長篠落武者日記

長篠の落武者となった城オタクによるブログです。

娘の登園

2013年05月02日 | 日記
まだ下の息子が小さいので、上の娘の幼稚園の登園を私がやってみようかと思いたつ。
職場の近くに幼稚園があるため送ることは不可能ではない。

ありがたいことに、私の会社には勤務時間変更という制度があり、始業時間と終了時間を前後15分間ずらすことが可能となっているのです。
制度がある以上、使ってもよい筈。

そのため、5月から後ろへずらすこととしたのです。

で、本日が初登園。

娘をママチャリのシートに乗せて走り出す。
前と後ろに子どもが乗せられる3人乗せ自転車のため、大変に重たいし、バランスが取りにくい。
なんていうのか、長いセダンを運転しているような感じ。

急な進路変更はできないし、重いのでなかなかスピードが出ないのですが、スピードが出ないがゆえに安定しない。
前々からこの3人乗り自転車と言う物は危なそうだ、と、思って、妻が購入する際にも私は大反対をしたのですが、どうしても車を運転したくない妻は自転車を購入。

私にしてみれば、自動車の方がよっぽど安全だと思いますし、せっかく新城で運転できるようになったのだから、運転習慣をつけて欲しかったのですが、名古屋は怖いの一点張りで運転をしてくれないのです。

まぁ、うだうだ言っても始まらないので自転車を運転する。
途中、「あ、今日はお父さん?いいねぇ。」と娘と同じ園服を着た子どもさんを連れている方に声を掛けられたり、会釈をしたりする。やはり、男性が地域社会と隔絶されてしまう最大の原因は、子育てへの関与が薄いからであり、子育てというものが、いかに地域とかかわりを持ちやすいのか、ということを実感させられます。

妻に聞いていた話では、お父さんが連れてきている子も多い、と言う話だったのですが、私が到着したときはお母さんしかいない。稀に祖母と思しき方が連れてきている子もいるのですが、祖母と思しき方は、ギョッとした表情で私を見る。やはり物珍しいのでしょう。。。

若干の居心地の悪さを感じながらも、「おはようございまーす。」を連呼しながら娘を連れて幼稚園の中へ。
娘の部屋にまで連れて行くと、まだ二人目でした。もう少し遅くに来たほうがよかったか、と、思う。

母と別れるとき、娘がギャー泣きした、という話を聞いていたので、恐る恐る娘に「じゃあ、パパは行くね。」というと、心細そうに「うん。」という。
ああ、よかった、と、思って玄関に向かい始めると、娘がなんだか呼びかけて追いかけてくる。

いや、これは困った、と、思って時計を見ると、まだ出勤リミットまで時間はある。
それで、娘がなにやら幼稚園の中を一所懸命に説明しているのに相槌を打つ。

どうやら、父親を引きとめようとしている様子。

ここで強引に振り払ってギャー泣きされても困るので、「うんうんそうだねぇ。砂場にお砂が一杯だねぇ。」などと相槌を打っているが、気が気ではない。

「パパは会社に遅刻しちゃうから行くね。」
と、再度言うと
「うん。」
というのですが、やはり歩き出すと追いかけてくる。

ひぃぃぃ、と、内心思うのですが、ここでギャー泣きされても困るので、少し娘に付き合う。
が、時間が迫りつつあるので、
「パパは会社に行くね。」と言って歩き出すと、今度は娘は観念したのか何も言わない。

私ら親子の様子を心配してみていた先生が、娘を宥めながら部屋のほうに連れて行っていました。
なんともしょんぼりした様子の娘を見て、よよよ、と、思うのですが、親がそんな状況では娘も泣き出してしまうと思いまして、足早に園を去っていきました。

常々、時間に追われている父は母と違い、ごねてもすねても時間が来るとどっかへ行くと言うことがわかっているのでしょう。父親だとあまりわがままを娘はいいません。

まぁ、そいう意味では父親が送り届けた方が良いのかもしれません。

で、そうやって明日も送り届けようと思って自転車に乗って帰宅してきたら、段差を乗り越えるときに、いつもの癖で前輪をよいしょっと持ち上げて、後輪は段差にそのまま乗り上げる、ということをしたら、子どもを乗せるシートがついているためか、自転車後部が重たかったようで、段差に「がん」とぶつかる音がした後、「ぷしゅー」という音が。。。

バーストしてしまったようで、あっという間に空気が抜けてしまいました・・・。

と、言うわけで、明日は折角休みを取ったので娘をゆっくり送り届けようと目論んでいたにも関らず、自転車の修理をしなければならなくなりました。

後輪は修理がめんどくさいんですよね。

自転車屋に持っていくか、それとも自分で直すか。
悩んでおります。

まぁ、慣れないうちは仕方ないですね。

2 コメント

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はじめまして (漁師の子孫の河合です)
2013-05-04 12:57:31
一週間ほど前に落ち武者さんのブログを偶然見つけて拝読していますが、どれも面白いですね。
お嬢さんの写真もかわいい盛りで(笑)
私は三河出身で子供の頃は父とよく豊橋の二連木城跡(跡地がなぜか好きだった私の要望で・・)や長篠の田んぼに鉄砲玉探しに行ったりしました。女の子なのにトリいスネエモンTシャツ着てたり・・・
以前の記事で女城主の城の方へ抜ける道のことをかかれていたと思いますが、子供の頃奥三河から中津川に栗きんとんを買いに行ったさいに一度父がクネクネの道を行ったのですがその道のことだったのでしょうか?
父が亡くなって三年経ちますが五月の長篠鉄砲隊の事がとても懐かしく思われます。
お嬢さんと嫡男さんにもいい思い出になると思います。
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コメントありがとうございます。 (うらにわ)
2013-05-06 18:23:23
漁師の子孫の河合様、コメントのレスが遅くなりましてすいません。帰省イベントが発生しておりました。笑。
二連木城とは渋いですね。長篠の鉄砲玉が見つかっていれば、「○○玉」として設楽原歴史資料館に展示されていますね。強右衛門Tシャツは正直欲しいです。
奥三河から中津川に栗きんとんを買いに行かれた場合、岩村を通過したのであれば間違いなくお父様が通過された道だと思います。
娘・息子が河合さん並に歴史好きになってくれることを願っております。
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