おりおん日記

電車に揺られて、会社への往き帰りの読書日記 & ミーハー文楽鑑賞記

「風味絶佳」  山田詠美

2011年02月17日 | や行の作家
「風味絶佳」 山田詠美著 文藝春秋社 2011/02/16読了  
 
 男子諸君、この小説は大変、キケンです。家に帰ってゴハンを食べるのが怖くなります!―と、とりあえず警告を発したくなるぐらい、できれば、男性諸氏には読まないでもらいたい。

 表題作である「風味絶佳」を含む6篇からなる短編集。私は、2番目に収録されている「夕餉」に打ちのめされた。愛する男の帰りを待ちながら、料理をする女の一人語り形式の小説。ひれ伏したいぐらいの気持ちになった。それは、「敬意」故ではなく、「恐怖」故にです。

 なんで山田詠美は、私の心のうちをここまで見透かしているのだろうか、ページを1枚繰るごとに、1枚ずつ身ぐるみを剥がされていくような、薄ら寒い気持ちに支配されていく。本当は「お願いだから、もうそれ以上は言わないで」と懇願したい。でも、その一方で、あまりにも巧みな話術に載せられて、最後は、もう自分で脱いじゃえ~と開き直りたくもなる。

 「夕餉」は女が料理を媒介にして男を支配しようとする物語。冒頭に収録されている「間食」は、「夕餉」とは全く異なる登場人物・設定だが、男が女の支配から逃れて息抜きする快感を描いていて、ちょうど対になっているようだ。「誰かのために料理する」という行為はエロチックでエゴイスティックだ。でも、それを受け入れて、共に食事をするということが、家族になるということなのかもしれない。
 
 実は、これまでずっと食わずギライ(読まずギライ?)を通してきて、山田詠美を読むのはこれが初めて。でも、若い頃に出会っていても、その味わいを堪能することはできなかったかもしれないし、心が弱っている時に読んだら負けてしまっていたかもしれない。この年齢になったからこそ、その醍醐味がわかるような気がする。まさに、プロフェッショナルの仕事でした。

 表題作である「風味絶佳」。どこかで聞いたことあるなぁ~と思っていたら、2006年に映画化されていたのですね。主演は柳楽優弥と沢尻エリカ。今にして思えば、なかなか、キワドく、話題性たっぷり配役であります。大学進学を拒否してガソリンスタンドで働くことにした青年。「とりあえず、大学に行っておけ」という両親を説得してくれたのは、米軍基地の近くで軍人相手の小さなバーを営む祖母。孫に「グランマ」と呼ぶように強要するおばぁちゃん役の夏木マリは絶妙のキャストだけど、柳楽&沢尻で、一挙に、お子ちゃま映画化したのではないか(見てないけど…)と、いらぬ心配をしてしまいました。

 ちなみに「風味絶佳」は黄色い箱の森永ミルクキャラメルのキャッチコピーです。子どもの頃は箱の文字なんて気にしていなかったし、大人になってから森永キャラメルなんて買わなくなってしまったので、そんなステキなコピーが書かれているなんて、今まで、全く知りませんでした。めちゃめちゃカッコイイ言葉。怪しい英単語をダラダラと並べるよりも、簡にして要。そして美しい。「風味絶佳」という言葉そのものが、甘く味わい深い。