ウンベルト・エーコとジャン=クロード・カリエールの共著『もうすぐ絶滅するという紙の書物について』の最も中心的な主題は、名高いアレクサンドリア図書館が災害に遭って(人災も)、貴重なる知の集積が永遠に失われてゆくということにあった。
そしてそのアレクサンドリア図書館の終焉そのものの映像化に挑んだのが、『アレクサンドリア』である。ローマ帝国崩壊期の4世紀末から5世紀初頭。最後の図書館長テオン(マイケル・ロンズデール)と、彼の愛娘で天文学者・新プラトン主義哲学者の女性ヒュパティア(レイチェル・ワイズ)が、当時新興だったキリスト教の信徒たちから疎外され、北エジプトの地でかろうじて命脈を保ってきたギリシャのヘレニズムが、正真正銘終わりを告げる瞬間である。そういう意味で本作は、オリヴァー・ストーンの『アレキサンダー』(2004)のラストシーンでプトレマイオス(アンソニー・ホプキンス)が大王の偉業を新都市アレクサンドリアで知的に継承していく場面に対する、遙かなる続編とも言える。マイケル・ロンズデールは、『ミュンヘン』『宮廷画家ゴヤは見た』、そして現在公開中の『神々と男たち』と好演が続き、ここへ来て絶好調である。
ひとつの文明の終焉、時代の終焉。ヒロインのヒュパティアが虐殺される場面で、アレクサンドリア司教区教会に彼女を連行する、陰鬱な暗鼠色のベールを被った狂信的なキリスト教徒たちに対して、彼女がまとう緋色のギリシャ風衣裳の、なんという鮮やかなる対照であることか。その対照ぶりは、来たるべき鈍重な中世に対する、古代による物言わぬ優位性を雄弁に物語るだろう。ピタゴラス(582-496B.C.)の誕生以来綿々と続いてきたギリシャ哲学、その最後の末裔たるヒュパティア(370?-415A.D.)の著作は、おそらくキュリロス司教の命を受けたキリスト教徒たちが焚書したものと思われ、現在には一冊も伝世していない。
ローマ帝国のアレクサンドリア属州長官でヒュパティアを慕う実在のオレステスを、『ワールド・オブ・ライズ』『ロビン・フッド』とリドリー・スコット作品に連続出演のオスカー・アイザックが演じ、ヒュパティアの奴隷でおそらくは架空の登場人物ダオスを、『ソーシャル・ネットワーク』でインド系資産家の子息役だったマックス・ミンゲラ(『イングリッシュ・ペイシェント』『リプリー』の監督アンソニー・ミンゲラの長男)が演じている。今ハリウッドで最も勢いのある役者たちの競演を見られるという点でも、楽しみをたくさん与えてくれる作品である。文明の終焉を赤裸々に描いているという点では、現在の私たちにはつらい、身につまされる内容ではあるが。
丸の内ピカデリーほか全国順次公開中
http://alexandria.gaga.ne.jp/
そしてそのアレクサンドリア図書館の終焉そのものの映像化に挑んだのが、『アレクサンドリア』である。ローマ帝国崩壊期の4世紀末から5世紀初頭。最後の図書館長テオン(マイケル・ロンズデール)と、彼の愛娘で天文学者・新プラトン主義哲学者の女性ヒュパティア(レイチェル・ワイズ)が、当時新興だったキリスト教の信徒たちから疎外され、北エジプトの地でかろうじて命脈を保ってきたギリシャのヘレニズムが、正真正銘終わりを告げる瞬間である。そういう意味で本作は、オリヴァー・ストーンの『アレキサンダー』(2004)のラストシーンでプトレマイオス(アンソニー・ホプキンス)が大王の偉業を新都市アレクサンドリアで知的に継承していく場面に対する、遙かなる続編とも言える。マイケル・ロンズデールは、『ミュンヘン』『宮廷画家ゴヤは見た』、そして現在公開中の『神々と男たち』と好演が続き、ここへ来て絶好調である。
ひとつの文明の終焉、時代の終焉。ヒロインのヒュパティアが虐殺される場面で、アレクサンドリア司教区教会に彼女を連行する、陰鬱な暗鼠色のベールを被った狂信的なキリスト教徒たちに対して、彼女がまとう緋色のギリシャ風衣裳の、なんという鮮やかなる対照であることか。その対照ぶりは、来たるべき鈍重な中世に対する、古代による物言わぬ優位性を雄弁に物語るだろう。ピタゴラス(582-496B.C.)の誕生以来綿々と続いてきたギリシャ哲学、その最後の末裔たるヒュパティア(370?-415A.D.)の著作は、おそらくキュリロス司教の命を受けたキリスト教徒たちが焚書したものと思われ、現在には一冊も伝世していない。
ローマ帝国のアレクサンドリア属州長官でヒュパティアを慕う実在のオレステスを、『ワールド・オブ・ライズ』『ロビン・フッド』とリドリー・スコット作品に連続出演のオスカー・アイザックが演じ、ヒュパティアの奴隷でおそらくは架空の登場人物ダオスを、『ソーシャル・ネットワーク』でインド系資産家の子息役だったマックス・ミンゲラ(『イングリッシュ・ペイシェント』『リプリー』の監督アンソニー・ミンゲラの長男)が演じている。今ハリウッドで最も勢いのある役者たちの競演を見られるという点でも、楽しみをたくさん与えてくれる作品である。文明の終焉を赤裸々に描いているという点では、現在の私たちにはつらい、身につまされる内容ではあるが。
丸の内ピカデリーほか全国順次公開中
http://alexandria.gaga.ne.jp/