「トレース、オン」
自己の内面に語りかける呪文を口にする。
27本の魔術回路を起動させて魔力を練り上げ幻想を顕在化させんとする。
「ぐ・・・。」
万力で直接脳を締め上げるような頭痛。
これから作り出す幻想は今までやってきたものとは格が違うための反動。
感覚でしか分らないが、たしかに言えるのはあの夢に出た剣は人間の手で作り上げたものではない。
人を超越した存在が作った代物、到底人の手で再現することなど不可能である。
「が――――。」
ゆえに今からするいことはただの蛮勇。
諦めてしかるべきであると衛宮士郎の理性が訴えかける。
「な・・め・・・。」
だが、今それを放棄することはできない。
元より衛宮士郎ができることとはこれだけで後退することは魔術の道を閉ざす事と同じ。
苦痛を体に刻みつけて慣れてこその魔術、自分だけでなくそうして彼の師もしてきた。
「ぐぅ・・・。」
ギチギチ、と無数の剣が体内で蠢く感覚。
このままでは暴走し、内側から食い破られると脳が盛んに警告を発する。
痛みが思考を閉ざして余計な雑音が入る。
「がぁぁぁああ・・・・・・。」
腕の筋肉線維が破裂する。
とっくに限界は超え、27本の魔術回路は過熱気味で体中痛みを訴える。
――――衛宮君の魔術属性は「剣」
貴方は「剣」に関してなら如何なる追従をゆるさない。
「ぉおおお・・・・・・。」
唐突に思いだされる言葉。
自分を導いてくれた遠坂凛の言葉を。
――――衛宮君自身が作り出す幻想こそが唯一の魔術
「ぎ――――くぅ―――。」
基本に立ち返える。
あらゆる雑音を遠ざけただ剣を作る装置と為す。
創造の理念を鑑定し
基本となる骨子を想定し
構成された材質を複製し
制作におよぶ技術を模倣し
成長に至る経験を共感し
蓄積された年月を再現し
あらゆる過程を凌駕し尽くし――――。
ここに幻想を結び、剣と為す――――。
「やっとできた、しかし凄いなこの剣は・・・。」
現れたのは黄金の剣。
人の手でなく星が作りし尊き幻想の剣。
今まで遠坂の祖先が集めたという各種礼装などこの剣の前では塵のようなものだ。
「でも、なんでこの剣と――――なっ!!」
魔力探知が低い彼でも分る魔力の渦巻き、土蔵にエーテルの風が吹き溢れる。
それは土蔵の中心で人の形を作りながらさらなる幻想が衛宮士郎の前に現れた。
「――――問おう。貴方が、私のマスターか。」
1月31日になったばかりの夜。
この日衛宮士郎は10年ぶりの運命と邂逅した。
※※※
「で、アンタの事だから学校にサーヴァントを連れてくるつもりはなかったんでしょ。」
「うぐ、なんでわかった。」
夕方の商店街を歩く男女3人。
たかが男女と一緒にいるだけと侮るなかれ、それだけでも全国のモテナイ男からその男にリア充史ねの電報が送られること間違いなしで、
年頃の男女の組み合わせ、それも男女比率1対2とは容易にハーレムの単語を見いだせ、爆死希望の連絡が舞いこむだろう。
そんな一見羨ましい青春のワンシーンがここ冬木という一地方都市の商店街で繰り広げられていたが残念ながら男の方はそうは思っていなかった。
「よくわかりましたね、リン。
シロウの身の安全を守るためには常に傍にいなくては意味がありません。
なのにシロウは何故か、私を結界で隠すという手段がありながら初めは断ったのですよ。」
腰に手を当ててやや憤慨するセイバー。
威厳はなくはないのだが可愛らしい容姿に小ぶりな体系のせいで威厳よりも可愛らしく見える。
ついでに腕に膨らんだ買い物袋がぶら下がっているせいでさらに少女らしく見えた。
「ふふん、それはねセイバー。
士郎はセイバーがあまりに美人だから皆に見せたくなかったのよ。」
「ち・・・ちがう遠坂。
そういう意味じゃなくて・・・いや、そうでもなくて・・・。」
セイバーの問いかけにここぞとばかり弄るツインテールレットデビル。
案の定、顔を赤くした衛宮士郎が必死に自己弁論をすぐに自爆した。
「ふむ、言われて悪い気はしませんが、
この程度で動揺するシロウは少々女性に弱すぎるのでは」
少し冷やか、
というより生温かい眼で主人を見る使い魔。
が、なんだか瞳がアカイアクマと同じく悪戯っ子のものとなっていたのは気のせいだろう。
「いや、だからそういうわけではなくてだ」
衛宮士郎には1、2歳年下の少女から生温かい眼で見られて喜ぶ趣味はない。
加えて黙っていればさらに弄られるのは確実なので己の矜持を守るためにはでさらなる弁論を張るが先に追撃が為される。
「へーそうじゃなくて何なの?
衛宮君ってこういう事とかが好きなのかな?」
士郎の両手に買い物袋がぶら下がっているのを無視して凛が腕を組む。
「ちょ、おま・・・当たる腕が当たっているし、その・・・」
「その、なーに?」
胸自体は触れるか触れないかの距離を保っている。
しかし、腕から伝わる体温に女性独自の香りなどは士郎にとって効果は抜群だ。
眼はあらぬ方向をさまよい、顔は赤くなりアカイアクマに見事に翻弄されている。
「ふふ、士郎可愛い」
「遠坂、おまえわざと・・『お楽しみの最中のようだけど、戦争中だというのに貴方達何をしているのかしら?』・・・ッッ」
幼さを残す第三者の声に3人は普通の日常から魔術師の日常に意識が戻った。
「何者だ!!」
3人の心象を代表するようにセイバーが両手を塞いだ荷物を落とし、
いつでも得物を出せるように構え、声の主を睨む。
「へぇ、お兄ちゃんはやっぱり期待通りセイバーを召喚したんだ」
3人の第一印象は白い妖精だった。
赤い瞳に雪のように白い髪、そして人間でなく人形じみた顔立ち。
服装こそ人間のものであったがそれでも普通の人間として違和感を感じずにはいられない少女が眼の前に佇んでいた。
「うん、見た感じ前と変わらないから優勝候補間違いないしね」
2人の警戒と剣の英霊の睨みにも屈せず妖精はさらに論じる余裕すら持ち合わせていた。
「その姿、人間じゃないわね
もしかして貴女アインツベルンの者かしら」
凛はポケットに宝石を手にし、いつでも攻撃できるようにした上で、
以前たまたま読んだ御三家の特徴に関する手記に描かれたものと照らし合わせたて妖精に問う。
「正解よ、トオサカリン。
では改めて皆さまにご紹介いたします、
わたしの名はイリヤ、イリヤスフィール・フォン・アインツベルンよ」
「アインツベルン・・・」
御三家の一人と認めた発言に凛は呆然とその名を呟く。
「く、アインツベルンですか、
しかし貴女一人で私の前に出たのが運の尽き、覚悟。」
不可視の剣を構えイリヤを睨む。
慌ててそのマスターである士郎が止めようとするがそれよりも早くイリヤが発言する。
「ふぅん、セイバーすっかりキリツグみたいになったんだ。」
「なっ!!!あ、貴女は・・・。」
「お、親父の名前をなんで・・・!?」
共に切嗣の名を知って面識がある2人が驚き、心が揺さぶられる。
方や、元マスターで最後まで理解しあえず別れ、片方はその子供として一緒に過ごしてきた仲。
それがまったく見知らぬ人物にその名を聞かされ、士郎はただ混乱するばかりだがセイバーはある仮説に辿りつく。
「まさか・・・そんな、貴女は、貴女は」
「なるほど、セイバーは記録じゃなくて『記憶』で知っているのね、ふふふ。」
絶句するセイバーに微笑するイリヤ。
2人にいっいたいどんな関係があったのか他の2人にはわからなかったが、
「・・・・・・ちょっと、いいかげんわたしを無視して話を進めないでもらいたいのだけど。」
話の主導権をすっかり奪われた凛が言葉を綴る。
「あらいたの、未だサーヴァントを呼んでない自称名門魔術師が」
イリヤの皮肉でいつもならここで、
『調子にのるな――!!!このお子様魔術師ッッッ!!!!』などと怒鳴っていただろうが冴えた頭がそれを拒む。
いつもへっぽこといる時のでなく正しく魔術師としての思考が感情を抑え、理性的な行動ができた。
「別にこれから最強のサーヴァントを呼んでチビッ子魔術師を倒せばいいだけよ」
「大した、自信ねリン。
どうせうっかりで台無しになるような気がするけど」
「あははは、よく家の家系の呪いを知っているじゃない白髪ロリッ子」
「うふふふ、そんなレディーらしからぬ体型をしているからさぞ、野蛮なサーヴァントが召喚されるに違いないわ」
「あはははははは、鏡を見たらどうよロリ」
「うふふふふふふ、それは貴女のほうよリン」
訂正、
当初から理性的な思考などしていなかったようだ。
お互い喧嘩上等なタチか、売り言葉に買い言葉が際限なく続いてゆく。
「なあ、セイバー2人を止められないか?」
「無理です、シロウも藪蛇になるのを分っているハズです」
「そうだよなぁ」
主従2人はそんな楽しげな2人の魔女を放置することにした。
「ん――――そろそろ時間ね」
しかし、そんな楽しい時間も終わりは唐突だった。
イリヤは空を見上げ、告げた。
「行かなきゃ、
じゃあねシロウ、リン、セイバー。
――――――夜になったら殺しに来るから」
そうして雪の妖精は跡形もなく3人の眼の前から去って行った。