無題のドキュメント
まるぞう備忘録
未来を買う。
日本は再び韓国と通貨スワップ協定を締結しそうな空気ですね。もし今水面下で攻防が繰り広げられているとするならば、それは日本政府と韓国政府ではなく、日本政府と米国金融資本の間でありましょう。
現在韓国企業の大部分は外資、特にアメリカ資本に乗っ取られております。たとえば主要銀行においても株主は下記のごとくです。
==========
<国民銀行>
外資比率:41.2%→85.68%
主要株主:Bank of New York(15.21%)
<ウリィ銀行>
外資比率:8.6%→11.10%
主要株主:ウリィフィナンシャルグループ(韓国預金保険公社)(77.97%)
<ハナ銀行>
外資比率:21.3%→72.27%
主要株主:ゴールドマンサックス(9.34%)
<新韓銀行>
外資比率:23.4%→57.05%
主要株主:新韓フィナンシャルグループ(100%)
<韓国外韓銀行>
外資比率: 2.7%→74.16%
主要株主:ローンスター(50.53%)
<韓美銀行>
外資比率:29.4%→99.90%
主要株主:シティグループ(99.91%)
<第一銀行>
外資比率: 0.1%→100.0%
主要株主:スタンダード・チャータード(100%)
==========
韓国は数回の金融危機によって、国の産業がすっかり外資に乗っ取られた状態になってしまっと言えるでしょう。韓国人がいくら稼いでも稼いでも、利益は外資の吸い取られる構造になっています。
前回の金融危機のあと外国が資本を提供しました。投資という名目で。この投資というのは買い物であります。外資は何を買ったのでしょう。そして韓国人は何を売ったのでしょう。
それは韓国人は自分たちの未来を売ったのでありました。今後将来、自分たちが稼いだも稼いでも利益は外資に流れていく仕組みとして。未来の利益を換金して、一時的にお金を出してもらったのでした。
話は少しそれますが、シャープの買収の件もそうです。投資家や企業家がその会社の株を買うとか、投資するということは、その会社の未来を買って換金して現在今一括で支払うということであります。
韓国人はそのようにして、外資(特に米ユダヤ資本)に、自分たちの未来を換金して売ってしまったのでした。
しかし再び韓国の金融危機が叫ばれています。今度は本当に破綻してしまうかもしれません。なぜなら一番のお得意様である中国そのものが経済半端をすることが原因だからです。
韓国は政府も民間も借金を返済できないリスクが急速に高まっています。
韓国と日本の政府の借金構造は全く異なっています。
① 韓国が自分で刷れないドル建てで借金していますが、日本政府は自分たちで刷ることのできる円で借金しています。
② 韓国の借金の貸主は怖い怖い国際ユダヤ資本です。全部身ぐるみ剥がされます。日本政府の借金の主な貸主は国民です。日本政府は一人あたり800万円の借金があると喧伝されますが、裏を返せば、国民は一人あたり800万円の資本を持っているということです。
さて韓国がドル建ての借金が返せなくなると一番困るのは誰でしょう。それは貸主の米国国際金融資本です。
韓国はもう未来の利益まで換金してしまっているので、もうお金にできるものは残っておりません。?ホント?あるでしょ。お隣の国がさあ。お隣の国に借金の肩代わりしてもらってよ。
そういう背景が今回の日韓スワップ交渉にあるように思われます。私の妄想でありますが。
さて近未来にある韓国の金融危機ですが、日本がスワップ協定で大量の円もしくはドルを供出して彼らは助かるでしょうか。
残念ながら答はNOです。日本が出したドルなり円なりのお金はほとんどアメリカ金融資本に吸い上げられることでしょう。
韓国は一旦は借金はチャラになりますが、もうどの国も韓国には投資することはもうありませんから(売るべき未来も売り尽くしてしまったため)韓国の経済が復活する要因は残念ながらありません。
韓国政府はスワップのために大量のウォンを発行することでしょう。それにより、ウォンは暴落することになります。
(ちなみに日本はその下落した紙くず同様の大量のウォンを抱え込みだけになります。韓国から円またはドルを返してもらう見込みはいろいろな意味で、ゼロといって良いでしょう)
外国からの投資もなく(輸出産業が育てられない)、ウォンが暴落する(輸入物資が高騰する)状態となります。以下略。
このように日本が韓国とスワップ協定を締結しても、日本には何もメリットはありません。また韓国も破滅が少しだけ先送りになるだけです。アメリカ金融資本だけが儲ける構造です。
従って日韓スワップを締結するかどうかは、現在日本政府とアメリカ金融資本との駆け引きになっていることと思います。
日本には現在アメリカとの外交で、重要な案件があります。
それは、一つに、言わずもがな中国との紛争想定です。アメリカが肩入れするぞ。と示してくれることが、中国の暴走を食い止める最大の抑止力となります。
そしてもう一つはロシアとの交渉です。アメリカは今まで日露が近づくことを事実上禁止していたように思います。今回、日本がロシアと経済連携を行い、年末にプーチン氏が来日することになると、これまた中国に対する牽制網が一気に深まることとなります。
アメリカは「じゃあ、ここまでの距離までなら、ロシアと仲良くしてもいいよ。でもいくらくれるのさ」と言って来ているかもしれませんね。
日韓スワップを通して、アメリカ金融資本には韓国借金を肩代わりします。だから日露交渉を許可してね。そのようなやりとりがあるのかもしれません。以上は全く根拠のない妄想ですが。
日露交渉が前進することは、日本の未来にとってとても大切なことです。常任理事国が一国でも多く日本の味方になってくれることは、私達日本人が一般に考えるよりずっと大切なことと思います。
もし日本が韓国とスワップ協定を締結したのなら、それはアメリカ金融資本との交渉が成立したのなだ。ということと思います。私達日本人はそのお金で何を買ったのでしょうか。私達日本人は、日本の未来を買ったのでした。
かつて韓国人は自分たちの未来を売りました。今回日本人は自分たちの未来を買ったのでした。
ありがとうございます。※本日は新月週間ですね。
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ウシトラの声。太陽の子。
青森県三内丸山遺跡のすぐそばに青森県立美術館があります。かつて縄文人の古代王国があった場所に、鬼才成田亨の作品が保存されています。
1965年から1968年という短い間に、ウシトラの声が世の中に出るために「偶然」集められた才人の一人でした。まるで御役目が終わったかのように、成田氏はウルトラセブンの後半で円谷プロを退職しています。
この鬼才成田亨が描いたウルトラマンもウルトラセブンも最初は青い超人でした。

初期案の青いウルトラマン。

赤いウルトラマンに描き直したもの。顔も弥勒菩薩的に。

初期の青いウルトラセブンと、赤に描き直したいくつかの案。
背景の空の青と区別がつかなくなるという理由で、青いウルトラマンは、赤い色へと変更になりました。成田氏の理想のウルトラ戦士は青い色であったのです。それは青いスサノオの戦士であったように私には思えます。


しかし今の私達はウルトラマンもウルトラセブンも赤い色であると思っています。そして彼らの赤とは太陽の子どもであることを象徴しています。日の丸と同じ白(銀)と赤のツートンカラーです。ウルトラの戦士が赤と白(銀)の太陽のシンボルの配色になったのは「偶然」でありましたが、「必然」であったかもしれません。それは。
ウルトラマンを太陽の子として発想したのは、沖縄出身の金城哲夫氏でした。
もし成田氏だけのデザインであれば、忘れられたウシトラの戦士。葬られたスサノオの戦士の物語となったかもしれません。しかしそれは太陽の子であるべきだと主張したのは、金城氏でありました。やはりこの短い3年間に集められた才人の一人でありました。
彼もこの3年間、ウシトラの世界を築き上げたあと、まるで御役目が終わったかのように、円谷プロを退社し沖縄に帰っています。(そしてまだ若くして亡くなられております。合掌。)

ウルトラマンと言えば赤と銀の太陽のシンボル色ですが、それと共に象徴的なのは、胸のカラータイマーです。これはウルトラマンが太陽の子である象徴でもあります。誰でも胸に太陽を持っている、お預かりしていることの象徴です。
カラータイマーの発想は、もともとは特撮シーンの時間を短くするための予算上の理由でした。ウルトラマンは一定時間しか戦えないようにする設定が盛り込まれました。そしてそれを光の玉として胸に付けるのは金城氏のアイデアでありました。しかし成田は胸にそんな突起物を付けるのは大反対であります。したがって彼が書くウルトラマンにはカラータイマーはありません。

この有名なシーンも実はウルトラマンにカラータイマーがついていません。カラータイマーの発案が直前すぎて間に合わなかったためです。

カラータイマーという命を象徴する胸の中央の小さな光の玉、金城氏は成田氏の反対を押し切って、完成していたウルトラマンのコスチュームにこの光の玉を取り付けたのでした。このひらめきにこそ、真実の声が宿ります。この金城氏の才能が、彼が時代に選ばれた理由であります。
そう。金城氏は脚本の中でこう書きます。
「ウルトラマンを支える太陽エネルギーは地球上では急激に消耗する。太陽エネルギー が残り少なくなると胸のカラータイマーが点滅を始める。 そしてもし、カラータイマーが消えてしまったらウルトラマンは二度と再び立ち上がる力を失ってしまう。」
ウルトラマンが太陽の子であり、その命の象徴が彼の胸におさめられた光球であったことを、子どもたちは知るのでした。
ほんの短い3年の間に、ウシトラの声が世の中に出るために鬼才たちが集められた。そしてその短い御役目が終わるとまるで憑物がおちたかのように、円谷プロを離れていきました。そしてそのウシトラの声の一番の寄り代であったのが、メインライターであった沖縄出身の脚本家である金城氏でありました。彼は日本の国土で、押し込められた忘れ去られた存在たちの声を無意識に聞くことができたのでしょう。しかしその声を世の中に出すのに必要な存在こそが、太陽の子であったことも感じていたのでした。
「押し込められた忘れられた存在の声」と「ひかりのくにの太陽の子」
「陰」と「陽」
それは私達人間の一人一人の心の中の「陰と陽」でありました。
そう。どんな人にも、押し込められて、封印されて、無いことにされてしまった体験があり、どんな家系にも、押し込められて、封印されて、無いことにされてしまった方々がおられます。
しかし私達はそれを忘れてはいけないのです。なぜならそういう体験も方々も自分の大切な半身(はんみ)なのですから。
しかし半身の自分、半身の彼らを思い出す時は、必ず暖かい思いやりとともに。でなくてはいけません。恨みに呑み込まれてはいけません。もし恨みだけで彼らを思い出すと、それはあらたな「傷」を作り出す、輪廻のサイクルにおちいってしまうからです。
金城氏は無意識にその事を知っていたのではないかと思います。
・押し込められた封印されたものを生きている私達は決して忘れてはいけない。
・それは暖かな思いやりをもってのみで思い出されるべきで、決して恨みに呑み込まれてはいけない。
そう。それはまるでそれは「陰と陽」の中道のようであります。
押し込められたウシトラの声を世の中に開けるにあたって、金城氏が一番大切にしたことは、それが「太陽の子」によって開かれること。でありました。どこまで御本人が意識されていたかわかりませんが、彼のインスピレーションが残したものは、そのように私達に伝えます。

金城哲夫脚本「零下140度の対決」より
金城氏の残したウシトラの話は、忘れ去られたものに暖かく寄り添う話が多いです。そんなお話がきっと当時の日本の子どもたちに必要だったのでしょう。
ウシトラの話の本質とは「忘れ去られた存在の寄り添う太陽の子たちのお話」でありました。

終わり
ありがとうございます。※本日は新月週間ですね。
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ウシトラの声。ウルトラの男たち。その4。
上原正三氏は金城哲夫氏と同郷の沖縄出身でした。「ウルトラQ」「ウルトラマン」「ウルトラセブン」のメインライターは金城氏でありましたが、「帰って来たウルトラマン」は、上原氏がメインライターでありました。
上原氏は金城哲夫と共に第一期のウルトラシリーズの脚本を手がけておりましたが「帰ってきたウルトラマン」では、メインライターに出世したのでありました。
この時代はまだ、沖縄が日本に変換される前の年であります。沖縄はまだ外国領土の時代でありました。
帰ってきたウルトラマン 第33話「怪獣使いと少年」
脚本:上原正三

川崎の工業地帯にある河原。一人の少年が黙々と穴を掘り続けます。

そこに3人の不良学生が少年に絡み始めます。
「宇宙人が人間に化けている」「超能力を使うらしい」
「おい、お前、何処から来たんだよ」
「おい、何とか言えよ」
「どうして毎日穴ばかりほっているんだ?」

「仕事のジャマだ。あっちへ行ってくれ」
少年は3人に襲われ、掘っていた穴に埋められてしまいます。

「おい、変身してみろよ?」
そう言いながら、少年の頭に泥水を掛けます。

じっと耐える少年。
翌日。掘っ立て小屋で食事を作っている少年。

そこにまた例の不良少年が入り込んで来ます。
「なぁ~んだぁ~ 宇宙人も飯食うのかよ?」
「宇宙人野郎」
「へへっ なぁ~んだ、何だ、お粥かよ」
そういってお粥の鍋をひっくり返します。

こぼれたお粥を拾い集めようとする少年。
「拾って食うのかよ?」
「その飯、うまいぁよぅ? へっ」

拾っている少年を下駄で踏みつける不良初年。

耐える少年。痛さと悔しさから涙がポロポロこぼれて来ます。
次郎少年からこの少年のことを知った郷隊員。なぜ少年がここで一人で暮らしているのか調査しました。

郷隊員「少年の名は佐久間良。昭和33年4月5日。父 徳造。母 ヨネの元に長男として江差市に生まれる。
昭和37年9月、良が4歳の時に一家で御山鉱山に移っています。
昭和38年、不運にも炭鉱は閉鎖されて得像は職を失い、東京に出稼ぎに出たまま蒸発。
昭和40年、母ヨネ死亡。その直後、佐久間良、行方不明となってますが、父親を追って東京に出てきたんですかねぇ?」
矢吹隊長「 郷。良君に関しては君に任せる。早く宇宙人説から解放してやりたまえ。」

買い物に出かける少年。

「食パンください」

「悪いけど、よその店に行ってよ … 後で色々言われるの、嫌なのよぉ。早く帰ってちょうだい」
うなだれてパン屋を出て行く少年。その後を若い女性の店員が追いかけて来ます。

「はい」と食パンを渡します。
「同情なんてしてもらいたくないな」
「待ってよ。同情なんてしてないわ。売ってあげるあけよ。
だって、うちパン屋なんだもん。はい、120円」

「ありがとう~!」何度も振り返って御礼を言う少年。
小屋に戻るとそこには郷隊員がいました。そして老人が。

「どうして勝手に上がったんだ。出て行け、出て行け」
「やめなさい … 郷隊員は知っている。私がメイツ星から来た宇宙人であることもね」
金山と名乗る老人は、メイツ星人という宇宙人でした。地球の風土気候を調査しに地球を訪れたのでした。そこで死にかけていた少年を見つけ、そして彼を助けたのでした。二人は本当の親子のように暮らし始めたのでした。
しかし地球の公害のため、金山の身体は日に日に衰えていく。
少年は宇宙船を掘り出し、そして金山とともにメイツ星に移り住もうとしていたのでした。
そんな中、街の人たちが、棒を持って大挙して来ます。

宇宙人である少年を叩きだせと殺気だっています。冷静な話し合いができる雰囲気ではありません。

「助けて~ おじさぁ~ん、助けて~」

少年を助けるために金山が小屋から出てきます。
「宇宙人は私だ」
「あっ!? おじさん!」
「良君はただ私を守ってくれただけだ、宇宙人じゃない」

本当の宇宙人が出てきて、パニックになる群衆たち。発砲する警官。

射殺される金山。


主人を失い封印が解けたのか、メイツ星人が隠していた怪獣ムルチが河原から出現します。

「MAT~ 早く怪獣退治してくれよぉ~」

「勝手な事を言うな! 怪獣をおびき出したのはアンタ達だ。まるで金山さんの怒りが乗り移ったかの様だ」
しかし背景はどうであろうと、怪獣が街を襲っているのであれば、闘わない訳にはいきません。

退治されるムルチ。

たった一人ぼっちになった少年。
「おじさんは死んだんじゃないんだ。メイツ星へ帰ったんだよ。
おじさん、僕が着いたら迎えてくれよ … きっとだよ!」

上野隊員「一体、何時まで掘り続けるつもりだろう」
郷隊員「宇宙船を見つけるまでは止めないだろうな。彼は地球にサヨナラが言いたいんだ」
**********
この「怪獣使いと少年」には、日本においてタブーとされる様々な差別が表現されています。
河原ものである被差別部落。被差別部落とはヤマト王国の前に白山の神々を信仰していた原日本人の子孫であります。
主人公の少年は「北海道江差」出身として、同じように蝦夷(アイヌ)を暗示しています。
そして主人公の地球での通名が「金山」であることは、在日韓国人朝鮮人を暗示しています。
宇宙人が「メイツ(友達)星人」と名付けられているのも、とても意味深く思います。
この作品はあまりにも強烈すぎて、試写の時にTBS側は「こんなもの放送できない」と拒否したそうです。ただし次の修正をすることでようやく放送の許可が得られました。
・宇宙人が竹槍で殺されるシーンはあまりにも残酷なので拳銃で撃たれるシーンとして再度撮り直すこと。
・少年が石を投げられるシーン(予告には使われた)はカットすること。
一度撮影が終わったものを再度シーンを撮り直すというのは、異例のことだったようです。
このようにして「怪獣使いと少年」は放送されることとなりましたが、この騒動をきっかけに、上原氏はメインライターからは干されてしまうことになります。
第一期ウルトラシリーズ(1966年〜1968年)は多くのウシトラの声を聞く鬼才が「偶然に」集められました。これまでご紹介した「彫刻家:成田亨」「脚本家:金城哲夫」「映画監督:実相寺昭雄」などなどです。
しかし第二期ウルトラシリーズ(1971年〜1975年)「帰ってきたウルトラマン」以降には、上記のメンバーはほとんど関わっておりません。第一期から関わっていた上原氏がかろうじて第一期のウシトラの声の片鱗を残しておりましたが、この「怪獣使いと少年」の放送により、事実上メインライターの座を降りることにより、1960年代後半に日本に出現したウシトラの物語は終わったのでありました。
(これ以降の「ウルトラマンレオ」までのシリーズは、単にウルトラ兄弟という子供向けの平凡なドラマとなって行きます。)
さてこの作品でも重要な示唆があります。本来のウシトラの声とは、封印された原日本人の声でありました。消された現日本人の歴史であり文化でありました。しかしこの「怪獣使いと少年」に表現された声は、「封印された原日本人」だけでなく、在日韓国人朝鮮人の話がミックスされていることです。
それはあたかも虐げられた声が同類を引き寄せるかのようです。
これは現代の日本の社会の縮図でもあります。なぜ同じ日本人でありながら、ヤマトの象徴である「皇室」や「日の丸」を嫌う反日の人がいるのか。その奥底には、虐げられ抹殺された「原日本人」の声があるのではないか。そう私は思います。ただそれだけではなく、その「反日」の思いに「在日韓国人朝鮮人」の思いが共鳴して引き寄せられているように思います。それはなぜ反日の運動をたどっていくと、多くのケースで「在日韓国人朝鮮人」の人たちがいることでもわかります。
もう少しだけ考察を続けます。
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ウシトラの声。ウルトラの男たち。その3。
実相寺昭雄監督は、ウルトラマンとウルトラセブンの初期ウルトラシリーズで最も人気のある監督です。
ウルトラマンの中で最も人気のあると言われるジャミラの話もそうです。怪獣を供養するシーボーズ。コメディタッチであったスカイドンやガマクジラ。ウルトラセブンではロボット長官が怖い第四惑星の悪夢。下町と近未来のウルトラの世界を融合させたメトロン星人や円盤が来たのフクシン青年の話など、本当に名作揃いです。
==========
映画監督としては日本人特有の民族性・風土をテーマにした作品で有名。大島渚グループとの親交が深く、劇場用デビュー中篇『宵闇せまれば』の脚本を大島が執筆したほか、田村孟、佐々木守、石堂淑朗といった脚本家と組んだ。ヤマト王権以前のまつろわぬ神々、日本原住民的なものへの興味は、こうした脚本家たちとの間で醸成され、『ウルトラQザ・ムービー』『帝都物語』にまで受け継がれている。
(Wikipedia「実相寺昭雄」より)
==========
実相寺氏は東京生まれ満州育ちでありますが、原日本人(忘れ去られた私達の先祖)に惹かれる縁のある方であったようです。高度成長突入期の日本で、ウシトラの声に引き寄せられた鬼才の一人であったといえましょう。
それでは始まり〜。
ウルトラセブン第12話「遊星より愛をこめて」
監督:実相寺昭雄


遠い宇宙で大爆発が発生。これが今回の事件の発端となるのですが。

「こちら宇宙パトロール中ウルトラホーク2号アマギ。
宇宙には特に異変はありません。ただ平日よりは若干多量の放射能を検出」

「放射能かついこの間まで地球もその放射能で大騒ぎをしたものだ」

「うむ。原水爆の実験でな。しかし地球上ではもうその心配はなくなった。地球の平和が第一だ。」
ウルトラセブンのこの近未来の時代、もう地球では原水爆の実験が中止されていたのでした。
そんな中、若い女性が貧血状態で死亡する事件が続発します。この謎の連続死亡事件の調査に向かったウルトラ警備隊は、調査研究所で意外な事実を聞かされます。

ダン「ところで亡くなった女の方たちの病気は何ですか」
博士「ええ、それも謎なんです。簡単に言えば血液の減少。それも白血球が皆無に近くになっています。」
ダン「すると原爆病に良く似た症状じゃないですか」
話を端折りますが、今回の連続死亡事件の事件の犯人はスペル星人という宇宙人でした。アンヌの友人である早苗の恋人に扮し、若い女性の血液を採取していたのでした。



ウルトラ警備隊の追跡により正体を表したスペル星人

「実験は成功した。我々スペル星人は地球人の血を吸って生きて行けるのだ。
我がスペル星はスペリウム爆弾の実験によりその放射能で血液が著しく侵された。
我らの血に変わるもの。それは地球人の血だ。」

スペル星人と闘うウルトラセブン。夕陽の対決。実相寺昭雄監督と言えば夕陽対決です。

ウルトラセブンとウルトラ警備隊の活躍で、今回も事件が解決しました。
信頼していた恋人が宇宙人であったことに早苗はさぞかしショックを受けたことでしょう。
慰めるアンヌに早苗はこう答えます。

「いいえ現実だったわ。わたし忘れない決して!
地球人も他の星の人も同じ様に信じあえる日が来るまで!」
来るわ。きっと。いつかそんな日が」
**********
このお話は知らない方も多いことでしょう。それもそのはずです。この12話は欠番として再放送もDVDなどの販売も全て行われることのない、歴史から抹消されたお話であるからです。
1967年12月17日に放送され、そのあと地方によっては再放送もありましたが、1970年に欠番決定され、それ以降人の目に触れることはありませんでした。
私も幼少の頃に一度だけ観たスペル星人の話が、なぜかテレビではやらないなあ、とは思いつつそんな社会問題が発生していたなんて、全く知る良しもありませんでした。
1970年のことです。当時中学1年生であったある少女が、弟の雑誌の付録を見たのが事の発端でした。小学二年生11月号の付録の「怪獣決戦カード」の「スペル星人」の説明に「スペル星人・ひばくせい人・(おもさ百キロ~1まんとん)・目からあやしい光を出す」と記載されていたことを発見したのでした。この少女は早速この「ひばく星人」と書かれた内容を父親に見せます。
少女の父親は在日韓国人のフリージャーナリストであり、東京都原爆被害者団体協議会の専門委員、在韓被爆者問題市民会議の代表であった中島龍興(ペンネーム中島竜美)氏でありました。(ただし中島氏ご本人は被爆者ではありません)
中島氏は小学館に抗議をするとともに、自分が参加していた「原爆文献を読む会」のメンバーにこの話を伝えたのでした。ここから朝日新聞の記者に伝わり、あっと言う間に社会問題になってしまったのでした。

もともと放送内容にも脚本にも「被爆星人」という用語はありませんでした。円谷プロとは関係なく、講談社が「ぼくら・ウルトラセブン画報」の出版に際し、名付けた「被爆星人」という名前がそのまま小学二年生の付録にも利用されていたのでした。
問題となった争点は放送内容そのものではなく、出版社が独自に追記した表現であったため、円谷プロには責任はないと言えます。しかし朝日新聞から端を発した「被爆者の怪獣マンガ」事件は魔女狩りの様相を示し始めていました。
当時の円谷プロは翌年の1971年からウルトラシリーズ(帰ってきたウルトラマン)を復活させようとした背景もあり、この12話を永久に欠番するということで丸く収めたのでした。
もし放送内容に問題があるのであれば「欠番処理」も仕方ありません。しかし実際、騒ぎ立てた朝日新聞や市民団体関係者は、肝心の放送は全く観ていなかったのでした。ただ「被爆星人」という言葉だけが一人歩きして、「被爆者を怪獣扱いするのは差別の増長に繋がる」の一点張りであったのです。
実際の放送内容は、核が廃絶された近未来の地球。核実験を行って被爆する宇宙人。しかし将来的にはそういった宇宙人とも信頼しあえる平和な世界が来ることを思います。そういう内容でした。朝日新聞と市民団体がヒステリックに目くじら立てる内容とは全く異なる内容でした。
そして、ウルトラファンの間でも人気の高い実相寺昭雄監督の作品であり、かつウルトラマンのフジ隊員役であっった桜井浩子氏がアンヌの友人役で出演しているなど、見どころの多い話でありましたが、このような経緯で抹消され封印されてしまったのでした。

生前の中島龍興(ペンネーム中島竜美)氏
さて騒動から35年たった2005年のことです。「FLASH」11月22日号で「総力ルポ! なぜ『スペル星人』は放送禁止になった? 闇に葬られたウルトラ怪獣を追え!」という特集記事が組まれます。なんと騒動の発端であった当の中島氏とこの脚本を書いた佐々木守氏との対談が行われていたのでした。
中島氏はこの取材の3年後に他界されておりますので、本当に最後の最後で御本人の声が改めて公表されることになりました。
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そしてこの記事の目玉は、抗議の“発端”となった中島竜美と、12話の脚本を担当した佐々木守氏の対談である。
中島氏は、12話の内容にやはり問題点があることを指摘しつつも、「番組を見ずに抗議の手紙を送ったことは問題だった」「表現の自由を潰してしまったという思いがある。簡単に存在をなくすことは怖いことだ」と語っている。
http://kingdom.cocolog-nifty.com/dokimemo/2005/11/12_0f13_1.html
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またこの時、この雑誌では「遊星より愛をこめて」本作品を関係者に見せた感想も取材しています。
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●原水禁(原水爆禁止日本国民会議):
「内容的に特に問題があるとも思えないが、被爆者自身がどう思うかが重要。経緯を説明した上で、番組の公開をすることは可能では」
●原水協(原水爆禁止日本協議会):
番組は観ていない「被爆者を冒涜するようなことは許せない」
●被爆経験のある女性:
「内容は問題ない。地球人と宇宙人が仲良くなれたらというラストシーンは印象的」
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さて、今回の「ウルトラセブン第12話 永久欠番問題」は様々な示唆を私達に投げかけています。
まず一つはこのあと日本中を巻き込む「慰安婦問題」の雛形にも思えルコとです。在日韓国人であった吉田清治と名乗った人物が書いた嘘物語を朝日新聞と市民団体が焚き付けて、国際問題となりました。その炎上問題は未だに消え去っていません。
そしてもう一つの示唆です。このウシトラのお話のシリーズは、虐げられ忘れ去られていったものたちの声でありました。しかしその声の一つは、同じように虐げられ忘れさられていると抗議する市民集団の声で消されてしまったということです。
事実を検証することなく、ただヒステリックに「差別だ」「差別だ」「人権だ」と叫んで、抹消し封印してしまったのでした。
この考察は次回も続きます。
次回は今回のシリーズ最後の4人目。沖縄出身の脚本家、上原正三氏です。
ありがとうございます。※新月週間ですね
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ウシトラの声。ウルトラの男たち。その2。
ウルトラマン第30話「まぼろしの雪山」
脚本:金城哲夫
(参考サイト:http://3rd.geocities.jp/bya_kuya2007/ULTRAMAN/no30/ultraman303.html)

ある雪国の話です。
その雪山には雪ん子と呼ばれる身寄りのない女の子が一人で生活していました。しかしふもとの村人たちは彼女を「化物の子供」だと信じていました。

猟を邪魔されたと誤解した村人たちが雪ん子を追い詰めていくと、その少女は「ウーよ。助けて」と叫びます。「ウー!ウーよ!!」

そう。雪ん子が村人に襲われるときは、いつもウーと呼ばれる怪獣が現れて雪ん子を助けそして山に帰っていくのでした。
怪獣出現の連絡を受けて科学特捜隊が雪山に向かいます。

一方雪ん子が怪獣ウーを操っていると信じて疑わない村人は彼女を追いだそうとします。

「ウーは何もしないわ。どうしてこんな意地悪をするの?みんなと仲良く暮らしていきたいのに・・・なぜ私だけ除け者にするの!?」
「雪ん子は雪女の子だってみんなが言ってらあ。仲良くなんか出来るもんか!」
「早くどっか行っちまえ!」
科学特捜隊は雪山の怪獣の調査をしている中で、雪ん子と呼ばれる不思議な少女の話を知るのでした。

「15年も昔のことですが、ある大雪の夜、どこから来たのか村に、生き倒れの親子がありましてね。
母親の方は、飢えと寒さでとっくに死んでおったんですが、何故か赤ん坊だけは元気だったんです。
でも、その事が返って、村の人から『雪女の娘だ』と恐れられて、誰一人引き取り手がなかったんです。
ところが、イイダ山の麓で炭焼きをやってた、キスケという独り者のお年寄りが、その話を聞いて育ての親になったんです。
その爺さんも2年前に亡くなってしまって、雪ん子は一人ぼっちになってしまったんですよ。
きれいな娘に育ったんですが、素性が分からないっていうんでなんとなく敬遠され、おまけに今度のウーの一件で、村の人から増々嫌われて、誰も寄せ付けなくなってしまったんです」
再び現れるウー。


「やめて!撃っちゃダメ!ウーを怒らせないで!!」
「ウー!乱暴したらダメよ!
人間に乱暴を働いたら、仲間に入れてもらえなくなるわ。
さあ、山へお帰り!私のことは心配しなくてもいいの!早く山へお帰り!」

雪ん子の声を聞いて山へ帰っていったウーを見てイデ隊員は言います。
「ボクにはウーが、15年前に死んだ雪ん子の母親の身代わりのような気がするんだ。
ひょっとすると、母親の魂が今でもユキのそばに・・・」
再び濡れ衣を着せられ再び村人たちから追いつめられる雪ん子。

助けを呼ぶ雪ん子
「ウー!」

雪ん子を助けようとするウー。
そこでウルトラマン登場。たとえそれが娘を助ける母親の姿であったとしても、怪獣であれば退治しなくてはならないのです。ウルトラマンが、必殺のスペシウム光線を撃とうとしたときに、

雪ん子の声が聞こえます。「ウー!ウーよ!!」
その声と共に消えていくウー。

ウーが消えウルトラマンも去り、雪山に静けさが戻ります。
そしてその日以降雪ん子とウーを見た村人はいません。
雪ん子はお母さんとおじいさんの元に帰っていったのかもしれません。


ウルトラセブン 第42話「ノンマルトの使者」
脚本:金城哲夫
(参考サイト:http://plaza.rakuten.co.jp/bijo1980/diary/201607030000/)
この地球は本当に人間のものなのでしょうか。ひょっとしたら人間は侵略者だったのではないでしょうか。
それがこの話「ノンマルトの使者」のテーマです。ウルトラセブンの代表作と言われておりますので、ご存知のかたもたくさんいらっしゃることでしょう。この話を書いたのが沖縄出身の金城哲夫氏でした。
さて「ノンマルトの使者」に入る前に、少しだけ私の妄想話であります。
この日本もそもそもは原日本人(縄文人)が住んでいました。ところが二千数百年前に古代イスラエルの末裔である一族が天孫降臨として日本に渡り、日本にヤマト朝廷の国家を作りました。
そしてその時、原日本人たちは征服され、彼らの文明は封印され忘れされれてしまったのです。中央ヤマトの人々からは、蝦夷、熊襲、琉球と呼ばれた地域の人たち。ヤマトの天照神以前の白山を信仰する被差別部落の人たちは、オモテの歴史から消されてしまったのでした。
しかし現在の私達日本人にも、忘れ去れた原日本人(縄文人)の心が宿っています。滅ぼされ忘れされた人たちのかすかな記憶が私達日本人の遺伝子として残っているように思います。
そして金城哲夫氏もその一人であったのでしょう。沖縄出身という土地の末裔の血が、彼にこの物語を書かせたのかもしれません。
先ほどの「まぼろしの雪山」の物語もそうですが、金城氏の書くストーリーの根底には、このように忘れされた迫害されたものの視点があるように思います。
東北の鬼才である成田亨がデザインした異形の存在たち。そして忘れ去れた人たちの寄り代である沖縄の脚本家。この二人の創造性が、このウシトラの世界の核となっていると思うのです。忘れ去れれたものたちの声が、彼らの才能を引き寄せた。とも言えるでしょう。
このように、高度成長が始まりだした日本で生まれたウルトラマンとウルトラセブンの二つのテレビシリーズは単なる怪獣モノではなく、封印されたウシトラの世界の物語なのでした。

海底開発を進める人間。しかしその海底開発をやめるように警告する少年が現れます。

真市「お姉ちゃん、ウルトラ警備隊の隊員だろう? だったら、あれやめさせたほうがいいぜ。ウルトラ警備隊が注意してくれたらきっと聞いてくれると思うんだ。僕、もう随分前からやめろやるろって言ってるんだけど、ちっとも聞いてくれないんだよ」
アンヌ「ああ、あれね、あれは海底の研究をしてるシーホース号じゃない。あれがどうかしたの」
真市「困るんだよ、すぐやめないと、大変なことになるよ」
そう言って姿を消した少年。しかしその直後、海底開発基地は大爆発します。

その少年は電話でもウルトラ警備隊に警告を発していたのでした。少年の電話が録音テープに残されていました。
真市「海底はノンマルトの物なんだ」
隊員「そのノンマルトってなんだね」
真市「人間が海底を侵略したら、ノンマルトは断然戦うよ。ねえ、長官にちゃんと知らせておくれよ、海底はノンマルトの物だから、侵略したりすると大変なことが起きるよ」
アンヌ「あの子の声だわ」
キリヤマ「ノンマルト、なんのことだ?」
フルハシ「はっははははっ、嘘っぱちで言ったことがほんとになったんで、調子に乗ってんだよ、きっと」
ソガ「うん、近頃の子供ならやりかねんね」
フルハシ「こんな子供のいたずら電話なんて気にしない方がいいよ」
ソガ「そのとーり」

ダン(ノンマルト……僕の故郷M78星雲では地球人のことをノンマルトと呼んでいる。ノンマルトとは人間のことだ……だが、確かに少年はノンマルトと言った。それはどういう意味だろう? 人間でもないノンマルトがいると言うのだろうか?)
そしてその少年は再びアンヌの前に現れます。

アンヌ「君、捜したわよ、君、なんて名前?」
真市「真市」
アンヌ「そう、真市くん、何故海底開発センターが壊されてしまったの?」
真市「ノンマルトは怒ったのさ。海底はノンマルトのものだもの!」
アンヌ「ノンマルトってなんなの?」
真市「本当の地球人さ、ずっと昔、人間より前に地球に住んでたんだ。でも、人間から海に追いやられてしまったのさ。人間は今では自分たちが地球人だと思ってるけど、本当は侵略者なんだ!」
アンヌ「人間が地球の侵略者ですって? まさか、まさかー」
真市「本当さー」
アンヌ「君、ノンマルトなの?」
真市「人間はずるい、いつだって自分勝手なんだ、ノンマルトを海底からも追いやろうとするなんて
アンヌ「真市君は人間なんでしょう。だったら人間が人間のことを考えるのは当たり前じゃない。海底は私たちにとって大切な資源なのよ」
真市「でも、ノンマルトにはもっともっと大切なんだ」
アンヌ「私は人間だから人間の味方よ。真市君もそんなこと言うべきじゃないわ」
再び襲われる海底基地。
ダンはウルトラセブンに変身して、基地を助けなければなりません。しかし変身するダンの前に現れる少年。

真市「ノンマルトは悪くない、人間がいけないんだ。ノンマルトは人間より強くないんだ。攻撃はやめてよ」
少年から隠れて変身しようとするダン。しかしその前にも少年の姿が。
真市「やめて、やめてーっ」
ダン「くっ……」
真市「ウルトラ警備隊のバカヤローっ!」
ダン「真市君、僕は戦わなければならないんだ!」
真市「バカヤローっ!」
一方ウルトラ警備隊はノンマルトの海底基地を発見します。

キリヤマ「もしノンマルトの侵略基地だとすれば放っておく訳にはいかん、我々人間より先に地球人がいたなんて……いや、そんなバカな、やっぱり攻撃だ」
そしてノンマルトの海底基地を全滅させるウルトラ警備隊。
キリヤマ「ノンマルトの海底都市は完全に粉砕した、我々の勝利だ。海底も我々人間のものだ!」

闘いが終わって海辺で休息するダンとアンヌ。

ダン(真市君の言ったとおり、ノンマルトが地球の先住民で、もし人間が地球の侵略者だったとしたら……)
その時、少年の声が聴こえます。
「ウルトラ警備隊のバカヤローっ!」
二人は驚いて、声の方に向かって走るダンとアンヌ。もう一度あの少年と話をしたい。本当にノンマルトとは?
しかしその声の場所で見たものは。

ナレーション「2年前、この海で死んだ少年の魂が、ノンマルトの使いとなってやってきたのでしょうか、それにしてもノンマルトがほんとに地球の先住民だったのかどうか、それは全てが消滅してしまった今、永遠の謎となってしまったのです……」
ウルトラセブン BGM ノンマルトのテーマ
次回は実相寺昭雄監督です。
ありがとうございます。※新月週間ですね
下記は静止衛星軌道上で観測される太陽からの電子密度グラフです。急な変動がある場合は地震や事故に備えて防災意識を心掛けましょう。特に注意が必要な期間は、メールやTwitterで防災意識リマインダーを受け取ることができます。詳しくはこちら

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野菜たっぷり夏カレー。後編。
まだ暑い日が続きます。お待たせしましたが、夏野菜たっぷりカレーの作り方の続きです。
■野菜編
【材料】
茄子
ミニトマト
カボチャ
ズッキーニ
オリーブオイル
夏野菜の素揚げはカレーにピッタリです。しかし大量の素揚げは手間がかかります。そこでこのように作ってみました。

切った茄子をお鍋に入れて、オリーブオイルを回しかけます。茄子は油を吸いますからたっぷりかけます。全面にオイルがかかるように。

茄子のあと、その他の野菜を入れてまたざっとオイルをかけまわします。
お鍋に蓋をして中強火で数分加熱します。蓋をしたままお鍋を振ってゴロンゴロンと野菜を数回かき回します。
鍋の大きさや野菜の量で加熱時間が変わります。この時は3分ほどです。鍋の隙間から水蒸気と共に良い香りがしてきたら合図です。勘と嗅覚の勝負です。
火を止めて蓋をしたまま10分ほど蒸しておきます。

ほらこのように出来上がりました。美味しそうです。
■カレー編
【材料】
カレールー1箱(辛口)
ペットボトルの野菜ジュース
ココナツミルク 1カップくらい
水 1カップくらい

ココナツミルクと野菜ジュースをお鍋に加えます。
そしてお水を加えます。
野菜ジュース:ココナツミルク:水=6:2:2
目安は上記の配分ですが、それほど厳密でなくても良いです。
合計した量が、カレーの箱の裏に書いてある水の量と同じになるようにしてください。
酸味のあるカレーが好きな人は、ココナツミルクの代わりにヨーグルトでも良いです。

ひと煮立ちしたら火をとめて刻んだカレールーを加え、良くかき混ぜます。

かき混ざったら再び火をつけてまたひと煮立ちして火をとめます。

盛りつけて出来上がり〜。写真用にバジルをのせてます。
なんと野菜ジュースを煮てカレールーを入れるだけで、ちゃんとカレーになるのでした。チャンチャン!
ありがとうございます。※
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時事ネタ5題。
本日は時事ネタ5題の解説をお送りします。ニュース盛り沢山な1日でした。
1、イタリア地震
大きな地震がありました。被害に遭われた方々に御見舞い申し上げます。
人が寝静まった深夜での揺れでした。建物倒壊が起きるような内陸地震は、人が寝静まる夜間から早朝にかけて起きる確率が高いのかもしれません。妄想でありますが、人々の意識が活発な時は、地面は揺れにくいのでしょうか。
日本の場合は、鉄筋マンションであれば耐震性が考慮されているものが大半ですし、一戸建ての場合は、寝室を二階にするという自衛策があります。
ただ石造りの多層建築の国では対策が難しいです。そしてイタリアにおいても余震が続いているそうです。熊本のように余震の方が大きい可能性があることがあると現地の人々には用心して頂きたいと思いあmス。
そして私たち日本人も、やはり寝るときは用心しなければならないことを改めて感じました。
2、北朝鮮潜水艦ミサイル

とうとう北朝鮮でも潜水艦から500キロを飛ばす技術(SLBM= 潜水艦発射弾道ミサイル)を実現させたようです。ただ日本は元々ムスダンのスッポリ射程距離内ですから脅威は変わりません。

今回のSLBMアメリカへの脅しでしょう。潜水艦でいつでもアメリカの側で、核弾頭を撃てますよ。と。(ただし実際はまだ北朝鮮の潜水艦側には技術課題はいくつも残っていますが)
しかし今回の目玉である水中でミサイルを発射するコールドラウンチはとても難しい技術です。圧縮空気でミサイルを包み込み水上と共に着火します。私の想像ですがロシアからの技術供与があったのではなかと思います。アメリカが韓国にTHAADを配置するなら、我々も北朝鮮に潜水艦ミサイルの技術を供与するぞ。という形でしょうか。
アメリカとロシアの対立が、再び韓国と北朝鮮の国を借り始めているのあもしれません。ただアメリカの目下の第一の仮想敵は中国でありましょうが。ロシアも本当にアメリカと対立するつもりではなく、交渉のための駆け引きの一つのカードであるように思います。
3、日中外相会談

「中日関係は度々谷間に陥った」「その原因は日本側が一番よく分かっているのではないか」
前回5月、北京で行われた外相会談は、王毅外相の不遜な態度に個人的に立腹しました。握手も王氏は手を伸ばさず、岸田外相に伸ばさせています。俺の方が上だぞと見下しているポーズです。

ただ今回は異なりました。会談の前から王氏の弱気が顔に出ています。


「私達はたくさん話し合いました。皆さんが関心を持つ東シナ海問題を」

「現在の状態は基本的に正常に戻っています」
会談後も目を伏せがち、そしてこわばった作り笑い。発言の内容も弱気です。それに比べて岸田氏は余裕を感じます。
動画はこちらから観ることができます。
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20160824/k10010652861000.html
王氏のこの打って変わったオドオドとした雰囲気は「自分が持っている切り札が全然使えないことがわかり、本当は自分が窮地であることが判明したけれど、その動揺をさとられないように必死で繕う」時の態度に似ています。
アメリカ大統領選までの政治空白の3ヶ月の勝負に狂いが出始めているのかもしれません。
4、お花畑の人たちへのメッセージ
あるメルマガの記事です。非常に良く出来ております。こちらでもシェアさせて頂きます。
=========
◆「戦争法反対」などと叫ぶ人たちは、中国の真の恐ろしさを知らない
人気コンサルの永江一石さんが、さまざまな質問に答えてくれる人気メルマガ『永江一石の「何でも質問&何でも回答」メルマガ』。
今回は「自分の子どもが戦争で死んでもいいの?」という質問にどう返したらいいのかという大変難しい質問です。
安保法案や集団的自衛権を認めるか否かといった内容にも発展しそうですが、永江さんはどのように切り返すのでしょうか?
◇「自分の子どもが戦争で死んでもいいの?」に何と答えるべきか
「仮に自分の子供が戦争に行くとして、それにあなたは賛成?自分の子が戦争で死んじゃってもいいの?」という質問に対してはどう答えたらいいのでしょうか?
永江様ならどのようにお答えになりますか?ご意見をお聞かせください。
ご存知の通り、参院選の選挙期間中は『戦争法反対!』な意見が一部で盛り上がっていました。
これからどうなるか注目ではありますが。。。
ちなみに正しいご認識をお持ちの方は、「戦争法」とは戦争のルールを定めたもので、むしろ戦争を管理するためのものとご理解されているわけですが。。
たいてい「戦争法反対!」な方々は、「仮に自分の子供が戦争に行くとして、それにあなたは賛成?自分の子が戦争で死んじゃってもいいの?」という質問をされます。
私の場合、それに対して以下のように答えます。
◇永江一石さんの回答は?
こんな質問は非常にナンセンスなので、同じ土俵に立ってはいけません。
わたしなら「他国が日本に攻め込んできて子供が殺されるのは良いの?」と切り返しますね。
今、日本が侵略戦争に行くリスクと侵略されるリスクを考えたら、後者の方がはるかに大きいからです。
ブログにも書きましたが、国連という組織がある以上、日本が海外の国を侵略したら、湾岸戦争のように世界中の国が攻めてきて瞬殺です。
逆に中国が日本に攻めてきても、国連は制裁決議ができません。
中国は国連の常任理事国であり、拒否権を発動できるからです。
なのでアメリカと安保条約を結んでいないと誰も助けてくれません。
太平洋戦争後、日本は全く戦争していませんが、
中国が起こした武力行使は以下のとおり
1.台湾を大規模攻撃 米軍が戦闘して撃退
2.チベット侵略 10万人以上を虐殺。激しい弾圧で人口が30万人減
3.ソ連と大規模な軍事衝突
4.朝鮮戦争に本格介入
5.ベトナムに侵攻
6.インドを攻撃
7.南沙諸島巡ってフィリピンなどと衝突
報道は小さいですが、先月もインドに侵入して武力衝突していますよ。
と、書き切れないくらい侵略を繰り返しています。
さらには自国民を文革で大量に虐殺しているわけで…
しかし「戦争反対ガー」と言う方達はだいたいこういう事実は全く知りません。
その当時の独裁政権がいまだ君臨しているんです。
そんな国が隣にいるのに、武器も持たず、集団的自衛権もなく攻め込まれたらどうなるのか。
ポイントは、極論を言う人の同じ知識レベルに立って話さないことではないかと思います。
質問者さんはかなり細かく落とし込んで考えていらっしゃいますが、こんな質問をする人って具体論を理解できないと思いますよ。
大体が極論に走り、話が通じない場合がほとんどです。
放射能だって、少しでもあったら体に悪い、それが全く害がないと証明できるのかなどと極論に走りますよね。
つまり、しきい値が分からないんです。
今回のケースだと「自分の子どもが交通事故で死んじゃってもいいの、じゃあ車をなくそう、外に出ないでおこう」というのと同じなわけですよね。。
例えばいま親日国の台湾が中国に攻めこまれたと仮定します。
その時、もし助けを求められても現状では日本に手立てはありません。
アメリカが助けに向かっている時、我々はただの傍観者でいいのかという問題なんです。
これまで現場がイラクなど中東であったため、どこか他人事のように感じていたと思いますが、もし隣国で起きた時にどうするのかということなんです。
特に、日本は他国を侵略した歴史があるのですから、もし同じ立場の国がいたとしたら率先して助けに行くのが贖罪にもなるのではないでしょうか。
「うちらは助けに行かないよ、勝手に死ねば」のスタンスでは、近い将来世界から孤立してしまうのは自明の理でしょう。
分かりやすく言うと、もし自分の子どものクラスでいじめっ子がいたとしても、関わりたくないから横向いてろっていうのと同じだと思うんです。
けれども、その時にみんなで立ち上がって、いじめを無くしていこうとするのが集団的自衛権ですよね。
この質問をしてきた人には、「あなたは誰がいじめられてても横向いて知らんぷりしているのが正しいと思うのか」と聞いてみたいです。
http://www.mag2.com/p/news/216489
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5、シン・ゴジラ再び(ネタバレはおそらくなし)
猪瀬氏いわく、シン・ゴジラは岡本喜八監督の「日本のいちばん長い日」と同じ会議ドラマである。ということです。非常に的を射た評価と思います。
広島に原爆が落とされ、そして長崎にも。そしてソ連の宣戦布告。次々国家の危機が起きているなか、国家はどういう攻防をし、どういう決定をしていったか。それが「日本のいちばん長い日」です。この映画は本当に良く出来ていて、日本はどうして戦争することになったか。を知りたい人は、是非一度観て頂きたい作品です。リメイク版ではなく、戦後の空気がまだ残っている時代に作られた岡本喜八監督1967年版の方です。
日本の一番長い日 (予告編) 1967年
庵野監督は岡本喜八監督をリスペクトしているようで、岡本氏は故人ではありますが、シン・ゴジラにとても重要な役で出演されています。
そしてシン・ゴジラが「会議ドラマ」である真骨頂はこちらの動画からチラリと観ることができます。
シン・ゴジラ(取材でわかった人気のワケ 20160818 日本テレビ ZIP!)
動画の1:30あたりからです。
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ウシトラの声。ウルトラの男たち。その1。
今年はウルトラマン誕生から50周年でした。NHKでも特番があり、録画してあったものを先日観ることができました。
改めて、当時の番組とともに今ウルトラマンシリーズを思い返すと、ウルトラマンとは「押し込められたものの叫び」のドラマであるということをつくづく感じました。
ウルトラはウシトラに通じ、東北(艮・うしとら)の方角に封じ込められた神様と語呂が似ているという説もあるそうです。しかしこの奇妙な語呂の一致は真実の一面を示しているように思われます。
同じ日本に住みながら、日の丸を嫌う人たちがおります。なぜ彼らは反日なのでしょうか。その答はこの封じ込められたウシトラの叫びと深い関係があるように思われてなりません。
高度成長が始まり、沖縄の本土復帰が実現されるまでの時代、子供番組を通じてウシトラの叫びが全国に放送された稀有な時期がありました。その叫びを映像にした4人の男たちについて書きたいと思います。
成田 亨(なりた とおる、1929年9月3日 - 2002年2月26日)
青森県出身のデザイナー、彫刻家。
北海道・東北、として南九州・沖縄は、YAP遺伝子でD系統という古い日本人の多い地域です。ヤマトの人々からは、蝦夷や熊襲と呼ばれていた人たちの地域です。ヤマト時代の前に存在していた古代日本文明の子孫であります。
成田はこの蝦夷の子孫であり、そして大地の精霊を感じることが出来た芸術家であろうと思います。
水木しげる氏によると、パプアニューギニアの原住民の仮面は本当の精霊の姿であるといいます。自然と一緒に住む彼らには精霊を観て感じることができたのでありました。



成田が手がけたデザインは、ウルトラQ、ウルトラマン、ウルトラセブンの3作でありました。それ以降も数多くのウルトラシリーズは作られましたが、やはりシリーズを通して人気のある怪獣は、上記3作の成田がデザインした作品であります。
彼のデザインは、本当に東北に存在する異形の精霊達だ。と私には思えます。そして子供の心はそれを感じることができたのでしょう。





ウルトラシリーズが開始された昭和の日本は高度成長に突入した時代でありました。日本の自然が切り崩されて破壊され始めた時期でありました。大地の精霊の押し込められた声を、感受して作品にしたのが成田であったのでしょう。反骨の青森人だから、彼らの姿を筆を使ってあらわすことができたのであったのでしょう。
成田の描く異形(いぎょう)の生き物たちは、怪獣であれ宇宙人であれ物悲しさを感じさせる作品が多いです。それは彼の作品が、押し込められ忘れ去られた存在たちを(心の奥底のインスピレーションで)感じて描いたものであったからであろうと思います。
しかし彼はその反骨の生き方ゆえ、彼の晩年も闘いの人生であったようです。しかし逆に譲れないものは譲れない気質であるため、彼が異形のものたちから選ばれたとも言えるかもしれませんが。


現在、彼の作品は青森県立美術館に所有され、定期的に個展が開かれているようです。一度訪れたい場所であります。
一人目終わり、次回は沖縄出身の脚本家である金城哲夫氏についてです。
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日の丸。解かれた封印。\(^_^)/
リオのオリンピックが閉会しました。日本は大会最多のメダル数のでした。日の丸を背負って健闘された日本選手の方々に心から敬意を表したいと思います。本当にありがとうございました。
日本の躍進とは正反対に、メダルが激減した国もありました。お隣の中国と韓国であります。彼らがメダルを取れなかった理由は、今回はドーピング検査が非常に厳しくなったことと、審判への買収工作が出来にくくなったことであると言われています。
==========
<リオ五輪>最盛期迎えた日本体操男子、中国は金メダルゼロの「悲劇」に―中国メディア
2015年世界体操競技選手権の金メダリスト・尤浩選手が、平行棒でバランスを大きく崩して落下し、リオ五輪の体操において、中国は金メダルの希望が完全に消えてしまった。これで体操競技の中国選手の金メダル獲得数はゼロとなり、1984年に中国が五輪に復帰して以来、最悪の成績で、リオ五輪の旅を終えた。新華網と中国新聞網が伝えた。
・・・
体操競技は16日に最終日を迎え、中国体操チームは結局銅メダル2個だけ。「リオの悲劇」となってしまった。
メダルの数を見ても、「悲劇」というのは決して大げさではない。体操競技において金メダルゼロだったのは、1984年に中国が五輪に復帰して以来初めてとなる。平行棒やつり輪、段違い平行棒、平均台などの得意種目でも全敗を喫し、最悪の成績となってしまった。
http://news.livedoor.com/article/detail/11907830/
==========
中国のドーピング 2000年シドニーから国家規模に拡大
・・・
ロシア選手の多くがドーピングで追放された事から、中国はドーピングを控えざるを得なくなり、メダル数を減らした。
前回のロンドン五輪で中国は金28、合計88のメダルを取ったが、リオ五輪では残り2日の時点で金20、合計58となっています。
http://thutmose.blog.jp/archives/65133642.html
==========
韓国・中国の金メダル激減の理由 ビデオ判定で八百長困難に
・・・
書いている時点でリオ五輪も残り3日ほどになったが、今回は各国のメダル獲得数に大きな変動が起きている。
目に見えて減少したのがロシア、韓国、中国の東側(?)3カ国で、それぞれかなり酷い。
・・・
次に惨敗ペースなのが中国で、ロンドンでは金38個、合計88個だったのが、今回は金17個、合計34個に止まっている。
中国は出場禁止こそ受けなかったが、80年代から90年代にかけて「無敵の馬軍団」と呼ばれた陸上などで、組織ドーピングの内部告発があった。
つまり今までばれていなかっただけで、やっている事はロシアと同じだったのでした。
そもそも中国の五輪メダルは不自然で、それまでゼロだったのが、1984年ロサンゼルスから爆発的に勝ち始めました。
中国が勝っているほとんど全ての種目で、国家ドーピングが疑われています。
3つ目が韓国で、2012年ロンドンでは金13合計28だったが、今回は残り3日で金6、合計14個に止まっています。
・・・
ところが今回IOCは八百長禁止のためビデオ判定を導入し、相手が異議を唱えるとビデオ審査する事にしました。
「韓国による八百長を防止する為」とは言っていませんが、そうである事は誰の目にも明らかです。
この結果韓国は今回の五輪で、審判が判定する競技で全く勝てなくなり、柔道では金メダルゼロに終わりました。
・・・
日本は今回、過去最高のメダル獲得ペースで、どの国が八百長や審判買収、ドーピングでメダルを得ていたのかが推測できます。
http://thutmose.blog.jp/archives/65086483.html
==========
この各国のメダル数の変移は、これからの社会の行く末を暗示しているように私には思えます。不正の行為がどんどん明るみに出る世の中であることを予感させます。
【NHKリオ】2020へ期待高まる!トーキョーショー
今回のリオの閉会式の日本のパフォーマンスは本当に素晴らしかったと思います。どこが良かったか?もちろん日本のソフトパワーであるアニメや、安倍マリオも素晴らしかったのですが、一番感動したのは、日の丸が封印を解かれ、世界に放たれたことでした。
ちょっと前までの日本は日の丸が封印されていたかのようです。あるテレビ局は、国際大会で日本選手が優勝しても日の丸と君が代のシーンはワザワザカットしていたとも言われていました。

上記は2011年のフィギュア選手権。大震災のため東京開催が急遽ロシアに変更になりました。しかしそこで世界中の人たちが日の丸を囲んで黙祷するシーン。このテレビ局はこのシーンをカットして「キム・ヨナ特集」に差し替えて放映していたそうです。むむむ〜。
ロシアスケート連盟が日本に贈った次のメッセージもカット。
「地球がいたみでうめき声を発した
自然の強さに全世界がショックをうけ
あらゆるものを水は深海に流した
しかし 何があっても太陽は東から昇る
地震と津波は光には勝てない 我々の神様が
地球の皆の命を保ってくれることを祈る
桜が咲く公園はたくさんあることを
白樺が咲く公園はたくさんあることを
鳥が春の歌を歌えることを
旗が勝利の祝いで挙げられることを祈る
子供たちが大人たちへと願う
友の皆さん 手をつないで
われわれがこの地球において
ひとつの家族になっていることを 忘れないでほしい 」
2020年東京オリンピックのロゴも、最初は日の丸のお葬式のようなものが選ばれていましたね。


どうして前回のような「太陽の国」というデザインが選ばれないのか本当に不思議でした。

またボランティアの制服も、太陽の国とは程遠い、一体どこの国の民族衣装?というものが選ばれておりました。(ただこの制服は見直すと選挙前から小池氏は明言されております。今度は日本的な太陽のデザインになることでしょう。小池氏が当選して良かった。)


ロゴは、世論の力で再選出となり、日の丸お葬式のデザインは取り止めになりましたが、次に選ばれたデザインは、それでもやはり日の丸とは違うテイストのものでありました。うむう。

もし小池知事の後に、ロゴのデザインが選考されていれば、おそらく違った太陽のデザインテイストのものが選ばれていたのではないかと思います。たぶん選考員からして刷新されたでしょうから。
しかし小池体制は、本当のこの短い期間ですっかり始動始めているようです。今回のリオの閉会式の日本のパフォーマンスを見て本当に驚きました。もう日の丸ベース、赤と白のデザインのオンパレードです。なんてったって、日の丸の赤いまん丸を日本からリオに運ぶコンセプトでした。泣ける。
赤いまん丸太陽を運ぶぞ〜。

(リオは夜だけど、東京は昼間という時差も計算されてます。)

そしてもうTOKYO 2020のところで赤いまん丸が4つもあるんですよ。4つも!(o_o)!もうどんなけ大判振る舞いかと思います。



今まで東京オリンピックを「反日本」で染めようとしていた人たちがいたとするならば、あの太陽のマークの祭典を見たら、どのように思ったことでしょう。小池体制は、この短い期間で、もう大きくメスを入れ始めており、それが成功しているように思えます。もし前の知事のままであったら、あるいは反日本的事務局の傀儡になるような知事が選ばれていたら、、、それどの国のパフォーマンス?それ日本?といったものが見せられていたかもしれません。

椎今回のパフォーマンスの素晴らしさの大きな要因の一つは椎名林檎さんの才能と日本を愛する心にであるように感じました。
これから世界は、不正が明るみに出る世の中に変わって行くよ。と示したかのような各国のメダルの結果。そして封印が解かれ、世界中に飛び散った赤い太陽の精たち。安倍氏と小池氏という、本当に日本を取り戻す最強のお二人が、地球の正反対の地に立ち、封印の解かれた無数の太陽の精を解き放ったように私には思えました。



そして4年をかけて世界中を照らす旅を続けてきた無数の太陽の精たちは、再びこの日本。東京の地に戻って来るのでした。

心の奥底から突き上げてくる衝動で、小池候補の応援を官邸にメールしたり自民党フェイスブックに書き込んだ方々。都内に住む知人に小池候補を進めた方々、その方々の想いの集大成が、日の丸の封印を解いたように思います。
ありがとうございます。※
下記は静止衛星軌道上で観測される太陽からの電子密度グラフです。急な変動がある場合は地震や事故に備えて防災意識を心掛けましょう。特に注意が必要な期間は、メールやTwitterで防災意識リマインダーを受け取ることができます。詳しくはこちら

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最悪への道。その5。
今年もこの時期、昭和天皇の御言葉を書かせて頂くこととなりました。今日はその仕上げとして、東條英機氏について書かせて頂きます。
何としてもアメリカとの戦争を避けるために、昭和天皇が首相として候補を上げたのが東條でした。
そもそも外務大臣の松岡洋右は何やら危険な臭いです。彼が動くたびに日本の状況が悪くなっていきます。近衛首相に松岡を辞めさせるように言うと、近衛は松岡を怖がって辞めさせられません。ではどうしたじゃというと、近衛は総辞職をして、自分自身を含めて松岡を辞めさせたのでした。近衛はリベラル路線でありましたが、結局日本の状況を「王手飛車取り」に追い込まさせて、そして投げ出したのでした。
私は小さい会社を経営しておりますが、人が良いだけの社長であれば、会社は早晩に潰れてしまいます。そういう危機は何度も体験いたしました。やはりリーダーはタフネゴシエーター(駆け引き上手。剛腕交渉者)でなければ、会社と社員は守られてません。
ましてや国のリーダーならなおさらです。優しい、人の良い、リベラルなリーダーは好かれるかもしれませんが、もしタフネゴシエーターの役割ができないのであればなるべきではありません。汚れ役ができないのであればなるべきではありません。リベラルなリーダーが国を窮地に追い込むことが良くあるのは、リベラルリーダーが汚れ役を出来ないことと深く関係があります。人から悪く思われても、自分が汚れ役になっても、国を守るんだ。という姿勢がなければ国は傾きます。
近衛は松岡を罷免することは出来ず、代わりに自分が総辞職しました。もう、アメリカと戦争をして国が滅ぶか。アメリカと戦争をしないで国が滅ぶか。という進むも地獄。退くも地獄。という状況です。
東條は同僚の杉山とは異なり、昭和天皇に心酔しておりました。従って陛下から直接、首相をやってくれないか。そしてアメリカとの戦争を回避してくれないか。そのように任命され、東條は最後の最後まで、アメリカとの開戦を避けようと努力いたしました。
しかしその態度の変更は弱腰に見え、国民やマスコミから叩かれるほどでした。
11月上旬の東京朝日新聞は「見よ米反日の数々/帝国に確信あり/今ぞ一億国民団結せよ」と戦争を煽っております。
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それを信じた人たちはなぜ勝てる戦争を行わないのか、と東條の自宅に押し寄せ家中の窓ガラスを投石にて割ったと伝えられます。
「開戦しろ」「アメリカと戦争をしろ」
家内では東條が怯える妻を抱きしめて「耐えるのだ」と諭したと伝えられます。
http://d.hatena.ne.jp/electrosphia/20060130/p1
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しかも戦後は、東條英機ら軍部が国民を騙し煽り日本を戦争に導いた。と教えられます。東條は全ての汚名を自分一人で受け切ろうとしたのであったのだと私は思います。さてこの当時の日本国民に比べて私達はどれだけ教訓を学んで賢くなったでしょうか。
ひょっとしたら今回もマスコミの笛吹きに踊らされて、日本は無防備でいましょう。戸締りは戦争の始まり。無防備無抵抗で誰も殺させない。と署名していたりしている人もいるかもしれません。
あるいは、侵略国家には即攻撃を。舐められる前に叩け。弱腰岸田を罷免しろ。という威勢の良い方もいるかもしれません。きっと戦前に生まれていれば、東條家の雨戸に石を投げに行かれていたかもしれません。
国の運命は、やはり国民一人一人の想いが集大成となって築かれるのではないでしょうか。外務省や陸軍の中枢に売国奴がいたとしても、やはり結果敵には国民一人一人の想いが結果的に集合となって、日本を危機に招いたのです。善良な国民も大勢おられたでしょうが、残念ながら連帯責任となりました。
日本は覇道ではなく王道の国であるべきでした。満州に対する国民の執着が結果的に日本を破滅を引き寄せたように思えます。ふうむ。
売国マスコミもそうです。それを読みたい国民観たい国民が大勢いるため、彼らは増殖出来たのです。戦前も戦後もマスコミを育てているのは、結局国民であったのではないでしょうか。
ただ先日の都知事選もそうでありましたが、国を思う国民が日本の政治を大きく変えることが時代になりつつあるとも思います。私達一人一人の想いが責任重大であることだと思います。
おわり
ありがとうございます。※本日は中潮です。
下記は静止衛星軌道上で観測される太陽からの電子密度グラフです。急な変動がある場合は地震や事故に備えて防災意識を心掛けましょう。特に注意が必要な期間は、メールやTwitterで防災意識リマインダーを受け取ることができます。詳しくはこちら

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最悪への道。その4。
日本の政府および軍部の大部分は、泥沼化している支那事変(日中戦争)を出来るだけ早く終わらせたいと考えておりました。日中戦争が長引いている一番の原因は、中華民国が裏でイギリスとアメリカからの膨大な軍事支援を受けていることでありました。このため、この戦争を集結させるためには、この補給路を断つことが必要でありました。
この補給路であるインドシナ半島に日本の陸軍を進駐させ蒋介石への補給路を断つことなりました。当時この地域はフランスの植民地でありましたが、本国はすでにドイツの占領下でありました。大きな抵抗はどこからもないはずでした。
しかしこの日本のインドシナ南進について大きな抵抗を示したのがアメリカでした。アメリカは「もし日本がインドシナに南進を行うのであれば、日本の石油の輸出を止める」と警告を日本政府に伝えていました。
アメリカは裏で中華民国を軍事支援していましたから、この補給路を絶たれるのを指を加えて見過ごすことはできない。ということでしょう。
そして日本が南進を決行した場合は、日本の石油輸出を止めるという「王手飛車取り」の布石でありました。
近衛首相の戦後の発言から日本政府はアメリカが本当に石油を停止するとは思っていなかったようです。侵攻する先はフランス領でありましたし、フランスはほとんど無抵抗でしたから。なぜアメリカが?ということです。
現在の中共がフィリピン領海に人工島軍事拠点を作って、アメリカが抗議している布陣と同じです。歴史は繰り返しますね。
大本営という言葉はどなたも聞いたことがあると思います。陸軍と海軍を統括する最高統帥機関です。海軍の代表は軍令と呼ばれこの時は永野修身でした。軍部の代表は参謀総長と呼ばれ杉山元でした。
海軍の永野は日本を取り囲む時流を的確に判断していました。1941年7月30日に永野が昭和天皇に上奏した内容です。
1,ドイツとの同盟関係がある限りいずれアメリカと対立関係に陥る
2,その結果日米交渉は決裂し、アメリカからの石油は絶たれる
3,そうなると日本はアメリカと戦争をする以外にない。
4,その場合ははっきり言って「勝てる保証はない」
この時はまだ太平洋戦争への道から引き返せる最後の分岐点であったように思います。
永野は何としてもアメリカからの経済制裁(石油やくず鉄の輸入停止)を避けるために考えだした、「昆明作戦」を昭和天皇に上奏します。つまり米英から中華民国の補給路を断つには、インドシナに侵攻しなくても、補給地点の昆明を封鎖すれば良いとう作戦でした。
確かにこの作戦であれば、アメリカに経済制裁の口実を与えず、かつ中華への補給路を断ち、日中戦争を終わらせることができる可能性が高いでしょう。
永野は何としても、海軍がアメリカと戦争をすることを避けるべきだと考えておりました。アメリカと戦争をして勝算がないことを一番良く知っていたのは海軍自身であったのでしょう。
しかしこの最後の分岐点であったはずの昆明作戦をわずか3日という短期間で潰した人間がいました。それが同じ大本営で陸軍の代表であった参謀総長の杉山でした。昆明作戦を実行するのは陸軍だから、そんな海軍のたてた作戦に乗れるかということのようですが、少し変です。
この杉山のアダ名は「便所の扉(どちらでも押した方になびく。自分の意見はないこと)」「グズ元」と呼ばれ、とてもそのようなキレるタイプではありませんから。そんな3日で海軍の作戦を潰す切れ者とは。スローモーな印象とは異なります。無能とは見せかけの姿であったのかもしれません。
彼が「昆明作戦」を握りつぶしたのは、別の理由があったのかもしれない。そのように私は妄想いたします。以下私の妄想論ですので、小説物語としてお読みください。
この杉山はどうも日本の状況を悪い方悪い方に誘導していったように思えます。
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対米開戦をめぐる昭和天皇との以下のようなやりとりは有名である。
帝国国策遂行要領決定時に「もし日米開戦となった場合、どのくらいで作戦を完遂する見込みか?」と対米戦争の成算を昭和天皇に問われた参謀総長の杉山は「太平洋方面は3ヶ月で作戦を終了する見込みでございます」と楽観的な回答をする。
これに対して天皇は「汝は支那事変勃発当時の陸相である。あのとき事変は2ヶ月程度で片付くと私にむかって申したのに、支那事変は4年たった今になっても終わっていないではないか」と語気荒く問いつめた。
答えに窮した杉山が「支那は奥地が広うございまして、予定通り作戦がいかなかったのであります」と言い訳すると、天皇は「支那の奥地が広いというなら太平洋はなお広いではないか。いったいいかなる成算があって3ヵ月と言うのか?」と一喝し、杉山は言葉を失ったという。
参謀本部 編『杉山メモ 大本営政府連絡会議等筆記』上、下(原書房、1967年)
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海軍の永野は「アメリカと開戦しても勝てる見込みは不明」と上奏しているのに、陸軍の杉山が「アメリカと戦争しても3ヶ月で勝てる」と上奏していうるのは如何にも無責任です。しかもこの杉山は永野発案の昆明作戦を握りつぶしています。
杉山は日中戦争を長引かせ、そして楽観的にアメリカに勝てると思わせ、日本をアメリカとの戦争に誘導しているように私には感じられるのです。
話は変わりますが、当時の日本の暗号通信は、外務省と海軍はアメリカに筒抜けでありました。陸軍の暗号だけが破られませんでした。
外務省の暗号が早々に破られていたのはわかります。もし外務省のトップにアメリカのスパイがいれば筒抜けになることでしょう。
問題は海軍の暗号です。辞書のような乱数表がなければ解けません。海軍の暗号は一部はすでに真珠湾攻撃の前に、そして全てはミッドウェー海戦の前にアメリカに解かれておりました。であるなら、海軍は絶対にアメリカに勝てるわけがありません。
アメリカ軍はどうやって海軍の暗号乱数表を手に入れたのでしょう。諸説ありますが、真実は闇の中です。
この杉山については、謎なことが多いのです。「便所の扉」「グズ元」とアダ名されながら、彼はメモ魔で知られています。膨大なメモは、戦後「杉山メモ」として公刊されています。スローモーな印象とは異なり彼は緻密に仕事を行うタイプであったようです。日和見主義に見えた行動も、彼の本心を決して外に見破られないための行動なのかもしれません。
一番謎なのは、敗戦後のアメリカの杉山に対する待遇です。
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敗戦後の1945年9月2日、杉山は横浜のアメリカ陸軍第8軍司令部に呼び出され、司令官ロバート・アイケルバーガー陸軍中将より、旧帝国陸軍第1総軍の復員を全うするよう指示を受けた。
東日本の占領を担当するアメリカ第8軍としては、約40個師団の兵力を以て東日本に展開する第1総軍の復員を早急に行わせ、占領の安定化を急ぐ必要があったためである。
ただし、杉山が横浜から市ヶ谷に帰着して、副官・小林四男治中佐に語ったところによれば、アイケルバーガーは普段日本側に使用させていない司令部の正面玄関に自らの副官を差し向けて出迎えたこと、司令官室には日の丸と星条旗が並べて立てかけられていたこと、元帥である杉山に上座を勧めたこと、遠慮して着席しない杉山に着席をすすめ、杉山が着席してからようやく着席したこと、両者は通訳なしで英語で会談したこと、アイケルバーガーは杉山に一礼したのち「武勲嚇々たる杉山元帥に、命令伝達という要務でお会いすることは誠に残念。私は軍の任務が終わり次第、帰国して一市民となるが、元帥とは今後個人的な交誼を結んでいただきたい」と述べ、杉山を感激させた。
http://ameblo.jp/jtkh72tkr2co11tk317co/entry-11923655609.html
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開戦当時の参謀総長であり、杉山は、アメリカからみれば第一級の戦争責任者であったはずです。なぜアメリカの司令官にこのように下へも置かないおもてなしを受けたのでしょうか。
そして驚くことに杉山は通訳なしに司令官と会話をしたということです。それほど英語が達者だとは「グズ元」の印象とは大違いです。もう敗戦になってしまったので、隠すことは不要ということでしょうか。
しかし杉山は自決しています。しかしこれも自分からではなく、妻に強く言われ、自決せざるを得なかったのが真相と思われます。しかも杉山は往生際が悪く、何とか自決を先延ばしにしようとしたように思われます。
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田中大佐が、拳銃に弾5発を詰めて渡すと、杉山はそれを持って指令官室にはいっていったが、すぐにワイシャツ姿で出て来て、「おい弾が出ないぞ」といった。田中が見ると、安全装置をかけたままであった。そこで田中は、いま杉山がいじったために弾に故障が生じている可能性もあると考え、第1発目の弾を抜き、安全装置をはずして手渡した。最高級の軍人でありながら、杉山は拳銃の使い方も知らなかったのである。
やがて指令室から相ついで銃声が聞え、田中がはいってみると、杉山はテーブルに向いたソファーの上で血まみれになっていた。しかし4発撃ったのにみな心臓を外れていたとみえて、彼はまだ生きていて、「おい、死ねないぞ、しくじったかな」といった。
田中は軍医部長を呼んで毒薬をもらった。それを口中に流しこまれて、杉山ははじめて絶命した。午後5時55分であった。
http://d.hatena.ne.jp/cool-hira/20121001/1349039127
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杉山夫人は彼が本当に絶命したことを確認したあと、仏間で自害しました。夫とは異なり見事な死に様であったと言われております。(合掌)
なぜ夫人は杉山に執拗に自決を促したのか。そしてなぜ夫は自決を逃れようとしていると思ったのか。なぜ本当に夫が本当に絶命しているのを確認しなければならなかったのか。もし自分が自害しても夫が生き延びることがあれば、死んでも死に切れない。と思ったのはなぜなのか。
ひょっとしたら杉山の妻は、何か夫の重大な秘密を知っていたのかもしれません。そして自分が「国のため」と思い夫を手伝っていたことは、実は「国を裏切る行為」であったことを知ってしまったのかもしれません。
杉山夫人は「本当の日本人」でありました。
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最悪への道。その3。
たとえ日本が国際連盟から脱退したとしても、イギリスとアメリカとの友好関係が保たれているならば、ギリギリのところで日本の破滅は免れる。そのように昭和天皇はお考えだったように思います。
しかし陸軍と外務省は、まるで最後の仕上げの如く、日本と米英の間にクサビを打つ布陣を進めます。それがドイツとの枢軸同盟でした。
昭和天皇はドイツと日本が同盟を組むことには絶対反対でした。また海軍もドイツとの同盟は反対でした。
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「昭和天皇かく語りき」
●昭和14年(1939)38歳
・「出先の両大使がなんら自分と関係なく参戦の意を表したことは、天皇の大権を犯したものではないか」(4/10)…大島駐独大使と白鳥駐伊大使が、独伊に対して各々独断で「独伊が第三国と戦う場合、日本も参戦する」と伝えた。
http://kajipon.sakura.ne.jp/kt/peace-g.html
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外務省の独断でドイツとイタリアに対する同盟を宣言してしまします。昭和天皇の知らないところで、米英との友好関係が砕かれて行き始めていました。
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・「(中立の)米国が英に加われば、経済断交を受け、物動計画、拡充計画、したがって対ソ戦備も不可能なり」
・「参戦は絶対に不同意なり」(5/26)…ドイツと同盟すれば英米と対立することを懸念。
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ドイツはイギリスと戦争状態です。なぜドイツの側につくのか。昭和天皇はもう、ここの一線だけは、絶対に譲れないお気持ちであったことでしょう。でなければ、国が本当に破滅するかも。
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・「(日独伊三国同盟の交渉打ち切りを喜び)海軍がよくやってくれたおかげで、日本の国は救われた」(14-15年)…海軍の三国同盟批判を天皇は高く評価していた。
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外務省と陸軍が進めていたドイツと同盟ですが、海軍の反対により打ち切られました。海軍はアメリカと戦争することと危険を良く知っていたのでしょう。
昭和天皇はこの同盟の交渉打ち切りを本当に喜ばれました。満州事変からずっとこの国は昭和天皇の御意向とは正反対に、日本が孤立し、破滅する方向に突き進んでいました。
しかしギリギリのところで日本は破滅の道を免れたのでした。ただきな臭いのは外務省と陸軍です。外務省の国際連盟交渉の時に陸軍は熱河作戦をタイミングぴったりにかぶせて、あれよあれよという間に日本の国際連盟脱退を進めました。
そして今回のドイツとの同盟も昭和天皇の知らないところでどんどん既成事実として進めています。
まるで外務省と陸軍の中枢に売国のスパイでもいるかの如くです。アメリカの中には日本と戦争をしたがっていた勢力がいたとされます。日露戦争以降、日本が独占した満州の権益が引き金であったかもしれません。
昭和天皇の御意向とは正反対に、日本を孤立化させアメリカとの外交関係を劣化させるように、かの国から指示を受けていた人物が、外務省と陸軍にいたのかもしれません。私の妄想陰謀論であります。
そして昭和天皇の御意向に反して、翌年とうとう日本はドイツとの軍事同盟を結んでしまいました。
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●昭和15年(1940)39歳
・「独伊のごとき国家とそのような緊密な同盟を結ばねばならぬようなことで、この国の前途はどうなるか、私の代はよろしいが、私の子孫の代が思いやられる」(9月)…日独伊三国同盟の締結に際して。
・「この条約(三国同盟)は、非常に重大な条約で、このためアメリカは日本に対してすぐにも石油やくず鉄の輸出を停止するだろう。そうなったら、日本の自立はどうなるのか。こののち長年月にわたって大変な苦境と暗黒のうちにおかれることになるかもしれない。その覚悟がおまえ(近衛首相)にあるか」(9月)…このように天皇は的確に未来を予測していた。
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昭和天皇は日本が地すべりだしている最悪の破滅のケースを視ておられたのでしょう。しかし誰がその黒幕であるのかは、敗戦まで(マッカーサーから全ての種明かしを知らされるまで?)はご存知なかったことと思いますが、それでも胡散臭い人間が誰であるかは感じておられたようです。
昭和天皇の観察力と洞察力について、多くの私達は知らないのでありますが。
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昭和天皇がもっとも嫌悪していたのは松岡洋右だ。その性格の悪さまで云々し、「一体松岡のやることは不可解の事が多いが彼の性格を呑み込めば了解がつく。彼は他人のたてた計画には常に反対する、又条約などは破棄しても別に苦にしない、特別な性格を持ってゐる」といい、その松岡がドイツびいきになったのはヒトラーに買収でもされたのではないかと辛辣なことをいっておられる。
http://japanese.hix05.com/History/showa/showa021.soliloquy.html
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一方、昭和天皇の御懸念をよそに、私達国民はドイツとの同盟関係を喜んでいたのでありました。
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これに対して日本では、とてつもない強さを見せたドイツと同盟関係を結んでおけば将来は安泰だという気運が高まった。「バスに乗り遅れるな」という言葉が流行り、朝日新聞などはドイツとの関係を重視する大々的なキャンペーンを繰り広げた。アメリカを融和しようとして成功せず、アメリカの対日重圧のいよいよ加わりゆく時期であっただけに、日本の親枢軸世論は一挙に高まり、米内内閣は総辞職に追い込まれた。
そして7月22日、第二次近衛内閣が発足、日独提携論者の松岡洋右が外相に就任した。このときは、反英米熱と日独伊三国同盟締結の要望が沸騰点に達した時期だった。
http://www.geocities.co.jp/Bookend-Yasunari/7517/nenpyo/1931-40/1940_sangoku_domei.html
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日本国民がナチスの鉤十字を日の丸とともに掲げていたことは、国民にとっての黒歴史でありましょう。

外務省と陸軍に売国スパイがいたとしても、それだけでは日本が戦争の道に進むのは難しいと思います。やはり私達国民一人一人の心のあり方が、国の進む道を決めるのでありました。
本来はあちらの人々の土地であった満州に対する日本国民の執着が、ヨーロッパ全土を侵略支配するナチスと共鳴したのが大きい原因と私は考えます。
こうして日本はアメリカとの戦争(=国家破滅の危機)に王手をかけることになります。
ありがとうございます。下記は静止衛星軌道上で観測される太陽からの電子密度グラフです。急な変動がある場合は地震や事故に備えて防災意識を心掛けましょう。特に注意が必要な期間は、メールやTwitterで防災意識リマインダーを受け取ることができます。詳しくはこちら

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最悪への道。その2。
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吉永小百合が「戦争反対を言えない空気」に危機感を表明し「憲法9条は絶対に変えさせない」と戦闘宣言
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だが、最近の吉永が最も危惧しているのは、その「護憲」「反戦平和」を口にすることすら難しくなっているという、時代の空気感だ。
・・・
たしかに、吉永の言う「世の中の息苦しい感じ」は、確実に戦前のそれを彷彿とさせるものだ。それは、吉永が身を置く表現芸術の世界にも浸透している。この8月、東京・東池袋の新文芸坐では「反戦・反核映画祭」と題して、21日までの期間中、戦争や原爆の実態を描いた日本映画約30本を上映するが、劇場支配人はマスコミの取材に対し「反戦・反核という言葉を使うことにも勇気がいるような、嫌なムードになってきています」と語っている(中日新聞7月19日付)。
・・・
しかし、吉永はこうした状況に怯まない。むしろ、反戦や平和、護憲を言いづらくする圧力があるからこそ、みんなで声をあげる必要性を訴えるのだ。
・・・
自民党の改憲草案が目論むように、自衛隊が「国防軍」となれば、この国は戦後、初めての戦死者を出す。もちろん、人も殺す。だからこそ、吉永の言うように"私たち"みなが連帯して「戦争は嫌だ!!」と叫び続ける必要がある。将来、子どもたちに、いま私たちが生きている時代を"戦前"と呼ばせないためにも。
(伊勢崎馨)
http://news.biglobe.ne.jp/entertainment/0815/ltr_160815_1336188418.html
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吉永氏の間違いは二つです。
一つは、この日本で戦争を望んでいる人というのはいったいどこにいるのでしょうか。ということです。「戦争を望む」人とは、本当に存在する人たちなのでしょうか。戦争は「誰でも嫌!」なのです。
しかし上記の記事は、あたかも、日本が戦争をすることを望んでいる人たちに社会を占め始めているように述べられております。しかし、そんな人たちはどこにもおりません。
確かに日本が侵略されることを心配している人はたくさんおります。半島や大陸から距離を置くべきという人もたくさんいることでしょう。しかし日本が再び彼の地に侵略すべし。と主張している人はどこにもおりません。吉永氏は一体誰と闘っているのでしょうか。
吉永氏のもう一つの間違いは、最悪を想定していない。ということです。
今の日本を取り巻く状況は、日本の領土に対して「ここは(日本ではなく)自分たちの国の領土だ。」と頻繁に領海侵犯や領空侵犯が発生している国家がいるという非常事態なのです。しかしこの非常な事態であるにも関わらず、日本を無防備のままにしておくべきだ。と「護憲」の看板で実は「無防備」を主張する延長の未来に、どういう事態が発生するか、思考を停止して想定できてないことです。最悪を想定できない「無知」は罪であります。
そう。中国船や中国機の侵犯に対応する海保や自衛隊員の方々は毎日命懸けです。いつ相手が発砲してくるかわかりません。しかも相手から発砲されてもこちらからは撃ってはいけないのです。それが吉永氏たちの主張する「護憲」です。現場の隊員の方は、殺されるかもしれない。そういう覚悟で毎日侵犯対応をされています。もし自分が死んだら残された家族はどうなるだろう。妻は未亡人となり、子供達も。。。しかしかといって自分が相手の挑発にのって発砲応戦すれば、今度は日本という国家を危機に陥れるかもしれません。だから現場の隊員たちは、そのような想像を超えるプレッシャーの中で、毎日素手で、凶器を持ったキチガイに「出て行きなさい」と通告する仕事をされているようなものです。吉永氏はそういう近隣国の狂気の凶器について、まったく思考を停止しているように見受けられます。




(https://goo.gl/vMFpa0 より転載)
そういう現場での命懸けの人たちがいるお陰で、今の私達の日本は平和に守られているのです。が、そういう方々がいらっしゃることを知らず、知ろうともせず、そういう方々の命懸けのお仕事の足を引っ張る言動を繰り返すのは「無知」どころか、「罪」であると思います。
「日本は侵略戦争をしない」のは当然であります。それは改憲後も維持されるべきでしょう。そしてそれと同時に、今これから日本にあり得る危機についても、私達は国民は想定し備えるべきであると思います。
危機1)尖閣諸島に中華民兵が上陸し、そのままなし崩し的に彼らが島の実行支配を行うこと。
危機2)その後、東シナ海の領空と領海も、なし崩し的に中華圏として広げられてしまうこと。
危機3)その結果、日本の排他的経済圏で操業している日本の漁民が拉致されたりし、事実上日本の漁船が日本近海から武力をもって中華民兵に閉めだされること。(かつて竹島近海で起きたように)
危機4)領海の実行支配が確立されると、東シナ海を航行するタンカーやコンテナ船が中華軍艦に自国領に侵入したと臨検を受けること。日本の貿易航路も中華の実行支配下にはいること。
危機5)尖閣のような無人島ではなく人の住む離島に民兵が上陸し、なし崩し的に漁港を奪うこと。多くの民兵たちが住み着き、少数の島民たちが拉致されるか武力で追い出されること。
現状の非常事態の延長線には、このような最悪のケースに発展する可能性があるのです。「護憲」も「反戦」も結構ですから、上記東シナ海で本当にあり得る危機は、日本はどう防ぎ、どう国民を守るべきか。ということも示して欲しいです。思考を止めないで想定して考えて欲しいです。自衛のためでも弾を撃ってはいけないのでしょうか。あるいは自衛のためなら弾を撃ってもいいのでしょうか。その結果相手が実弾や小型ミサイルを自衛隊に発砲してきたらどうなるのでしょう。自衛隊が位一発でも撃ち返せば即紛争に拡大するでしょう。「護憲」の人たちは自衛隊が日本人を守ることをどうお考えなのでしょう。
きっと「自称護憲主義」の人たちのご意見では、日本の海上保安庁も自衛隊も警察も、中華民兵に一発の弾も撃てないわけですから、中華勢力は、いくらでも侵食してくることでしょう。海保や自衛隊の隊員や警察官に死傷者が出ること、東シナ海の漁民や島民が拉致されたり殺されたりする世界が現実化するように引き寄せていることを、吉永氏たちは自覚するべきと思います。
そして。もし吉永氏のような考えが日本国民の大多数を占めるようになったら、日本は早晩、他国に侵略される。という悲惨な事態が現実化することでしょう。なぜならこの人の世は、想定しない思考停止した最悪のケースが引き寄せられるかの如くそれが実現されるからです。
さて、閑話休題。国際連盟を脱退し、帰国した松岡洋右を待っていたのは、国民からの熱い歓迎でした。
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しかし、そこで思いもよらぬ光景を目にする。交渉に失敗した松岡を待っていたのは、国民の大歓声だった。新聞は、次のように報じた。「松岡の姿は、凱旋将軍のようだった。わが国は始めて、[我は我なり]という独自の外交を打ち立てるにいたったのだ」。松岡は、一躍、国民的英雄となっていたのである。
http://www5a.biglobe.ne.jp/~t-senoo/Sensou/matuoka/sub_matuoka.html
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当時の日本国民の大多数は、 日本が国際的に孤立する未来が、日本に破滅をもたらすこと。そういう最悪の想定をすることが出来ませんでした。
昭和天皇は本当に孤立化する日本を危惧されておりました。このままでは日本という国が滅びるかもしれない。と。しかし日本国民の大多数は、満州の権益を手放すぐらいなら、国際社会から孤立した方がマシと考えておりました。その孤立化の先にあるかもしれない最悪ケースまで心をくだく人間はほとんどいなかったことようです。従って日本は、国民が思考停止した最悪ケースの現実を引き寄せていくことになります。
戦争を呼び寄せていたのは一般日本国民でありました。必死に回避されようとしたのは昭和天皇でありました。しかし戦後、正反対の内容を喧伝する人達がおります。国民が被害者だ。天皇は戦争責任を取れ。と。
しかし私たち国民が最悪想定の思考を停止していたことが、日本が戦争に突き進んだの最大原因であるのえす。そしてこのことから目を背ける限り、この国はまた悲惨な破滅を呼び寄せてしまうことと思います。
私たち国民が、最悪想定から目を背け耳を塞ぐことを増長させていたのが、一部のマスコミでした。彼らはハーメルンの笛吹き男のように、国民に最悪想定から目を背け思考を停止する役割でも担っていたかの如くです。
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●支那事変が泥沼化すると、マスコミはその原因を米英の援蒋活動に求め、こぞって反英キャンペーンを展開し、各紙とも英国と一戦を辞さずといった強硬な論調を張った。これは軍部の覚悟をも上回る勇み足だった。
当時のマスコミは政府に弾圧されてというより、積極的に迎合し戦争熱を煽っていたのだ。そして敗戦に狼狽したマスコミは、自らの責任を軍部に転嫁するのに躍起となった。
《稲垣武 諸君!2003/7月号》
●政府も軍部もまだ本気で連盟脱退を考えていない時、新聞が率先して脱退せよと政府の尻を叩いた。
《半藤一利 「昭和史の論点」》
●メディアと世論が醸し出したムードに乗って身を誤った典型例が、松岡洋右。1933年に国際連盟を脱退した時、松岡は日本に帰ったらどんなに非難されるだろうとうなだれていた。ところが途中で日本の報道を見たら、国民的英雄として報じられている。港に着いたら、まるで凱旋将軍のように迎えられたのである。それが松岡と日本の不幸の始まりだった。
●当時ドイツはパリを陥落させ、ロンドンに空襲をかけるなど、大勝利に沸き立っていた。国際連盟脱退に続いて、ここでも松岡外交を世論が後押ししてしまった。「バスに乗り遅れるな」と。(三国同盟)
《鳥海靖 諸君!2005/8月号》
●緒方竹虎朝日新聞主筆(米内光政海軍大将の伝記に寄せた序文)…
「筆者は今日でも、日本の大新聞が、満洲事変直後からでも、筆をそろへて軍の無軌道を責め、その横暴と戦っていたら、太平洋戦争はあるひは防ぎ得たのではないかと考へる」
《稲垣武 「朝日新聞血風録」》
●しかし、新聞を中心とするメディアが盛んに戦争を煽ったこともあり、国論はすでに「開戦」一色となっていた。東條が組閣を命じられら日、朝日新聞は「国民の覚悟は出来ている。ひじきの塩漬けで国難に処せんとする決意はすでに立っている。待つところは、『進め!』の大号令のみ」と記した。
《竹田恒泰 Voice2008/1月号》
●先の戦争で、三国同盟を結んだときに事実上、日本は英米と戦う運命が決まった。ロンドンやベルリンの駐在武官はそれを警告したのに、マスコミが「鬼畜米英と戦え」「アジアとともに立て」と煽ったために、結局それらの警告を両方とも無視した。東條はむしろアメリカと戦争しないように、最後まで交渉していた。マスコミが戦犯である。
《葛西敬之 正論2008/3月号》
http://kenjya.org/sensousekinin.html
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そして驚くべきことにハーメルンの笛吹き男たちは、世論を誘導するためには、報道内容が事実かどうかは問わないこともあったようです。
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「朝日は不治の病」 OBの敏腕記者が激白 著書『崩壊 朝日新聞』が話題に
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今回の取材で、長谷川氏は「吉田証言報道は、朝日新聞の『本質的な問題』を端的に示した例だ」と語った。朝日には、事実に即していないことでも、思想傾向に沿っていれば報じても許されるという「体質」があり、その伝統は今も引き継がれている-というのだ。
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慰安婦問題の大誤報を受け、朝日新聞は再出発した。だが、昨年の安保法制をめぐる報道に接して、長谷川氏は「新編集陣になっても、まったく体質は変わっていない」といい、続けた。
「安保法制について、朝日は『戦争法案』とのレッテルを貼って報じ、特殊な政党と連携したかのような一大キャンペーンを行った。私が読んだ限り、安保法制は現状の憲法体制の中で、『日本が守りを固めるには、どうすればいいか』を考えた法律だ。まさに(朝日は)驚くべきメディアだ。吉田証言報道の過ちをまったく反省していない」
こうした姿勢は、事実を探求する一線記者にも影響を及ぼしているという。長谷川氏はいう。
「残念なのは近年、『どうせ朝日だから、いい加減に、誇大に書くに決まっている』と思われていることだ。私が取材を申し入れても断られることがあった。安保法制も『本当は戦争法案ではない』と思っている記者もいたはずだ。昔から朝日は自由にモノが言えなかった」
http://www.iza.ne.jp/kiji/life/news/160119/lif16011921200012-n3.html
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彼ら現代の笛吹きの仕事は、日本人を無防備のままにさせておく使命のようです。そして今は、日本のどれほどの国民が、思考を停止させず、最悪の想定に備えられるか。再び試されている時期であるとも言えるように思います。
さて国民の拍手喝采とともに国際連盟を脱退した日本です。当時の日本人は、多くの国民たちと笛吹きたちによる、思考停止により日本の孤立を招きました。しかし昭和天皇はその中で日本を守ろうと必死でありました。たとえ日本が国際連盟から脱退することになったとしても、イギリスとアメリカと友好関係が保たれるなら、まだ大丈夫。まだ何とかなる。そのように昭和天皇はお考えになられていたように思います。
しかし日本を国際連盟を脱退させることに成功させてある人たちの狙いも次はそこでした。次の一手は日本をイギリスとアメリカから分断させることでありました。
つづく
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最悪への道。その1。
先の大戦で、どうすれば日本人は戦争をせずに済んだか。それは答のない問いかもしれません。
しかしどうすれば、これからの未来、国が破滅するような危機を回避できるか。それは私たちが見つけなければならない答であります。
そして、「国民一人一人が最悪を想定し備えること」が、その解の一つであるように私には思います。その最悪を想定するということは「知恵」と呼ばれる行為です。そして魔物が存在するとするならば、魔物が一番嫌うものの一つが、この「知恵」でありましょう。私たち日本人はこの「知恵」があったのでしょうか。そして今もこの「知恵」はあるのでしょうか。
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「昭和天皇かく語りき」
昭和7年(1932)31歳
・「自分は国際信義を重んじ、世界の恒久平和の為に努力している。それがわが国運の発展をもたらし、国民に真の幸福を約束するものと信じている。しかるに軍の出先は、自分の命令もきかず、無謀にも事件を拡大し、武力をもって中華民国を圧倒せんとするのは、いかにも残念である。ひいては列強の干渉を招き、国と国民を破滅に陥れることになっては真にあいすまぬ」
・「陸軍が馬鹿なことをするから、こんな面倒なことになったのだ」(4月頃)
…関東軍の満州国建国によって、日本が世界各国から非難を浴びたため。
http://kajipon.sakura.ne.jp/kt/peace-g.html
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張作霖事件以降、関東軍の暴走により、満州国が建国された時代の昭和天皇の御言葉です。先の日露戦争で、南満州鉄道の権益を得てから、日本人は大陸への執着に縛れれてしまっていました。もし南満州鉄道がアメリカの鉄道王と共同管理であれば、日本は大陸で得るものは半分でありましたが、大陸の呪縛も半分であったことでしょう。残念ながら、日本人は大陸の権益への執着に自らを縛り、もっともっと、と大陸に深入りすることとなります。
この時代、最悪を想定しておられたのは昭和天皇でした。満州国を建国してもそれは日本の傀儡政権であるのは一目瞭然でした。もし国際社会から孤立したらどうなる。孤立化した日本は国の運命を危うくするという「最悪のパターン」が昭和天皇には視えておられたのでしょう。しかし軍部を含む日本人の大多数はそんな最悪ケースについての想定は思考停止状態でありました。
そう。昭和天皇には、この世界と並行して存在する近未来が視えていたのではないかと思います。国際社会から孤立し、国際連盟から脱退せざるを得ない。そんな破滅への並行世界が当時の日本のすぐ隣にありました。
国際連盟から批難を受けていた当時、もし今、関東軍が更に南進することがあれば、国際連盟脱退が現実化してしまいます。しかし関東軍は治安維持のため、と熱河への進軍を昭和天皇に願い出ます。陛下は「万里の長城を越えない」条件で、南進を許可します。万里の長城より北であれば、まだ国際社会が許してくれるギリギリのところであったのでしょう。
しかしこの熱河作戦は内閣の承諾がされていないことを、陛下は知ります。内閣が承認したと陸軍総長から報告があったので、仕方ない。条件付きで認めたのです。しかし内閣が認めていないのなら、自分も許可を取り消す。昭和天皇はそのように指示しました。自分が持っている統帥権を行使して熱河作戦を中止させると発言されたのでした。
確かに大日本帝国憲法には天皇は統帥権を持つとされます。しかし実際はそれを行使することは不可能であったのです。未だに昭和天皇の戦争責任を主張する人たちがおりますが、この事実を知って頂きたいと思います。
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顕著な例が、33(昭和8)年の中国・熱河(ねっか)作戦のくだりです。日本が国際連盟を脱退せざるを得なくなる直前に、関東軍が中国と旧満州の境に兵を進めます。
なんとか中止したいと考える昭和天皇は「統帥最高命令によって作戦発動を中止することが可能か否か」と作戦の中止を奈良武次侍従武官長に打診します。天皇は40分間ほど粘るものの、奈良は「それは閑院宮・陸軍参謀総長がいらしてからに」と帰ってしまう。
しかし昭和天皇はあきらめず、午後10時すぎに、「さっき聞いたことについてはどうだ」と側近に書かせた手紙を奈良に送りました。奈良は、参内せずに手紙を寄越します。その内容が恐ろしい。
「天皇のご命令をもって作戦を中止しようとすれば、紛擾(ふんじょう)を惹起(じゃっき)し、政変の原因になるかもしれず」というものでした。
前年に5・15事件で犬養毅首相が殺されています。奈良の返答は、熱河作戦を天皇が止めれば、首相が殺されるか、御所に機関銃をもった将校がなだれ込んできますよと、脅しているも同じです。
http://dot.asahi.com/wa/2014091700079.html
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陸軍は国際友好の「国是」を踏みにじり、日本の将来を危険な状態に陥れようとしているのである。ここでブレーキをかけなければ、日本の未来がどうなるかは、歴然としている。
こうお考えになられた陛下は、内閣において陸軍の行動を制御することができないのならば、憲法第11条の統帥権を適用して、天皇の権力でもって陸軍の行動にブレーキをかけることができないかどうかを検討せよと、仰せになられたのであった。
天皇のご意向を受けた奈良武官長や牧野内大臣は、これについて慎重に検討した。かれらは、憲法上は天皇の統帥権も、統治権と同様に責任ある輔弼機関に委ねており、ここでたとえ一時的とはいえ、「天皇親政」が生じれば、憲法の精神に反するだけでなく、天皇の地位をも不安定になるとの理由で反対した。
http://blogs.yahoo.co.jp/tenchishizen/15022365.html
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昭和天皇は自分が感じる最悪想定に日本が転がり落ちないために孤軍奮闘されている様子が上記の内容から読み取れます。私達日本人が昭和天皇について知らなければならないことの一つであります。
丁度この時期、時の外務大臣である松岡洋右が国際連盟で「満州国」を国際的に認めさせようとしていました。しかし国際連盟は満州を国とは認めない。という結論に達していました。しかしそれは表向きの話で、実態は「満州は国際管理とするが日本は満州の顧問として実質的な権益は保証される」という内容でした。
しかし日本政府はこの有利な妥協案を蹴りました。その理由は二つあります。一つは国民世論です。
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外務大臣内田康哉は、このイギリスの妥協案を拒絶した。というのは、日本の政党が国民の支持を失い、政府は国民の支持を取り戻すのに汲々としている時期であった。日本の民衆は、満州国独立に熱狂していた。政府はこの国内世論を優先するあまり、イギリスの提案を省みることもなく拒否した。実に惜しいチャンスを逃がしたのである。
http://nozawa22.cocolog-nifty.com/nozawa22/2011/01/post-6928.html
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私達は日本が大戦に走った理由は軍部の暴走である。と学校で習います。しかし本当は、認めたくはないかもしれませんが、その責任は日本国民自身でありました。もし多くの日本国民が「日本が国際的に孤立する」という最悪事態を想定していれば、日本が戦争を始めることは避けられたことでしょう。しかし当時の多くの日本人は「満州国」に熱狂しました。残念ながら「知恵」はなかったかもしれません。
そして、果たして今現代の我々日本人は当時の私達より「知恵」がついたでしょうか。今でも「戦争反対!だから身を守る戸締まり(自衛)も反対!」と叫んでいる人達が、世論の半数を超えている現状を見るに、私達は「最悪を想定する」という知恵は実は進歩していないのかもしれません。
そして有利な妥協案を蹴ったもう一つの理由が、関東軍の熱河作戦でした。
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外相がイギリスの妥協案を拒否した同時期に、もう一つ厄介な問題が持ち上がった。それは、関東軍が新たに作戦の許可を求めてきたのである。(万里の)長城をはさんで北京に隣接する熱河地方での作戦である。
関東軍参謀 中野良次:戦いをやる者が途中でやめるのは、命にかかわる。軍の運命にかかわる問題を途中で中止できない。東京が許さんからと見殺しにするわけにはいかない。
http://nozawa22.cocolog-nifty.com/nozawa22/2011/01/post-6928.html
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関東軍参謀の意見を見ても、彼らも全く最悪を想定していないことがわかります。最悪を想定することなく、目先の損得しか考えられていません。
しかしこの熱河作戦には不審な点があります。丁度、松岡外相が国際連盟で交渉をしているこの真っ最中に熱河作戦が行われたのはタイミングが良すぎます。実際は外務省中枢と陸軍中枢に、日本を国際的に孤立させるように画策したグループがいたという説もあります。
その説の真偽はわかりませんが、そう考えるとタイミング的にはピッタリです。
①外務省(松岡洋右)が国際連盟で日本の立場を認めさせるべく交渉。
②それと同時期、陸軍は昭和天皇をだまして熱河作戦を決行。国際連盟との交渉を破綻に。
③外務省は「このままだと経済制裁を受ける」から国際連盟を脱退を指示。
そうです。国際連盟の勧告の真っ最中に、日本が軍事行動を起こしたとなれば、日本は国際連盟の規定により経済制裁を受ける。そうなっては一大事だ。ではどうすればいいか。そうだ。国際連盟を脱退すればいい。脱退すればもう国際連盟の加盟国ではないので経済制裁を受けなくて済む。
そんな子供だましの理論で日本は国際連盟を脱退したのでした。「最悪を想定する知恵」どころか、何も考えていません。あるいは日本を孤立化させるために仕組まれた巧妙な罠のように思えます。
敗戦後、昭和天皇はマッカーサーから外務省の誰がその罠を仕組んだかを聞かされた。という説もあります。日本を国際的に孤立化させ、アメリカとの大戦に導いたその外務省中枢の人物たちの名前を。そしてそれが昭和天皇が戦後、靖国神社に参拝をしない理由となりました。その人物が靖国に祀られたと聞いてからは。そういう説もあります。
しかし当時の昭和天皇はまさか陸軍や外務省にそのように日本の孤立化を画策するグループがいるとは夢にも思わなかったことでしょう。ただし昭和天皇が想定する最悪パターンに、日本が引き釣りこまれていくことを、必死で守ろうとされておられたのでした。
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覚悟出来ない理由と執着と。
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政府 尖閣諸島周辺で領海侵入 中国船の動画公開
政府は、沖縄県の尖閣諸島周辺で、中国当局の船が活動を活発化させていることを受けて、海上保安庁の巡視船が領海侵入した中国当局の船に対し、退去するよう警告を行う様子などを撮影した動画を、15日夜、外務省などのホームページで公開しました。
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20160816/k10010637381000.html
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先日中国船が大挙して尖閣に押し寄せてきた時の、海保が撮影した動画が公開され、ニュースにも流されました。この傾向は大変良いことであると思います。とにかく今、太平洋に覇権を伸ばそうとしており、尖閣周辺は彼らの目標突破口の一つでありますから。
多くの人が想定したことは防げる。のであれば、尖閣や沖縄領海が、中国の支配下になる。という想定を、一人でも多くの日本人が行うことは、紛争を未然に防ぐことになることと思います。
なぜ日本が先の大戦で大敗したかというと、負けることを想定していなかったからでした。誰も日本が戦争に負けることを想定できませんでした。それぞれの作戦が負けた時のことの想定はタブーでありましたから、長期戦になればなるほど負けがこんでいくのは当たり前でした。
恐らくこれは物理法則のように、明白なことなのでありましょう。「負けることを想定し覚悟していない」のであれば「必ず負ける」であります。
これは個人の人生の成功でもそうでありますし、企業のビジネスにおいても、そして国家戦略においてもそうです。負けて手放すことの覚悟と備えがあるかどうかが、次の勝負の勝率に大きく関わってきます。
それでは人はなぜ「負けることの想定と備え」「失うことの覚悟と心の備え」が難しいのでありましょうか。それは誰しも失いたくないからであります。今持っていることの執着が強いからであります。つまり執着が負ける想定を避けさせ、そして結果的に負けを呼ぶのでした。
オリンピック競技でも国民からの期待が強いほど、負けてしまう傾向があるのは、国民からの過度な期待が選手に「負ける覚悟。負ける備え」ができなくなってしまうからでしょう。勝たなきゃ。勝たなきゃ。石にかじりついても勝たなきゃという執着が負けを呼んでしまうと言えるように思います。
逆に実力以上の神業を発揮してしまう選手は「負ける覚悟。負ける備え」で、失うものは何もない。そのように吹っ切れたケースなのでありましょう。
先の大戦では、日本人は各個人としては「国のため、家族のため」と覚悟した方が大半であったことでしょう。しかし国家戦略としては「負ける想定。負けた後の備え」は、ほぼ皆無でありました。その結果、覚悟を決めた日本人個人の命数百万を浪費することしかできませんでした。
さて、現在の尖閣の状態です。もし日本と中国が戦争になった場合、結果的にアメリカは今の日本および周辺がもたらす莫大な既得権を明け渡すことはないでしょう。従って「最終的」には、日本国土及び領海はアメリカによって守られると思います。が。そこに至る過程において、日本人に大きな被害を受ける可能性はありえることと思います。
そうならないためには、日本人が、中国や北朝鮮の攻撃によって「被害を受ける想定と備え」が何より重要であると思います。
このように中国と北朝鮮の脅威を政府が国民に積極的の情報公開をするのは、日本の存続 いとっては良いことと思います。当事者意識の日本人が一人増えれば、紛争被害を受ける日本人は一人減ることでしょう。災害の備えと同じですね。
ありがとうございます。※本日は中潮です。
下記は静止衛星軌道上で観測される太陽からの電子密度グラフです。急な変動がある場合は地震や事故に備えて防災意識を心掛けましょう。特に注意が必要な期間は、メールやTwitterで防災意識リマインダーを受け取ることができます。詳しくはこちら

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