おりおん日記

電車に揺られて、会社への往き帰りの読書日記 & ミーハー文楽鑑賞記

「菅原伝授手習鑑」 @国立劇場・文楽2月公演

2011年02月15日 | 文楽のこと。
菅原伝授手習鑑 @ 国立劇場・文楽2月公演

 おなじみの寺子屋ではなく、今回は車曳き&桜丸切腹の段を中心とする場面。以前、素浄瑠璃で住師匠の桜丸切腹の段を拝聴したことがあります。住師匠自身も、大変、お好きな場面とういうことで、魂のこもった大熱演でしたが、「やっぱり、私は人形浄瑠璃が好きなんだ」と今回、再認識しました。もちろん、床が良いことが大前提なのですが、でも、人形があってこそ心ときめくのです。

 この演目の私的MIPは「車曳き」で梅王の芳穂さん! 病気休演の始大夫さんのピンチヒッターとしてのご出演でしたが、ピンチヒッターとは思えぬ堂にいった語りでした。ふくよかで、伸びやかな声が、私を物語の世界に引きずり込んでくれるのです。以前から、芳穂さんが滑稽な場面を語られるのが、本当に、楽しくて、楽しくて大好きだったのですが、笑いの場面ではなくても、とってもステキでした。何よりも、芳穂さんご自身が、物語の世界にどっぷりと入り込んで語っていらっしゃるから、安心して身を任せていられる―そんな感じです。

 そして「私的ベストドレッサー賞は玉也さんで決まり!」と、途中まで思っていました。「車曳き」の場面、松王を遣われた玉也さんの袴は、さわやかなグリーンと白のチェック。白地に鮮やかな松の刺繍をほどこした松王の衣装とのマッチングを考えていらっしゃるのだと思います。さらには、暴れん坊・松王のエネルギーが伝わってくるようでもありました。以前から、玉也さんのおしゃれな袴には密かに注目し続けているのですが、今回も、相変わらずステキなセンスでした。もちろん、お衣装だけではなく、メリハリの効いた松王の動きが小気味よく、一気に、ワクワクウキウキとハイな気分が盛り上がってきます。

 でも、最後の場面で簑師匠の桜丸が登場した時のあまりの美しさに、松王へのトキメキもちょっとだけクールダウン。簑師匠のお衣装は、淡く、落ち着いた紫の色調で統一。親や妻を残して死にゆくものの悲しみを象徴する一方で、散りゆく花の最後の艶やかさもあり、桜丸がそこに立っているだけで切なく、人生の不条理を感じさせられる。住師匠の語りも、素浄瑠璃で聴いた時以上に、心に響いて来ました。住師匠&簑師匠で「桜丸切腹の段」とは、なんとも有り難く・贅沢な公演でした。

 親・白大夫の70歳の誕生日の場面も楽しかったです。3兄弟の妻たち千代、春、八重の嫁トークが見所・聴き所。末っ子・桜丸の嫁で何をやってもドンくさい八重は可愛らしい。でも、それ以上に、勘弥さんの春の横顔の美しさ、呼吸している生々しさにキュンとなってしまいました。

 でも、ここで気になったのは、八重は振り袖に、赤い髪飾りで、まるで生娘のような装いなのです。そもそも、松王・梅王・桜丸も三つ子なのに、なぜか、松王はどっしりとした長兄らしく、桜丸は初々しい末弟の風情がありました。三つ子の妻たちであれば、年齢はそれほど離れていないであろうに、嫁女たちも、松王の妻・千代が叔母さま風なのに対して、八重はおきゃんな娘のようで、妙に年齢差を感じさせる演出なのです。でも、そのココロがどこにあるのかは、よくわかりませんでした。

 と、全般的には大満足の菅原伝授手習鑑でしたが、冒頭の「道行」はイマイチでした。富助さん率いる華やかな三味線軍団と、呂勢さん、咲甫さんの伸びやかな声まではよかったのですが…そのお2人以下の大夫さんのあまりにバラバラとした不協和音で、少々、出鼻をくじかれたような気分でした。