私的CD評
オリジナル楽器によるルネサンス、バロックから古典派、ロマン派の作品のCDを紹介。国内外、新旧を問わず、独自の判断による。
 




Johann Sebastian Bach: French Suites BWV 812-9
EDITIONS DE L’OISEAU-LYRE 411 811-2
演奏:クリストファー・ホグウッド

バッハの「フランス組曲(BWV 812 - 817)」の名前の由来は、はっきりしていない。 最初のバッハ伝の作者ヨハン・ニコラウス・フォルケルは、「通常フランス組曲と呼ばれるのは、フランス趣味で書かれているからである。 作曲家は、 その目的という点では、他の組曲と比べて、教えるというよりも、ほとんどは愛らしい、際だった旋律の使用を心がけている」と述べている*。おそらくはバッハの生存中から、通称として用いられていたもので、6曲の「パルティータ」や「イギリス組曲」のように前奏曲を持たず、アルマンド、クーラント、サラバンド、ジーグを核とし、それにメヌエット、ガヴォット、ブレーなどを時に応じて加えた小規模な組曲を、そのように呼んでいたのであろう。
 この「フランス組曲」の最初の5曲は、1722年にバッハが二度目の妻、アンナ・マグダレーナのために作ったクラヴィア音楽帳の冒頭に、バッハ自身が書き込んだものがその最も古い手稿である。それに対して第6番は、当初この作品グループには属していなかったように見える。といっても、ずっと後になって追加されたものではなく、もしかすると同じ時期に、独立して作曲され、バッハが3の倍数、この場合6曲を一組とするために、加えたということも否定できない。いずれにしてもこの「フランス組曲」は1722年頃から遅くとも1725年までの間に作曲されたものと考えられる。
 バッハはこの「フランス組曲」を、2声のインヴェンションと3声のシンフォーニア(BWV 772 - 801)や「イギリス組曲(BWV 806 - 811)」等とともに、弟子たちの教育のために用いたようで、多数の全曲、あるいは個々の組曲の写譜が残っている。それらは大きく分けると、初期の状態を示していると思われるグループと、多くの装飾音を含むより新しい状態を示すグループとに分けられる。新バッハ全集第5部門第8巻には、この二つのグループが収められている。 また、写譜によっては、含まれていない楽章や、曲順が異なっているものがあり、バッハがいったん作曲した後にも、度々手を加えていたことがわかる。 さらに、この新バッハ全集の巻には、イ短調と変ホ長調の組曲の新旧の版も収められている。これらは、フランス組曲と同じ構想で作曲されたものである。このCDには、これらの2曲も、イ短調は古い形(BWV 818a)で、変ホ長調は新しい形(BWV 819)で収められている。
 このCDでチェンバロを演奏している、クリストファー・ホグウッドは、指揮者としての活動で広く知られているが、数は少ないが、鍵盤楽器奏者として録音も行っている。ケンブリッジ大学の出身で、1967年に、デヴィッド・マンロウとともにアーリー・ミュージック・コンソートを結成、この活動は1976年のマンロウの死で終わるが、1973年にホグウッドが組織したアカデミー・オブ・エンシェント・ミュージックとともにモーツアルトの交響曲や、バッハ、ヘンデルの作品の録音を多く行っている。この「フランス組曲」は、チェンバロ奏者としてのホグウッドの代表的な録音である。
 使用しているチェンバロは2台で、長調の曲、フランス組曲の第4番、第5番、第6番と、変ホ長調の組曲(BWV 819)に使用しているのはフランスのジャン=クロード・グジョンの1749年作のチェンバロである。この楽器には「ハンス・リュッカース、アントワープ、1590年」というはっきりとした記名があるが、これは偽装と思われ、実際は典型的なフレンチ・タイプのチェンバロだそうだ。ただ、グジョンがフレミッシュ・タイプの楽器を土台にして、それを改造した可能性もある。1784年にジャック・ヨアヒム・スワーネンという人が改造し、現在の5オクターブ、二段鍵盤、3セットの弦(8フィート X 2、4フィート X 1)、4セットのジャック、膝で操作するレギスター・レバーを備えた楽器になっている。一方短調の曲、フランス組曲第1番、第2番、第3番とイ短調の組曲(BWV 818a)を演奏しているのは、アンドレアス・リュッカースの1646年作のチェンバロで、フランスにもたらされてから様々な改装が行われている。1720年以前にブランシェの工房で移調鍵盤が取り除かれ、1756年にフランソア=エティエンヌ・ブランシェII世の工房で大規模な改装が行われ、その際ケースが改造され、鍵盤が取り換えられた。さらにブランシェの工房の後継者、パスカル・タスカンが1780年に膝で操作するレギスター・レバーや革製の4セット目のジャックを加えた。これらの改装によって、いずれの楽器も18世紀後半の典型的なフレンチ・タイプのチェンバロになっている。2台とも現在パリ、コンセルヴァトワールの楽器博物館に保存されている。
 この2台のチェンバロの音は、かなり近接マイクで録音されているようで、直接音成分が多いが、グジョン/スワーネン・チェンバロの方が、幾分響きが豊かに聞こえる。
 いかにもホグウッドらしいのは、調律を一曲ごとに変えていることで、収められている順で、変ホ長調の組曲は1/5コンマ中全音率で、イ短調の組曲はケルナーの音律で、Gisを若干低くしている。第1番はアントン・ケルナーが1980年に記述している「バッハ音律」、第2番はヴェルクマイスターの第IV音律のDes、As、Esを幾分高くして、3度の和音を改善している。第3番はGを基音にしたヴェルクマイスターの第III音律、第4番は1/5コンマ中全音率、第5番はトーマス・ヤングの1/6コンマ音律、第6番は同じヤング音律で、Gis、Dis、AisおよびCを若干低く調律している。これほど各曲の調性によって調律を変えている演奏は珍しい。

発売元:デッカ、オアゾ・リール・エディション

なお、このオアゾ・リール版は、1986年に発売され、その後2000年にデッカ・レーベルの466 736-2として再発売されているが、現在デッカのウェブサイトには掲載されていない。クリストファー・ホグウッドのウェブサイト も参照。

* Johann Nikolaus Forkel, “Ueber Johann Sebastian Bachs Leben, Kunst und Kunstwerke”, Leipzig 1802, p. 56

注)各種の音律については、「野神俊哉チェンバロ・オルガン工房」のサイトの「チェンバロの各種調律法のあらましと調律手順」 が参考になる。

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