荻野洋一 映画等覚書ブログ

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モルナール・フェレンツ作『リリオム』(演出 松居大悟)

2012-06-03 02:59:26 | 演劇
 オーストリア=ハンガリー二重帝国出身の劇作家モルナール・フェレンツ(1878-1952)の戯曲『リリオム』がなぜか今、東京でぽろっと上演されている(青山円形劇場 演出=松居大悟)。どういう殊勝な人が、こんな埃をかぶった戯曲の上演を思いついたのだろうか。たしかにこれは傑作ではある。しかし上演者にとってきわめて敷居の高いレパートリーでもあるのではないだろうか。

 1909年に書かれた本作は、まず渡米前のマイケル・カーティス(ハンガリー名ケルテース・ミハーイ ハンガリーの人名はアジアと同様に苗字/名前の順番となる)によってブダペストで映画化(1919)されたのち、フランク・ボゼーギ(1930)、フリッツ・ラング(1934)と立て続けに映画化され、さらには『回転木馬』と改題されてブロードウェイ・ミュージカルとなり、その改題作がさらにヘンリー・キングによっても映画化(1956)された。
 かくも多くの映画作家たちに霊感を与えたわけは、暴力的な狂気の愛、現世では結局うまく伝達され得ぬ業火のように熱い愛が、ぶっきらぼうに、叩きつけるように浮かび上がるためだろう。あたかも、愛の殉死者が冥界から送って寄こしたかのような戯曲である。

 作品とは、どれほどのんきな内容であっても、それを作る作者にとってはただひたすら苛酷なる厄介事である。そのことは、私のような一介の平凡な演出者でさえ日々思い知らされている。ましてやこの戯曲に手をかけるならなおのこと、ボゼーギ、ラング、H・キングと綿々と続く系譜を踏まえた上で、それらを凌駕する上演を目指さねばならない使命を背負うことだ。現代の作り手は、フリッツ・ラングを超えてみせようという図々しい意気込みを持たずして、なんのための創作者人生なのか?
 今年初めに『アフロ田中』(なかなか面白い作品)で映画監督デビューを果たしたばかりの松居大悟に、そうした系譜に対する緊張感があったかというと、甚だ疑わしいと思わざるを得なかった。まさかラングを知らないとか。いや、それはないだろうが。
 愛の深さゆえに破滅を選んでしまい、さらに16年後の地上への帰還においてもうまく対処できずに地獄行きとなる主人公リリオム(池松壮亮)のマゾヒズム、周囲の人間を幸福にしたいと念じながら逆の方向に行ってしまうリリオムの失敗的人生への奇妙な癒着。この癒着を表現するには、演出がやや生煮えである。美波の演じたユリアのまっすぐな愛はよく伝わった。しかしリリオムの天上での懺悔、地上での暴力、それらが渾然一体となってみずからの肉体を消滅せしめるまでの過程を、演出家は演じ手とともにもっと執拗に探し求めねばならない。
 かつてジャック・ドワイヨンは「ファーストテイクは犬に喰わせろ」と言った。池松壮亮の俳優としての潜在的才能はすぐにわかるが、今回の上演はまだファーストテイクの域を脱しきっていない。
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『ファミリー・ツリー』 アレクサンダー・ペイン

2012-05-31 08:13:13 | 映画
 アレクサンダー・ペインは、初期の『ハイスクール白書 優等生ギャルに気をつけろ!』(1999)以後は、『アバウト・シュミット』(2002)、『サイドウェイ』(2004)、そして今回の新作『ファミリー・ツリー』と、たった3本しか長編映画を監督していない。はた目から見たところリスキーな作風ではないが、どうしてこれしか撮っていないのだろう。

 モーターボート事故で昏睡状態に陥った妻の浮気判明をはじめ、祖先から引き継いだ固定資産の売却、娘たちとの関係修復など、主人公(ジョージ・クルーニー)には、むずかしい問題が折り重なっていて、当然のごとく主人公は、終始浮かない顔をしている。アレクサンダー・ペインという映画作家は、上記の過去作品もそうだったが、苦虫を噛み潰している状態にとどまるという志向があるようだ。まじめに働く人間にとって人生というものは、いやもっと卑近に、生活というものは、単に幸福であることはない代わりに、単に悲惨であることもない。そのはざまで楽天と悲観が織り上げられる。楽園の中にもペイン(苦痛)はある。ジョージ・クルーニーが作中で言うように、マイ・ラヴ、マイ・ジョイ、マイ・ペインである。
 そして『アバウト・シュミット』『サイドウェイ』でも実行されてきた、旅先におけるその土地の歴史性や風物に寄り添った道行きが、この『ファミリー・ツリー』にも転移している。トラベル・ガイドすれすれの土地への教条的な言及は、作者を一見あか抜けない説明主義者に見せるが、「これはやっておかねばすまぬ」という作者のロケーションに対する奇妙な儀式として、毎度受け取るべきだろう。自分たちアメリカ人が先住民族を殺戮し、彼らの土地を横取りした侵略者であるという認識を、自明の上にさらに上塗りする。その愚直な姿勢が、主人公たちのちっぽけな生をいかばかりか救済するとでも言いたげな、そういう懇願の儀式ではないだろうか。いや、実際にはそれは救済への懇請などという意図以前の、もっと慎ましい心情かもしれない。
 『ハイスクール白書』のすばらしさには依然として達していないとはいえ、これはこれでかなり好感の持てる、ペインらしい「苦痛を伴った喜劇」である。


TOHOシネマズ日劇ほか全国で上映中
http://www.foxmovies.jp/familytree/
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ローマの風呂について

2012-05-27 07:04:48 | 映画
 『テルマエ・ロマエ』を見たからといって、この作品のレビューをちゃんと書こうとは思わない。またぞろ極私的記述で恐縮ながら、幼少期の夢との符合性を確かめるために劇場に行ったのだ。
 『テルマエ・ロマエ』におけるローマの風呂(テルマエ)は混雑し、空気が悪そうで、コンパ用の大型居酒屋のごとき俗悪な喧噪空間として描かれる。おそらく原作者なりスタッフなりの時代考証の末にこうしたものが提示されたのかもしれないが、私にはどうにも承服せざるものが残った。
 幼い頃、古代ローマ(かと思われる)につくられた大きな露天風呂で湯につかっている夢を、私は何度も何度も見た。空は真っ青に晴れており、湯はこれ以上ないほど澄みきっている。湯につかりつつ私は目を閉じたり、空想に耽ったりする。ときどき女性たちがやってきてブドウの房を供してくれたり、プールサイド(あがり場?)で誰かがハープ(のような楽器)を弾いてくれたこともある。とにかく静謐かつ幸福な夢であった。そして成長するにしたがって、その夢は出てこなくなってしまった。
 そうした私の「記憶」と『テルマエ・ロマエ』はあまりにもかけ離れていて、その点はただ残念無念である。「テルマエ」というのは公衆浴場のことで、私が「体験」していたのは私的なそれであったという違いだろうか。とにかく、「ローマの風呂は、あんなものではなかった」と心中で大人げなく叫ぶ以外に、私にできることはないのである。

 『テルマエ・ロマエ』はナンセンスなカルチャー・ギャップ喜劇の一種で、『ちょんまげぷりん』の豪華版をチネチッタまで出張して撮ったという印象。古代ローマ帝国の浴場設計士(阿部寛)が退廃した浴場のあり方に悩んでいるとき、タイムスリップ先の現代日本で風呂(銭湯、温泉、ショールーム等)をめぐる高度な知恵、哲学の具現ぶりを目の当たりにする。後半は、この手のタイムスリップものの宿命か、主人公たちがタイムパラドックスの修正に奔走するばかりで、風呂をめぐる文明衝突の初々しい馬鹿馬鹿しさが削がれてしまった。

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古川緑波 著『ロッパの悲食記』

2012-05-21 00:56:14 | 
 食エッセーの傑作のひとつに数えられる、喜劇俳優・古川緑波の『ロッパの悲食記』(ちくま文庫)は、ロッパが死ぬ3年ほど前に上梓した本で、昭和19(1944)年および、昭和33(1953)年の日記が収められている。
 昭和19年、敗戦直前の逼迫した食糧事情のなか、旨い食べものを求めて涙ぐましい努力を日々重ねるロッパ。極限状況が窮まってなお、人はここまで美食、大食に邁進できるのか。その点で蒙を啓かれた思いだ。
 帝国ホテルのグリルの一人あたりのメニューが配給制のため制限されたため、その対策として付き人を連れていき、その付き人を向かいに座らせ、その付き人の分も含めた2人前を平然と平らげて、「許せ」とのみ書いて済ませてしまうあたり、「食鬼」とでも名付けたいほどだ。箱根宮ノ下の富士屋ホテルに投宿し、そこのフレンチ全メニューを一度に食べきる儀式を一週間続けるなどといった財力と暇にまかせたナンセンスなふるまいを、いい歳して自慢している。どういう神経をしているんだか。
 それにしても、この人は旬のものに興味がなく、野菜、海の幸にもほとんど興味を示さない。ひたすら肉、肉、肉である。食べる量もずいぶんと多く、「無粋」(ようするに今風にいえば「ガキの味覚」)と皮肉の一つや二つは毎週毎月と本人も聞かされたろうが、まったくお構いなし。後年の読者からすればただ「あっぱれ」としか言いようがない。
 東京、大阪、京都、神戸、名古屋と、金に糸目をつけずに旨いものを食べまくる人生をロッパは生きたが、読み手としては「ああ、やはりそうか」と思わずにいられないのは、東京都内のフランス料理、日本料理にしろ、神戸の中国料理にしろ、戦前にくらべて戦後は味が著しく落ちたと嘆いていることである。その点では山本嘉次郎のエッセーと趣旨は同じである。どの街も店の数こそ戦後のほうが圧倒的に増えたが、料理人の腕、ソースの質などは戦前のレベルに達していないらしい(名古屋だけは例外で、この街は戦前「粗食の都」と名付けたいくらいまずいものばかりだったが、戦後はぐっと贅沢な街になったのだという)。
 昭和33年の日記にそういう諦念みたいなものが漂っているが、その諦念は現代にもなんの壁もなく通じているものだろう。
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生田智子さんのこと

2012-05-20 00:37:39 | ラジオ・テレビ
 ノンフィクションW『バスク』でナレーションを担当していただいた生田智子さんとは今回で初対面ですが、たいへん素敵な方でした。ナレーション初挑戦ということでしたが、ご主人(コンサドーレ札幌 中山雅史選手)にあらかじめマルセロ・ビエルサ監督のことなどについて聞いて予習をして下さっていたようで、スムースに作品世界に入ってきていただきました(所属事務所・東宝芸能さんのHPでも掲載していただきました)。

 MAルームで収録しながら、NHKの韓流ドラマ『宮廷女官チャングムの誓い』の主人公チャングム(イ・ヨンエ)の吹き替えを思い出さなかったと言ったら嘘になります。「弾圧、虐殺といった多くの困難に負けず、彼らは誇りを失いませんでした…」などというナレーションを聴いていると、やはりイ・ヨンエのセリフを思い出しました。ナレ原を書き終えた当日朝は「いいんだろうか?」と思いましたが、いざ収録し始めると、あたかもチャングムがバスクについてしゃべっているみたいで、「これは当て書き成功だわい」とイヤらしくほくそ笑んでしまいました。案の定、生田さんも収録終了後「あ、私やっぱりチャングムでした?」と、はにかんでいらっしゃいました。

P.S.
 しつこいようですが、リピート放送がありますので一応告知を。
5/20(日)午前11:00
5/28(月)深夜1:10  いずれもWOWOWプライム(青チャンネル)
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バスク 〜なぜ彼らは掟を貫くのか〜

2012-05-16 07:31:44 | ラジオ・テレビ
 5月18日(金)よる10:00から、演出を担当した番組が放送されます。WOWOWのドキュメンタリーシリーズ《ノンフィクションW》の枠で放送される『バスク 〜なぜ彼らは掟を貫くのか〜』です。いわゆるサッカー番組というくくりに入るわけですが、内戦や独立運動といったバスク現代史を掘り返しつつ、多少なりとも多面的視点で映した内容になっていると思います。老人から子どもまで、かの地でたくさんの顔を撮ってきました。そういう意味でサッカーファンでなくても、契約者でお時間ある方は、ぜひご笑覧いただければ幸いです(番組HPはこちら)。
 放送当日はジョイ・ディヴィジョンのボーカリスト、イアン・カーティスの命日(1956-1980)ですが、彼は生前マンチェスター・シティのサポーターでしたから、ヨーロッパリーグでマンチェスター・ユナイテッドがアスレティック・ビルバオ相手に大恥かいたことを、墓の下でさぞかし喜んだのではないでしょうか。もちろん、ブルーズの先日の劇的なる44シーズンぶり優勝に快哉を叫んでもいることでしょう。私自身はやはりマンCよりマンUのほうがはるかに好きですが。
 サッカーファンの方にとってもレアな映像がまじっていると思いますので、とくにビエルサ・ファンの方はお見逃しなきようお願いします。クラシコからレアル・マドリーの優勝決定やらユーロ事前ものやら特番やら、いろいろと作業が重なる中、思うように仕上げの作業時間が捻出できずヘロヘロに苦しみましたが、最後は仁藤慶彦Pはじめスタッフの皆から助け舟を出されて、どうやら岸に辿り着けそうです。

 また、これに1日先立って17日(木)発売となる「Number PLUS」(文藝春秋)のユーロ2012事前号(右写真)に、以前に書いた「デルボスケ侯爵の憂鬱」なる、コラムと言ったら人聞きのいいデタラメすれすれの拙文が掲載されます。田邊雅之さんという非常に優れた方と知り合え、こちらもじつに刺激的なお仕事でした。この号もよろしくお願いします。
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御殿山がけ下日記(3) 町が消えた

2012-05-14 06:27:55 | 御殿山がけ下日記
 大震災が起こり、家電をはじめとする主要産業が軒並み国際間競争から脱落し、日本という国は急激に衰退して行っているが、土木業界による「再開発」なるジャンルは、滑稽なほどに昔と変わらぬ工事風景を現出させる(人口も減っているし、ほんとうに再開発なんてする必要あるのかしら…)。現在、JR大崎駅から五反田駅にまたがる目黒川左岸の広大な地域(町名でいうと北品川と東五反田)が、大規模再開発まっただ中である。
 私が出入りするプロダクションの分室が北品川にあるため、この工事に散々付き合わされて辟易としている。懇意にしていた編集・MAのポスプロが立ち退きとなり、付近にはコンビニが消え、事務所内は工事のために、つねに震度2くらい揺れている。ここ数日は連日泊まり込みで仕事の追い込みをかけているところだが、騒音と揺れ、それから町全体が埃っぽくてかなわない。ちなみに、前田司郎の「五反田団(アトリエ・ヘリコプター)」はかろうじてギリギリ健在である。
 写真はほんの3、4ヶ月前の解体風景だが、いまはもうすっかり広大な更地となっていて、すでに完成した高層ビル群が向こう側にそびえる光景は、あたかも湾か河口を挟んだ水際のように見える。
 品川はさらに北側の田町駅との中間に、JR山手線の駅を1つ増やし、大規模再開発が始まるようである。場所的にはおそらく山手線新駅の名前は「高輪(たかなわ)」となるだろう、と勝手に予想している。

P.S.
 「御殿山がけ下日記」なるカテゴリーを拙ブログ内に増設しました。どうも鬱陶しいカテゴライズではありますが、どうぞご勘弁とご愛顧を。
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早坂暁 著『君は歩いて行くらん 中川幸夫狂伝』

2012-05-09 05:30:31 | 
 作家・シナリオライターの早坂暁の手になる『君は歩いて行くらん 中川幸夫狂伝』(2010 求龍堂刊)。先日老衰により93歳で大往生を遂げた華道家・中川幸夫(拙ブログに追悼文あり)の評伝であるが、なるほどこれはベテランらしい精巧なプロットによって縦横無尽に中川の一生、いや祖先の生きざまをも囲い込んでいく。あざやかなる総合性である。
 中川が旧恩ある池坊を脱退して孤高の存在になっていくプロセス、師匠である作庭家・重森三玲との出会いが、時系列の秩序を悦ばしく喪失しながらヒラヒラと儚く折り重なっていく。重森三玲、土門拳、瀧口修造、大野一雄といった固有名詞の交差点に中川幸夫がいる。幼年時に患った脊椎カリエスのため身長1メートルほどの身体しか持たぬまさにこの小さな巨人(トゥールーズ=ロートレック!)が、シュルレアリスムのしんがりを生け花によって咲かせ、そして散らせる。文字どおり散華(さんげ)である。
 良寛の晩年に熱狂的な弟子として飛び込んできた美しい尼僧・貞心尼よろしく著者(早坂は日芸の学生時代から、中川の初期活動を見守った伴走者である)によって差し向けられたる刺客──松山の美女(砥部焼の店主令嬢)──があえなく中川によって退散させられる場面の妖しい色香はむせ返るほどで、事実、松山美女はみずからはだけて見せた乳房の谷間に椿と梅を一輪ずつ生けられて、そのむせ返る芳香によってその場にダニエル・シュミットのヒロインのごとくスローモーションで崩れていくのだ。中川曰く「いい散華です。以上です。お帰りください。」 著者は書く「貞心尼のようにはいかないんだ、と私は思った。」
 若き日の中川が讃岐の田舎を飛び出して上京したとき、生け花界の風雲児・勅使河原蒼風はつぶやいたそうである。「恐ろしい男が、花と心中するためにやって来たぞ。」 花の生のあわいは人の世の時の刻みと等価であるという冷徹なる認識のもとに、花を殺戮し続けた(中野区の哲学堂公園わきのアパート内に開設した個人アトリエ《絶対域》で中川は大量の花弁を蒸殺し、異様な臭気を周囲にまき散らし続けた)。中川曰く「翔べないんだけど、木は翔ぶ夢を、絶対見ているんだよ。」 身体障害ゆえに中川が中川として生きる上で断念したものの夢を、中川の生けたり殺したりした花々が見ているにちがいない。
 題名の「行くらん」という活用は通常なら「行かん」でよいはずだが、そこをあえて「行くらん」と曲げていくその先っぽに尖る「らん」には、蘭があり、乱があり、濫、嵐、卵、そしてそれらをおしなべて「覧」するというふうに無限大に拡散するのではないだろうか。
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『生きている画像』 千葉泰樹

2012-05-04 11:12:28 | 映画
 千葉泰樹の中期の作『生きている画像』(1948)のすばらしさは何に喩えたらいいのだろうか? 戦前の時代劇スター大河内傳次紊寮鏝紊慮渋綏爐箸いΔ函△泙魂燭茲蟾澤明の戦後第1作(にして、黒澤の最高傑作でもあると私は思っているのだが)『わが青春に悔なし』(1946)があり、清水宏の『小原庄助さん』(1949)の最後の巴投げに溜飲を下げぬ映画ファンはまずいないだろうし、盟友・伊藤大輔との『われ幻の魚を見たり』(1950)だってあるわけで、何を隠そう相当に粒ぞろいである。
 『生きている画像』における大河内は、昭和洋画壇の巨匠・瓢人先生を演じる。家庭を持たず飄逸だけに生きる陽気な孤独者を、格別の威厳と玩味をもって演じる。彼の門下生を演じる藤田進、笠智衆、そして瓢人先生にすっかり惚れ込んで先生宅そばに店ごと引っ越してくる寿司屋を演じた河村黎吉が絶品である。大河内が初めて河村黎吉の「すし徳」を訪れた日、大河内はまず日本酒の一升瓶を声もなく指さし、錫器に入って渡された酒を杯に少し注いで飲み、またしても声なく首肯。錫器はすぐ小脇のお燗鍋につけられる。小皿に盛られた穴子を一口食べ、門下の幹部たちにむかって一言「このうちは、君たちのような者が来るところじゃないよ」。我が意を得た河村黎吉がそれでも相好崩さずに一言「人間の舌にもいろいろあるんでね」。このシーンの研ぎ澄まされた緊張感は百聞は一見にしかずである。
 一見して芸術至上主義の青臭い映画に見えるが、そうしたつまらぬ偏見を取っ払えば、この映画がいかに物語の制約を受けずに透明に鋭さを増していくのかがわかるだろう。溝口健二『歌麿をめぐる五人の女』とジャック・ベッケル『モンパルナスの灯』を貼り合わせた冷酷なる生の一瞬のきらめき。殊に、笠智衆と花井蘭子の新婚カップルの悲運の結末、そしてそこから不死鳥のごとく甦る笠智衆の気力を目の当たりにすると、これは日本映画史上の粋をあつめた大傑作ではないかと思えてくる。
 自身の原作『瓢人先生』を翻案した八田尚之の張りつめたシナリオ、それに反比例して河崎喜久三の冷酷なカメラ、画家たちの生活空間を問いつめた下河原友雄(『浮草』『小早川家の秋』といった小津の非=松竹大船作品および、大映時代の市川崑、増村保造作品を担当)の美術など、あらゆる点でハイレベルな作品だと言えるだろう。
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篠山紀信写真集『GINZA しあわせ』

2012-04-30 08:38:04 | アート
 少年時代、よく銀座の街をほっつき歩いていた記憶があるが、いつも一人の記憶だ。とぼとぼと路地という路地をほっつき歩き、時間になると映画館へ入る。あの時代は銀座・日比谷・有楽町の映画館でプログラムを買うと、表紙に劇場名がエンボスの金文字で彫り込まれていて、プレミアム感があった。べつに他人に自慢できる品というわけでもないが、それでもときどきは買った。一人で外食する楽しみを最初に覚えたのも中学時代、東銀座のナイルレストランにおいてである。風邪をひいた身体で銀座へ出かけ、『地獄の黙示録』を見終えると発熱していて、ふらふらとビルの壁に掴まりながら歩いたりもしたのも印象深く、とにかく少年期の思い出が一杯つまっている街ではある。
 まあそんな些末な極私的記憶はともかく、銀座という街は、いまも昔も人を晴れやかにする空気が流れている。銀座はさまざまな作品に登場し、手垢にまみれたモチーフのはずであるが、パリなどと同じくモチーフとしての耐性は尋常ならざるものがある。

 篠山紀信がこのたび、銀座の老舗を撮った。現代日本の写真家で一番偉い人は、なんだかんだ言って篠山紀信である。この人の撮る作品が、放射するエネルギーという点でも単に技術力という点でも他の追随を許さないことは、どこにでも転がっている彼のヌード写真を見れば明らかだろう。
 すごい篠山のすごくない写真集『GINZA しあわせ』(講談社)。このすごくなさ加減に、なんとも言えない安逸感が漂う。銀座の老舗とその経営者たちにカメラ目線で笑顔をたたえさせながら撮りあげた30枚ちょっとの写真。そこには、浅薄な才気や自我をまったくまとわないことを体得した商人たちの自信に満ちた微笑が写っている。私のような育ちの人間には、一生かかっても出せない微笑である。
 登場する30軒あまりの店とそこの人たち。このうち私が出入りしたのはせいぜい日動画廊、Miyuki-kan、うおがし銘茶、銀座とらや、和光、伊東屋くらいか。クラブも料亭もテーラーも無縁の人生であるが、これはしかたがない。築地市場に本店を構えるうおがし銘茶の茶は亡父が生前好んでいたため、以前はよくこの店の茶葉を買ったし、そんな誼(よしみ)もあって父の四十九日の香典返しもここで贈答セットを見繕ってもらったりしたが、最近はめっきり買わなくなった。ようするに、茶葉を買いにわざわざ銀座・築地まで足を運ぶ余裕みたいなものがなくなったのであり、そんな細部から人は変わっていくということだろう。その代わりこんど、二葉鮨の暖簾をくぐってみようか。写真に写る内装も店主夫妻の笑顔も素敵だから。
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『女妖』 三隅研次

2012-04-25 01:41:52 | 映画
 このところ仕事が忙しく、映画を見ない日々が続いていた。べつに業界御用達評論家じゃなし見なきゃ見ないで済んでしまうのだが、それもひどく味気ない身の上だ。結局、録り貯めたまま放置してあるHDDの中の膨大なタイトル数を、眠い目をこすりながら早朝鑑賞するのが関の山ではあるが、こういう時期はふだんの鈍感さが奇妙に払拭され、敏感に映像=音声が五官に響く印象が出てくるのである(それもしょせん幻想ではあるのだが)。
 今回たまたま初見となった三隅研次の『女妖』(1960)が、そうしたナチュラル・サイケデリックな映画体験のよき友となった。週刊誌に人気連載をもつ流行作家(船越英二)をめぐる3人の女──山本富士子、野添ひとみ、叶順子。オムニバス形式で語られる彼らの出会いと別れが、あっさりと、そしてそこはかとなく切ない。絶妙に抑制された抒情だ。原作者・西條八十の実体験が元になっているのだろう。浅草やくざの女親分の跡取り娘(山本)であるとか、セレブ専門の女詐欺師(野添)、上海住まいの情婦の忘れ形見(叶)などと、軽薄なる荒唐無稽を語って平然とした物語が3つも連続するのだが、妙な現実感がごそごそと物音を立てている。三隅研次は時代劇がすごいけれども、現代劇もやっぱりいい(『とむらい師たち』を見よ!)。
 ラスト、行方不明となった叶順子が白紙の日記を郵送して寄こしたことに対し、船越英二が芝か高輪あたりの高級マンションで、週刊誌の編集長相手にたそがれた感慨を述べあっている(またこの編集長が、あり得ないほど完璧な理解者なのである)。編集長は、船越を慰めるように詩を暗唱する。「賢者は 砂上に城を築く いっさいが 永遠の前には 無駄であると知りながら 愛さえも 風の吐息 空の色よりも 儚いと知りながら なおも城を築く」。ソファに力なく腰かけた中年男2人をカメラがベランダからとらえ、窓ガラスには東京タワーがあざやかに映り、レースのカーテンが男たちの表情に微妙な紗をかける。いまはもう滅んだ昭和の文士らしい一場面であった。
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浦崎浩實 著『歿 映画人忌辰抄』

2012-04-19 00:38:20 | 
 キネマ旬報の連載コラム「映画人、逝く」が、『歿 映画人忌辰抄』と改題され単行本になっている(2010 ワイズ出版)。「幽明界を異とせず! すべての映画人を “死者” から解放しよう」なる帯の惹句もおどろおどろしく、墓石のような柄の装丁、そして「歿」などとなにやら縁起でもない書名をもつ本書は、著者・浦崎浩實の映画人への敬い、そして慈しみの心情が丹念に跡づけられる。A・ラットゥアーダからジューン・アリスン、松川八洲雄まで、追悼の連載記事をまとめたわけだから、ほとんどこれは閻魔帳そのものだが、そのことがある種自虐的な可笑しみにも転化している。

 たくさんの人がブログやツイッターなどネット上の個人媒体を通じて、有名人の死去に際し、思い思いの追悼のつぶやきを日々書きこんでいる。そして逆に、そんな世間でどうしても生起しがちな付け焼き刃の惜別ムードを、分別くさく糾弾してみせるご意見番も登場する。ご意見番諸氏の公憤もわからぬではないが、私は別にかまわないのではないかと思う。このネット時代はピンからキリまで、専門の研究者から単なる野次馬まで、種々の追悼が乱反射し、あの世に赴く才人たちを騒がしく送り出す。その中には少ないながらもすぐれた追悼がきっとあり、心ある読み手は、それを他意なく賞讃すればいいだけのこと。
 その点、浦崎の筆致は、私のような輩がつい書いてしまう陳腐な追悼文などとは180°違って、豊富な知識と交流、取材経験に裏打ちされており、なおかつきれい事に終始せず、ピリリと辛口の批評意識も置き忘れてはいない。たとえば谷口千吉のページでは、「女性を犠牲にご自分はいい思いをしてませんか、それも映画監督の器量なるや、と私は嫉視して前倒しの墓参りをしていた」(08年3月下旬号)などとずいぶん手厳しいというより、嫌がらせに近いことを書きつけている。これは極端な例。ベルイマンなど北欧映画の研究紹介で知られた三木宮彦に向け、「映画ジャーナリズムの喧噪に終始距離を取りえた幸福な批評家」と追悼文を閉じるあたり(07年5月上旬号)、その一見平凡な文言の中に多くの思い至るところを読み取り、私などはつい過剰に感じ入ってしまうのである。

 故人が生前に到達し得なかった潜在的願望、あるいは心残りの事情、言いしれぬ矜持を、図星で書き起こしてみせる。これに溜飲を下げて冥界に旅立った故人もかなりいらっしゃるのではないか。一人を除いて…。じつは本書は若干1名、生者を追悼してしまっている。蒸発して久しい曾根中生である。「曾根監督が人知れず手厚く葬られているか、ある日ひょいと現れるのを祈りたい」(09年3月上旬号)。曾根中生がその後、去年の湯布院映画祭に「ひょいと現れ」て各紙の取材に応じ、世間をあっと驚かせたのは記憶に新しい。
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中川幸夫の死、そして重森三玲の志

2012-04-16 08:07:14 | アート
 讃岐出身の華道家、中川幸夫が3月30日、93歳で他界した(1918-2012)。草月流の勅使河原蒼風(映画作家・勅使河原宏の父)とならぶ生け花の革命児で、そのどぎつい作風は、生け花をして現代美術の重要な座席を占めさしむる一翼を担った。私は残念ながら作品をじかに見る経験をついに持たなかったが、その代わりにおびただしい数の写真や紹介番組が残されている。土門拳との協力をはじめとして「写真・映像で見る生け花」というジャンルを創始した人と言えるかもしれない。
 池坊の丸亀支部に学ぶ無名の中川を一躍、革新運動の担い手へと扇動した人物がいる。作庭家の重森三玲(1896-1975)である。京都五山の東福寺にしつらえた方丈庭園の苔と砂利による市松模様のモダンさ。光明院の波心庭のとぎすまされた孤高。「20世紀の夢窓疎石」などと陳腐な形容を吐くのは私くらいか。
 この巨人は、20歳あまり年下の気鋭を讃岐の田舎で見出し、京都の自宅に出入りさせた(生け花革新集団「白東社」)。そして1951年、ついに中川は恩ある池坊を脱退し、東京で独創の道へと突き進むのである。

 その重森三玲であるが、じつは先月末まで回顧展《北斗七星の庭》がワタリウム美術館(東京・外苑前)で開かれていた。もとより彼の作品は各地の枯山水なのであって、ワタリウムの狭っ苦しい空間が重森のすごさをほんの1%とて理解するための空間たり得ぬことは、この回顧展に訪れたすべての客が百も承知だっただろう。それでも好事家にとどまらず、デザイナー志望風、建築家志望風の若い人々が大挙して会場に押し寄せ、まばたきもせずにゆかりの備品などに釘付けになっているのを見ると、重森が再び注目されつつあることをまざまざと実感せざるを得ない(ワタリウムにおける会期はすでに終了)。
 展示中、私がもっとも感銘を受けたのは、重森作品の図版展示やパネルではなく、重森がその活動初期の1936年からずっとおこなってきた各地の庭園の実測調査にかかわる遺品、写真のたぐいである。重森は、庭園の維持管理、意匠研究、災害後の復元といった意義を国に説き、実測調査事業の発足を主張するが、二・二六事件直後のきな臭いムードに包まれた当時の国家に、庭園の実測調査などというのんきな事業を始める度量があるわけがない。そこで彼は作庭の受注という本職の合間を縫ってチームで全国を回り、過酷な調査を生涯にわたっておこないつづけたのである。
 その成果は1976年発行の『日本庭園史大系』全33巻など数多くの結実をみるが、たとえば、昨年の東日本大震災の被害を受けた東北地方各地の庭園復旧が、いまなお重森三玲の調査研究資料に負うところ大、という事実はきわめて厳粛なものである。
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蓬莱竜太 作『まほろば』再演

2012-04-13 00:47:40 | 演劇
 2009年岸田戯曲賞受賞の喜劇『まほろば』が再演されている(新国立劇場小劇場 作・蓬莱竜太 演出・栗山民也)。評価の定まった作品に似つかわしく、じつによく考えられた戯曲、ワンセットに凝縮させた周到なる演出設計に舌を巻く。
 喜劇から悲劇まで、セクシーな商売女から生真面目な女傑、しとやかな主婦まで、縦横に変容可能な現代の名女優・秋山菜津子を筆頭に、中村たつ、魏涼子、前田亜季、三田和代、そして子役の大西風香の6人の女優たちによるけたたましいアンサンブルが場のすべてを奪って離さず、まさに日常の祝祭化を興しうる火種がまだこの没落日本に残されていたか、と自嘲気味に感嘆するほかなかった。とりわけ秋山菜津子は、田舎の実家の居間でごろごろと怠けきっているだけで生の躍動を逆説的に醸し出してみせるのだから、さすがとしか言いようがない。
 また前田亜季は、映画『リンダ リンダ リンダ』(2005)ではペ・ドゥナ、香椎由宇の後塵を拝していたが、一昨年の舞台『ロックンロール』(トム・ストッパード作)では作者の心理を代弁するかのような、晩年のシド・バレットをボランティアで看護する女子大生役を好演し、今作では家庭のある男とのあいだに子を宿し出戻ってきた姪の役を演じる中で、彼女の置かれた定まらぬ揺れを静かに伝えている。達者で出しゃばらない名脇役へと、前田亜季は人知れず進化しているように思える。いずれ何か別のものへと移行していくかもしれない。
 しかしながら、村祭りの日の女たちが経験する動揺のすべてが、もっぱら男たち(祭りの最中のため男どもは留守でいっさい登場しないが、それゆえに厳然たる存在を示している)のためのファンファーレとしてのみ鳴り響かないことを願うのみである。ラスト、夜闇の山を真っ赤に染める祭りの火を迎え入れるかのように、観客に背を向けつつ縁側で立ち尽くす6人の女たちを見守りながら、そうした危惧を一瞬でも感じなかったと言ったら嘘になる。資生堂化粧品の軽やかなPR映画のはずが、「産めや殖やせや」を謳って時代錯誤の愚作となりはてた『FLOWERS』(2010 監督・小泉徳宏)と相通じる気配を、今をときめく若手劇作家たる蓬莱竜太から嗅ぎ取ってしまうのだが、この危惧が単なる勘違いであればいいと思う。
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『ドライヴ』 ニコラス・ウィンディング・レフン

2012-04-10 07:00:09 | 映画
 ニューヨーク育ちのデンマーク人監督ニコラス・ウィンディング・レフンは、中堅ならではの気づきのいい演出の流れで100分を駆け抜ける。佳作などという言葉はたいがい礼を失した中途半端な讃辞となってしまうため、いかにも使いづらい言葉だが、『ドライヴ』のような真の佳作が数多く現れたら、この時代がどれほど充実した映画時代となるだろうか。世界の映画界には、まだこういうダークホースがいるわけである。
 銀行強盗の逃走を手助けするドライバーという裏の稼業をもつスタントマン(ライアン・ゴズリング)が、訳ありの淋しげな人妻に恋心を抱いたことによって、あっという間に周囲の人間が窮地に陥ってしまう。そして、主人公たちに罠をかけた敵側の人間どもまでが同じように窮地に陥っていくという構図の展開ぶりがじつに痛快である。主人公が「天才的なドライビング・テクニックをもつ男」という設定だけに、白昼につけ真夜中につけしょっちゅう自動車が道路上を滑っていて、つまり多くの上映時間がロサンジェルス市内の移動撮影によって形づくられている点が、本作の最高の価値だろう。ロスで撮られたさまざまな映画群に思いを馳せる作りにもなっている(『キッスで殺せ!』『ロング・グッドバイ』…)。
 主人公と恋仲になる人妻を演じたキャリー・マリガンは現在公開中のもう1本、スティーヴ・マックイーン監督の『シェイム』でマイケル・ファスベンダーの自殺志願の妹役を演っているが、この女優の愛嬌ある団子っ鼻にころりと参ってしまう主人公たちの気持ちはわからぬでもない。リタ・ヘイワースであるとかジョーン・ベネットであるとか、ああいうあこぎにしてしどけないファム・ファタールは、21世紀の劇には居場所がない。シモーヌ・シニョレや京マチ子のようなグラマラスな妖花も出番がないのである。今後、キャリー・マリガンは女優として順風満帆のキャリアを歩んでいくだろうが、いっぽうで沢尻エリカのような荒馬を上手に操縦することも映画産業の責任ではないだろうか。
 監督のウィンディング・レフンがマイカーはおろか免許証さえもっておらず、教習所の試験を8度も落第したという逸話にはヒッチコック的な笑いがある。本人のもっとも好きな監督はトビー・フーパーらしい。旧作『ヴァルハラ・ライジング』(2009)も日本公開中である。10世紀スコットランドを舞台にしたバイオレンス映画だそうで、スペクタクル史劇に目のない私としては、これもできれば見ておきたいところである。


ヒューマントラストシネマ有楽町ほか、全国で順次公開
http://drive-movie.jp/
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