続いたネタ44 GATE~夢幻会、彼の地にて戦いけり
本稿は1966(昭和41)年に公開された「牧野侍従日誌」(牧野伸顕内大臣備忘録日誌)を抄録したものである。
今の世界と異世界の両方を征服すべしと上奏したと言われる「嶋田上奏文事件」に対して政府及び関係者の同意を得て公開を決定。
本稿においては日本政府が公式として採用する注釈付き、及び新仮名遣い版を採用した。
昭和20年8月10日 快晴。
早朝より銀座方面から宮中まで騒ぎが聞こえる。
各方面へ問いただすが不明確な回答のみが返ってくる。
やがて陸軍省より陸軍大臣の代理として栗林中将が参内す。
以下問答。
栗林「恐れながら陛下。
詳細は不明ですが、
今まさに帝都で戦争がはじまりました。
陸軍省でも各人は武装し対抗している最中であります」
(註:宮城を挟んで銀座とは反対側の市谷本村町方面にも帝国軍の一部先遣隊が進出しこれと交戦中であった)
主上「何と」
主上、絶句される。
元寇あるいは薩英戦争以来の本土での戦争という予想外の回答ゆえに。
主上「嶋田総理は無事か?」
栗林「分かりません。
陸軍省からの問い合わせにも回答はなく、
伝令を出して安否の確認を急がしています」
(註:この時霞が関一帯は銀座から逃れる大量の避難民。
加えて追撃してきた帝国軍が入り混じって混乱状態になっていた。
首相官邸では警視庁の特別警備隊が決死の防衛戦を展開している最中であった)
主上「わかった。
軍は直ちに事態へ対処せよ」
栗林「御意」
大元帥より命下る。
しかし事態は早急に悪化し二重橋前に臣民殺到す。
主上「門を開けて直ちに宮城に収容せよ。
これは朕の命―――――すなわち勅命ぞ」
右往左往する宮中にて勅命下る。
宮内省の職員総出で避難誘導を開始する。
歩ける者は田安門を経由して後楽園方面へ脱出。
負傷し身動きが困難な者は近衛連隊の兵舎へ収容す。
やがて西洋の騎士。
あるいは羅馬軍のごとき軍勢が隊列を整えて宮城を包囲。
近衛歩兵連隊、皇宮警察が宮城と臣民を守護すべく配置につく。
主上「朕は出る」
私「おやめください、危険でございます」
栗林「陛下、どうか御文庫へ」
(註:御文庫とは防空壕のこと。
また栗林中将がこの時点で宮城にいた理由として、
近衛師団長がワイバーンに跨った騎士のランスチャージで串刺しにされて戦死したため)
主上「どこに行っても危険だよ」
陸軍の軍服を纏いし主上、颯爽と白馬にまたがる。
護衛の近衛兵、及び中将と私も慌てて続く。
石粒、矢弾が雨のごとく降り注ぐ中。
近衛歩兵、警察の戦いぶりをその目で見られる。
主上の存在に気づきし臣民。
士気、大いに高揚し力戦奮闘す。
やがて横須賀より飛来したわが軍の回転翼機。
及び攻撃機が敵軍をその火力で薙ぎ払う。
栗林「総員着剣、突撃せよ!」
栗林中将。
好機逃さず突貫突撃を開始。
銃剣の槍衾に敵軍はその陣形を崩され、敗走。
眼前で開幕されし一大戦舞台と御味方勝利に万歳の三唱が宮城に木霊する。
主上「かのヴェルダンンの戦いもこのような物であったのだろうか?」
しかし主上。
未だ蛮声に硝煙、血と汗の匂いが立ち込める戦場にて、
皇太子時代に今は亡き英国王ジョージ5世に勧められ視察された戦場の名を小さく呟かれる。
顔色悪し。
昭和20年8月11日 晴れ
各方面より帝都に兵力が集まる。
帝都にこれほどの兵が集まるのは関東大震災以来である。
市中に飛び交うデマなどを急ぎ取り締まり、沈静化を図る。
辻大臣が言うに良くも悪くも商魂逞しき人間はこの機会を利用して商売している模様。
午前10時、
嶋田総理参内。
疲労の色が目立つ。
しかし昨晩に続いて早急に奉上すべき案件が発生した模様。
以下問答。
主上「半世紀以上先の帝国・・・であるか?」
嶋田「より正確に表現すれば帝国が滅び、
一度やり直した未来の日本でございます」
俄かに信じがたき事実が判明す。
かの銀座に現れた『門』の向こう側は異世界であるだけでなく、
異世界で立つもう一つの門の向こうには半世紀以上先の日本が存在するとのこと。
嶋田「今後の方針として向こう側の日本とは対話と交渉。
ゆくゆく先の銀座事件の首謀者に対して共同に当たりたいと考えております」
(註:日本政府はこの時一連の出来事を『銀座事件』と命名した)
主上「それは内閣の総意か?」
嶋田「まさに」
以後、二三のやりとりをし、嶋田総理は退出す。
主上、午後より執務の合間を縫って玉音放送のため自ら推敲をはじめらる。
関係部署との交渉、銀座事件の後処理等で宮内省は徹夜が確定する。
主上より職員に対して恩賜の煙草、及び那須の蜂蜜が下賜される。
一同感激す。