを抱きながら。
59歳、娘が結婚。
60歳、エカテリーナ2世に対する感謝の念からか、サンクト・ペテルブルグへ旅立つ。この旅行が彼の命を縮めることになる (Ce voyage auront certainement raboté sa vie de quelques années.)。
71歳、パリで亡くなる。フランス革命で墓は荒らされ、今はどこにあるのかわからないという。

彼は科学と形而上学との関係について、例えば 「盲人に関する手紙」 において彼独自の方法で解析した。ひとつの体系を構築するのが哲学者だとすれば、彼は哲学者と言うよりは思想家と言った方がよいだろう。問題を提起し、矛盾点を挙げ、思索した。

"Curieux, cultivé, travailleur infatigable, touche-à-tout"
(好奇心に溢れ、教養があり、(後世での評価だけを求めた) 疲れを知らない働き屋で、何にでも手を出した男)

彼の作品の紹介を読んでみると、極めて現代的なテーマを扱っている。いずれ読んでみたいものばかりである。ところで、最近取り上げたエリック・エマニュエル・シュミット Eric-Emmanuel Schmitt さんは、学生時代ディドロについての論文 "Diderot et la métaphysique" を書き、物書きになってからも彼についての本を書いている。いずれ触れてみたい。

Diderot ou la philosophie de la séduction (1997)

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