荻野洋一 映画等覚書ブログ

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木下順二 作『巨匠』

2010-03-02 00:01:00 | 演劇
 東京・六本木の俳優座劇場で上演された、劇団民藝『巨匠』(作・木下順二 演出・内山鶉)に感動した。ポーランドのシナリオライター、ジスワフ・スコヴロンスキ作のテレビドラマ『巨匠』を、故・木下順二が翻案したもの。
 スコヴロンスキという人は、1960年代ポーランド映画好きにはそれなりにおなじみの脚本家で(正しい表記は、スコヴロニスキのはず)、ヤン・リブコフスキやスタニスワフ・モジジェニスキ、イェジー・ザルズィツキといった監督と組んでいる。未見のものばかりだが、サウンドトラック盤は昔から好きで、よく聴いていた。10年くらい前、ポーランドの映画音楽に詳しい音効さんと一緒に仕事する機会があったときには、同好の士を見つけた思いがし、ダビング作業そっちのけでおしゃべりしたものである。この時は番組の音効を、ヘンリク・クジュニアクの楽曲を加工しながら構成したりして、じつに楽しかった。

 主演の大滝秀治は、文化庁芸術祭賞を獲った前作『らくだ』(作・別役実)も昨秋に紀伊國屋サザンシアターで見ているが、齢84にして全盛期を迎えているように思える。
 第二次世界大戦下のワルシャワ。大滝演じる老優(実際は、簿記で食べている)が、おとなしく「自分は簿記だ」と認めればゲシュタポに射殺されずにすんだのに、自分はあくまで舞台俳優だという矜持をこめて、ゲシュタポの前で『マクベス』の台詞を朗誦してしまう、その誇り高くも愚かな姿には、涙を禁じ得なかった。
 しかも、観客をいったん感動させておきながら、20年後となるエピローグでは、若手俳優と新進演出家の2人組が『マクベス』開演前のメイクルームに登場して、20年前に起きた無名の老優の蛮勇を批判的に検証し、観客の心をいっきに冷却させるのだ(「その爺さんは、40年間も惰眠をむさぼり、処刑を前にしてやっと、真の役者魂を発揮できたわけだ。しかし、僕たち一流のプロフェッショナルは、いちいちそういう状況下に身を置かなくても、つねにそういう精神と接しあっていなければ、嘘なのだよ」などと総括されてしまう)。いわば、タイトルの『巨匠』が、逆説に過ぎないことがわかる。この厳然たる展開にも感服した。


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2 コメント

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Unknown (オクサナ)
2010-03-04 22:11:41
こんばんは。

『シンドラーのリスト』や『戦場のピアニスト』で、人間の選別が描かれていますね。手に職がある人間=役に立つ人間と役に立たない人間を右と左に分けて収容所送りにするかしないか…。

中洲居士さんの記事を読みながら、私自身が普段 人間の選別をしている事に気付かされました。

マエストロ カラヤンは戦中ナチスとの関わりがあったのに戦後不遇ではなく、レニ・リーフェンシュタールは思い通りの仕事出来なかったのですね。


ふと、何故なのかな?と考えてしまいました。

日本でも、不当に処刑された戦犯がたくさんいるのに、何故だか 731特殊部隊のメンバーは戦後生き抜きました。
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人間の選別 (中洲居士)
2010-03-05 04:38:40
オクサナさん、こんばんは。

戦時中のこと、政治的なこと、いろいろとわかった風なことを普段から書き連ねつつ、オクサナさんのお書きになった「私自身が普段 人間の選別をしていることに気づかされ」た旨、私の胸にもぐさりと刺さりました。そうした選別は、私もしているからであります。

カラヤンの戦後の活躍とリーフェンシュタールの不遇、これについてはいろいろと事情があると思います。
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