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『ザ・ドリンカー』は、幕末から明治前半にかけて人気を博した実在の絵師、河鍋暁斎(かわなべ・きょうさい 1831-1889)についての芝居である。河鍋暁斎というと昨年の真夏、東京・丸の内の三菱一号館美術館で《画鬼・暁斎──KYOSAI 幕末明治のスター絵師と弟子コンドル》展が催され、酷暑のなか同館を訪れた私は満員札止めで入場すら叶わず、そのまま再訪の縁を持ち得なかったのである。
少年時代、神田川の出水で流れてきた生首を拾って写生したという伝説は有名で、この『ザ・ドリンカー』では生首の主が主人公の狂斎(暁斎の改名前の名前)に取り憑いて悩ますという構図を上手に取り入れていた。絵のためならどんな非道者にも化けてみせる狂斎を、人は「画鬼」と呼ぶ。奇想の浮世絵師・歌川国芳に幼い頃から弟子入りし、さらに狩野派へも入門と、まさに江戸絵画の真髄を硬軟まとめて体得した河鍋暁斎の「画鬼」ぶりを、本作はじつに魅力たっぷりに描写することに成功していた。
生首の幽霊を演じる男(猪俣三四郎)と、主人公の狂斎(伊達暁)が激しく怨恨をぶつけ合いながらも、いつしか観客の私たちにはこの二人が一心同体で、この二人の魂の合作こそ河鍋暁斎という「画鬼」の正体ではないかと合点させる。
狂斎の女房という女が代々3人も登場するが、うち2番目の女房・お登勢を演じた四浦麻希という女優さんの造作が出色である。このお登勢は胸の病でまもなく昇天するが、狂斎は「これ幸い」と思ってしまっただろうが、撃たれた兵士の倒れる瞬間にシャッターを切ったロバート・キャパよろしく、息を引き取ったばかりの生温かいお登勢の死顔を写生しはじめる。まさに「画鬼」の面目躍如だが、このお登勢を演じた四浦麻希さんが、暁斎のはるかなる大先輩、円山応挙の筆によるとされる『幽霊図』(写真参照)に描かれた女幽霊にそっくりなのである。描き手は自然と応挙の境地をイメージしながら、逝ったばかりの女房の死顔を描きまくったことだろう。
これを「愛」だなどと早合点するほど、私たち観客の誰も鬼の境地に達するすべを知らぬが、下北沢の狭い芝居小屋で、しばし情け容赦なき芸術の殉教者と共に時間を過ごした。大酒飲みである彼を指して、「ザ・ドリンカー」とアメリカ映画のような軽薄なタイトルが付けられているのも、いい。
2016年2月17~22日、下北沢駅前劇場(東京・世田谷)で上演
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