まるぞう備忘録

無題のドキュメント

【驚き】免許返納の結果。

2024-06-03 08:38:24 | 今日のひとり言

防災カレンダー
3日。惑星直列。新月週間。




車なしでどうやって生活するの?

地方都市に住んでいる義理の母が免許を返上しました。
母は車で5分ほどの駅前スーパーと10分ほどの会員制プールに通うのに車を使っておりましたが、ご近所から「まだ車に乗っているの?」と言われるのが気になるので、免許を返上する。ということでした。

車に乗れなくなるので、会員制プールにはもう辞めるそうです。
母は膝が悪く、歩くのがおっくう、特に下り坂は辛いと言っていましたが、毎日プールに通って泳ぐことで膝に負担をかけず運動が出来ていました。しかしプール通いも辞めて、母の運動量は減ることが心配です。

駅前のスーパーは私の足で12〜14分ほど。途中ものすごい急な坂のアップダウンがあります。
今まで車があったから買い物に出掛けられたのに。地方住まいの高齢者の免許返納は本当に大変です。



膝の痛みが消えたのよ。

免許返納した母は、毎日往復1時間ほどかけてスーパーに歩いて買い物に行くようになりました。急な下り坂を迂回するために遠回りするのですが、その道が気持ち良いそうです。
毎日歩いて買い物に行くうちに、なんと母の膝の痛みが改善してきておりました。

以前は椅子から立ち上がるたびに「あたたた」と言うことも多かったのですが、今はもう昔の母のようにすたすた歩いて家事をしております。
「膝の痛み消えたわ〜」と話ます。

すり減った軟骨が戻ることは考えにくいので、きっと膝の周りの筋肉が付いてきたため、膝の該当部の負担が軽減されたのでしょうか。
毎日1時間ほど、緩やかな坂道のアップダウンの道を歩くことが、身体に良いようです。



歩くの大好き!

ただし大きな荷物の買い物や少し離れたホームセンターの買い物は、母一人だと難しいので月1回私達夫婦が帰って買い物のまとめ買いを行います。
しかし運転しながら気をつけてみていると、道を歩いている高齢者の方が以前より多くなった気がいたします。
きっと義理の母のように免許返納したために、近場の買い物は歩いていく人が増えているのかもしれません。

私も埼玉県に住んでいた時は、もう車生活でした。歩いて行けるようなコンビニでさえ車を使っておりました。
地方都市に住んで車生活になってしまうと、本当に歩くことが激減します。
しかし義理の母の免許返納は、塞翁が馬を思い出させてくれます。

でも考えてみれば、マイカー時代と呼ばれた昭和の高度成長の前までは、でも日本人は良く歩いておりました。
私は歩くことが大好きです。
ありがとうございます。(^o^)/




おまけ(読者の方によって教えて頂いたこと)
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昭島市は地下水を上水道として、美味しい水としています。また、数ヶ所に無料の水がくめる場所があり、チカッパーという愛らしいカッパさんのキャラクターがいます。悲しいですね。チカッパーちゃんが給水機になっていますが、愛らしい顔を見ると悲しくなります。相棒がいるまたは独居なら、様々な管理や防備できるけと、一人で認知の母抱えているとお金も時間も体力も余力なくて。心が苦しくなります。せめて、水が安心になればね。

→ ほんとうに。(T_T)。。。
土と水。。。

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いつもありがとうございますさん
・・・
昨日は友人が家に来て、「ニホンミツバチ」の、養蜂所(車で50分ぐらい、ハチミツも売っています)の話をしてくれました。畑は、草と作物が一緒だそうです。今度、友人と行ってきます。環境が整えば、ミツバチを分けて下さるそうです。家の近所の栗の木も減っていますが、いろいろお話しを聞いてきます。

→ 養蜂も素敵です。東京の自由が丘という都会で養蜂をやられている方がおりました。興味深いです。
美味しい蜂蜜のお話ごちそうさまです(^^)

2009年に始まり、今年で12周年を迎える丘ばちプロジェクト。
自由が丘の中心で都市養蜂に取り組み、人と自然が共生できる街を目指して活動しています。
https://www.jiyugaoka-abc.com/special/goto/projects.html

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SOPHIAさん
・・・
梅もんじゃさんから、梅の販売を始めたと昨秋メールきました。注文には注意や、数量限定など条件あります。
ホムペを参照されてください。

→ お知らせありがとうございます!!

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薫兄者さん
・・・
稲庭うどんは秋田県ですからね。これは非常に高級なうどんで、江戸時代には殿様に献上されるもので、その製法は昭和40年代に至るまで秘密とされ、製法が明かされるまで一般人には食べることができなかった。今のように一般に普及するようになったのは、昭和40年代以降のことです。
私は基本蕎麦しか食べない。うどんはどうにも苦手なのですが、稲庭うどんだけは食べられます。少々お高いですが、旨いので。
wikiによれば、京都には蕎麦屋さんも多いそうです。近隣の丹波地方で蕎麦を栽培する習慣があったからだとか。西日本がうどんで、東日本が蕎麦という分類は、必ずしも正しくはない。
ちなみに山田うどんですが、埼玉県民のソウルフードだということは知ってます。なぜならラジオ番組「高城れにの週末ももクロパンチ」のスポンサーですから(笑)

→ ごちそうさまです(^^)

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まるぞうさん、命の源である大切な「水」について、色々と情報をありがとうございます。
教えていただいたリンク先の各種情報を見ているとなんとも暗澹たる気持ちになってしまいますが、まずは意識を向けること、多くの人が知ることが大切ですね。

→ 東京都はPFASが検出されるところの水源は閉じて、今は安全な水となっているようです。ただその措置がされる期間は長かったため地域によっては住民の方の体内に取り込まれてしまったケースもあるようです。
水(PFAS)と土(太陽光パネル)。胸が痛みます。(T_T)。。。

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「うどん、そば」のエリア地図、分かりやすくて面白いですねー。
逆に鹿児島が蕎麦文化圏なのは、縄文文化が色濃く残っているからでしょうか。ひょっとすると縄文人は蕎麦の実をよく食べていたのかもしれません!

→ 面白いです。蕎麦と縄文文化。小麦と弥生文化。お知らせくださってありがとうございます。
ちなみに私は蕎麦もうどんも大好きです!

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8 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
Unknown (薫兄者)
2024-06-03 09:16:38
蕎麦は稗や粟、陸稲などと同じように縄文時代から栽培されていたようです。ただ今のように麺状にして食べる、いわゆる「蕎麦切り」が普及したのは江戸時代以降の事。信州辺りで開発されたらしく、これが一般に普及したのは元禄期の江戸からで、当時江戸では白米を食する習慣が広がり、これによって「江戸わずらい=脚気」が急増しました。この脚気対策として蕎麦切りが良く食べられるようになったそうです。
一方うどんは、かの空海さんか唐から讃岐に持ち込んだとか(おそらく俗説)諸説ありますがそのルーツはよくわかっていない。ただ様々な俗説を総合してみると、どうやら西日本から全国に普及していったということが伺えるようです。
蕎麦切りは信州から江戸へ、そして全国へと普及していった。蕎麦(蕎麦切り)は東日本で、うどんは西日本という俗説は、こんなところにルーツがあるんではないかな。ってな感じで。
Unknown (今日もありがとうございます)
2024-06-03 12:15:42
まるぞうさん、「丘ばちプロジェクト」
素敵ですね!素晴らしい!
ワクワクします。
本当にいつもありがとうございます。
Unknown (八十六茶)
2024-06-03 15:32:54
良いお話
ごちそうさまです✨(^^)♪
 (広島県の女性)
2024-06-03 16:59:20
歩く効果って素晴らしいですね。
歩き過ぎて車いすになった方もおられるようですが。
ところで梅が品薄です。
梅のなりが裏年なのかもしれないです。
スーパーで注文したところです。
Unknown (Unknown)
2024-06-03 21:57:36
ずっと左足の親指の付け根が痛くて困っていました。
たまたま古武術のことを何かで見て、なんば走りとかなんば歩きというのを知りました。左手と左足を同時に、次に右足と右手を同時に前に出すので、見た目は変な感じになりますが、昔の日本人はそうしていたようです。
相変わらず足は痛いのですが、その歩き方をやってみると、歩いている時の痛みは出ません。
Unknown (Unknown)
2024-06-03 23:53:06
うちの認知症の義理母は90代一人暮らしです。電車で30分の距離に住んでいるので毎日お世話をしに行っています。
軟骨のすり減りによる膝の痛みは注射を打っても変わりなくむしろ注射自体が痛いと言っています。手すりのない所は歩行器がないと歩けません。膝がギシギシガクガクすると言って辛そうにしています。
でも歩けなくなったら施設に入れられると思っているので集合住宅内の通路を手すりをつたりながら往復して歩く努力をしています。ただ整形外科の先生には運動しすぎもだめですよと言われているので筋肉つけるほどには動けないです。
一人で住宅の敷地外にフリーハンドで出てすぐに転倒することが何度かあり、その度に歩くのが困難になっていってるのでかわいそうですが、徘徊の心配はないのでこれも塞翁が馬かもしれません。
歩くだけでも命懸けの日々を受け入れて、めげずに健気に努力している姿を見ると自分も頑張らないといけないなといつも思います。
Unknown (SHO_KO)
2024-06-04 08:57:35
本当に、塞翁が馬の言葉がピッタリの出来事ですね!
自分にとっての今のままの満足が、本当の満足なのかどうかは変化して見ないことには分からないものです。
免許を返納していまの在り方を手放したことで、また別の何かを得たことに気が付ける。なくしたからはいってきたものに気が付ける。あるからない、ないからある。不思議ですよね。
そして、全身運動のプールに通えなくなるのは残念ですが、膝の痛みが消えたこと。しかも歩くことで無料で叶いましたね。それだけではなく、まるぞうさんご夫婦が、毎月訪ねて交流があることはお義母様の健康や認知機能など、ちょっとした心身の変化にも気がつきやすくなると思います。長い目で見たら、とても親孝行ですし楽しい時間を作れたことになると思います。「可能性の種」というのは変化していくことで生まれていくのだなと思いました。
Unknown (Unknown)
2024-06-04 21:38:16
薫さん、「稲庭うどんは秋田県ですからね。これは非常に高級なうどんで、江戸時代には殿様に献上されるもの」とのこと。
情報ありがとうございます。こちらも初耳でした。


調べてみますと、秋田県は出羽国の一部。出羽国も古代では上国に分類される重要な国です。そこの地域にうどん文化が根付いているというのも偶然なのか、必然なのか。さてさて。

秋田県の稲庭の郷土資料館に行けば、なぜ殿様に献上されるようになったのかなどのいきさつが古文書として残っているのではないでしょうか?

秋田県となると、そう簡単には行けませんが、いつか稲庭の郷土資料館を訪ねてみたいと思います。

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