荻野洋一 映画等覚書ブログ

http://blog.goo.ne.jp/oginoyoichi

『さや侍』 松本人志

2011-06-30 01:01:26 | 映画
 ただ大恥をかいただけに終わった前2作から一転、松本人志は時代劇に挑んだ。ひとつの持続的なストーリーというものはなく、ジャック・タチのように、あるいは市川崑の『股旅』のようにごく短いギャグエピソードの集積である。
 ただ、この新作を見ていると、なつかしい「カイエ・ジョーヌ(黄色い表紙だったころのカイエ・デュ・シネマ誌。作家主義を純粋に標榜していた時代)」でよく言われていた、「これはフィルム(映画作品)ではあるだろう。しかしシネマ(映画)ではない」という評価軸を思い出してしまう。
 細君を亡くした悲しみに打ちひしがれるままにお役目を放棄し、脱藩手続きもとらずに、幼い娘(熊田聖亜)を道づれに旅に出たひとりの侍(野見隆明)。ふたりの行く藪の中の小径が鬱蒼と薄暗く、かといって藪の奥に木々の切れ目でもあるのだろうか、陽光を受けて妖しく光っている。これは、松本自身によって仕込まれた画づくりなのか、それとも優秀な撮影スタッフが段取ったものなのか、それは分からない。ただしその画面はシネマの露呈であった。
 シネマをおのれの孤独な才能だけで破壊してみせようとしたピエロのもとに、ブーメランのごとく旋回してきたシネマ。皮肉だとしか言いようがない。松本人志は北野武ではない、という厳しい現実が横たわっている。


丸の内ピカデリー(東京・有楽町マリオン)ほか、全国で公開中
http://www.sayazamurai.com/

祇園にて村上華岳に震撼す

2011-06-28 03:18:35 | アート
 あくまで個人的な趣味で言わせてもらうなら、近代日本画とどうも相性がよくない。長年にわたり、多くの大家の作品をこれでもかと眺めてきたが、今のところ、否定的な意見は変わっていない。ただ、もちろん例外もあって、鏑木清方、小林古径はやっぱりいいし、福田平八郎もおもしろい。
 そんな中で私が無条件でひれ伏してしまうのが、じつは村上華岳である。芒洋とした、とらえどころのない怖い絵ばかりである。京都の祇園にある、5階建ての大型私有ギャラリー「何必館」で、村上華岳のまとまった数を見ることができた。ざっとメモしたところで、展示室に『牡丹花之圖』『空山欲雪圖』『不動降魔剣 観音慈悲涙』『山峰』『岩足鄭足蜀』『放牛』『朝顔之圖』『月宵飛鷺圖』の8点。さらに、吹き抜けになっている最上階にしつらえられた茶室の床の間に、最高傑作のひとつ『太子樹下禅那』。これらには、非常に言葉にしにくい怖さがある。
 それにしてもこの「何必館」、オーナーの梶川芳友という人は、建築家など多方面に活躍するクリエイターらしいのだが、いったいどんな「ズル」をしたら、こんな立派な私立ミュージアムを建てることができるのだろうか? 村上華岳以外にも、山口薫、北大路魯山人が各フロアで巧妙に並べられていたり、パウル・クレーの遺作なんてものが「ついでに」といった風にさりげなく展示されている。最近までMAYA MAXXの個展も開催していた。所蔵作品、展示作品もすごいが、建物自体もそうとうこだわりのある造りで、金も掛かっている。世の中には、恵まれた人というのは実在するのだ。これだから京都はよくわからない。


P.S.
夕方、初夏の祇園花街を歩き、予約してあった板前割烹「C」にて舌鼓。すばらしい器を使っているから、そのことを主人と話そうとしたら、「先代が集めたものを、ただ使うてるだけどす」と防波線を張られてしまった。その後、先斗町を北上し、三条大橋きわの「スターバックス」の川床にて涼みつつ「なんとかフラペチーノ」をずるずると啜り、おとなしく宿に戻る。

『レジェンド・オブ・フィスト 怒りの鉄拳』 劉偉強

2011-06-27 05:05:18 | 映画
 「魔都」とも称された1920年代の上海。路面が小雨に濡れ、阿片の香りがゆらめくフランス租界の大型ナイトクラブ「カサブランカ」を主舞台に、中国人レジスタンス、日本軍人、駐留フランス人、イギリス人商人どもがそれぞれの思惑でうごめいている。『ラ・パロマ』のイングリット・カーフェンが、丈長のナイトドレスをまとって、ふらふらと現れてもおかしくない環境だ。
 本作の主人公・陳真は、『ドラゴン怒りの鉄拳』(1972)で李小龍(ブルース・リー)が演じた伝説の武術家その人であるが、この陳真の役を甄子丹(ドニー・イェン)が演じるのは、今回が初めてのことではないらしい。試写のプレスシートによれば、本作は、先行するテレビ番組から発展したものだとのこと。あたかも李小龍のように、純白の詰め襟姿で日本人道場に乗りこんだり、カトー風の仮面で正体を隠したりするのが、フェティシズムを大いに刺激する。
 ただし、マイケル・カーティスの『カサブランカ』へのオマージュなのだろう、日本人客の横暴な態度の返答として「ラ・マルセイエーズ」を主人公がグランドピアノで快活に弾いてみせるあたりの俗流な演出には、苦笑を禁じ得なかった。せめて「インターナショナル」にしておけば、墓場の孫瑜も溜飲を下げただろう。

 それにしても、今年初頭に『葉問(イップ・マン)』が一般公開されて以来、甄子丹出演作の公開ペースがすさまじい。『葉問 序章』といい、今回の『レジェンド・オブ・フィスト 怒りの鉄拳』といい、反日プロパガンダのような内容であるにもかかわらず、無事に日本公開へとこぎつけている。それだけ、抗しきれない魅力があるということだろう。
 甄子丹の特長は、なんといっても小柄な肉体から繰り出される殺陣のあざやかさ、美しさであるが、それにも増して、不正と欺瞞を許さぬ、どこか不寛容ささえ漂う端正な顔つきではないだろうか。あの目つき、口元をもってにらまれると、こちらもなにか不正を犯して、この人格者をついつい怒らせたくなってしまう。だからあんなにも、甄子丹は難敵と戦い続けねばならないのではないか。


9月17日(土)より新宿武蔵野館ほか、全国で順次公開予定
http://www.ikarinotekken.com/

『X-MEN: ファースト・ジェネレーション』 マシュー・ヴォーン

2011-06-26 02:33:26 | 映画
 『X-MEN』のシリーズは一見すると陳腐だが、意外と含蓄に富んでいて、個人的には、したり顔の見え隠れする『マトリックス』シリーズよりもはるかに好きだ。〈善玉の妖怪〉〈悪玉の妖怪〉〈邪悪な人類〉という3極構造による文明批判は、以前の日本のアニメーションでもよく活用されていたもので、「悪玉の妖怪よりももっと始末に負えないのは、人間どもだ」という図式が内在している。
 そしてもちろん、シリーズ全体に通底する、ミュータントたちをブラックリスト化し、粛清しようとする人類の心理は、レッド・パージ(赤狩り)の暗喩でもあったわけだ。非米活動委員会のマッカーシー上院議員そっくりの右翼系政治家が登場したこともある。さらに今回は、ジョゼフ・ロージーの『唇からナイフ』(1966)的ビザールを思わせる瞬間が何度かある。

 最新作『ファースト・ジェネレーション』は、時代を遡って、『X-MEN』の事前譚となる。秀逸なのは、そこに1962年のキューバ危機を存分にからませた点で、〈邪悪な人類〉をさらに東西冷戦下におくことによって、4極構造に細分化し、事態に豊かな象徴作用の厚みを生み出した。
 シリーズ第1作の冒頭で描かれたマグニートーの少年時代、ポーランドのユダヤ人収容所で父母と強制的に引き離された彼が、鉄柵門を念力で折り曲げしてしまうシーンは、第1作のフッテージを使わず、新たな子役を起用して撮影しなおされている。今回の新作ではマグニートーが、第二次世界大戦の終結後、しばらく南米を中心にナチス残党狩りに血道を上げるのだが、ナチス狩りはもっとたくさん描いて、青年期のマグニートーの屈折した復讐心を強調してほしかったような気もする。


TOHOシネマズスカラ座(東京・日比谷)ほか、全国で公開中
http://movies2.foxjapan.com/xmen-fg/

『赤ずきん』 キャサリン・ハードウィック

2011-06-25 01:27:50 | 映画
 『トワイライツ 初恋』(2008)の出来はお世辞にも芳しいものではなかったから、監督のキャサリン・ハードウィックがシリーズ2作目の製作開始前にクビになったという噂は、本当のような気がする(本人は「解雇ではなく、自分から降板できるオプションを行使したまでのこと」と主張しているらしいが…)。また、スタジオ側は監督交代理由について「彼女の世界観がダークすぎたため」と釈明しているものの、これはどうだろう。単に、演出にキレがないという評価が実情ではないのか。
 彼女の最新作『赤ずきん』を見て改めて思い至ったのは、前作に対する悔悟の念がかなり深いものだったであろうこと。というのも、『赤ずきん』はほとんど『トワイライツ 初恋』の焼き直しのごとき、バンパイアへの潜在的な性的欲求の心理劇なのである。もちろん、E・フロムをはじめとして、赤ずきんちゃんのイメージ構造を性的に分析する流れというのは、昔からありふれたものだ。物思いに耽りがちな乙女が、バンパイアや人狼に「私を連れ去ってほしい」と願をかけている。ようするに敗者復活戦というか、キャサリン・ハードウィックはもう1度『トワイライツ 初恋』を、学園ドラマのジャンル性を取り払い、純粋なゴシック・ホラーの意匠でリメイクしたのだと言っていい。
 ジュリー・クリスティ(祖母)、ヴァージニア・マドセン(母)、アマンダ・サイフリッド(ヒロイン)という3世代の女の豊潤な肉感は、本作のもっともいい部分である。


丸の内ピカデリー(東京・有楽町)ほか、全国で公開中
http://wwws.warnerbros.co.jp/redridinghood/