荻野洋一 映画等覚書ブログ

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『ファミリー・ツリー』 アレクサンダー・ペイン

2012-05-31 08:13:13 | 映画
 アレクサンダー・ペインは、初期の『ハイスクール白書 優等生ギャルに気をつけろ!』(1999)以後は、『アバウト・シュミット』(2002)、『サイドウェイ』(2004)、そして今回の新作『ファミリー・ツリー』と、たった3本しか長編映画を監督していない。はた目から見たところリスキーな作風ではないが、どうしてこれしか撮っていないのだろう。

 モーターボート事故で昏睡状態に陥った妻の浮気判明をはじめ、祖先から引き継いだ固定資産の売却、娘たちとの関係修復など、主人公(ジョージ・クルーニー)には、むずかしい問題が折り重なっていて、当然のごとく主人公は、終始浮かない顔をしている。アレクサンダー・ペインという映画作家は、上記の過去作品もそうだったが、苦虫を噛み潰している状態にとどまるという志向があるようだ。まじめに働く人間にとって人生というものは、いやもっと卑近に、生活というものは、単に幸福であることはない代わりに、単に悲惨であることもない。そのはざまで楽天と悲観が織り上げられる。楽園の中にもペイン(苦痛)はある。ジョージ・クルーニーが作中で言うように、マイ・ラヴ、マイ・ジョイ、マイ・ペインである。
 そして『アバウト・シュミット』『サイドウェイ』でも実行されてきた、旅先におけるその土地の歴史性や風物に寄り添った道行きが、この『ファミリー・ツリー』にも転移している。トラベル・ガイドすれすれの土地への教条的な言及は、作者を一見あか抜けない説明主義者に見せるが、「これはやっておかねばすまぬ」という作者のロケーションに対する奇妙な儀式として、毎度受け取るべきだろう。自分たちアメリカ人が先住民族を殺戮し、彼らの土地を横取りした侵略者であるという認識を、自明の上にさらに上塗りする。その愚直な姿勢が、主人公たちのちっぽけな生をいかばかりか救済するとでも言いたげな、そういう懇願の儀式ではないだろうか。いや、実際にはそれは救済への懇請などという意図以前の、もっと慎ましい心情かもしれない。
 『ハイスクール白書』のすばらしさには依然として達していないとはいえ、これはこれでかなり好感の持てる、ペインらしい「苦痛を伴った喜劇」である。


TOHOシネマズ日劇ほか全国で上映中
http://www.foxmovies.jp/familytree/

ローマの風呂について

2012-05-27 07:04:48 | 映画
 『テルマエ・ロマエ』を見たからといって、この作品のレビューをちゃんと書こうとは思わない。またぞろ極私的記述で恐縮ながら、幼少期の夢との符合性を確かめるために劇場に行ったのだ。
 『テルマエ・ロマエ』におけるローマの風呂(テルマエ)は混雑し、空気が悪そうで、コンパ用の大型居酒屋のごとき俗悪な喧噪空間として描かれる。おそらく原作者なりスタッフなりの時代考証の末にこうしたものが提示されたのかもしれないが、私にはどうにも承服せざるものが残った。
 幼い頃、古代ローマ(かと思われる)につくられた大きな露天風呂で湯につかっている夢を、私は何度も何度も見た。空は真っ青に晴れており、湯はこれ以上ないほど澄みきっている。湯につかりつつ私は目を閉じたり、空想に耽ったりする。ときどき女性たちがやってきてブドウの房を供してくれたり、プールサイド(あがり場?)で誰かがハープ(のような楽器)を弾いてくれたこともある。とにかく静謐かつ幸福な夢であった。そして成長するにしたがって、その夢は出てこなくなってしまった。
 そうした私の「記憶」と『テルマエ・ロマエ』はあまりにもかけ離れていて、その点はただ残念無念である。「テルマエ」というのは公衆浴場のことで、私が「体験」していたのは私的なそれであったという違いだろうか。とにかく、「ローマの風呂は、あんなものではなかった」と心中で大人げなく叫ぶ以外に、私にできることはないのである。

 『テルマエ・ロマエ』はナンセンスなカルチャー・ギャップ喜劇の一種で、『ちょんまげぷりん』の豪華版をチネチッタまで出張して撮ったという印象。古代ローマ帝国の浴場設計士(阿部寛)が退廃した浴場のあり方に悩んでいるとき、タイムスリップ先の現代日本で風呂(銭湯、温泉、ショールーム等)をめぐる高度な知恵、哲学の具現ぶりを目の当たりにする。後半は、この手のタイムスリップものの宿命か、主人公たちがタイムパラドックスの修正に奔走するばかりで、風呂をめぐる文明衝突の初々しい馬鹿馬鹿しさが削がれてしまった。


古川緑波 著『ロッパの悲食記』

2012-05-21 00:56:14 | 
 食エッセーの傑作のひとつに数えられる、喜劇俳優・古川緑波の『ロッパの悲食記』(ちくま文庫)は、ロッパが死ぬ3年ほど前に上梓した本で、昭和19(1944)年および、昭和33(1953)年の日記が収められている。
 昭和19年、敗戦直前の逼迫した食糧事情のなか、旨い食べものを求めて涙ぐましい努力を日々重ねるロッパ。極限状況が窮まってなお、人はここまで美食、大食に邁進できるのか。その点で蒙を啓かれた思いだ。
 帝国ホテルのグリルの一人あたりのメニューが配給制のため制限されたため、その対策として付き人を連れていき、その付き人を向かいに座らせ、その付き人の分も含めた2人前を平然と平らげて、「許せ」とのみ書いて済ませてしまうあたり、「食鬼」とでも名付けたいほどだ。箱根宮ノ下の富士屋ホテルに投宿し、そこのフレンチ全メニューを一度に食べきる儀式を一週間続けるなどといった財力と暇にまかせたナンセンスなふるまいを、いい歳して自慢している。どういう神経をしているんだか。
 それにしても、この人は旬のものに興味がなく、野菜、海の幸にもほとんど興味を示さない。ひたすら肉、肉、肉である。食べる量もずいぶんと多く、「無粋」(ようするに今風にいえば「ガキの味覚」)と皮肉の一つや二つは毎週毎月と本人も聞かされたろうが、まったくお構いなし。後年の読者からすればただ「あっぱれ」としか言いようがない。
 東京、大阪、京都、神戸、名古屋と、金に糸目をつけずに旨いものを食べまくる人生をロッパは生きたが、読み手としては「ああ、やはりそうか」と思わずにいられないのは、東京都内のフランス料理、日本料理にしろ、神戸の中国料理にしろ、戦前にくらべて戦後は味が著しく落ちたと嘆いていることである。その点では山本嘉次郎のエッセーと趣旨は同じである。どの街も店の数こそ戦後のほうが圧倒的に増えたが、料理人の腕、ソースの質などは戦前のレベルに達していないらしい(名古屋だけは例外で、この街は戦前「粗食の都」と名付けたいくらいまずいものばかりだったが、戦後はぐっと贅沢な街になったのだという)。
 昭和33年の日記にそういう諦念みたいなものが漂っているが、その諦念は現代にもなんの壁もなく通じているものだろう。

生田智子さんのこと

2012-05-20 00:37:39 | ラジオ・テレビ
 ノンフィクションW『バスク』でナレーションを担当していただいた生田智子さんとは今回で初対面ですが、たいへん素敵な方でした。ナレーション初挑戦ということでしたが、ご主人(コンサドーレ札幌 中山雅史選手)にあらかじめマルセロ・ビエルサ監督のことなどについて聞いて予習をして下さっていたようで、スムースに作品世界に入ってきていただきました(所属事務所・東宝芸能さんのHPでも掲載していただきました)。

 MAルームで収録しながら、NHKの韓流ドラマ『宮廷女官チャングムの誓い』の主人公チャングム(イ・ヨンエ)の吹き替えを思い出さなかったと言ったら嘘になります。「弾圧、虐殺といった多くの困難に負けず、彼らは誇りを失いませんでした…」などというナレーションを聴いていると、やはりイ・ヨンエのセリフを思い出しました。ナレ原を書き終えた当日朝は「いいんだろうか?」と思いましたが、いざ収録し始めると、あたかもチャングムがバスクについてしゃべっているみたいで、「これは当て書き成功だわい」とイヤらしくほくそ笑んでしまいました。案の定、生田さんも収録終了後「あ、私やっぱりチャングムでした?」と、はにかんでいらっしゃいました。

P.S.
 しつこいようですが、リピート放送がありますので一応告知を。
5/20(日)午前11:00
5/28(月)深夜1:10  いずれもWOWOWプライム(青チャンネル)

バスク ~なぜ彼らは掟を貫くのか~

2012-05-16 07:31:44 | ラジオ・テレビ
 5月18日(金)よる10:00から、演出を担当した番組が放送されます。WOWOWのドキュメンタリーシリーズ《ノンフィクションW》の枠で放送される『バスク ~なぜ彼らは掟を貫くのか~』です。いわゆるサッカー番組というくくりに入るわけですが、内戦や独立運動といったバスク現代史を掘り返しつつ、多少なりとも多面的視点で映した内容になっていると思います。老人から子どもまで、かの地でたくさんの顔を撮ってきました。そういう意味でサッカーファンでなくても、契約者でお時間ある方は、ぜひご笑覧いただければ幸いです(番組HPはこちら)。
 放送当日はジョイ・ディヴィジョンのボーカリスト、イアン・カーティスの命日(1956-1980)ですが、彼は生前マンチェスター・シティのサポーターでしたから、ヨーロッパリーグでマンチェスター・ユナイテッドがアスレティック・ビルバオ相手に大恥かいたことを、墓の下でさぞかし喜んだのではないでしょうか。もちろん、ブルーズの先日の劇的なる44シーズンぶり優勝に快哉を叫んでもいることでしょう。私自身はやはりマンCよりマンUのほうがはるかに好きですが。
 サッカーファンの方にとってもレアな映像がまじっていると思いますので、とくにビエルサ・ファンの方はお見逃しなきようお願いします。クラシコからレアル・マドリーの優勝決定やらユーロ事前ものやら特番やら、いろいろと作業が重なる中、思うように仕上げの作業時間が捻出できずヘロヘロに苦しみましたが、最後は仁藤慶彦Pはじめスタッフの皆から助け舟を出されて、どうやら岸に辿り着けそうです。

 また、これに1日先立って17日(木)発売となる「Number PLUS」(文藝春秋)のユーロ2012事前号(右写真)に、以前に書いた「デルボスケ侯爵の憂鬱」なる、コラムと言ったら人聞きのいいデタラメすれすれの拙文が掲載されます。田邊雅之さんという非常に優れた方と知り合え、こちらもじつに刺激的なお仕事でした。この号もよろしくお願いします。