ユーロスペース(東京・渋谷円山町)にてデヴィッド・ボウイー追悼上映『地球に落ちて来た男』(1976)を再見。おそらく中学時代以来ウン十年ぶりの再見だろう。正直言って、部分部分の強烈な記憶はともかく、ほとんどのシーンが新作を見るように新鮮だった。人の記憶なんて曖昧なものである。ニコラス・ローグの演出はかなりアナクロで、現代にはちょっと通用しない部分も少なくない。でもたとえば、眼球のコンタクトレンズを外すカットや、ヘンテコなセックスシーン、桟橋での有名すぎる会話「私のことが嫌いなのね」「嫌いじゃない。誰も嫌えない」、白昼のジン飲酒など、すばらしいイメージは枚挙に暇がない。きょうは同作の評というより、もう少しとりとめなく行きます。
1928年生まれのこのイギリス人監督の全盛期は、1980年代まで遡る。おととし閉館した新宿歌舞伎町の「シネマスクエアとうきゅう」が1981年にオープンしたとき、こけら落としがニコラス・ローグ監督、フォークシンガー、アート・ガーファンクル主演のラブサスペンス『ジェラシー』(1979)だった。自殺未遂したヒロインのテレサ・ラッセル(ローグ映画のミューズであり、妻でもある)がラストで見せる、気道確保のために切開した喉の傷がじつに鮮烈だったのを、子ども心に覚えている。上映終了後、やくざっぽい男性が愛人っぽい女性といっしょに退場しながら「ああいう女って、いるんだよな」と言っていたのが背後で聞こえてきた。なるほどねと。
ニコラス・ローグは撮影出身の人で、監督に転身する前は『アラビアのロレンス』の第二班撮影、ロジャー・コーマンの『赤死病の仮面』やフランソワ・トリュフォー『華氏451』なんかのカメラも担当している。イギリス映画の次代エース候補みたいな存在だったはずだ。
「シネマスクエアとうきゅう」の番組編成を監修していた映画評論家・南俊子さんの趣味だったのか、『ジェラシー』の客の入りが良かったからか、その後は旧作の『赤い影』(1973)まで拾って上映していた。思えばニコラス・ローグばかりでなく、リドリー・スコットのデビュー作『デュエリスト』(1977)、その弟トニー・スコットのデビュー作『ハンガー』(1983)共に「シネスクとうきゅう」での単館公開だった。『ハンガー』もデヴィッド・ボウイー主演である。
兄リドリーの場合、次作の『エイリアン』(1979)がブレイクしたあとの事後公開だったが、弟トニーの場合、『ハンガー』のあと、いきなり『トップガン』(1986)で世界トップのヒットメイカーになってしまう。『ハンガー』を見たときは正直言って、あんなに偉大なハリウッド監督になるとは思わなかった。そういう意味では、「シネスクとうきゅう」はじつに先見の明のある劇場だったということになる。
『地球に落ちて来た男』は、大気の調査のために地球にきた宇宙人(D・ボウイー)が、宇宙船の故障のために帰れなくなり、しかたなく先進テクノロジー企業を創業して富を築き、帰還のための宇宙船開発のためにがんばるが、だんだんアルコール依存症になっていく物語である。このモチーフはおそらく、ボウイー自身の楽曲「スペース・オディティ」(1969)の歌詞に登場する主人公、薬物中毒になっていく宇宙飛行士トム少佐から借りてきたものだろう。
この名曲「スペース・オディティ」は、最近でもベルナルド・ベルトルッチの美しすぎる小品『孤独な天使たち』(2012)でそのイタリア語版(「Ragazzo solo, ragazzo sola」)が使用されていたほか、ベン・スティラー監督・主演の『LIFE!』(2013)でも重要な役割を担っていた。『LIFE!』でベン・スティラーが演じた主人公は、直接的には描かれてはいないものの、あの突如とした躁状態は、おそらく薬物中毒かアルコール依存症によるものだろう。人生応援歌みたいなポジティヴなノリの作品だったが、『LIFE!』は見た目ほどアカルイミライの作品ではないと思う。『孤独な天使たち』の主人公少年の従姉オリヴィアは、薬物依存がかなり深刻だった。おそらく彼女の未来はきわめて暗いものだろうと言わざるを得ない。
『LIFE!』のベン・スティラーも、『孤独な天使たち』の従姉も、『ジェラシー』のテレサ・ラッセルも、『地球に落ちて来た男』のボウイーも、みなトム少佐の親戚である。
7/31(日)以降はユーロライブで続映
http://bowiechikyu.jp
1928年生まれのこのイギリス人監督の全盛期は、1980年代まで遡る。おととし閉館した新宿歌舞伎町の「シネマスクエアとうきゅう」が1981年にオープンしたとき、こけら落としがニコラス・ローグ監督、フォークシンガー、アート・ガーファンクル主演のラブサスペンス『ジェラシー』(1979)だった。自殺未遂したヒロインのテレサ・ラッセル(ローグ映画のミューズであり、妻でもある)がラストで見せる、気道確保のために切開した喉の傷がじつに鮮烈だったのを、子ども心に覚えている。上映終了後、やくざっぽい男性が愛人っぽい女性といっしょに退場しながら「ああいう女って、いるんだよな」と言っていたのが背後で聞こえてきた。なるほどねと。
ニコラス・ローグは撮影出身の人で、監督に転身する前は『アラビアのロレンス』の第二班撮影、ロジャー・コーマンの『赤死病の仮面』やフランソワ・トリュフォー『華氏451』なんかのカメラも担当している。イギリス映画の次代エース候補みたいな存在だったはずだ。
「シネマスクエアとうきゅう」の番組編成を監修していた映画評論家・南俊子さんの趣味だったのか、『ジェラシー』の客の入りが良かったからか、その後は旧作の『赤い影』(1973)まで拾って上映していた。思えばニコラス・ローグばかりでなく、リドリー・スコットのデビュー作『デュエリスト』(1977)、その弟トニー・スコットのデビュー作『ハンガー』(1983)共に「シネスクとうきゅう」での単館公開だった。『ハンガー』もデヴィッド・ボウイー主演である。
兄リドリーの場合、次作の『エイリアン』(1979)がブレイクしたあとの事後公開だったが、弟トニーの場合、『ハンガー』のあと、いきなり『トップガン』(1986)で世界トップのヒットメイカーになってしまう。『ハンガー』を見たときは正直言って、あんなに偉大なハリウッド監督になるとは思わなかった。そういう意味では、「シネスクとうきゅう」はじつに先見の明のある劇場だったということになる。
『地球に落ちて来た男』は、大気の調査のために地球にきた宇宙人(D・ボウイー)が、宇宙船の故障のために帰れなくなり、しかたなく先進テクノロジー企業を創業して富を築き、帰還のための宇宙船開発のためにがんばるが、だんだんアルコール依存症になっていく物語である。このモチーフはおそらく、ボウイー自身の楽曲「スペース・オディティ」(1969)の歌詞に登場する主人公、薬物中毒になっていく宇宙飛行士トム少佐から借りてきたものだろう。
この名曲「スペース・オディティ」は、最近でもベルナルド・ベルトルッチの美しすぎる小品『孤独な天使たち』(2012)でそのイタリア語版(「Ragazzo solo, ragazzo sola」)が使用されていたほか、ベン・スティラー監督・主演の『LIFE!』(2013)でも重要な役割を担っていた。『LIFE!』でベン・スティラーが演じた主人公は、直接的には描かれてはいないものの、あの突如とした躁状態は、おそらく薬物中毒かアルコール依存症によるものだろう。人生応援歌みたいなポジティヴなノリの作品だったが、『LIFE!』は見た目ほどアカルイミライの作品ではないと思う。『孤独な天使たち』の主人公少年の従姉オリヴィアは、薬物依存がかなり深刻だった。おそらく彼女の未来はきわめて暗いものだろうと言わざるを得ない。
『LIFE!』のベン・スティラーも、『孤独な天使たち』の従姉も、『ジェラシー』のテレサ・ラッセルも、『地球に落ちて来た男』のボウイーも、みなトム少佐の親戚である。
7/31(日)以降はユーロライブで続映
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