J.S.バッハは17世紀末に生まれ、18世紀中葉に亡くなっている。つまりバロックの末期=総括期であり、古典派の一端はともかく、ロマン主義の「ロ」の字もまだ芽ばえていない時代である。にもかかわらず、バッハは頑迷な対位法の森の片手間に、なぜあれほどロマンティックなメロディを書くことができたのか?
たとえば、カンタータ106番の冒頭曲「ソナティーナ」のリコーダー2本の奇跡的なからみ合い。『平均律クラヴィーア第1巻』第1曲ハ短調の少女趣味的テクノ的な反復。
『マタイ受難曲』のなかから、タルコフスキーが『サクリファイス』で使った第39曲「憐れんでください、神よ」、ブリュノ・デュモンが『ハデヴェイヒ』で使った第42曲「われに返せ、わがイエスをば!」、ゴダールが『こんにちはマリア』で使った終結曲「われらは涙流してひざまずき」。
あるいは、『2手のバイオリンのためのコンチェルト ニ短調』。『バイオリン、オーボエと通奏低音のためのコンチェルト ハ短調』。管弦楽組曲第3番エール『G線上のアリア』。カンタータ第147番『心と口と行いと生きざまをもって』。タルコフスキーが『惑星ソラリス』で使ったオルガン曲『主よ、私はあなたの名を呼びます』。グレン・グールトでおなじみ『ゴルトベルク変奏曲 アリア』。ウディ・アレンが『ハンナとその姉妹』で使った最も甘くメロディアスなクラヴィーア協奏曲第5番ヘ短調ラルゴ『わが片足は墓穴にありて』。
そして、この作曲家の最高傑作だと個人的には思っているモテット第118番『おおイエス・キリスト、わが生命の光』の、イタリア的な歪みを活用した混声合唱。
いささか例を挙げすぎて論点がぼけたが、ようするに私が推理するに、J.S.バッハとは、現代、21世紀のある天才的な作曲家がなんらかの理由で世を忍ばねばならず、秘かに18世紀にタイムスリップして行動した成果の一連だと思うのである。
たとえばJ.S.バッハはヴァンパイアだったのではないか? ジム・ジャームッシュの最新作『オンリー・ラヴァーズ・レフト・アライヴ』を見て、改めてそう思うのである。この映画のなかの主人公である吸血鬼ミュージシャンを演じたトム・ヒドルストンの「この曲はシューベルトに提供した。せめてアダージョだけでも世に出したかったから」というセリフを聞いたり、老吸血鬼を演じたジョン・ハート(『天国の門』が記憶に新しい!)がクリストファー・マーロウ、ウィリアム・シェイクスピア、バイロン卿など、イギリスの文豪をたったひとりで担当していたなどという人を喰ったいきさつを見ているうちに、ほんとうにそう思わざるを得ないのである。
そして、そうしたヴァンパイアが人類の創造的活動に貢献した牧歌的な時代がついに終焉を迎える本作は、あまりにも厭世的、メランコリックだと言える。
TOHOシネマズシャンテ(東京・日比谷)ほかで上映
http://www.onlylovers.jp/a>
たとえば、カンタータ106番の冒頭曲「ソナティーナ」のリコーダー2本の奇跡的なからみ合い。『平均律クラヴィーア第1巻』第1曲ハ短調の少女趣味的テクノ的な反復。
『マタイ受難曲』のなかから、タルコフスキーが『サクリファイス』で使った第39曲「憐れんでください、神よ」、ブリュノ・デュモンが『ハデヴェイヒ』で使った第42曲「われに返せ、わがイエスをば!」、ゴダールが『こんにちはマリア』で使った終結曲「われらは涙流してひざまずき」。
あるいは、『2手のバイオリンのためのコンチェルト ニ短調』。『バイオリン、オーボエと通奏低音のためのコンチェルト ハ短調』。管弦楽組曲第3番エール『G線上のアリア』。カンタータ第147番『心と口と行いと生きざまをもって』。タルコフスキーが『惑星ソラリス』で使ったオルガン曲『主よ、私はあなたの名を呼びます』。グレン・グールトでおなじみ『ゴルトベルク変奏曲 アリア』。ウディ・アレンが『ハンナとその姉妹』で使った最も甘くメロディアスなクラヴィーア協奏曲第5番ヘ短調ラルゴ『わが片足は墓穴にありて』。
そして、この作曲家の最高傑作だと個人的には思っているモテット第118番『おおイエス・キリスト、わが生命の光』の、イタリア的な歪みを活用した混声合唱。
いささか例を挙げすぎて論点がぼけたが、ようするに私が推理するに、J.S.バッハとは、現代、21世紀のある天才的な作曲家がなんらかの理由で世を忍ばねばならず、秘かに18世紀にタイムスリップして行動した成果の一連だと思うのである。
たとえばJ.S.バッハはヴァンパイアだったのではないか? ジム・ジャームッシュの最新作『オンリー・ラヴァーズ・レフト・アライヴ』を見て、改めてそう思うのである。この映画のなかの主人公である吸血鬼ミュージシャンを演じたトム・ヒドルストンの「この曲はシューベルトに提供した。せめてアダージョだけでも世に出したかったから」というセリフを聞いたり、老吸血鬼を演じたジョン・ハート(『天国の門』が記憶に新しい!)がクリストファー・マーロウ、ウィリアム・シェイクスピア、バイロン卿など、イギリスの文豪をたったひとりで担当していたなどという人を喰ったいきさつを見ているうちに、ほんとうにそう思わざるを得ないのである。
そして、そうしたヴァンパイアが人類の創造的活動に貢献した牧歌的な時代がついに終焉を迎える本作は、あまりにも厭世的、メランコリックだと言える。
TOHOシネマズシャンテ(東京・日比谷)ほかで上映
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