「……あれ、誰もいないのか?」
今日はおかしい、呼ばれたというのに、
アカイアクマに葵さん、それに遠坂の親父さんもいない。
一通り探索をしてみたが人の気配すら感じ得なかった。
「いや、でもさっきまで誰かいたのは確かだ」
居間のテーブルにはまだ温かい紅茶とティーセットの一式が残っている。
台所のコンロには沸騰して間もない薬缶、そして漂う紅茶の香り、誰かが居間で一服していたのは明らかだ。
「それで、この宝箱……怪しすぎる」
無人島か倉庫に置いておくべき代物が居間のど真ん中にに置いてある。
しかも人が入りそうなくらい大きな箱。ふと、こんなフレーズが思いついた。
――――箱の中には男がピッタリ入っていた。
「マテ、そのフレーズは」
何というか、おぞましい。
というか、なんで少女じゃなくて男なのさ。
だが、だ。
だがしかし、誰かがこの中にいると感が囁く。
「たしかめなきゃ、ダメだよな…?」
誘われるようにフタに手を掛けて隙間を覗き――――。
「…………やあ、士郎君」
「ふん、よりにもよって小僧か」
暗闇の中には渋いおじ様とガングロ野郎がいた。
迷わず即座に閉めた。
「うん、気のせいだ」
し、士郎君、現実を直視したまえ!とか、
くそ、やはり貴様とは相容れないか衛宮士郎!
とか全然聞こえないから!!
間違いなんかじゃない―――-決して、間違いなんかじゃないんだから・・・!!
※ ※ ※
この箱の中では衛宮士郎が逃げてから、かれこれ30分程経過したが。
箱の外とは時間の流れがずれているので、外は何時間もの時間が過ぎたに違いない。
「……………」
「……………」
沈黙が重い。
中からは脱出できないという絶望が言葉を発するのを止めて、
ただ、息のみが狭い空間を響かせるだけであった。
これがもし狭い箱の中、男女の2人なら、
特に衛宮士郎とその周囲の女性ならばフラグの1つや2つは成立していただろうが、
男2人ではそんなイベントもなく、腐女子を喜ばせるようなイベントもノンケな2人には成立し得なかった。
「く…凛に葵はまだなのか…」
外の助けを求める、遠坂時臣。
何時もならどちらか2人が必ずいたはずだが、今日に限って誰も来ない。
「何か外へ連絡する手段があれば…まて、携帯電話があったはずだ」
「な、う、うむ。そういえばそうだったな!」
挙動不審な遠坂パパン、優雅な姿も形なしである。
「あった…うむ…………」
懐から出した黒い携帯電話。
通話とメール機能しかないシニア用の携帯電話であるが、しばし沈黙に突入する。
「……代わりに私がしよう」
「……………頼む」
遠坂家の弱点その1、機械に弱い。
この点については父親である時臣は娘の凛よりもさらに酷いのであった。
「まずは衛宮邸だ、そこならば凜が居るはずだ」
携帯電話を受け取ったアーチャーが素早くボタンを操作し、衛宮邸につなげる。
しばし、着信音が鳴り響き、やがて電話がつながる。
「はい、衛宮です」
「む、カレンなのか!?」
だが、出てきたのは遠坂凜ではなく、
サドマゾシスターのカレン・オルテンシアであった。
意外すぎる人物にアーチャーが思わず驚きを口にする。
某主夫を弄る目的でよく衛宮邸に来るがまさか出てきたがカレンなのはアーチャーの予想の範疇外であった。
しかも、何かと毒を吐くあの銀髪シスターの口から「衛宮です」と我が家のような口ぶりに、鳥肌が立つ。
だが、次に電話の向こうから飛び出た言葉にアーチャーは更なる驚愕を覚えることになる。
「妻に向かってその言い方はなんですか、駄犬」
「く、本当にカレ―――何ィィいぃ!!?」
妻宣言。
いやな予感が懐かしい記憶と共にアーチャーの脳裏に映し出される。
どうして忘れていたのだろう、この箱は衛宮士郎にとってトラウマだったはずなのに!
「何を驚いているのですか、衛宮士郎。
まったく、責任は自分が取ると大言しておきながらその態度。
まあ、一発で妊娠させたケダモノゆえ、しかたがないかもしれませんが」
「…………………………お、おぅ」
この箱はかの第二魔法の担い手が作った魔術的な代物である。
箱の中の空間や時間軸が箱の外とはズレており、中から電話を掛けるとこうして平行世界の向こうへ繋がってしまう。
無限に連なる平行世界とは、すなわち様々な可能性の存在がありうる。
アーチャーのように一人英霊に至った衛宮士郎や、遠坂凛と共に歩む衛宮士郎など。
ゆえに、電話の向こう側が自分と同じではない、といことは知識として理解している。
しかしだ、しかしだ。
よりにもよってこのタイミングでこの可能性を引き当てたのは最悪であるとアーチャーは思った。
「……………ほぅ」
そう、カレンのことを「裏切り者の娘」ではなく、
「親友の孫娘」と認識している時臣にとっては聞き捨てならないセリフなのだから。
唯でさえアーチャーを娘に着く悪い虫と感じているのみ、この始末。
既に米神には綺麗な十字模様が浮かばせ、爆発寸前である。
「それとも、そんなに私の声が聞きたかったのですか、士郎?」
「へ?」
「それなら素直に言えばいいのに――――馬鹿」
デレだ、デレている。
こったのカレンは泰山のマーボー並みにSなのに、
このカレンは黄色い桃の缶詰並みに甘ったるい。
「い、いや、違うぞ。ただ、間違えただけだ」
「嘘つき、素直になればいいのに」
甘ったるい声で囁くカレン。
一方、冷や汗をかくアーチャーに怒りのケージを上げつつある時臣。
「私は素直になったのに……愛してますよ、士郎」
「お、おう。そうか」
一体全体どうすればこうなるのやら。
そう戸惑うアーチャーで、自分とは違う可能性を歩んだ衛宮士郎について聞きたかったが、
これ以上踏む込むと、隣にいる男性から送られる殺意視線が物理な物にチェンジしそうなのでここで引くことにする。
「すまない、時間がないから切るぞ。じゃあな、カレン」
「そうですか…では、また会いましょう士郎」
電話を切る。
隣に振り向く。
「さて、何か遺言は?」
にっこり0円スマイルを浮かべる遠坂時臣。
ああ、怒った凛と同じ顔をしているな、やはり親子なのか等とアーチャーは現実逃避を図り――――光と共に意識が消えた。
※ ※ ※
「……………」
「……………」
考えもなしに宝石魔術を放ったため、加害者被害者双方ともボロボロになった挙句。
外と連絡が取れる唯一つの携帯電話は見事に破壊されてしまった。
自称優雅な加害者の娘が頭に血が上り、
うっかりをやらかすのは父親の遺伝であると見事に証明された。
「前向きに考えよう、夕方になれば凛に葵も帰ってくるだろう。
それまでの辛抱だ。時間がねじれているからむしろ早く済むかもしれない」
気を取り直して優雅に服を正す時臣。
打って出るのではなく待ちの戦術を採用した。
「…時臣氏、残念ながらしばらく妻子は帰って来ない」
「な、まて。たしか葵はアインツベルンのアイリスフィールと共に、
同好のよしみでコミ何とかと言う物に参加する聞いていたがそれは次の週では?」
「時臣氏、それは一週間ずれて今週だ」
「……………」
優雅でカッコいいパパン。
そしてそれにメロメロな妻と娘であったが。
歳を重ねるごとに遠坂の業、すなわちうっかりが顕在化する時臣であった。
「そして凛はあの小僧の家に泊まり込みだ」
「さ、桜もか?」
「桜もだ」
「……………」
さらに父親として娘が男の家に泊まり込んだことに落ち込む優雅な貴族であった。
その落ち込み具合はもし間桐雁夜が見たら大はしゃぎしていただろう。(そしてその後蟲ゲロを吐く)
「さて、どうするか」
真っ白になった優雅貴族をアーチャーは放置し次の脱出手段を模索する。
とはいえ、念話は時間の流れがずれているせいで外に通じないし、内からの魔術攻撃も何が起こるか不明。
「やはり、素直に待つべきか。しかし……」
しかし、何だろう。
先ほどの電話といいこの宝箱にはいい思い出がなかったはず。
他に何か、とても何か思い出したくない黒歴史があった気が――――。
「内側から解術するには機材がないと無理か……む、何だこれは」
「時臣氏………?」
いつの間にか復活していた時臣は、
魔術師らしく調査をしていたが何かを見つけたようだ。
「杖…いや。しかしこの形状は、
だがここにはめてある宝石は間違いなく本物だ。それも特上の物だ」
「………まて、杖だと?」
遠坂時臣が見つけたのは、小さな女の子から大きなお友達が好きそうな番組に出てくる魔法の杖だった。
そしてアーチャーは思い出す、この杖に巻き込まれて発生した生前死後を含めた数々の黒歴史が。
あらゆる並行世界においてうっかり娘を色物キャラに仕立て上げるトラウマ製造機、または麻婆親子にとっては愉悦製造機。
そう、その名も―――。
「むぅ、凛さんかイリヤちゃんじゃないのが残念ですが、いいでしょう。
あは、お久しぶりですね時臣さん、それにアーチャーさん、それとも士郎さん?」
「ルビぃぃぃぃぃぃやはり貴様かぁぁああああぁぁぁぁ!!!」
ない胸妹を弄ることが趣味な割烹着を着込んだ使用人ボイスで、
嬉しそうに話しかけてきた魔術礼装にアーチャーは叫ばずにはいられなかった。
「さてさて、あのクソ爺が作った箱に閉じ込められたシュチュですね。
しかも今回は甘酸っぱいボーイ・ミーツ・ガールじゃなくて、ワイン×五次弓なんて、きゃあ、アーチャーさんのエ・ッ・チ」
「やめろ、ルビー。貴様まで貴腐人のようなことを言うな」
マーボー×ワインで妄想する大和撫子な奥様はこれ以上いてほしくないし。
歪に日本の文化に染まった挙句マーボー×スナイパーで妄想する可愛すぎる奥様はこれ以上いらないんだ。などと、アーチャーは内心で絶叫した。
もっとも、昼ドラ組の婚約者が上記2人の影響で槍×先生で萌えるのもいいかも、などと思い始めているなどまったく知らなかった。
「ちっちっち、いけませんね。
初体験で百合百合な濡れ場で興奮したアーチャーさんに文句を言う資格はありませんよ」
「ぐはぁ!貴様なぜ…というか、なんで知っているのさ!!」
ピュアな青年時代の初体験を掘り起こされ動揺するアーチャー。
思わず地が出てしまっている(詳しくはFateの夜の方ので見てね)。
「いいですか?男の子が百合に萌えるように『ホモが嫌いな女子はいません!』」
「やめろぉ!!!セイバーの声でそんなことを言うなぁぁぁぁぁ!!!」
今でも神聖視している思い出が汚され、アーチャーのライフポイントは限りなくZeroに近づく。
そのため周囲への注意が散漫になり、彼はこの後に続く喜劇を止めることは叶わなかった。
「よし、契約は成立と」
「は」
「なにを…?」
契約の意味を理解しているアーチャーが思考停止気味につぶやき。
先ほどから蚊帳の外であった時臣が意味が分からず疑問符を述べる。
ついてゆけない2人を残し魔力が愉快型礼装を中心に暴力的といってもいいほどの魔力が吹きあふれる。
「さあさあ、刮目せよ!!
かつて時代を先取りした男の娘な魔法少年トッキーが今、再び登場するのを!!」
「え、え?ええ?」
ルビーが言っていることが理解できず眼を白黒させる時臣。
「やだもー、忘れちゃったんですか?
ほら、公園でデビューを果たした魔法少年トッキーを?」
「あ……あああ、あああっぁ!!
ぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああ!!!!???」
ルビーの高らかな宣言。そして思い出す、
いや、自ら魔術で記憶を消したはずの記憶が強制的に思い出されて発狂する時臣。
隣にいたアーチャーが今更ながらもルールブレイカーを投影して契約を解除すること試みたがやはり今更で。
「誕生!!魔法少年マジカル☆トッキー!!!」
光とともに、意識が飛んだ
※ ※ ※
「く……外に出られたが……………」
トンネルを抜けた先は雪国ではなく、箱を抜けた先には幼い少年。
否、魔法少年マジカル☆トッキーが何かの決めポーズをしてアーチャーの眼前にその異様な存在感を放っていた。
「魔法少女がなんのその、男の娘、魔法少年マジカル☆トッキー、爆・誕!
腐った人から大きな大きなお友達に愛されるアイドル。紅き衣を纏いし炎の魔法使い、ただいま見参!!!」
「…………………………」
外見は娘と同じくあの赤かくてゴテゴテとした装いのままであり、頭に取り付けてあるのもやはり猫耳であった。
顔はほっそりとし、綺麗に透き通った青い瞳。幾重にも重ね塗りした漆喰のようにやや癖毛のある黒い髪はまるで女の子のようだ。
だが男である
腰は細く、短いスカートから伸びている足は生まれてたばかりの鹿のようで、
黒のニーソックスと白い素肌の絶対領域がとてもとてもまぶしい。
だが男である
「ただ一人の命(社会的な)を守れずして何が正義の味方だ……」
社会的に死亡確定な姿をしてしまい、かつての悪夢が復活してしまったことにアーチャーは絶望する。
ありし日にこのバカ杖のおかげで生前はとばっちりで尻拭いし、死後は守護者の仕事としてやはり尻拭いする羽目に陥ったのに。
さらにあの時と同じく他人に見られたら凛の時よりも――――。
「えっと…」
「あらあら」
凛の時よりもマズイ、とアーチャーが心の中で呟く前に既に他人の眼は存在していた。
しかも身内も身内、妻とその知り合いのという最悪の人選であった。
「なっ…2人共いつの間に!!?」
「えっと、今先程よ、アーチャーさん」
アーチャーの疑問に遠坂葵が答える。
2人ともいつもの育ちのいい奥様のイメージはなく動きやすいズボンにシャツといった姿をしており。
両手には大きく膨らんだ紙袋に肩に掛けたカバンからはポスターがはみ出ていた。
そう、戦場(コミケ、コミティア)から帰り、
未だその興奮を保っていた【貴腐人】たちは眼の前の美味しすぎるシチュに反応しないはずがなかった。
「きゃあああああああああああああああ!!!あなた素敵、素敵よっ…!!」
「あらあら、葵さんダメよそこまで興奮しちゃ。淑女たるもの静かに萌えなきゃっ…!!」
顔を赤らめ興奮する魔法少年の妻に、それをどや顔で制止しつつも鼻を押さえる可愛すぎる奥さま。
そして2人してさりげなく最新のデジカメとビデオを取り出したことでアーチャーは記録を残させないよう動くが。
「な…体が……!?ルビー貴様ぁ!!!」
「ふっふふ対魔力の低さとと幸運Eは伊達じゃありませんね!」
ルビーの暗示系の魔術であっさり動きを止められてしまった。
ルビーはそんなアーチャーを笑い、むしろ幸運Eなのは時臣氏の方だろうが!!
と暗示系の魔術で動けないアーチャーは愉快犯に対して心の中で叫ぶ。
「ナイスよ!さあ、あなた。こっちを向いてくださいね」
「どうしてこうなったか分らないけど萌えるからいいわ。ねえねえ、何かポーズをしてくれるといいな」
「おーけぇー!!バッチこいです!!!」
カメラを持って時臣ににじり寄る貴腐人2人にアーチャーは悟る。
ああ、死んだな(社会的に)と。
この後、無茶苦茶撮影会をした。
被害者遠坂時臣は娘に慰めれるまで3日間工房に引きこもったそうだ。