長篠落武者日記

長篠の落武者となった城オタクによるブログです。

本を買ってしまうと・・・。

2014年10月30日 | 日本史
アマゾンとは恐ろしいもの也。


最近、本が増えると困るのでキンドル版を選んで買っていましたが、やはり数が少ない。
読みたい本を「キンドル化のリクエスト」を押しまくっても、なかなかキンドル化してくれません。

この間、研究者の方とお話をした際、
「電子ブックは、なかなか頭に残らない。」
と、いう点で、奇しくも意見が一致しました。

お互い似たような年齢ということもあり、この世代だから、というのもあるかもしれませんが、紙の本に比べてなんだか頭の残りが悪い、という感じがするのです。
漫画などはスラスラと読めるし、何度も読み返すので便利なのですが、字の本はどうにも頭の残りが悪い。よくよく考えても見ると、何がその本のどのあたりに書いてあった、というのを漠然と覚えているものですが、電子本だと本のどのあたり、というのが覚えられない。こういうあたりに原因があるのかもしれません。

同じ感想の人がいた、というのは驚きでした。
で、やっぱり歴史系の本は紙の方が良いのかなぁ、と、思って、今まで我慢していた本を一気に購入。

前々から長篠合戦の最新の決定本はこれ、と、言われていた平山優氏の
「長篠合戦と武田勝頼」と「検証 長篠合戦」を。

そして、西股教信者としては外せない「土の城指南」。

ついでに二冊気になった新書をチョイス。
盛本昌広氏の「境界争いと戦国諜報戦」。この人も変わった視点で本を書くのでチェックしています。
もう一つは、最近の城仲間との遠征が九州地方に偏っているため、三池純正氏の「九州戦国史と立花宗茂」を購入。こちらは、九州の戦国時代がざっと理解できる本を探していたので購入。

と、言うわけで、まずは「長篠合戦と武田勝頼」から読み始めています。

が、これがおもしろすぎぃぃぃぃ!!!

うわー、鈴木真哉をぼっこぼこにしてるぅ!
鈴木本は、若干他者攻撃の文章的色彩が強く読んでいると辟易するところがあっただけに、なんとなく爽快。

そして、私が一生懸命調べて、結果的に「わかりませんでした。」とブログに書いていた一騎合衆についても一刀両断してくれてる!このあたりは、また、読後にきちんと整理しようと思います。
読んでも忘れてしまう年齢になってきたので、読書感想文的にブログを書く事で備忘録にも使っている、ということを正直に告白しましょう。

平山氏の講演を聞いたことがあるのですが、大変わかりやすく面白かったのです。
その感じが、そのまま本に出ています。

設楽原歴史資料館でもお勧め本として紹介されていました。

そんな訳で、若干ブログの更新スピードが落ちているのは、本業がクッソ忙しいのに本を読み始めてしまったからです。こりゃ、寝不足になりますわ。

2014年10月27日 | 日記
咳が止まらない、という記事を以前書きました。

実は、それから咳が止まらないどころか、酷くなっていました。

妻の使わなかった薬を使っていたのですが、結果的によくならず。
あまりに咳き込んで仕事中も
「あの・・・、ゲホっ、ゲーホゲホゲホゲホゲホ、この間の件なんですが、ウゲェっゲホゲホゲホゲホ・・・。」と、話が全く伝わらない。

あまりにもうるさいのか、とうとう職場の上司から。
「病院行ってきたら?」
と、言われる。

ここのところクソがつくほど忙しかったので満足に病院も行ってられなかったのですが、ちょっと一息ついたので休みを取って病院へ。

子どもが通うクリニックが喘息治療もしているところだったので行くと、
「うらにわさん、去年もこの時期同じ症状でしたね。」
と、カルテをみて言う。

確かに。昨年度も風邪からの喘息っぽい症状に。

「何かアレルギーとかあります?花粉とか。」
「イネ花粉です。」
「イネ科は長いですからねぇ。たぶんそのアレルギーだと思うんですけど。薬出して様子を見てみましょう。」

と、いうことで大量の薬を貰う。
大量の薬を見て
「ああ、俺も年取ったんだな・・・。」
と、フっと笑う。

しかし、薬のすごいところは、あれだけ咳き込んでいたのにぴったりと今は止まっている、ということ。

そういえば、3年前も咳が止まらずにディズニーランドへ家族を連れて行き、咳のし過ぎで全く楽しめませんでした。でも、この時期ずっと咳が続いている、ということは、来年の今頃も「げーほ」となることが想像されます。

そりゃそうだよね。
もう来年は大厄。

なんだかよくわからん症状にもなりますわね。

川尻城

2014年10月24日 | 落城戦記
奥平氏が始めて群馬県から作手にやってきて築いたとされる川尻城。



現在公園化されておりアスファルト舗装された道が本丸と思しき曲輪まで続いています。


実際の城郭としての道がショートカットされてるため、城の印象がかなり変わっていると思われます。たぶん、上記の写真の冠木門からつづく舗装道はなく、冠木門から東へ回り込む形で本丸へ登るのが正しい登城ルートだと思います。
ちなみに、このアスファルト舗装された道路。なれた人だとアルファードで上がってしまいますが、

※同乗者にとっては絶叫アトラクション。

慣れない方には絶対にお勧めしません。川尻城の東側に大きな駐車場があり、そこから足で登っても5分もかからないだけに、歩いて登ることをお勧めします。
なお、駐車場奥の城山ハイツは子宝アパートとして有名です。

この川尻城、愛知県中世城館調査報告Ⅲの縄張り図を見ると東側に土塁を複数に入れて防御を厳重にしているさまが窺えます。今回、草がしっかりと刈られており城が見やすくなっていました。
比較写真。
前回


今回


前回夏の真っ盛りの際は、腰近くまで草が茂り、地面形状など見ることは不可能。蚊もすごい。いかに『城の草刈を実施する』ことが、城を見やすくするかお解かりいただけるかと。笑。
(川尻城は公園なので公園管理者か地元の方が草を刈ったのだろうと思われます。)

前回は宝くじの祈願、今回は城郭状況確認。気合の入り方が違います。
私も前回は素足にサンダル。今回はトレイルラン用のシューズに山城探索用の格好。どんな薮の中でも突っ込んでいけます。まして、今回は大学生の皆さんが同行。天然の蚊取り線香が一緒にいてくれる訳です。蚊は若い人の血を好むようで、加齢臭が漂い始める前厄のおっさんには来ない。

さて、草がないので本丸に回りこむ曲輪の下の腰曲輪がしっかりと見学できる。
ので、知らず足はそちらの方へ。


土塁と濠の高低差が失われつつあるものの、色々と複雑にやってくれています。
この手の込みようからすると、とても奥平が最初にやってきた時の城の状態とは思えない。後世に明らかに改修を加えているのだろう、と、推測が立ちます。

このようにしっかりと土塁が。


ここは腰曲輪から回りこんで本丸へ向かう際に遮蔽するようにある土塁です。
そして、我々は驚愕の光景を目にします!


長さがわかりやすいのはこちら。


愛知県中世城館報告Ⅲの縄張り図では、直線的に描かれさほど高さが無く東(本丸とは反対方向)へ方向性を見失ったように伸びる土塁が一本描かれています。
が、現地を実際に目にしたところ、この土塁、本丸東の曲輪の北側を防御するように結構な高さでしっかりと築かれている!しかも、上記の写真を見てわかるように折れが途中に入り、横矢が掛けられるように意識していると思われます。

しかも、この土塁は明らかに自然地形とは違い、そのままこの曲輪と思しき部分が谷で落ち込むところまで続く。
たぶん、この土塁を作る際に、併せて曲輪北側の防御面を強化したのでしょう。切岸が作られて斜度がきつくなっています。

※わかりにくいですが、かなりの高低差を切立った状態にしています。
 なお、画面の中央から少し右上にある水色は精霊ではなく学生さんです。

これは大発見!
現地に行かなければ絶対にわからない!

私も3回目で始めてみることができました。そのため、めちゃくちゃ興奮して「なんじゃこれー!」「すげー!」を連発。城館調査報告の図面では土塁は行き場を失うような形ですけど、現物ではちゃんと切岸に沿って屈曲しながら土塁が続いていますので、山城マニアの方は、是非、その目でご確認ください。

そして、興奮のあまり、もっと何かないのかと全速力で学生さんを置き去りにして走り出す。
すると、やはり本丸の北側にこんなものが。


こんなものが、と、言われても大抵の方は「は?」という代物だとは十分にわかっております。
これ、横堀的な感じです。土塁の上が細くなり、まるで関東の方の城に出てくる馬出チックな感じ。

いや、川尻城。
しっかり見なくてごめんなさい。

この城すごいわ。
どう考えてもこんな土木量でマニアックに作るのは奴らしかいないと思う。

武田。

曲輪が丸い、やたらと超絶技巧を使いたがる。そして、情念を感じる。

大島城だの丸子城だの諏訪原城だの新府城だの武田の城を訪れると感じる、あの妙な感覚。
あの感覚が蘇ってきました。
今まで川尻城も本丸に上がる前の土塁や土橋

※写真右側の切立った部分が本丸。その手前の高いところが土橋。冠木門から進むと左手に見える光景です。

を見て
「なんか結構手が入っているんだが、規模の割りに手数が少ない。」
と思っていたのは、草が多くて地表が見られなかったから。
今回の屈曲した長大土塁や本丸西北の腰曲輪の馬出チックな土塁。

古宮城や亀山城と共通する技術を感じます。

本丸が広々としていますが


現在忠魂碑が立っている高まりは、元々櫓台があったのでは無いかと想像させてくれます。
ただ、妙に忠魂碑下の地面が高いのは、忠魂碑を作る際に西側を削って盛ったのでは?と、思う部分もある。

なお、川尻城から古宮城、亀山城が見えます。
古宮城と塞之神城に挟まれた国道301号を過ぎると亀山城下。川尻城を造った後、すぐに奥平は亀山城に移ったようですが、想像するに市場が既にある地域へ入り込むことができたのが亀山城に移った原因では、という作手山城案内人原田さんの説は、川尻城に立つとよくわかります。

こうしてしっかりと見てみると、川尻城は北側に重点的に防御面を置いており、方向的には岡崎につながる方面となります。

今回の川尻城の印象で、根拠は何も無く今まで山城を巡ってきた勘でしかありませんが、
「武田は作手地域を軍事拠点として要塞化しようとしていた。」
という印象を強く受けました。
今までは古宮城を拠点に、と、思ったのですが、今回の川尻城で、作手地域そのものを軍事拠点としていたという感が強くなりました。

川尻城から古宮城+塞之神城、亀山城、文殊山城。
この4つの城は、同じ技術を持った人達が作り、その技術は明らかに三河の他の城と違う。
奥平がこんな技術を単独で開発することは考えられないので、やっぱり武田でしょう。下山と作手が武田と徳川の境界線になるような気がしますので、もう一度下山の城をしっかりと見てこないといかんな、と、思った次第です。

いや、川尻の屈曲土塁で大興奮したので、文章に力が入りすぎているかもしれませんが、それくらい見事だ、ということ。

絶対に見てくださいね!

のんほいタウン秋号 出てます。

2014年10月22日 | 奥三河
古宮城の整備活動の準備に謀殺、いや、忙殺されて告知が遅れていましたが、私も連載を持たせてもらっています、同人誌的フリーペーパー(F編集長談。笑。)
「のんほいタウン」の秋号が、少し前から出ています!



古宮城の整備活動には、F編集長も参加していただきまして、市外からの参加者の方には古宮城手拭とともにのんほいタウン秋号も進呈しました。



城好きがこじれ気味、も第2回目。

1回目、2回目と進んで参りました。
お気づきになられるかどうかわかりませんが、少しマニア度を上げているのです。

知らぬ間に画面の一部が変化していく妖怪ウォッチの番組の最後の問題のように、徐々にマニア度を上げていくことで
いつの間にか皆さんもマニア度が上がっている、そんな感じにできたらいいな、と、思っております。

果たして、そんなうまく書けるかや・・・。
自分でハードル上げて、自分の首を絞めてしまった。

が、頑張ります。

古宮城をみやすくする2014 開催されました!

2014年10月19日 | 古宮城
古宮城を見やすくするために草を刈ったり見学路に落ちている木の枝を除去するボランティア整備活動が、平成26年10月18日(土)13時30分より無事に実施されました!


2週続けて台風が接近した後だけに心配された天気も快晴。

地元の方、市内の作手地域以外の方、市外の方など20名程度が参加してくださいました。


わざわざ疲れることを手弁当で参加してくれる方がこれだけいる、ということに感謝感激です。

※木の枝を熊手で集めて歩きやすくするのは、意外と重労働でした。ありがとうございました。


※昨年度に引き続き参加してくださった方も。


※まさに道つくりです。

活動終了後は、初めて古宮城を訪れた方も多いことから恒例の見学案内を行い無事に終了しました。
ありがたいことに、今回の活動を通じて城を見ることの面白さや古宮城のすごさを体感できた、とのご感想を多数いただきました。
次年度以降も地道に継続して行きたいと思いますので、是非、お時間の許す方は、また、ご参加いただけたらありがたいです。

今回ご参加いただいた皆様、誠にありがとうございました。
また、今回日程の都合が付かずに参加できなかった方々、次年度以降も開催をしたいと思いますので、日程の都合がつくときで構いませんので、ご参加ください。

なお、今回の活動は、なんと中日新聞の東三河版と東愛知新聞の2社に取り上げていただけました。

そして3年目の今年は、自主企画研究として作手の亀山城下町の復原に取り組んでいる愛知県立大学の学生さん達も古宮城の調査とボランティア活動を兼ねて参加してくださいました。
活動終了後、土塁や濠の長さを計測し、ボールを投げたり水鉄砲を放つなどして、実際の戦闘場面の想定もされていました。



※逃げる敵兵役。

古宮城以外にも古宮城や亀山城などがある地元の市場区の戦国時代当時の道のあり方や史跡の状況を実際に確認して明治の地籍図を参考に作成した地図に落とし込むとともに、地域の状況や伝承について聞き取り調査を翌19日にかけて実施しました。

また、今回、川尻城も調査したのですが、草が刈られていたため見ることのできなかった部分が明らかになり、見事な屈曲を持つ異常に長い土塁が姿を現し、参考にしていた城郭縄張図と現況が違うことが確認できましたし、思ったよりも巨大な城郭であることが判明しました。


私も同行したのですが、川尻城の驚くべき全容を発見して興奮しておりましたし、学生さん達も同様でした。
城見て興奮する若き精鋭たちがいることに安心しました。

古宮城、川尻城、亀山城。
それぞれに草が刈られて、大変見やすくなっています。

見るなら今!

明日10月18日は古宮城を見やすくする会です。

2014年10月17日 | 古宮城
明日10月18日は古宮城を見やすくする会を13時30分から開始します。



2時間程度、木の枝を広い歩きやすくする、草を刈る等の清掃活動を行います。

完全な自由参加のボランティアですので、お時間と興味のある方は是非ご参加ください。
ちなみに長袖長ズボン帽子長靴がお勧めの格好です。

最近ネットで発見したんですけど、読売新聞の図解信長の城の第8回で古宮城が取り上げられています。

こちら。

あの「お城博士」千田嘉博氏も「恐るべき城」と言っている古宮城。

一見の価値あり。
見に来るだけでも面白いですよ。

作手郵便局近くの白鳥神社が古宮城です。
国道301号、原田商会さんという自動車屋さんがある交差点を曲がった県道436号沿いです。

明日の天気予報は晴れなのでよっぽど開催しますが、一応朝9時に開催情報を本ブログでお伝えしますので、ご覧ください。

なお、完全ボランティア、完全自己責任なので、怪我等の責任は当方では負いかねますので、予めご了承ください。

お待ちしてます!



アマゴ釣り

2014年10月15日 | 奥三河
長篠付近に住んでいた際、お世話になっていたTさんから
「アマゴ釣りにおいでんよ。」
と、お誘いをいただく。

Tさんは数年前から趣味のアマゴの養殖を始められてまして、大雨が降って沢の水と養殖池をつなぐパイプが詰まって全滅したよ、等の話を聞いておりました。

趣味でアマゴを養殖するって・・・、と、そのあまりの別天地的な話に驚かされたものです。

そう。アマゴを釣るといっても、渓流釣りではないのです。
その養殖しているアマゴの池に竿を垂らして釣ろう、と、いう大名釣りを行おう、というものです。

娘は
「かわいそう。餌だけあげたい。」
と、のたまっていましたが、
「パパとママは釣るよ!」
と、連れてきました。

Tさん宅は、山あいの鄙びた場所にあります。


一家で訪れたのですが、田舎暮らしに憧れを持つ妻と
「ここで暮らせるというのは、人生の勝ち組だよな。」
と、話をする。
まぁ、隣の芝生は青い、みたいなところはあるでしょうけど、偽らざる我が家の本音。

「朝から餌をやっとらんで、入れ食いになると思う。」
と、前回同じように釣りを楽しんだことがあるそうで、うちも楽しみに。
妻と私は渓流釣りをしていたこともありますので、アマゴを釣るのが難しい魚だと言うことも承知。養殖池とはいえ釣れたら、さぞかし嬉しいな、と、思っておりました。

で、早速釣り糸をたらす。


さぁ、こい!
と、思うが、しーんとしている。

はて、と、Tさんも不思議に。
前回釣れたはずなのに、餌をやってないのに、なぜ釣れない?

しばらく垂らしていましたが、あたりが来ない。

「・・・?」

と、一同不思議に思う。

どうやら、前回Tさんがご友人と楽しまれたときは、通常の渓流竿で離れた場所から垂らしたそうです。
さすがに今回のうちは覗き込むような形だったのと子どもの声がするので、そこは警戒心が強いことで有名なアマゴ。餌を食べてくれなかったようです。

うーん残念!

そして最終手段。
一網打尽!

※ハトヤのCMも驚くびちびち。

そしてTさん、わざわざ腹を出してくださいました。
来る前は
「お魚さん、かわいそう。」
と、言ってた娘ですが、実際内蔵出してるのを見ると
「心臓はどこ?」
とか聞くので、Tさんが
「これ」
とか教えてくれるのに興味津々。

最終的には腹出した後の魚を洗う作業まで手伝っていました。


『うーむ、うちの娘が将来猟奇的な事件を起こさなければ良いが・・・。』
と、若干心配がよぎる父。

結果的にこんなに沢山いただきました。


初日は塩焼きに、残りは甘露煮にして食す。
やっぱり教育効果があったのか、常なら食べない娘ですが自分が関与した魚は思いいれがあるようで、食べていました。

Tさんありがとうございました。

しかし、こういう生活が営める場所ってやっぱり素晴らしい。
羨ましい限りです。

スヤンコイトルに出ました。

2014年10月12日 | 古宮城
スヤンコイトル出てきました!
今回は本社スタジオだそうで別の場所。そして、前回は全く緊張がなかったのですが、今回はなぜか緊張をしてしまう。

番組スタートしてFさんとモエモエさんのトーク。そして、振りがあって私も参加、という形で3名での会話。

すごいな、と、思うのが、話をしてリスナーを楽しませつつ、ちゃんと話の進行を考えて必要な内容を忘れずに振るというプロの技。

こういうのって、素人の喋りとは違うな、と、感心させられます。時間のカウントダウンする画面をチラ見しつつ、後ろに控える番組編成の方の指示を聴きつつ、話し相手の技量を見極めつつ、そして、進行を考えつつ、って、やってみえて、モエモエさんもFさんもすごいもんだなぁ、と、感心しました。

まさにプロの技。

やっぱりプロは違うな、と、ひたすらに感心。

ただ、こういう話し方って、城だの歴史だのの説明をする時には参考になります。とてもできないですけど、勉強になりました。

番組では「城で正月特番?」などという話も飛びだしてました。
本当に実現したらすごい話ですけど、放送終了後、聞いていた友人から「正月特番も頑張ってください。」とメールが。

そんなことを本当に実現したらFM豊橋の無謀な勇気に拍手ですけど、実際そんな話が来たらビビりますけどね。

ラジオに出ます。

2014年10月09日 | 古宮城
古宮城の整備活動の日(10/18)が近づいてまいりました。

そしたら、私が記事を書かせていただいている「のんほいタウン」のFさんから、
「ボランティアの呼びかけをしませんか?」
と、ありがたいお申し出が。

と、いうことで、10月11日(土)のエフエム豊橋(84.3MHz)の「スヤンコイトルorz」に出て話をすることになりました!

ちなみに、この番組のパーソナリティのモエモエさんも「のんほいタウン」に連載記事を持たれています。

実はこの番組に出るのは2回目。
以前は、山城スタンプラリーをやった際に、その宣伝に企画者として出たことがあるのです。
その際は、10分程度、と、聞いていたのに30分程度も話をしてしまってええかいや、と、心配になったほどですが、モエモエさんやFさんの振りが上手なので、私的にはかなり言いたい放題適当に話をさせていただき楽しかった記憶があります。

今回も古宮城の整備の話もありますが、城好きの楽しさがお話できればと思います。
10時45分位からだそうです。

さて、どうなりますことやら。