訃 報

バッハ研究に偉大な足跡を残した研究者の一人、ゲオルク・フォン・ダーデルセン博士（Dr. Georg von Dadelsen）が、2007年5月25日になくなった。1918年11月17日生まれだから、88歳であった。彼のバッハ研究における最大の業績は、1958年にチュービンゲン大学の教授職取得論文として執筆、出版された「ヨハン・ゼバスティアン・バッハの作品の成立年代に関する論文（”Beiträge zur Chronologie der Werke Johann Sebastian Bachs”, Tübinger Bach-Studien; Herausgegeben von Walter Gerstenberg, Hohner-Verlag Trossingen, 1958）」である。この研究は、同じ1958年に刊行されたバッハ年刊1957年号に掲載された、アルフレート・デュルの「J. S. バッハのライプツィヒ時代の声楽作品の成立年代について（”Zur Chronologie der Leipziger Vokalwerke J. S. Bachs”, Bach-Jahrbuch 44. Jahrgang 1957, p. 5 - 162）」とともに、それまでのバッハがライプツィヒ時代に作曲、演奏した教会カンタータなどの声楽作品の成立年代に関する定説を根底から覆した、画期的なものであった。ダーデルセンは、バッハの筆跡の時間的変遷の精密な分析を出発点とし、デュルは、バッハの死後、教会暦順に一年分ずつにまとめて相続された教会カンタータを、演奏のためのパート譜作製に従事したコピストの分類、紙の透かしの分類などを中心に順序づけ、お互いの到達した結果はほぼ一致するという、驚くべき成果をあげた。発表当初は、その結果があまりにも従来の通説と異なっていたこともあって、批判的な研究者がいたが、この新たな成立年代は、それを裏付ける発見があったりして、まもなく広く受け入れられる様になり、現在では通説となっている。
　ダーデルセンは、新バッハ全集の編纂は第V部門第3巻「インヴェンションとシンフォーニア（BWV 772 - 801）」と第4巻「アンナ・マグダレーナ・バッハのための音楽帳」の2巻のみだが、1962年から1994年まで編纂陣の議長を務めた。また、多くのバッハとその作品に関する論文を発表した。その中には、新バッハ全集第2部門第1巻の「ロ短調ミサ（BWV 232）」を強く批判した「フリートリヒ・スメント版のロ短調ミサについて」*や音楽作品全集や選集の編纂に当たっての基準や原典の評価についてのいくつかの論文**などがよく知られている。
　第2次大戦後、新バッハ全集の刊行が決定して以降、古文書学をはじめとする資料研究、科学的手法の採用により、多くの研究成果をあげてきたが、それをになった研究者達も次々とこの世を去り、今やバッハ研究は新しい世代の研究者達が中心となりつつある。フォン・ダーデルセンの死去は、こうした世代交代をますます進めることになるであろう。

* “Friedrich Smends Ausgabe der h-Moll-Messe von J. S. Bach”, in: Die Musikforschung 12 (1959), p. 315 - 334
** “Editionsrichtlinien musikalischer Denkmäler und Gesamtausgaben - Vorwort zu der Sammelpublikation der Gesellschaft fuer Musikforschung 1967”, Kassel usw., p. 7 - 16: “Methodische Bermerkungen zur Echtheitskritik”, in: Musicae Scientiae Collectanea. Festschrift Karl Gustav Feller zum 70. Geburtstage, herausgegeben von Heirich Hüschen, Köln 1973, p. 78 - 82
なお、これらの論文は、Georg von Dadelsen, Über Bach und anders; Aufsätze und Vorträge 1957 - 1982, herausgegeben von Arnold Feil und Thomas Kohlhase, Laaber-Verlag 1983 にも収められている。


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