私的CD評
オリジナル楽器によるルネサンス、バロックから古典派、ロマン派の作品のCDを紹介。国内外、新旧を問わず、独自の判断による。
 




Marc Roger Normand Couperin: Livre de Tablature de Clavescin (c 1695)
Hyperíon CDA67164
演奏:Davitt Moroney (harpsichord, Italian virginal)

1997年にイタリアの個人の蔵書の中から発見された一冊の手稿がある。その最初のページには「ドゥ・ドゥリュ氏のためのクラヴサン曲集、クープランが記入(Livre de Tablature de Clavescin; de Monsieur de Druent - écrit par Couperin -)」と記されており、57曲の様々な作曲家による作品が書き込まれている。ドゥ・ドゥリュ(あるいはディ・ドゥルエント)氏とは、トリノ近郊ドゥルエントのオッタヴィオ・プロヴァーナ伯爵のことで、サヴォイア王家のヴィットリオ・アマーデオII世の側近の一人であった。これによってこの手稿は、1687年頃から、ヴィットリオ・ アマーデオII世の宮廷オルガニスト、チェンバロ奏者であった、マルク・ロジェ・ノルマンによって作製されたものであることが判明した。トリノの宮廷では、その頃すでに広く名を知られるようになっていた、母方の姓であるクープランを名乗っていたことが分かったからである。
 マルク・ロジェ・ノルマン(Marc Roger Normand, 1663 - 1734)は、ルイ・クープランの姉妹、エリザベト・クープランを母に、マルク・ノルマンを父に、クープラン一家と同じショーム・アン・ブリーで生まれた。フランソア・クープラン(大クープラン)のいとこに当たる。マルク・ロジェが、どのような音楽教育を受けたかは記録がないので分からないが、フランソア・クープランI世(c. 1631 - 1710)及びその弟シャルル・クープラン(1638 -1679)の教えを受けたのではないかと思われる。サヴォイア家の宮廷に於いては、就任から間もなくバレーの演奏に加わり、1690年には王家の音楽教師に任じられ、特にエマヌエレ・フィリベルト・カリニャーノ王子の教師を1703年まで務めた。この手稿が発見されるまで、マルク・ロジェの作品は、全く知られていなかった。
 この曲集に含まれる57曲の作品には、作者名が記されていないものが多く、他の手稿や出版譜にはないそれらの作品の多くは、マルク・ロジェ自身の作品ではないかと考えられる。さらに作者に「クープラン」と記されている作品も、マルク・ロジェの作と思われる。作者名が記されている曲としては、シャンボニエール(Jacques Champion de Chambonnières, 1601 - 1672)の作品が6曲あるほか、トリノの音楽家、ポール・ドゥ・ラ・ピエール(Paul de la Pierre, 1621 - 1690以降)あるいはその一族の作品が14曲ある。その大半はアルマンド、クーラント、サラバンド、ジーグなどの舞曲で、そのほかには、リュリのオペラの曲の編曲が含まれていることも、この時代のフランスのクラヴサン音楽の傾向を反映している。このように、マルク・ロジェの手稿は、16世紀末のフランスを中心としたクラヴサン音楽を眺望することの出来る、非常に重要な曲集と言うことが出来る。
 今回紹介するCDは、この手稿の作者がマルク・ロジェ・ノルマン・クープランであることを究明したデヴィット・モロニー(Davitt Moroney)の演奏によるヒュ-ペリオン盤である。モロニーは、1950年イギリス生まれの音楽学者、チェンバロ及びオルガン奏者で、バードやパーセルなどのイギリスの作曲家を初め、バッハ、クープランなどの作品を演奏するとともに、様々なバロックの作品の楽譜の編纂も行っている。現在はカリフォルニア州立大学バークレイ校で教鞭も執っている。CD添付の解説書には、モロニーによるマルク・ロジェ・ノルマン・クープランを初めとした、この手稿に関連した人物や作品についての詳しい解説が掲載されている。
 CDに収録されている曲は、手稿に掲載されている順序のままではなく、組曲としてのまとまりを持たせている。例えばCDの冒頭は、アルマンド、クーラント、サラバンド、ジーグそしてシャコンヌで終わる5曲で構成されている。モロニーの解説によると、手稿冒頭の短い不完全な曲は省略されているという。以下にヒューペリオンのウェブサイトに掲載されているトラックリストにしたがって、収録曲とその作者を挙げる。組曲としてのまとまりを成しているものは、それらの間の行を明けてある。

1 Allemande l'Agréable: Anonymous
2 Courante: Anonymous
3 Sarabande de Mr de Chambonnier: Jacques Champion Chambonnières
4 Gigue La Vredinguette de Mr de Chamboniere: Jacques Champion Chambonnières
5 Chaconne: Jean-Henri D'Anglebert

6 Menuet de Couperin: Marc Roger Normand Couperin(以下MRNC)
7 Sarabande de Couperin: MRNC
8 Le Courier de Mr de la Pierre le Vieux: Paul de La Pierre

9 Menuet en Rondeau: Paul de La Pierre, arr. MRNC
10 Menuet de Mr de la Pierre 1:  Paul de La Pierre, arr. MRNC
11 Sarabande: Paul de La Pierre, arr. MRNC
12 Double: Paul de La Pierre, arr. MRNC
13 Gavotte de Mr de la Pierre: Paul de La Pierre, arr. MRNC
14 Air. Gigue Anglois: Paul de La Pierre, arr. MRNC
15 Chaconne de Mr Paul de la Pierre: Paul de La Pierre, arr. MRNC

16 Air de Trompette: Jean-Baptiste Lully, arr. MRNC
17 Double de Trompette: Jean-Baptiste Lully, arr. MRNC
18 Rigodon de l'opera d'Acis et Galatée: Jean-Baptiste Lully, arr. MRNC
19 Second Air: Jean-Baptiste Lully, arr. MRNC
20 Ballet pour les Combattans du Vieux la Pierre: Paul de La Pierre, arr. MRNC
21 Autre Rigodon: MRNC

22 Menuet d'Aubois de l'opera de Roland: Jean-Baptiste Lully, arr. MRNC
23 Gavotte de Mr Le Begue: Nicola-Antoine Lebègue
24 Double de la Gavotte: Nicola-Antoine Lebègue, arr. MRNC
25 Gigue de Mr de Chamboniere 'Le Moutier': Jacques Champion Chambonnières
26 Double de la Gigue de Mr de Chamboniere: Jacques Champion Chambonnières  arr. MRNC
27 Chaconne de Galatée: Jean-Baptiste Lully, arr. Jean-Henri D'Anglebert

28 Ouverture de Monsieur de la Pierre: Paul de La Pierre
29 Entrée des Gardiniers: MRNC
30 Menuet de Mr de la Pierre 2: Paul de La Pierre
31 Menuet de Mr Paul: Paul de La Pierre
32 Canaries de Mr de la Pierre: Paul de La Pierre

33 Folies d'Espagnes: MRNC

34 Menuet de Couperin 2: MRNC
35 Sarabande de Mr Militon: Militon
36 Gigue de Mr de la Pierre l'Aîné: Paul de La Pierre

37 Marche des drapaux de Mr de la Pierre le Vieux: Paul de La Pierre
38 Menuet en Rondeau: MRNC
39 Petit Branle de Mr Paul de la Pierre: Paul de La Pierre
40 Entrée de Mariniers de Couperin: MRNC
41 Second Air: MRNC

42 Allemande de Mr Le Begue: Nicola-Antoine Lebègue
43 Courante de Couperin: MRNC
44 Sarabande Les Zephires de Mr de Chambonnier: Jacques Champion Chambonnières
45 Chaconne de Mr de Chamboniere: Jacques Champion Chambonnières

46 Petit Rigodon: MRNC
47 Dance Allemande: MRNC
48 Entrée des Sattires du Vieux La Pierre: Paul de La Pierre
49 Ballet des Sattires: Paul de La Pierre
50 Trio des Sattires: Paul de La Pierre
51 Dessente de Cibelle de l'opera d'Atys. Basse Continue: Jean-Baptiste Lully, arr. MRNC
52 Dessente de Cibelle de l'opera d'Atys. Basse Roulante: Jean-Baptiste Lully, arr. MRNC
53 Gavotte de Mr Hardel: Jacques Hardel
54 Double de la Gavotte: Jacques Hardel, arr. MRNC

55 Ballet des Ouvriers: Paul de La Pierre & MRNC
56 Chaconne de Mr de la Pierre l'Aîné: Paul de La Pierre
57 Dance Angloise: MRNC

なお、上のリストでPaul de la Pierreとされている曲について、モロニーによる解説書には、複数のラ・ピエール家の作者によるものであろうと記されている。
 演奏で使用されている楽器は、ニコラ・デュモンの1707年作のチェンバロ(クラヴサン)をアメリカ、カリフォルニア州バークレイのジョン・フィリップが1997年に制作した2段鍵盤の楽器と、17世紀イタリア製ヴァージナルの2台である。イタリアのヴァージナルは、トラック16から21と37から41の演奏に用いられている。
 録音は1990年7月にフランスのイル・ド・フランスで行われた。演奏における音律やピッチは記されていない。このCDは現在も容易に入手出来る。

発売元:Hyperíon


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