時間は少し遡る。
鎮守府正面海域では2人の艦娘が高速で動き回り、戦っていた。
見たところ15程度の歳で蒼銀髪を持つ艦娘の名は叢雲で、彼女の表情は真剣であれどもどこか余裕を感じさせた。
もう一方の艦娘、銀髪で小学生高学年程度の幼い少女の容姿をした少女、
神風は表情は常に無表情なため、感情こそ読み取れないが時折口元を強張らせ、視線も怪しく余裕がないように見えた。
それもそのはず、
叢雲は初めて人類の前に現れた5人の艦娘の1人であり、
激戦続く深海棲艦隊との戦いで今日まで沈まずに生き残った歴戦の兵士である。
対して神風は記憶を喪失し、戦い方を亡失してしまった者だ。
ゆえに、神風の余裕のなさは当然であり、この戦いに負けるのは間違いないだろう。
が、
――――なかなか、しぶといわね。
叢雲は未だ持ちこたえる神風を前にそう独白した。
確かに、神風は長い軍歴の割には弱く、戦い方を忘れてしまったのは事実である言うほかない。
始めの反航戦で行き成りこちらが放った1発を貰った上に、その後の動きも妙に違和感を覚えるものであった。
「つっ!?」
神風の発砲。
同時に悪寒を感じ取った叢雲は咄嗟に身を屈める。
直後、放射線状の弾道を描いた模擬弾が屈める前にあった頭の場所を通過した。
叢雲が頭を上げるより先に、さらに数発模擬弾が飛来。
咄嗟に感で回避機動とり防御壁を展開、周囲に水柱が立ち全て回避したと思われたが、
水柱がなくなった後に現れた叢雲には小破判定の被害を受けていた。
「……やるわね、神風」
そう、時間と共に神風の動きは洗練されつつあった。
始めは海の上を走ることもどこかぎこちないものであったが、今は違う。
護衛任務から始まる便利屋にして高速で海上を機動し、戦艦を喰らうdestroyer、一人前の駆逐艦娘だ。
(これなら、私たちと一緒に戦えそうね)
少なくとこれなら戦闘に連れて行っても大丈夫だろう。
このまま続けば自分が勝つであろう事は分かっているが試験は合格である。
なぜなら、ここまで持ちこたえた事実。
そして徐々に洗練されつつある戦い方は実戦に参加しても遜色がないものだ。
この事実に、叢雲は神風が使えるかどうか見る役割を終えられた事に一安心する。
だが、叢雲が安心した直後。
彼女の金眼は鎮守府正面海域の水平線上に見慣れぬ人影を捉えた。
始めは哨戒部隊が帰還した、と思ったが直ぐに哨戒部隊にしては数が多い点に気づく。
さらに、蒼い空と蒼い海の狭間に浮かぶ人影に違和感を覚えるよりに先に人影から閃光が走る。
空気を切り裂く音と同時に、叢雲と神風の周囲に無数の水柱が立ち上った。
「なっ!?」
叢雲が驚愕の声を挙げる。
たしかに、鎮守府正面海域には敵が出没することはあるが、精々駆逐級だ。
だが、今この瞬間受けている攻撃は敵の主力部隊の物でまさかの展開に叢雲は驚きを禁じえなかった。
とはいえ、歴戦の艦娘である叢雲は直ぐに気を取り直し神風に呼びかけた。
「神風っ!!直ぐに鎮守府へ転進するわ、急いで!!」
臆病とは無縁の叢雲だが、
ここで突撃しても轟沈するだけであることを承知していた。
おまけに、今は自慢の酸素魚雷も含めて模擬戦の最中だったせいで模擬弾しかない。
ゆえに、ここは転進。
もとい戦略的撤退するのが正しい選択。
神風は叢雲の言葉が聞こえたようで無言で頷く。
叢雲と神風は鎮守府へ向けて180度転換、最大戦速で撤退を試みた。
鎮守府にも砲弾が降り注いでいるが、
ここにいても玉砕するだけであるのは明白。
2人は後ろを振り返らず、水飛沫を立てて海面を駆け抜ける。
ところが、自分達が逃げているのを捉えたのか、
深海水平線の先に見えた人影と異形の影が急速に自分に近づいてきた。
叢雲の舌打ちと同時に発砲の閃光と砲煙。
周囲に無数の水柱が再度立ち上る。
「くそ……」
悪態をつく叢雲。
直ぐに反転し、最大戦速で突撃。
敵の戦列に自慢の酸素魚雷をぶち込みたい気分だが今は何もできない。
模擬弾では駆逐級の装甲を貫通することは出来ず、派手な装飾を施すだけ。
おまけに厄介なことに駆逐艦が数隻進路の前方に回り込みつつある。
回避すれば鎮守府から遠ざかり、後方から追撃してくる敵の餌食となってしまう。
加えてここで戦闘して手間取ると後方から追撃した部隊と挟み撃ちされかねない。
どうすればいいか?叢雲は刹那の時間悩む。
が、先程から無言を貫いて神風が叢雲を決断させた。
「やる、しか、ない」
相変わらず聞きづらい言葉であったが、
その言葉に込められた意思は確かなものであった。
「そうね、正面突破。
それしかないわね、神風」
叢雲が神風の言葉に同意を表明した。
時間が掛かる?別に敵の撃破ではなく突破だけなら問題ない。
それに、鈍速の戦艦や鈍亀の潜水艦にはない最大の武器、駆逐艦の足の速さがある。
と、ここまで考えたところで駆逐艦娘の血が騒ぐというべきか叢雲は妙な高揚感に満たされた。
神風も同意しているようで、叢雲の横にいた彼女は不器用な笑みを浮かべていた。