あれから一晩が経過した。
あの後大人しく自宅に帰ったおかげかいつもの日常を無事に過ごせた。
夜7時のニュースと新聞では現代の吸血鬼事件がにぎわせていたのが、
まだ死亡フラグが健在であることを証明し、表向き親と最近物騒だねーなどと人ごとのように話していたけど。
チキンハートな自分として内心はビビっていました。
しかし、ニュースや新聞を読んだ所生存フラグへの希望をボクはついに見つけた。
報道によると事件の発生現場は大抵繁華街の路地に裏道といった場所であり、今住んでいる住宅街では一件も発生していない。
考えて見れば型月世界の神秘の秘匿とは『別に一般人を殺してもいいよ、でも限度は守ってね。それ以外は基本表に出さなきゃおK』
な感じで聖堂教会を例外に魔術師的外道を積極的に討伐しているとはいいがたく。
実に一般人にとって優しくない仕様であるが、逆にここまで報道されてしまえば神秘秘匿のために容赦なく殲滅することに躊躇しない。
よって、ここまでしでかしたロアが少しでも理性的なら生存のために身を隠す必要があり。
吸血行為も第四次聖杯戦争でキャスターたちが家に押し入ってまでする真似はせず、繁華街でゲリラ的にするにとどまるはずだ。
以上からボクの死亡フラグ回避の道は
『夕方の内に帰る』
『繁華街に寄らない』
『夜は出かけない』
これらを守るだけで十分だ。
いやーよかったよかった、これで一安心。
それに長年の懸念が晴れたせいか、身体が軽い・・・こんな気分は初めてだ。もう、何も怖くない。
・・・む、曲がり角にいるあの後ろ姿は志貴か。
ちょうどいい、この清々しい気分を挨拶と共に彼に表現しよう。
「おはよう!!志・・・」
「う、うわあああああ―――!!!」
「え、えええ!??」
元気よく朝の挨拶をしたとたん、
志貴はなぜか悲鳴を挙げて鞄すら持たずに学校の方向へと走り去った。
解せ・・・あれ、というか道の角からこちら側に出て来たあの金髪の人って。
「むー、余計な手間を取らせてー。あ、貴女は。」
「・・・どうも、お早うございます。」
やっほー、と手を振って来たのでこちらも挨拶する。
どうやら志貴といい、乾といい。自分は運が悪いのか良いのか良く分からないが、
原作キャラとの邂逅フラグが立ちやすく、今度は真祖の姫様と邂逅フラグが立ってしまったようだ。
「ねえ、あなた。あの殺人鬼の知り合い?」
しかも開口一口目に原作イベントについて聞かれた。
整いすぎた顔から表現された表情は『好奇心』といった所だろうか、こちらの顔を覗きこむ。
「えーと、少なくとも志貴とはただの友人で殺人鬼なんてぶっそうな人物ではないですけど」
「・・・・・・ふーん、へー、そうなんだー」
起こるであろう真実を話すわけにいかず当たり障りのない事実を述べたが、
吸血鬼は朱色の瞳をスッと半眼にし、じろじろとボクを品定めするがごとく見つめる。
志貴によって得た感情で表現されるのは『猜疑』といったところだろうか。
アレ、これは・・・もしかして地雷を踏み抜いた?
こっちが『嘘は言ってないが事実を言ってない』なマーボー神父な発言だと見破られた?
まさか本当の事を言ってないから好感度低下、真祖による死亡フラグが成立・・・な、わけないよね、ね?
「ま、いいわ。それよりこれ、忘れて行ったから渡しておいてね。」
こちらの不安を余所にそう言いパッと離れると、
はい、と鞄をこちらに渡しさっさとその場から立ち去ろうとした。
・・・よかった、即座の死亡フラグじゃなくて
後日、ルート分岐でここの好感フラグがなかったせいでタイガー道場行きにならないと言えないが。
「あ、あと。」
くるりとこちらに振り向き。
紫色のスカートが花のように広がり、収まる。
見返る美人というべきか、一瞬二次嫁が三次になってもこんなに素晴らしいのかと感動したが、相手は向日葵のような笑顔で。
「私を殺した責任とってもらうんだからね、って伝えておいてね。」
などと物騒極まりないことをのたまわった。
そんな感じで登校中に原作キャラと遭遇し、
彼女との約束を守るべく学校についてからさっそく志貴の元に向かった。
彼女と話し込んだせいで学校についたのがギリギリだったが、
志貴は授業のために教室に待機しており、却って手間が省けたかもしれない。
「・・・・・・・・・・・・」
問題があるとすれば、恐らく。
と、いうよりどう考えても真祖の姫に遭遇したせいで、
なんだが話しにくい空気を纏っており、どのように話を始めるべきか分らない。
いや、漢は度胸だ。
あ、今はぴちぴちのJKだがここは度胸だ。
うむ、空気を読まずに話しかけてみよう。
「志貴・・・・」
「うわああああ!!」
「うぉ!!?」
こっちの予想に反して随分と反応してきた。
いきなり叫ばれたので思わずびっくりしてしまった。
まあ、それより、
「志貴、鞄。道端に落ちていたか拾っておいた。」
「あ、あああ・・・・。」
顔が青ざめたままおそるおそると鞄を受け取る。
「ところで、志貴」
「なんだ弓塚?」
「金髪赤眼の女性が『責任とってもらうだからね』とか言ってたけどあれはなんだ?」
志貴は聞いた瞬間さらに顔が真っ青になった。
貧血で倒れることもあるから慣れているとはいえ、リアルで血の気が引く顔は見てて面白くない。
はぁ、そうだな。
これ以上朝からシリアスなのは嫌なので・・・・。
「まさか・・・金髪巨乳ヒロインをゲットしたのか?」
「なんでさ!!」
軽―い、冗談を言ったおかげか先ほどまでの憂鬱な空気が取り払われた。
でも傍で聞き耳を立てていた奴、なんだかんだと中学以来の付き合いがある乾有彦にはばっちり聞こえたようである。
「おい遠野!今のどーいう事だ!説明しやがれこの~。」
「まて有彦、説明って・・・・!?」
このこの、と志貴の首をじゃれあうように軽く締め付け。
それに志貴が反論するなどいつものごとく、二人仲良くわいわいと騒いでいる。
うむ、志貴が先ほどまで纏っていた暗い空気は取れたようでよかった、よかった。
『あー、そこのお前ら3人。仲がいいのはいいが授業を始めるぞー』
などと2人を観察していたがここで第三者の介入。
担任のやる気のない声がホームルームの始まりを告げた。
むう、もうそんな時間か。
では何時もの日常に戻るとしよう。
午前の授業が終わり、
がやがやと騒がしくなった教室を後にし。
さっそく『いつも通り』シエル先輩と食堂で昼食を食べに行く。
その間有彦が先輩に積極的にアプローチし、
先輩が軽く流すなどこれまた『何時もの日常』が演出された。
「シエル先輩、カレーが好きなのですね。」
「ええ、それはもう。」
「先輩、ささ、どうぞ。こちらっスよ。」
ボケっと窓の外を見る志貴と、予め有彦が確保してくれた席へ座る。
隣の席にシエル先輩を誘導させるのは無駄に抜け目ない行動と言える。
「なあ、二人ともこの先輩と知り合いなのか?」
「はぁ、おいおい、遠野。朝といい今日は貧血が一段と酷いな。」
「酷いです!!遠野君はもしかして私のこと忘れちゃったんですか?」
あれ?なんて首を傾げる志貴を横目で見ながら手早く蕎麦を啜る。
シエル先輩はガタリ、と立ち上がりウルウルとした瞳で志貴の眼を上目で覗きこむ。
女性にまじかに見つめられてややたじろぎ。
「すみません、どうも自分は忘れっぽくて」
「もう、しかたがないですね」
今度は忘れないでくださいね、と言い再度食事に戻った。
一連の動きは全く特別な意味のある動作でなかったが、こっそり注視していたボクは。
先輩の眼が一瞬だけ光ったような気がした。これもまた原作通りと言うべきか、今のは志貴に偽の記憶を埋め込んだのだろう。
そして、次に起こるであろう原作のイベントは、
『ニュースです。本日明朝―――河原で一連の連続殺人事件と思われる死体が発見されました―――。』
テレビから流れた音声にボクらだけでなく食堂にいた全員が注目する。
それによるとまたもや全身から血が抜かれたらしく、食堂はヒソヒソとその話題について交わされる。
また視線を正面のシエル先輩にずらすと、顔は普通だが眼がなんとなく鋭い輝きを放っている。
一方、志貴は『殺人』の言葉に反応し、椅子から立ち上がり嫌な汗が出ていた。
「おい、遠野またどうした?ま、それよりぶっそうだなおい、夜遊びできねーじゃないか。」
一人空気を読まずに呑気にのたまう人物がいるが、ある意味これも普通の反応かもしれない。
「なあ、弓塚」
「なんだ?」
志貴の不安交じりの問いに蕎麦を食べ終え、お冷やしを軽く含んでからに答える。
「弓塚が見たのは金髪赤目の女性だったんだよな?」
念入りに、自分が殺人を犯した揚句。
相手が復活した現実を確認したいのか朝の件について聞いてきた。
否定したい気持ちは分るが、というか自分がもし志貴だったら同じことをするだろう。
が、事実は事実ゆえに。
それにここで否定した所で意味はないので事実を述べた。
「そうだけど?それがどうした。」
「いや、なんでもない・・・・悪い、俺は先に戻ってくる。」
殺してしまった人が生きている可能性に相当ショックを受けたみたいで、
そう言うなり頭を押さえ、ふらつきながら教室へ行ってしまった。
「大丈夫か、アイツ?」
何時もの事だけどよー、とぼやきつつ志貴を見送る。
シエル先輩は・・・あれ、なんかボクに対して妙に怖い顔をしていたような。
「シエル先輩?」
「へ?あ、な、何でもないですよ。
それより弓塚さんが見た女性とは金髪赤眼の方なんですよね?
その方と、弓塚さんはどういう風に会ったのか聞かせてもらえませんか?」
『先輩らしい』口調で朝の出会いについて聞かれる。
が、表情こそ『噂に興味津々な』女学生らしいが内容が内容だけにやっぱり眼が笑っていない。
なんだか、朝といいまた妙なフラグが立ったのでなく地雷な意味で踏み抜いた気分だ。
「ええ、志貴が通学途中鞄を落としたらしく、
それを拾った女性がボクに自分の代わりに渡すように頼まれたのです」
「そうですか・・・ありがとうございます、弓塚さん」
先輩はボクの発言を聞いて、表面上納得したようだが納得していないようだ。
まぁ、あらかじめ知っている自分は兎も角。
真祖の姫は基本ガイアの戦闘マシーンゆえに感情的な行動などない。
と、いうのが裏の業界の常識ゆえにだろう。
「先輩、それよりも昼休みも終わりそうですし。はやく出ましょう」
「おっと、もうこんな時間ですか。ええ、そうしましょう」
これ幸いとばかりに切り上げを催促し、今日は解散となった。
後、有彦が性懲りなく先輩にアピールしていたが、またまた先輩に流され玉砕した。
「いや、まだまだだ。俺は諦めない、俺は何度でも蘇るのさ!!」
「いや、諦めろよ」
などなどと時間は経過し放課後となった。
中学こそガチの運動部に所属していたが、高校は運動系でも同好会程度のものに所属しているのと。
早期帰宅を学校側が強く推奨したため、早めに帰宅できる喜びと共に校門へと歩いていたら昼食時にさき抜けした志貴を見つけ。
志貴が有明家から遠野家へ引っ越したため、家の方角が同じなので。
一緒に帰ることを提案したら志貴はあっさり承諾した。
・・・もしもの護衛という実に情けない下心が良心を著しく傷つけたが。
そこで有彦が「ラブラブだな~」などと煽ってきたので、
笑顔で今まで告白してフラれた相手の女性の経歴、その様子を淡々と述べたら。
「ちくしょー!!何故知ってるんだぁー!?」と、泣きながら帰って行った。
元男ゆえに、どうしても女子同士の友人関係における習慣に馴染めず。
志貴や有彦のような男子との付き合いが深く、女子同士とあまり深い友達付き合いができてない自分だが。
これくらいの情報は聞けるのさ、有彦君。
というか、おまえが有名すぎるのがいけない。
女子の間では意外と高感度が高いけど、ネタ扱いされているぞ。
次はどんな風にナンパして来るのか、どんな風に告白してくるか楽しんでいたし。
「――――――でさ、門限は7時なんだよね、これが」
「ん、おおう。そりゃ大変だね」
っと・・・いかんいかん、話している最中なのに回想に嵌ってしまった。
「じゃあ、その秋葉さんに交渉とかしてみたのか?」
「いやーそれが、秋葉の奴全然話を聞いてくれなくて・・・」
話の内容は『久しぶりに会った家族とその生活』についてだ。
意外と遊び人貴質な志貴はあまりに厳格に決まった生活に愚痴を零し、それをボクが聞くという形で。
そんな感じで、ただ何気ない会話を楽しみながら暗くなりつつある街の中を歩く。
日々変わらぬ日常、変わらぬ日々、どれもボクにとって満足するもの。
だが、そんな至福の時間も終わりは告げられる。
帰る方向は同じでも場所は違うので分れなければいけない。
「じゃあな、また明日。」
「ん、また明日。」
分かれ道でさよならの挨拶を交わす。
お互いこうして挨拶を交わすことは日常の一部となっているが、
今夜からボクの行動しだいで夢幻として終わってしまうかもしれない。
いや、それだけでない。
ゲームでさえも選択肢しだいで簡単に死んでしまう。
まして今あるのは確かな現実、ゆえにボクが無事でも彼が選択肢を誤ればこうして会えることはなくなってしまう。
「ごめんな。ボクは何もできないけど死ぬなよ、志貴」
ボクは志貴の未来の可能性を知っている。
でも、だからと言って彼に教えること助けることはしない。
これ以上ボクの行動で蝶の羽ばたきが何を起こすか分らないことも確かだが。
第一にボクは巻き込まれて死にたくない、これが我が身可愛さで批難されて当然であることは承知している。
承知した上でボクはもし志貴が死んでしまったならば。
わが身の可愛さのあまりにボクが志貴を見捨てたという事実だけは絶対忘れない。
絶対にだ。
「さよなら、志貴。また明日」
遠くに去りある彼の背中をボクは最後まで見届け。
それからボクは冬の速い夜のせいで月が出つつある中、帰路を急ぐ。
ふと、見上げたお月さまは三日月。
満月とは程遠かったが、
――――その形がこれからの運命を嘲笑う口に見えた気がした。