オーストリア=ハンガリー二重帝国出身の劇作家モルナール・フェレンツ(1878-1952)の戯曲『リリオム』がなぜか今、東京でぽろっと上演されている(青山円形劇場 演出=松居大悟)。どういう殊勝な人が、こんな埃をかぶった戯曲の上演を思いついたのだろうか。たしかにこれは傑作ではある。しかし上演者にとってきわめて敷居の高いレパートリーでもあるのではないだろうか。
1909年に書かれた本作は、まず渡米前のマイケル・カーティス(ハンガリー名ケルテース・ミハーイ ハンガリーの人名はアジアと同様に苗字/名前の順番となる)によってブダペストで映画化(1919)されたのち、フランク・ボゼーギ(1930)、フリッツ・ラング(1934)と立て続けに映画化され、さらには『回転木馬』と改題されてブロードウェイ・ミュージカルとなり、その改題作がさらにヘンリー・キングによっても映画化(1956)された。
かくも多くの映画作家たちに霊感を与えたわけは、暴力的な狂気の愛、現世では結局うまく伝達され得ぬ業火のように熱い愛が、ぶっきらぼうに、叩きつけるように浮かび上がるためだろう。あたかも、愛の殉死者が冥界から送って寄こしたかのような戯曲である。
作品とは、どれほどのんきな内容であっても、それを作る作者にとってはただひたすら苛酷なる厄介事である。そのことは、私のような一介の平凡な演出者でさえ日々思い知らされている。ましてやこの戯曲に手をかけるならなおのこと、ボゼーギ、ラング、H・キングと綿々と続く系譜を踏まえた上で、それらを凌駕する上演を目指さねばならない使命を背負うことだ。現代の作り手は、フリッツ・ラングを超えてみせようという図々しい意気込みを持たずして、なんのための創作者人生なのか?
今年初めに『アフロ田中』(なかなか面白い作品)で映画監督デビューを果たしたばかりの松居大悟に、そうした系譜に対する緊張感があったかというと、甚だ疑わしいと思わざるを得なかった。まさかラングを知らないとか。いや、それはないだろうが。
愛の深さゆえに破滅を選んでしまい、さらに16年後の地上への帰還においてもうまく対処できずに地獄行きとなる主人公リリオム(池松壮亮)のマゾヒズム、周囲の人間を幸福にしたいと念じながら逆の方向に行ってしまうリリオムの失敗的人生への奇妙な癒着。この癒着を表現するには、演出がやや生煮えである。美波の演じたユリアのまっすぐな愛はよく伝わった。しかしリリオムの天上での懺悔、地上での暴力、それらが渾然一体となってみずからの肉体を消滅せしめるまでの過程を、演出家は演じ手とともにもっと執拗に探し求めねばならない。
かつてジャック・ドワイヨンは「ファーストテイクは犬に喰わせろ」と言った。池松壮亮の俳優としての潜在的才能はすぐにわかるが、今回の上演はまだファーストテイクの域を脱しきっていない。
1909年に書かれた本作は、まず渡米前のマイケル・カーティス(ハンガリー名ケルテース・ミハーイ ハンガリーの人名はアジアと同様に苗字/名前の順番となる)によってブダペストで映画化(1919)されたのち、フランク・ボゼーギ(1930)、フリッツ・ラング(1934)と立て続けに映画化され、さらには『回転木馬』と改題されてブロードウェイ・ミュージカルとなり、その改題作がさらにヘンリー・キングによっても映画化(1956)された。
かくも多くの映画作家たちに霊感を与えたわけは、暴力的な狂気の愛、現世では結局うまく伝達され得ぬ業火のように熱い愛が、ぶっきらぼうに、叩きつけるように浮かび上がるためだろう。あたかも、愛の殉死者が冥界から送って寄こしたかのような戯曲である。
作品とは、どれほどのんきな内容であっても、それを作る作者にとってはただひたすら苛酷なる厄介事である。そのことは、私のような一介の平凡な演出者でさえ日々思い知らされている。ましてやこの戯曲に手をかけるならなおのこと、ボゼーギ、ラング、H・キングと綿々と続く系譜を踏まえた上で、それらを凌駕する上演を目指さねばならない使命を背負うことだ。現代の作り手は、フリッツ・ラングを超えてみせようという図々しい意気込みを持たずして、なんのための創作者人生なのか?
今年初めに『アフロ田中』(なかなか面白い作品)で映画監督デビューを果たしたばかりの松居大悟に、そうした系譜に対する緊張感があったかというと、甚だ疑わしいと思わざるを得なかった。まさかラングを知らないとか。いや、それはないだろうが。
愛の深さゆえに破滅を選んでしまい、さらに16年後の地上への帰還においてもうまく対処できずに地獄行きとなる主人公リリオム(池松壮亮)のマゾヒズム、周囲の人間を幸福にしたいと念じながら逆の方向に行ってしまうリリオムの失敗的人生への奇妙な癒着。この癒着を表現するには、演出がやや生煮えである。美波の演じたユリアのまっすぐな愛はよく伝わった。しかしリリオムの天上での懺悔、地上での暴力、それらが渾然一体となってみずからの肉体を消滅せしめるまでの過程を、演出家は演じ手とともにもっと執拗に探し求めねばならない。
かつてジャック・ドワイヨンは「ファーストテイクは犬に喰わせろ」と言った。池松壮亮の俳優としての潜在的才能はすぐにわかるが、今回の上演はまだファーストテイクの域を脱しきっていない。
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食エッセーの傑作のひとつに数えられる、喜劇俳優・古川緑波の『ロッパの悲食記』(ちくま文庫)は、ロッパが死ぬ3年ほど前に上梓した本で、昭和19(1944)年および、昭和33(1953)年の日記が収められている。
5月18日(金)よる10:00から、演出を担当した番組が放送されます。WOWOWのドキュメンタリーシリーズ《ノンフィクションW》の枠で放送される『バスク 〜なぜ彼らは掟を貫くのか〜』です。いわゆるサッカー番組というくくりに入るわけですが、内戦や独立運動といったバスク現代史を掘り返しつつ、多少なりとも多面的視点で映した内容になっていると思います。老人から子どもまで、かの地でたくさんの顔を撮ってきました。そういう意味でサッカーファンでなくても、契約者でお時間ある方は、ぜひご笑覧いただければ幸いです(
大震災が起こり、家電をはじめとする主要産業が軒並み国際間競争から脱落し、日本という国は急激に衰退して行っているが、土木業界による「再開発」なるジャンルは、滑稽なほどに昔と変わらぬ工事風景を現出させる(人口も減っているし、ほんとうに再開発なんてする必要あるのかしら…)。現在、JR大崎駅から五反田駅にまたがる目黒川左岸の広大な地域(町名でいうと北品川と東五反田)が、大規模再開発まっただ中である。
作家・シナリオライターの早坂暁の手になる『君は歩いて行くらん 中川幸夫狂伝』(2010 求龍堂刊)。先日老衰により93歳で大往生を遂げた華道家・中川幸夫(
少年時代、よく銀座の街をほっつき歩いていた記憶があるが、いつも一人の記憶だ。とぼとぼと路地という路地をほっつき歩き、時間になると映画館へ入る。あの時代は銀座・日比谷・有楽町の映画館でプログラムを買うと、表紙に劇場名がエンボスの金文字で彫り込まれていて、プレミアム感があった。べつに他人に自慢できる品というわけでもないが、それでもときどきは買った。一人で外食する楽しみを最初に覚えたのも中学時代、東銀座のナイルレストランにおいてである。風邪をひいた身体で銀座へ出かけ、『地獄の黙示録』を見終えると発熱していて、ふらふらとビルの壁に掴まりながら歩いたりもしたのも印象深く、とにかく少年期の思い出が一杯つまっている街ではある。
キネマ旬報の連載コラム「映画人、逝く」が、『歿 映画人忌辰抄』と改題され単行本になっている(2010 ワイズ出版)。「幽明界を異とせず! すべての映画人を “死者” から解放しよう」なる帯の惹句もおどろおどろしく、墓石のような柄の装丁、そして「歿」などとなにやら縁起でもない書名をもつ本書は、著者・浦崎浩實の映画人への敬い、そして慈しみの心情が丹念に跡づけられる。A・ラットゥアーダからジューン・アリスン、松川八洲雄まで、追悼の連載記事をまとめたわけだから、ほとんどこれは閻魔帳そのものだが、そのことがある種自虐的な可笑しみにも転化している。









