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まあそんな些末な極私的記憶はともかく、銀座という街は、いまも昔も人を晴れやかにする空気が流れている。銀座はさまざまな作品に登場し、手垢にまみれたモチーフのはずであるが、パリなどと同じくモチーフとしての耐性は尋常ならざるものがある。
篠山紀信がこのたび、銀座の老舗を撮った。現代日本の写真家で一番偉い人は、なんだかんだ言って篠山紀信である。この人の撮る作品が、放射するエネルギーという点でも単に技術力という点でも他の追随を許さないことは、どこにでも転がっている彼のヌード写真を見れば明らかだろう。
すごい篠山のすごくない写真集『GINZA しあわせ』(講談社)。このすごくなさ加減に、なんとも言えない安逸感が漂う。銀座の老舗とその経営者たちにカメラ目線で笑顔をたたえさせながら撮りあげた30枚ちょっとの写真。そこには、浅薄な才気や自我をまったくまとわないことを体得した商人たちの自信に満ちた微笑が写っている。私のような育ちの人間には、一生かかっても出せない微笑である。
登場する30軒あまりの店とそこの人たち。このうち私が出入りしたのはせいぜい日動画廊、Miyuki-kan、うおがし銘茶、銀座とらや、和光、伊東屋くらいか。クラブも料亭もテーラーも無縁の人生であるが、これはしかたがない。築地市場に本店を構えるうおがし銘茶の茶は亡父が生前好んでいたため、以前はよくこの店の茶葉を買ったし、そんな誼(よしみ)もあって父の四十九日の香典返しもここで贈答セットを見繕ってもらったりしたが、最近はめっきり買わなくなった。ようするに、茶葉を買いにわざわざ銀座・築地まで足を運ぶ余裕みたいなものがなくなったのであり、そんな細部から人は変わっていくということだろう。その代わりこんど、二葉鮨の暖簾をくぐってみようか。写真に写る内装も店主夫妻の笑顔も素敵だから。