遠坂凛は失望していた。
己が召喚したサーヴァントと家系の呪いじみたポカミスを。
聖杯戦争
端的に言えば過去未来の英霊を7騎召喚して行うバトルロワイヤル。
そのあらゆる願いがかなうとされる聖杯をめぐる争いで確実に勝てる方法がある。
それはすなわち、魔術の世界においては古ければ古いほど神秘の格が強く、神秘の世界で有利に働く。
よって古い時代の英霊を召喚するのが定石で彼女の父親は世界最古の英霊を召喚し、聖杯戦争に挑んだ。
が、娘はそうはいかなかった。
ただでさえまさかの10年後の聖杯戦争に加えここ一番でポカをやらかした。
ただでさえ媒体なしで召喚に挑んだせいか?
最適な時刻に合わせて儀式行わなかったせいか?
それとも慣れない電子機器を購入して結局面倒だから工房に放置したせいか。
彼女は遥か未来のエンジニアを召喚した。
自称元海兵隊とはいえただのエンジニア。
アサシン当たりのクラスならまだ何とかなったかもしれないが、クラスは『エンジニア』
神秘がぶつかりあい、かつての英雄に戦士がしのぎを削る聖杯戦争において最弱なサーヴァントを引いたとしか言えない。
最初に脱落してしまうことは確実。
父親との約束も果たせそうにない、と彼女は思っていた。
そう、思っていたが、
「クスクス、嬉しいわ姉さん―――逃げずに来てくれるなんて。」
ここは大聖杯が鎮座する柳洞寺の地下。
漆黒の闇。
おかしな話だが闇よりも黒く、また同時に眼に入れざるを得ないという矛盾した存在が眼前にいる。
常人ならば発狂しかねない程のオーラ、すわ人を食らう「魔」としての空気を不気味に放ちつつある。
「でも、いけませんね。
―――サーヴァントを連れてくるなんて姉さんズルいです。」
間桐桜の赤い瞳がギョロリと、遠坂凛の隣に立つ人物に動く。
「はん、いいじゃないのその位。
ハンデよハンデ、そもそもアンタがサーヴァントを連れてこいと言ったじゃない。」
殺意に悪意が充満する空間で遠坂凛は手を組み不敵に笑う。
その優雅で余裕のある態度に癪に障ったらしく、
「―――力の差を見せてあげますね、姉さん。
そこの使い魔共々湖に落ちた虫けらのみたいに、この天の杯に溺れなさい。」
巨人。
三次元でなくペラペラの二次元で出来た影絵の巨人が足元から出現する。
恐らく少しでも触れれば肉は切り裂かれ、セイバーの末路のごとく魂は汚染されるだろう。
加えて間桐桜は聖杯、魔力を作る原子炉そのもの。
無限に影絵の巨人を作り出せる一方で遠坂凛は比較するならば水筒一つ分の魔力のみ。
―――勝ち目など、初めからない。
「行くわよ、アイザック」
共に闘うとはいえ死んでこい、と命令するに等しい命令。
しかし、これ以外約束された勝利にはお互い辿りつけない。
例の切り札は確かに事前に試した。
が、それも遠坂凛の肉体を犠牲すること前提でなおかつ100パーセント勝利は確実とはいえない。
「ラジャーだ、可愛いマスター。」
26世紀製の鎧に身を包んだ英霊が一歩前に出る。
神秘の格もセイバーのような威厳を感じさせない猫背の男。
男の手の中に使い慣れた宝具・・・もとい工具を取り出す。
「フフフ、死になさい。」
影が唸る。
されど間桐桜は勝利に一切の疑いを持っていなかった。
一体一体がサーヴァントの宝具に匹敵する影の巨人が使い魔もろとも処理すべく動き出す。
「っ・・・――――。」
正に絶対絶命のピンチ。
どこぞの惚れた馬鹿なら話は違ったが遠坂凛は正しく魔術師である。
魔術的な戦力の絶望的な開きなど当初から分りきっていた。
アニメのような正義の味方は現れず、ご都合展開はありえない。
奇跡もない確実な死が待ち受けているのは知っていた。
「はっ――――。」
だったら何故逃げるという選択をしないのか?
決戦に行く前に彼女の相棒が語った言葉を振りかえる。
魔術師の義務の遂行?
選ばれたもの義務の遂行?
「え――――?」
否、自分が遠坂凛ゆえにだからだ。
「う――そ――。」
呟いたのは間桐桜。
彼女にとってありえない光景が演じられたからだ。
死の運命が確定した2人が反逆した挙げくにあまつさえ制圧しつつあったからだ。
白い光に虹色の極光が影を制し、切り裂く。
1つはアイアザック・クラークが扱う工具の一つ、ラインガンの仕業。
もう1つはかの魔法使いが使用する究極の一品、宝石剣の仕業だ。
おまけに進んでドロに入ったサーヴァントが汚染も取り込まれる事もなくズイズイと進み、先制攻撃を加える始末だ。
「侮ったわね、桜。
私のサーヴァントはこうしたのに『慣れている』のよ。」
虹の極光が近づく巨人を切り捨て、白い光が近くの影を凪払う。
遠距離と近距離にうまくバランスが取れた攻撃で、徐々に距離を詰めてゆく。
「うそ、うそうそうそ――――どうして、どうして――――。」
絶対の勝利を覆され混乱する間桐桜。
まあ、当然の反応だろう、彼女の常識が盛大に破壊されたのだから。
この世界の延長線上に位置する遥か未来。
星の産物を(赤マグロ)を魔術師と科学者が結託してあげく大惨事を引き起こす。
神秘の漏えいとして、単純な被害でも最悪に属する事態でその後の混乱も加え表裏の人類史に名を刻んだ。
そして文字通り死都を作り出した中で二度も生き残り、政府の追っ手を振り払いその生を獲得した人物がいる。
アイザック・クラーク
元海兵隊工兵出身であるただのエンジニア。
アカイ正義の味方と違い一切の神秘を纏わぬ俗人。
普通に仕事し、普通に休み、普通にその穏やかな日常を過ごす。
変化のない、神秘に関わることもなく彼にとって当たり前な日常を寿命が尽きるまで過ごすはずだった。
だが、運命を司る神様はよほど意地悪のようでその俗人を2度に渡り地獄を経験させた。
特別な能力も目覚めた能力もなく4つの工具のみでただ1人、自らの運命を切り開かざるを得ない状況に落とした。
彼はアーサー王や英霊エミヤのような志を抱いた人間ではない。
ただ生きたいと願った普通の人間であり、どんな状況でも生き残れることに特化した人物。
生存本能に基づく行動でも『世界』は彼を英雄と定め、
ネクロモーフの物理、精神攻撃から生き残れた彼はその死後守護者に召抱えら、
SAN値直葬なシロモノに対する最強のカウンターと『世界』から定義付けられ、結果。
「Fuuuuuuuuccckkk!!!!」
影の巨人が足元に出現する寸前に黄金の右足をお見舞いするというあり得ない事実が実現している。
影も予想外の奮闘に驚き、丸ごと飲み込んでしまえとばかりに影の波をアイザックにかける。
しかし、黒いドロに浸ってもそんなの関係ねえぇ!
とばかりに衝撃波を出す武装で影を払い続けて
真横に出現しようとした影に黄金の右手で殴打、たった一撃で影は千切れ消えてゆく。
英霊の魂を汚染するドロなど、SAN値直葬の未来を生き抜いた彼からはなじんだ日常。
少しばかりデンジャラスだが清掃員がトイレを掃除するのと変わりない。
「Fum!」
遠坂凛の後ろに出た巨人はアイザックの手から射出された青い人魂。
当たると対象の時間が遅延するという<ステイシス>を受けて動きがスローに。
先の光の刃よりも一回り小ぶりなのにバラバラにされる。
「どうしてだって?
それはね桜、アイツが宇宙最強のエンジニアだからよ。」
光が空洞を照らす中、彼女は言った。
もしこの場で突っ込み役の衛宮士郎がいたらいや、そもそも最強のエンジニアの意味がわからんと突っ込んでいただろう。
しかし、残念なのか残念でないのかこの場にはおらず彼女の言葉はそもまま桜は真に受けた。
・・・変だが事実であるからこまる。
それ以外彼を表現する言葉は存在しないからだ。
今さらながら感想ありがとうございます。
今後ともよろしくお願いします。
なかなか読ませる!!