このブログをなぜここまで続けてきたのか。そのことの意味が少しずつわかりつつあるように感じる。
このブログを始めた当初のことを思い出してみる。当時、私の中にこれからどう生きるのかという大きな問題が生まれていて、その問題にどう対処すればよいのかわからず困惑していた。その迷いを、その戸惑いを晴らそうとして、まず書くことを始めたのではないだろうか。そこで鍵になっていたのがフランスのような気がする。フランスを通して多様な世界を眺めているうちに、これまで生きてきた、そして現に生きている様々な人々と接することになり、そこから知らず知らずのうちに何かを感じ取っていたようだ。
それまでは意識できなかったものや思いもよらなかったことにも目が行くようになり、自分の中の反応しうる受容体のようなものが次第に活性化されてきた。その過程で、これからをどのように考えて、どう進むのかがよいのかということについての答えを、ぼんやりとではあるが引き出すことができたように感じている。それを可能にした大きな要因がこのブログにあったことは否定できない。ここに参加された方々のコメントからも影響を受けていることは疑いようもない。この場を通して自分の中で起こっていた微かな化学反応の産物が、時とともに蓄積していたかのようである。
![](http://bp0.blogger.com/_OYm_D5NPcio/RlIdLDL8VzI/AAAAAAAAAFE/L7UQx4ch2KE/s320/IMG_9937.JPG)
このブログを始めた当初のことを思い出してみる。当時、私の中にこれからどう生きるのかという大きな問題が生まれていて、その問題にどう対処すればよいのかわからず困惑していた。その迷いを、その戸惑いを晴らそうとして、まず書くことを始めたのではないだろうか。そこで鍵になっていたのがフランスのような気がする。フランスを通して多様な世界を眺めているうちに、これまで生きてきた、そして現に生きている様々な人々と接することになり、そこから知らず知らずのうちに何かを感じ取っていたようだ。
それまでは意識できなかったものや思いもよらなかったことにも目が行くようになり、自分の中の反応しうる受容体のようなものが次第に活性化されてきた。その過程で、これからをどのように考えて、どう進むのかがよいのかということについての答えを、ぼんやりとではあるが引き出すことができたように感じている。それを可能にした大きな要因がこのブログにあったことは否定できない。ここに参加された方々のコメントからも影響を受けていることは疑いようもない。この場を通して自分の中で起こっていた微かな化学反応の産物が、時とともに蓄積していたかのようである。