「———————————————」
月光を背に雲海を上を銀髪の魔女が飛んでいた。
夜間飛行は昼間と違い、視界が効かず距離感覚が掴めないため、好んで飛ぶ魔女はいない。
しかし彼女はその例外に属する。
頭部に光る魔導針がネウロイだけでなく己の位置を常に把握し続けているゆえ、
例え月夜がない夜でも飛ぶことが苦とならない。
彼女の名はアレクサンドラ・ウラジミーロヴナ・リトヴャク中尉。
501ではサーニャと呼ばれている彼女には秘密がいくつかある。
例えば固有魔法の「全方位広域探査」
そして訓練で習得した魔導針で同じナイトウィッチ同士で通信を交わし合っている事。
今は披露する機会があまりないが、
ネウロイが侵攻する前まではウィーンで音楽を学んでいたから歌が上手な事。
料理も得意でオラーシャのお国料理であるボルイシチだけでなくケーキだって作れる事。
どれも501の皆に話したいが、
サーニャ自身も自覚している引っ込み思案な性格。
そして主な活動時間が夜間哨戒に飛び立つ夜と早朝に限られているから、話す機会もあまりない。
例外はエイラ、それとエーリカ・ハルトマンである。
さらに他の例外と言えば・・・。
『こんばんわ、サーシャ』
突然男性の声がサーニャの耳に届いた。
「こんばんわ、ビック・ガン」
サーニャはそれに驚かず、
魔導針で声の主の位置を確認してからいつも通りに挨拶を返した。
きっかけはサーニャが魔導針で捉えた機影が同じ夜間哨戒機であり、
夜の孤独と退屈を紛らわせるために話しかけたのが始まりである。
今ではこうして挨拶を交わした後の雑談が日課となっている。
『今夜も月が綺麗だね、
それにシリウスもよく見える』
「はい、雲量が少ないからよく見えます」
サーニャはくるりと体を捻り空を見上げる。
夜空には星々が輝き月が光を灯らせる澄んだ空があった。
この昼間の空とはまた違う趣をサーニャは好んでおり、それを知るのはサーにャだけだ。
いや、だけだったと言うべきだろう。
今は名前を知らずコールサインでしか知りえない人間が知っている。
「————————————」
そして意図せずに口から歌声が漏れる。
ソプラノ調の緩やかなメロディは今は行方が知らない父親が作った曲だ。
「~~~~」
サーニャの歌声に合わせてビック・ガンと呼ぶ人物も鼻歌を歌う。
夜空の魔女が歌えば合わせて歌う、いつもの習慣であった。
※ ※ ※
「ロンドンからの輸送機を確認しました、位置は――――ここです」
「そうか、この位置だと後30分くらいか・・・」
レーダー員はロンドンから帰ってくる予定のミーナ、坂本少佐、
そして宮藤の3人を乗せた輸送機をはっきり捉えていた。
周囲に他の機影、所属不明のものはなく予定通りだ。
いや、
「今のところは、と言うべきか」
ワタシは知っているがゆえに小声で呟く。
兎耳の魔女と少し仲が進展してから少し時間が経過した後、
ミーナと少佐、それに従卒扱いとして宮藤の3人がロンドンへ出張した。
【原作】通りなら帰還中にネウロイが接近。
これを哨戒中のサーニャが撃退する、という流れである。
バタフライエフェクトが発生しすぎて、
【原作】に関して信を置くことはできないが警戒するにこした事はない。
だから出迎えも兼ねてこうして眠気を我慢して様子を見ているわけだ。
『管制室へこちらサーニャ。
ロンドンから帰還する連絡機を確認、迎えはいりますか?』
む、サーニャから通信が入った。
あっちは自前のレーダで探知したようだ。
「こちらバルクホルン。
直ぐに迎えに行ってくれ。
今の所はネウロイは確認されていないが護衛を頼む」
『了解、航路変更。
連絡機の視界に入る位置に移動します』
そういい終えるとレーダでは点で表示されているサーニャが進路を輸送機に向けて移動を始めた。
お互いに近づくように動いているので相対速度的に5分程度で合流を果たすだろう。
そしてサーニャのすぐそばに、
同じくレーダーの表示では点で表示されていた扶桑の航空機、
コールサイン、ビックガンも離れ始めた。
「ビックガン、か」
コールサインの中の人の正体はコネで知っている。
扶桑人で学徒上がりだが腕はかなりいいとの評判の人物だ。
女所帯な上にミーナの方針で男性との接触が限られている中で、
無線での会話だけとはいえ、サーニャが男性と接触していたなんて驚きだが、
「藤堂守なんて、何の冗談だ」
とある戦国物では家康公が関が原で突撃した所でエタった作者が、
唯一完結させた架空戦記の人物がこのパンツじゃないからな世界にいるなんて思わなかったな・・・。
そして、あの作者の世界が少しでも重なるとしたら
このストパン世界でも21世紀にはゾンビが溢れたり、
あるいは宇宙人と戦争を始めたりと非常に物騒な未来を迎えるかもしれないな。
まあ、その時ワタシは寿命で既に亡くなっているだろうけど。
『——————————』
なんて考えていたらサーニャの歌声が無線越しに聞こえる。
穏やかなメロディに透き通った声の美しさに任務を忘れて思わず耳を傾けてしまいそうだ。
ミーナも元々音楽を学んでいただけあって、
綺麗な歌声で歌えるけど、サーニャの方もなかなかよく実に甲乙つけがたい。
ふむ、今度のレクレーションはカラオケ・・・はこの時代はないか、残念。
『・・・こちらサーニャ、誰か、こっちを見ています』
唐突に歌を止めたサーニャがぽつりち言葉を漏らした。
ふとレーダーの表示を見ればサーニャは輸送機と平行に飛んでいる。
どうやらお出ましのようだ。
『誰とは何だ?ハッキリ物を言え
それと報告は明瞭に、あと大きな声でな』
『シリウスの方角に所属不明の飛行物体を確認しました』
少佐の言葉にサーニャが答える。
ワタシはサーニャ達から見てシリウスの方角を注目するが、レーダー上には何も映っていない。
「サーニャ、基地のレーダーは何も確認されない。
念のために聞くがその飛行物体の高度は分かるか?」
『はい、海面から30メートルの所を飛行しています。
通常の航空機よりもとても早くて、大きいのでネウロイに間違いありません」
『む、雲の下にいるから私の魔眼でも捉えることは無理だ。
おまけにそんな低空で飛んでいると基地の電探には引っかからないな』
『私の方も固有魔法の範囲外にいるからどこにいるか分からないわ』
サーニャの答案に少佐が悔しそうに呟き、ミーナが困ったわねと言葉を続ける。
「中佐、直ぐにこちらから部隊を派遣したいと思う。
Ju52はいい飛行機だが速度は遅いし、何よりもユニットがそちらにない」
『今は整備中だったから持ち込めなかったのは仕方がないわ。
でもトゥルーデ、夜間戦闘が出来る人間は限られているわよ?』
ミーナが夜間戦闘に疑問符を投げつけた。
魔導針抜きの目視でも夜間戦闘はネウロイのシェルエットが黒いこともあって、非常に難しい。
暗いせいで敵味方の区別ができず同士撃ちの危険だってありうる。
ミーナはそうした点を踏まえて発言した。
「問題ない、照明弾は用意してある。
それに敵味方の位置はサーニャが管制すればいい。
そして撃墜でなく退けさせる戦いならできるはずだ」
『成程、準備はしてあるし、
撃墜ではなく撃退ね、それなら良いわ。
バルクホルン大尉、進言を取り入れます。直ちに出撃してください』
「了解した!直ちに全員叩き起こす」
警報ボタンを躊躇なく押し、基地に警報が鳴り響く。
『それとサーニャさん、
今のは聞いていたかしら?
皆が来るまで兎に角無理をせずに時間稼ぎに徹して下さい』
『了解しました』
サーニャの返答が言葉だけでない証拠に、
レーダー上のサーニャを示す光点が急速に輸送機の傍から離れる。
よし、こちらも急ごう。
いくらウィッチとはいえサーニャ1人だけでは荷が重いだろうから。